2016/11/17 - 2016/11/17
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satom4traさん
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関西地区会社OB会主催で全国でも有名な筍の竹の径から唐戸越え
阪急洛西口駅10時スタート~竹の径~竹林公園、竹の資料館~桂坂野鳥公園で昼食後、唐戸越えの山道~浄住寺~阪急上桂駅22632歩でした。
約11km 所要時間約5時間、標高差約300m
朝方は冷え込んでいたが暖かな快晴に近い天候の中を歩いて行くと、汗ばみセーターなどを脱いで街中を抜けると京の筍の産地で有名な竹林を歩いて行くと後世にその歴史を伝えるための竹林公園がS56年に開園し、竹の資料館ではそこの館長?が様々な竹の説明を、エジソンが竹のフイラメントで発明した電球の復元展示や竹の工芸品、加工品の展示などがあり、更にその公園には京都の歴史の遺構として応仁の乱のゆかりの石橋や、信長が足利義昭のために築いた二条城の石垣に使用した石仏が安置されていた。名前にふさわしく様々な珍しい竹も植えられている。
桂坂野鳥公園はあまり野鳥はいなかったが、静かで紅葉を愛でながら昼食をとった。
年寄には少し過酷な山越えをして隠れたもみじの寺として浄住寺(嵯峨天皇の勅願によって円仁が開創した由緒ある寺である)から上桂駅へ
写真は竹の径
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 私鉄
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竹林で土を入れ替えている所やそのまま放置のところさまざま
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竹は春に芽を出して4,5月に成長したらそれ以上は大きくならないそうだ
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様々な趣のある竹垣があった
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個々の所有者により手入れが違う
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ところどころに紅葉が
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竹林公園の資料館入り口で入場無料
以下は京都市洛西竹林公園から転載
11月の竹林公園情報
この季節、日ごと色づく木々とは異なり、竹は緑の葉をつけたまま目立った変化は見られません。落葉もせず冬を迎えることから中国や日本では古来より縁起の良い植物とされてきました。
静かな竹林の中、あちらこちらで伐採音が響いています。工芸品や加工品に使う、資材としての竹を伐る時季だからです。秋は竹材業者にとって繁忙期なのです。
竹を主体とする竹林公園ですが紅葉も見られます。京都のモミジはこれからが本番。すでにサクラなどは色づいており、モミジも順に色を変えてゆきます。 -
エジソンの竹のフイラメントの電球の復元
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竹を四角に矯正したもの
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竹のこれらは相当価値がある
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以下は珍しいいろんな種類がある
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同上
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同上
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応仁の乱のゆかりの石橋
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京区百々町と宝鏡院東町の境の小川(こかわ)に架かっていた橋。寺之内通が通る。橋名は宝鏡寺が「百々御所」と呼ばれたことに由来し、応仁の乱で西軍山名方と東軍細川方がこの橋をはさんで数度対戦。この石橋(7.4メートル)は1963年(昭和38)解体保管し、1980年(昭和55)洛西ニュータウン内京都市洛西竹林公園に復元。
【正式名称】
百々橋(どどばし)
・・・・・京都観光ナビより -
信長が足利義昭のために築いた旧二条城の石垣に使われた石仏約350体
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同上
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京都市洛西竹林公園
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同上
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同上
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同上
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同上
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同上
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途中の川
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川沿いの住宅地を歩く
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同上
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同上
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桂坂野鳥公園
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同上
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公園内の紅葉
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同公園内
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この近くで昼食
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同公園内
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同上
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同上
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かなり山の勾配を上がった頂上付近の唐ト越の表示
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山を下ったところにも竹林
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浄住寺の説明
寺伝によれば、810年(大同5年、弘仁元年)に嵯峨天皇の勅願により、円仁(慈覚大師)が天台宗寺院として開創したと伝えられています。当時は「常住寺」と号していましたが、1261年(弘長元年)公卿葉室定嗣が中興し「浄住寺」と改められ、葉室家の菩提寺として栄えました。
・・・中略
葉室頼孝の開基、黄檗宗の僧鉄牛道機を中興開山として再興され、黄檗宗の寺院になります。 -
境内の紅葉
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同上
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本尊
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境内
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