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近くに住んでいながら、これまで機会がなかった「日野祭り」を見学しました。<br />日野町は、人口約2万人の町。昔、シャクナゲを見に行った記憶があるが、ここに、16基の曳山が繰り出す「日野祭り」があることは、最近になって知った。<br />天候に恵まれ、楽しい訪問でした。

初めての日野祭り

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2017/05/03 - 2017/05/03

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Kenさん

近くに住んでいながら、これまで機会がなかった「日野祭り」を見学しました。
日野町は、人口約2万人の町。昔、シャクナゲを見に行った記憶があるが、ここに、16基の曳山が繰り出す「日野祭り」があることは、最近になって知った。
天候に恵まれ、楽しい訪問でした。

旅行の満足度
4.5
  • 日野祭りの参考地図。

    日野祭りの参考地図。

  • 神社境内に、曳山が並んでいた。

    神社境内に、曳山が並んでいた。

    馬見岡綿向神社 寺・神社・教会

    日野祭が素晴らしい by Kenさん
  • 曳山の回転は人力。

    曳山の回転は人力。

  • 曳山の車輪。

    曳山の車輪。

  • 曳山の緞帳。

    曳山の緞帳。

  • 神社境内の石橋。

    神社境内の石橋。

  • 馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)。日野町の東にそびえる綿向山(標高1,110m)の山頂に祀られている大嵩神社の里宮。

    馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)。日野町の東にそびえる綿向山(標高1,110m)の山頂に祀られている大嵩神社の里宮。

  • 神社の絵馬。

    神社の絵馬。

  • 「猪」が綿向大神のお使い。

    「猪」が綿向大神のお使い。

  • 綿向神社社殿。

    綿向神社社殿。

  • 綿向神社社殿。立派な建物。

    綿向神社社殿。立派な建物。

  • 曳山が境内に入ってくる。全部揃うと、16基。

    曳山が境内に入ってくる。全部揃うと、16基。

  • 近江商人ふるさと館「旧山中正吉邸」。山中正吉家は、天保初年から今の静岡県富士宮市で酒造業を営んだ日野商人。ランチが食べられる。

    近江商人ふるさと館「旧山中正吉邸」。山中正吉家は、天保初年から今の静岡県富士宮市で酒造業を営んだ日野商人。ランチが食べられる。

  • かぎや菓子舗。創業嘉永元年(1848年)から続く和菓子屋。

    かぎや菓子舗。創業嘉永元年(1848年)から続く和菓子屋。

  • 定番の「いがまんじゅう」を戴く。だんご生地でこし餡を包み、近江米のもち米をまぶして蒸し上げる郷土菓子。<br />

    定番の「いがまんじゅう」を戴く。だんご生地でこし餡を包み、近江米のもち米をまぶして蒸し上げる郷土菓子。

  • 曳山蔵。

    曳山蔵。

  • 通りから左側遠くに、立派なお寺が見えたので、立ち寄った。

    通りから左側遠くに、立派なお寺が見えたので、立ち寄った。

  • 信楽院(しんぎょういん)。中世にこの地方を統治していた蒲生氏の菩提寺。

    信楽院(しんぎょういん)。中世にこの地方を統治していた蒲生氏の菩提寺。

    信楽院 寺・神社・教会

    立ち寄る価値あり by Kenさん
  • 信楽院(しんぎょういん)本堂の説明。

    信楽院(しんぎょういん)本堂の説明。

  • 信楽院(しんぎょういん)本堂。

    信楽院(しんぎょういん)本堂。

  • 信楽院(しんぎょういん)にある日野出身の画家高田敬輔が描いた雲竜の天井画。

    信楽院(しんぎょういん)にある日野出身の画家高田敬輔が描いた雲竜の天井画。

  • 信楽院(しんぎょういん)鐘楼。

    信楽院(しんぎょういん)鐘楼。

  • 祭り行事を楽しむしつらえ「桟敷窓」。

    祭り行事を楽しむしつらえ「桟敷窓」。

  • 内部解放の桟敷窓。

    内部解放の桟敷窓。

  • 外から見た桟敷窓。

    外から見た桟敷窓。

  • 巡行開始。裃を着て一文字笠を頭にした人々が、竹割りで地面を叩きながら神輿の通る道を浄め進む。

    巡行開始。裃を着て一文字笠を頭にした人々が、竹割りで地面を叩きながら神輿の通る道を浄め進む。

  • 日野まちかど感応館(旧正野薬店)。正野 玄三(しょうの げんぞう、1659年(万治2年) - 1733年(享保18年))は江戸時代中期の近江商人、日野売薬の先駆け。道中携帯薬として携行に便利で壊れない偏平半月の丸薬『神農感應丸』を1714年創製。日野薬品工業の遠祖。

    日野まちかど感応館(旧正野薬店)。正野 玄三(しょうの げんぞう、1659年(万治2年) - 1733年(享保18年))は江戸時代中期の近江商人、日野売薬の先駆け。道中携帯薬として携行に便利で壊れない偏平半月の丸薬『神農感應丸』を1714年創製。日野薬品工業の遠祖。

    日野まちかど感応感(旧正野薬店) 名所・史跡

  • 日野まちかど感応館(旧正野薬店)内部。

    日野まちかど感応館(旧正野薬店)内部。

  • 日野ぎんざ通りのクラシックな建物。写真館の表示が見える。

    日野ぎんざ通りのクラシックな建物。写真館の表示が見える。

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