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フアン・カルロス1世の王妃レイナ・ソフィアに因んで名付けられた美術館です。20世紀の現代アート作品を多数所蔵しており、特にピカソ、ダリ、ミロの3大巨匠の名画は見逃せません。<br />ソフィア王妃芸術センターは、サバティーニ館と新館のヌーベル館に分かれていますが、有名作品はサバティーニ館に集約されているので効率よく鑑賞できます。サバティーニ館の2階には、ピカソ、ダリ、ミロなどの著名作品が展示されており、時間がない場合にはこのフロアだけを鑑賞するのがお勧めです。<br />サバティーニ館は、18世紀にカルロス3世がイタリアの建築家フランチェスコ・サバティーニに命じて設計させた病院を母体に改修したもので、1992年のバルセロナ五輪の時にオープンしました。サバティーニ館の南側に2005年、ギャラリー・ラファイエットのベルリン支店やパリのセーヌ河岸の再開発、現在過労体質で蔑視されているブラック企業の電通(本社ビル)の設計を手掛けたフランスの建築家ジャン・ヌーヴェルにより増築されたガラス張りのモダンな建物が新館です。サバティーニ館は1~4階までの4フロア、新館は0~1階の2フロアで作品を展示しています。サバティーニ館と新館の間には広場を設計し、18世紀と現在をつなぐ空間となっている。<br />ピカソの代表作『ゲルニカ』は、スペインへの「里帰り」後、プラド美術館別館では物々しい防弾ガラスに守られていましたが、ここに移されてからは防弾ガラスが外ずされています。しかし作者別ではなく、テーマ別に展示されているため、目当ての作品が探し難いのがご愛嬌です。あらかじめ、有名作品がどの部屋に展示されているか把握しておくと効率よく観ることができます。<br />館内での写真撮影は許可されていますが、ピカソのゲルニカなど一部の作品は撮影不可です。またフラッシュ撮影と三脚の使用は禁止されています。<br /><日程><br />1日目:関空→フランクフルト(LH0741 10:05発)<br />    フランクフルト→バルセロナ(LH1136 17:30発)<br />    宿泊:4 Barcelona(二連泊)<br />2日目:グエル公園==サグラダ・ファミリア==カサ・ミラ/カサ・バトリョ(車窓)<br />            ==ランチ:Marina Bay by Moncho&#39;s==カタルーニャ広場<br />            15:00?フリータイム<br />    カタルーニャ広場==サン・パウ病院==サグラダ・ファミリア==<br />            カサ・ミラ--カサ・バトリョ--夕食:Cervecer?・a Catalana(バル) <br />    ==カタルーニャ音楽堂<br />            宿泊:4 Barcelona(二連泊)<br />3日目:コロニア・グエル地下礼拝堂==モンセラット観光--<br />    ランチ:Restaurant Montserrat==ラス・ファレラス(水道橋)<br />            ==タラゴナ観光(円形競技場、地中海のバルコニー)<br />    バレンシア宿泊:Mas Camarena<br />4日目:ランチ:Mamzanil(Murcia)<br />            ==(午後4:00到着)ヘネラリーフェ宮殿<br />            --アルハンブラ宮殿==ホテル Vincci Granada==Los Tarantos<br />           (洞窟フラメンコ)<br />            --サン・ニコラス展望台(アルハンブラ宮殿の夜景観賞)<br />5日目:ミハス散策--ランチ:Vinoteca==ロンダ(午後4:00到着)<br />            フリー散策<br />            宿泊:Parador de Ronda<br />6日目:セビリア観光(スペイン広場--セビリア大聖堂)==<br />            コルドバ観光(メスキータ--花の小径)-==コルドバ駅<br />    AVE:コルドバ→マドリード<br />    夕食:China City<br />    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)<br />7日目:マドリード観光(スペイン広場<下車観光>==ソフィア王妃芸術センター<br />    ==プラド美術館--免税店ショッピング==ランチ:Dudua Palacio<br />    ==トレド観光(サント・トメ教会、トレド大聖堂<外観>)==<br />            ホテル--フリータイム(プエルタ・デル・ソル、マヨール広場、<br />    サンミゲル市場、ビリャ広場、アルムデナ大聖堂、マドリード王宮<br />    オリエンテ広場 、エル・コルテ・イングレス<グラン・ビア>)<br />    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)<br />8日目:マドリード→フランクフルト(LH1123 8:35発)<br />    フランクフルト→関空(LH0740 13:35発)<br />9日目:関空着(7:20)

ときめきのスペイン周遊⑱マドリード ソフィア王妃芸術センター

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2016/09/02 - 2016/09/10

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montsaintmichel

montsaintmichelさん

フアン・カルロス1世の王妃レイナ・ソフィアに因んで名付けられた美術館です。20世紀の現代アート作品を多数所蔵しており、特にピカソ、ダリ、ミロの3大巨匠の名画は見逃せません。
ソフィア王妃芸術センターは、サバティーニ館と新館のヌーベル館に分かれていますが、有名作品はサバティーニ館に集約されているので効率よく鑑賞できます。サバティーニ館の2階には、ピカソ、ダリ、ミロなどの著名作品が展示されており、時間がない場合にはこのフロアだけを鑑賞するのがお勧めです。
サバティーニ館は、18世紀にカルロス3世がイタリアの建築家フランチェスコ・サバティーニに命じて設計させた病院を母体に改修したもので、1992年のバルセロナ五輪の時にオープンしました。サバティーニ館の南側に2005年、ギャラリー・ラファイエットのベルリン支店やパリのセーヌ河岸の再開発、現在過労体質で蔑視されているブラック企業の電通(本社ビル)の設計を手掛けたフランスの建築家ジャン・ヌーヴェルにより増築されたガラス張りのモダンな建物が新館です。サバティーニ館は1~4階までの4フロア、新館は0~1階の2フロアで作品を展示しています。サバティーニ館と新館の間には広場を設計し、18世紀と現在をつなぐ空間となっている。
ピカソの代表作『ゲルニカ』は、スペインへの「里帰り」後、プラド美術館別館では物々しい防弾ガラスに守られていましたが、ここに移されてからは防弾ガラスが外ずされています。しかし作者別ではなく、テーマ別に展示されているため、目当ての作品が探し難いのがご愛嬌です。あらかじめ、有名作品がどの部屋に展示されているか把握しておくと効率よく観ることができます。
館内での写真撮影は許可されていますが、ピカソのゲルニカなど一部の作品は撮影不可です。またフラッシュ撮影と三脚の使用は禁止されています。
<日程>
1日目:関空→フランクフルト(LH0741 10:05発)
    フランクフルト→バルセロナ(LH1136 17:30発)
    宿泊:4 Barcelona(二連泊)
2日目:グエル公園==サグラダ・ファミリア==カサ・ミラ/カサ・バトリョ(車窓)
    ==ランチ:Marina Bay by Moncho's==カタルーニャ広場
    15:00?フリータイム
    カタルーニャ広場==サン・パウ病院==サグラダ・ファミリア==
    カサ・ミラ--カサ・バトリョ--夕食:Cervecer?・a Catalana(バル)
    ==カタルーニャ音楽堂
    宿泊:4 Barcelona(二連泊)
3日目:コロニア・グエル地下礼拝堂==モンセラット観光--
    ランチ:Restaurant Montserrat==ラス・ファレラス(水道橋)
    ==タラゴナ観光(円形競技場、地中海のバルコニー)
    バレンシア宿泊:Mas Camarena
4日目:ランチ:Mamzanil(Murcia)
    ==(午後4:00到着)ヘネラリーフェ宮殿
    --アルハンブラ宮殿==ホテル Vincci Granada==Los Tarantos
    (洞窟フラメンコ)
     --サン・ニコラス展望台(アルハンブラ宮殿の夜景観賞)
5日目:ミハス散策--ランチ:Vinoteca==ロンダ(午後4:00到着)
    フリー散策
    宿泊:Parador de Ronda
6日目:セビリア観光(スペイン広場--セビリア大聖堂)==
    コルドバ観光(メスキータ--花の小径)-==コルドバ駅
    AVE:コルドバ→マドリード
    夕食:China City
    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)
7日目:マドリード観光(スペイン広場<下車観光>==ソフィア王妃芸術センター
    ==プラド美術館--免税店ショッピング==ランチ:Dudua Palacio
    ==トレド観光(サント・トメ教会、トレド大聖堂<外観>)==
    ホテル--フリータイム(プエルタ・デル・ソル、マヨール広場、
    サンミゲル市場、ビリャ広場、アルムデナ大聖堂、マドリード王宮
    オリエンテ広場 、エル・コルテ・イングレス<グラン・ビア>)
    宿泊:Rafael Hoteles Atocha(二連泊)
8日目:マドリード→フランクフルト(LH1123 8:35発)
    フランクフルト→関空(LH0740 13:35発)
9日目:関空着(7:20)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
日本旅行
  • ソフィア王妃芸術センター<br />アトーチャ駅から徒歩圏内にある、20世紀を中心とした現代美術作品を収蔵している美術館です。<br />正面のサバティーニ館は、入口の左右に配されたイギリス人建築イアン・リッチーによってデザインされた流行の先端を行くガラス張りのエレガントなエレベータがアクセントになっています。

    ソフィア王妃芸術センター
    アトーチャ駅から徒歩圏内にある、20世紀を中心とした現代美術作品を収蔵している美術館です。
    正面のサバティーニ館は、入口の左右に配されたイギリス人建築イアン・リッチーによってデザインされた流行の先端を行くガラス張りのエレガントなエレベータがアクセントになっています。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />このように2基のガラス張りのエレベータが並んでいます。<br />作品はテーマ毎に展示されており、作者毎ではないので留意が必要です。<br />以下のサイトでコレクションの展示場所が調べられます。<br />また、当方が撮影したもの以外は、このサイトから借用させていただきました。<br />http://www.museoreinasofia.es/en/collection<br />展示ルームのマップです。<br />http://www.museoreinasofia.es/sites/default/files/planos/plano_web_ingles.pdf<br />リュックサックでの入場は禁じられていますので、必要な物だけを入れられる小さ目のショルダー・バックを準備をしておかれると便利です。

    ソフィア王妃芸術センター
    このように2基のガラス張りのエレベータが並んでいます。
    作品はテーマ毎に展示されており、作者毎ではないので留意が必要です。
    以下のサイトでコレクションの展示場所が調べられます。
    また、当方が撮影したもの以外は、このサイトから借用させていただきました。
    http://www.museoreinasofia.es/en/collection
    展示ルームのマップです。
    http://www.museoreinasofia.es/sites/default/files/planos/plano_web_ingles.pdf
    リュックサックでの入場は禁じられていますので、必要な物だけを入れられる小さ目のショルダー・バックを準備をしておかれると便利です。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />玄関ロビーに入るといきなりこのような巨大なものが展示されており、現代アートの難解さを思い知らされます。我々凡人の感性ではどうしても形状から対象物を判断しようとしてしまうのですが、見た瞬間に思考回路がショートしてしまいます。<br />米国人ロイ・リキテンシュタインが手掛けた『筆の跡』という彫刻です。60年代に漫画の1コマを印刷インクのドットまで含めてキャンバスに拡大して描いて有名になった、ポップアートの巨匠です。70年代にはピカソを彷彿とさせる作風の作品も手掛けたアーティストです。そも晩年のテーマが「ブラッシュストローク(筆跡)」と言い、このように絵の具をぶ厚く塗った筆跡やその力強い筆のタッチを躍動的に表現したものです。<br />恐らく、この作品は事前知識がなければ「何だろうね?」で通り過ぎてしまうような作品です。

    ソフィア王妃芸術センター
    玄関ロビーに入るといきなりこのような巨大なものが展示されており、現代アートの難解さを思い知らされます。我々凡人の感性ではどうしても形状から対象物を判断しようとしてしまうのですが、見た瞬間に思考回路がショートしてしまいます。
    米国人ロイ・リキテンシュタインが手掛けた『筆の跡』という彫刻です。60年代に漫画の1コマを印刷インクのドットまで含めてキャンバスに拡大して描いて有名になった、ポップアートの巨匠です。70年代にはピカソを彷彿とさせる作風の作品も手掛けたアーティストです。そも晩年のテーマが「ブラッシュストローク(筆跡)」と言い、このように絵の具をぶ厚く塗った筆跡やその力強い筆のタッチを躍動的に表現したものです。
    恐らく、この作品は事前知識がなければ「何だろうね?」で通り過ぎてしまうような作品です。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />玄関ロビーは、このように広い吹き抜けになっています。<br />今やスマホで何時でも何でも撮影できてしまう時代、気軽に写真を撮ってネットへ発信する文化に現代人は慣れ親しんでいます。しかし、さすがに美術館や博物館ではご法度と思っていませんか?実はそんな場所でも今や撮影OKになりつつあります。このソフィア王妃芸術センターも条件付きですがそのひとつです。<br />その理由は2つあります。まず、「展覧会のPRは、客が写真を拡散するのが一番効果的」という考え方です。フェイスブックやブログなどで写真を見てもらうのが最も効果的です。<br />そしてもう一つの理由が「外国人観光客対応」です。海外では美術館や博物館は撮影OKの施設も多く、本国と同じように日本文化も楽しんでもらおうという狙いです。<br />先日、小池都知事が一般質問の中で都立美術館での写真撮影の是非を問われ、「ぜんぜんOKだと思っている」と原稿にない前向きな発言をされたのが印象的でした。その後局長からも解禁に向けて前向きに検討を開始する旨が述べられたそうです。<br />日本の美術館は一部の例外を除き保守的ですので、風穴を開ける意味で東京都が起爆剤になればと思います。日本を観光立国にするためにも、美術館や博物館の写真撮影解禁はよいカンフル剤になると思います。ただし、大手はそれでよいものの、中小美術館は海外美術品の特別展が多いため、全面解禁は難しいかもしれません。例外として大阪市美術館や上野の森美術館の特別展「デトロイト美術館展」は撮影OKでした。現地のデトロイト美術館では写真撮影がOKなためそれに倣ったようですが、こうした新たな試みが日本でどのように浸透していくか楽しみです。<br />とりあえず、常設のものからフリーにしていただければと思います。

    ソフィア王妃芸術センター
    玄関ロビーは、このように広い吹き抜けになっています。
    今やスマホで何時でも何でも撮影できてしまう時代、気軽に写真を撮ってネットへ発信する文化に現代人は慣れ親しんでいます。しかし、さすがに美術館や博物館ではご法度と思っていませんか?実はそんな場所でも今や撮影OKになりつつあります。このソフィア王妃芸術センターも条件付きですがそのひとつです。
    その理由は2つあります。まず、「展覧会のPRは、客が写真を拡散するのが一番効果的」という考え方です。フェイスブックやブログなどで写真を見てもらうのが最も効果的です。
    そしてもう一つの理由が「外国人観光客対応」です。海外では美術館や博物館は撮影OKの施設も多く、本国と同じように日本文化も楽しんでもらおうという狙いです。
    先日、小池都知事が一般質問の中で都立美術館での写真撮影の是非を問われ、「ぜんぜんOKだと思っている」と原稿にない前向きな発言をされたのが印象的でした。その後局長からも解禁に向けて前向きに検討を開始する旨が述べられたそうです。
    日本の美術館は一部の例外を除き保守的ですので、風穴を開ける意味で東京都が起爆剤になればと思います。日本を観光立国にするためにも、美術館や博物館の写真撮影解禁はよいカンフル剤になると思います。ただし、大手はそれでよいものの、中小美術館は海外美術品の特別展が多いため、全面解禁は難しいかもしれません。例外として大阪市美術館や上野の森美術館の特別展「デトロイト美術館展」は撮影OKでした。現地のデトロイト美術館では写真撮影がOKなためそれに倣ったようですが、こうした新たな試みが日本でどのように浸透していくか楽しみです。
    とりあえず、常設のものからフリーにしていただければと思います。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />ツアーでは鑑賞時間が限られているため、有名な作品が展示されている2階へ向かいます。2階と行っても中2階などで止まったりするため、結構時間がかかります。<br />エレベータを降りてまず向かうのは、『ゲルニカ』が展示されている第206室です。現地ガイドさんは、ゲルニカの手前の部屋に展示されていたミロのあまり知られていない絵画の蘊蓄を披露していましたが、おかまいなしに『ゲルニカ』を鑑賞します。『ゲルニカ』も10分以上解説されていましたが、一般知識があれば付き合う意味はありません。また、現代アートは一般論や私感を押し売りするのではなく、見る人の感性に委ねるのが正解だと思います。<br />因みに今回の正味の鑑賞時間はたったの30分でした。せっかくここまで来たのにもったいない話ですが、午前中に美術館を2軒はしごするタイト・スケジュールですのでやむを得ません。

    ソフィア王妃芸術センター
    ツアーでは鑑賞時間が限られているため、有名な作品が展示されている2階へ向かいます。2階と行っても中2階などで止まったりするため、結構時間がかかります。
    エレベータを降りてまず向かうのは、『ゲルニカ』が展示されている第206室です。現地ガイドさんは、ゲルニカの手前の部屋に展示されていたミロのあまり知られていない絵画の蘊蓄を披露していましたが、おかまいなしに『ゲルニカ』を鑑賞します。『ゲルニカ』も10分以上解説されていましたが、一般知識があれば付き合う意味はありません。また、現代アートは一般論や私感を押し売りするのではなく、見る人の感性に委ねるのが正解だと思います。
    因みに今回の正味の鑑賞時間はたったの30分でした。せっかくここまで来たのにもったいない話ですが、午前中に美術館を2軒はしごするタイト・スケジュールですのでやむを得ません。

  • パブロ・ピカソ『ゲルニカ』(1937年)[第206.06室]<br />ピカソ、ダリ、ミロの3大巨匠の作品はどれも素晴らしいものばかりですが、見逃せないのは『ゲルニカ』です。縦3.5m、横7.8mの巨大なキャンバスにモノクロームでスペイン内戦の惨状を描いた作品であり、反戦・反抗の象徴として世界中で絶賛されています。敢えて色調を黒や白、灰色で描き、悲劇が起こった不条理を強く訴求しています。<br />『ゲルニカ』が描かれた1937年は、第二次世界大戦勃発の2年前であり、様々な国の思惑が働いた年でした。往時のスペインは共和派が国を治めており、この共和派を支持していたのがソ連。それに対してフランシスコ・フランコ率いる保守派が反乱を起こし、この保守派を支持していたのがナチス・ドイツでした。<br />『ゲルニカ』は、スペイン北部のバスク州にある人口6000人の小都市の名前です。自由と独立の象徴の街だったため、フランコの要請により支援軍なるヒットラー率いる航空部隊コンドル軍団による史上初の無差別空爆で炎の海に化しました。死者は598名、1500余人の負傷者を出す惨禍となりました。ピカソはこの空爆に強く心動かされ、戦争の醜さと恐怖を表現するため、油彩よりも乾きが速い工業用ペンキを用いて1ヶ月程で完成させ、1937年のパリ万国博覧会のスペイン館に出展しました。これによってゲルニカ空爆の悲惨さが世界に広まりました。この絵画は一時ニューヨーク近代美術館に預けられましたが、スペイン政府の返還要請に対し、ピカソはフランコ独裁に抗議して「スペインに自由が戻るまでこの絵を戻すことはない」と拒否したことでも有名な作品です。<br />思っていたよりも大きな絵でしたので吃驚ポンです。モノクロームの濃淡で描く阿鼻叫喚の図は、ピカソの怒りが絵画から溢れださんばかりの迫力です。<br />愛してやまぬ祖国が惨禍を受けたことを嘆き、その出来事を闘牛で象徴したものとされています。人間のような目を持つ闘牛の頭、その下には空爆の犠牲となった子供を抱えて泣き叫ぶ母親、狂ったように叫ぶ馬、天を仰いで救いを求める者など、逃げまどい苦しみ叫ぶ人々や動物の様子を描いています。左下で倒れている人物はピカソ自身だそうです。尚、闘牛や馬が意味するものとしては、牛をファシズム、馬を抑圧された人民とする解釈や、牛を人民戦線、馬をフランコ主義とする解釈などもあります。<br />これに対し、ピカソは次のように論破しています。「牡牛は牡牛だ。馬は馬だ。…もし私の絵の中の物に何か意味を持たせようとするなら、それは時として正しいかもしれないが、意味を持たせようとするのは私のアイディアではない。君らが思う考えや結論は私も考えつくことだが、本能的に、そして無意識に、私は絵のために絵を描くのであり、物があるがままに物を描くのだ」。<br />数多くの女性遍歴で知られるピカソは、ゲルニカ制作時はバレリーナで貴族出身のオルガ・コクローヴァと結婚していましたが、ドラ・マールやフランソワーズ・ジローとも愛人関係にありました。ところがピカソが『ゲルニカ』制作に取り組んでいる最中、この2人の愛人が取っ組み合いの喧嘩を始めたという逸話があります。2人の修羅場を目の当たりにしたピカソはインスピレーションを受け、『ゲルニカ』の中で両腕を掲げて泣き叫ぶ右上の女性をドラ・マール、絵の中央でランプを持ち室内を覗き込んでいる女性をフランソワーズ・ジローとして描いたとも言われています。<br />しかし、実際はピカソがフランソワーズと出会ったのは『ゲルニカ』完成後のことであり、このエピソードには若干無理があるようです。しかし、ピカソならこんなことが本当にあっても不思議ではないと思わせてしまうほど、型破りで特異な個性の表れであり、その余人に代えがたい奇抜で自由な生き方と天賦の発想力にはただただ脱帽です。<br />ピカソも言う通り、『ゲルニカ』の解説には何の意味もありません。アートですのでそれを受け取る人の感受性で捉え方は全く異なります。絵画は芸術家の主義主張を具現化したものであり、それを受け留めるのは鑑賞者自身なのです。

    パブロ・ピカソ『ゲルニカ』(1937年)[第206.06室]
    ピカソ、ダリ、ミロの3大巨匠の作品はどれも素晴らしいものばかりですが、見逃せないのは『ゲルニカ』です。縦3.5m、横7.8mの巨大なキャンバスにモノクロームでスペイン内戦の惨状を描いた作品であり、反戦・反抗の象徴として世界中で絶賛されています。敢えて色調を黒や白、灰色で描き、悲劇が起こった不条理を強く訴求しています。
    『ゲルニカ』が描かれた1937年は、第二次世界大戦勃発の2年前であり、様々な国の思惑が働いた年でした。往時のスペインは共和派が国を治めており、この共和派を支持していたのがソ連。それに対してフランシスコ・フランコ率いる保守派が反乱を起こし、この保守派を支持していたのがナチス・ドイツでした。
    『ゲルニカ』は、スペイン北部のバスク州にある人口6000人の小都市の名前です。自由と独立の象徴の街だったため、フランコの要請により支援軍なるヒットラー率いる航空部隊コンドル軍団による史上初の無差別空爆で炎の海に化しました。死者は598名、1500余人の負傷者を出す惨禍となりました。ピカソはこの空爆に強く心動かされ、戦争の醜さと恐怖を表現するため、油彩よりも乾きが速い工業用ペンキを用いて1ヶ月程で完成させ、1937年のパリ万国博覧会のスペイン館に出展しました。これによってゲルニカ空爆の悲惨さが世界に広まりました。この絵画は一時ニューヨーク近代美術館に預けられましたが、スペイン政府の返還要請に対し、ピカソはフランコ独裁に抗議して「スペインに自由が戻るまでこの絵を戻すことはない」と拒否したことでも有名な作品です。
    思っていたよりも大きな絵でしたので吃驚ポンです。モノクロームの濃淡で描く阿鼻叫喚の図は、ピカソの怒りが絵画から溢れださんばかりの迫力です。
    愛してやまぬ祖国が惨禍を受けたことを嘆き、その出来事を闘牛で象徴したものとされています。人間のような目を持つ闘牛の頭、その下には空爆の犠牲となった子供を抱えて泣き叫ぶ母親、狂ったように叫ぶ馬、天を仰いで救いを求める者など、逃げまどい苦しみ叫ぶ人々や動物の様子を描いています。左下で倒れている人物はピカソ自身だそうです。尚、闘牛や馬が意味するものとしては、牛をファシズム、馬を抑圧された人民とする解釈や、牛を人民戦線、馬をフランコ主義とする解釈などもあります。
    これに対し、ピカソは次のように論破しています。「牡牛は牡牛だ。馬は馬だ。…もし私の絵の中の物に何か意味を持たせようとするなら、それは時として正しいかもしれないが、意味を持たせようとするのは私のアイディアではない。君らが思う考えや結論は私も考えつくことだが、本能的に、そして無意識に、私は絵のために絵を描くのであり、物があるがままに物を描くのだ」。
    数多くの女性遍歴で知られるピカソは、ゲルニカ制作時はバレリーナで貴族出身のオルガ・コクローヴァと結婚していましたが、ドラ・マールやフランソワーズ・ジローとも愛人関係にありました。ところがピカソが『ゲルニカ』制作に取り組んでいる最中、この2人の愛人が取っ組み合いの喧嘩を始めたという逸話があります。2人の修羅場を目の当たりにしたピカソはインスピレーションを受け、『ゲルニカ』の中で両腕を掲げて泣き叫ぶ右上の女性をドラ・マール、絵の中央でランプを持ち室内を覗き込んでいる女性をフランソワーズ・ジローとして描いたとも言われています。
    しかし、実際はピカソがフランソワーズと出会ったのは『ゲルニカ』完成後のことであり、このエピソードには若干無理があるようです。しかし、ピカソならこんなことが本当にあっても不思議ではないと思わせてしまうほど、型破りで特異な個性の表れであり、その余人に代えがたい奇抜で自由な生き方と天賦の発想力にはただただ脱帽です。
    ピカソも言う通り、『ゲルニカ』の解説には何の意味もありません。アートですのでそれを受け取る人の感受性で捉え方は全く異なります。絵画は芸術家の主義主張を具現化したものであり、それを受け留めるのは鑑賞者自身なのです。

  • ピカソ『ゲルニカ』のスケッチ(1937年)<br />『ゲルニカ』の周りや前室には、ゲルニカ制作前に描かれた沢山のデッサンが展示されています。また、子どもを抱える母親や兵士、馬、牛など、パーツ毎に細かくデッサンされています。更には、ピカソの愛人だったカメラマンで画家のドラ・マールが撮影した『ゲルニカ』の制作過程の写真も展示され、完成までの過程を時系列で辿ることができます。面白いことに、ピカソ自身であると言われる左下に倒れている兵士は、初期段階では右側に頭を向けて描かれていたことが判ります。<br />この絵は構想がだいぶ煮詰まってきた段階のものです。

    ピカソ『ゲルニカ』のスケッチ(1937年)
    『ゲルニカ』の周りや前室には、ゲルニカ制作前に描かれた沢山のデッサンが展示されています。また、子どもを抱える母親や兵士、馬、牛など、パーツ毎に細かくデッサンされています。更には、ピカソの愛人だったカメラマンで画家のドラ・マールが撮影した『ゲルニカ』の制作過程の写真も展示され、完成までの過程を時系列で辿ることができます。面白いことに、ピカソ自身であると言われる左下に倒れている兵士は、初期段階では右側に頭を向けて描かれていたことが判ります。
    この絵は構想がだいぶ煮詰まってきた段階のものです。

  • ジョアン・ミロ『カタツムリ、女、花、星』[第206.05室](1934年)<br />『ゲルニカ』の手前の部屋に展示されていたため、この作品は観光ガイドさんは素通りでした。<br />抽象的で自由奔放なミロ独特の視点で対象物を描いているのが印象的です。<br />記号のようなモチーフが浮遊し、いらない物を削ったらこうなった的な代表作です。絵画でありながら、そこにデザイン化した文字を入れるなど発想の斬新さも魅力です。

    ジョアン・ミロ『カタツムリ、女、花、星』[第206.05室](1934年)
    『ゲルニカ』の手前の部屋に展示されていたため、この作品は観光ガイドさんは素通りでした。
    抽象的で自由奔放なミロ独特の視点で対象物を描いているのが印象的です。
    記号のようなモチーフが浮遊し、いらない物を削ったらこうなった的な代表作です。絵画でありながら、そこにデザイン化した文字を入れるなど発想の斬新さも魅力です。

  • サルバドール・ダリ『偉大なる手淫者』[第205室](1929年)<br />ダリ自身の性的妄想を表現したものとされる作品で、独自のスタイルによる奇妙なダリ・ワールドが展開されています。パッと見何が何だか分からない絵ですが、細部まで観るとアリやバッタがいたり、遠くから全体を見ると人の横顔に見えたりします。<br />右上の女性は後の1934年に結婚するガラであり、地面に鼻を突き刺しているような横顔はダリ本人です。バッタにたかるアリがダリの顔まで這い上がってきており、これはダリ自身の恐怖心を表しています。近付いたり遠ざかったり、目を細めて観たりするとこの絵の多彩な表情を堪能できます。<br />因みにダリの作品には、必ずと言っていいほど「カダケスの海」が描かれています。カダケスはダリの生まれたフィゲラス近郊の漁村で、ダリはその海辺の景色を愛してました。そこにはこの絵の横顔にそっくりな形の岩があるそうです。

    サルバドール・ダリ『偉大なる手淫者』[第205室](1929年)
    ダリ自身の性的妄想を表現したものとされる作品で、独自のスタイルによる奇妙なダリ・ワールドが展開されています。パッと見何が何だか分からない絵ですが、細部まで観るとアリやバッタがいたり、遠くから全体を見ると人の横顔に見えたりします。
    右上の女性は後の1934年に結婚するガラであり、地面に鼻を突き刺しているような横顔はダリ本人です。バッタにたかるアリがダリの顔まで這い上がってきており、これはダリ自身の恐怖心を表しています。近付いたり遠ざかったり、目を細めて観たりするとこの絵の多彩な表情を堪能できます。
    因みにダリの作品には、必ずと言っていいほど「カダケスの海」が描かれています。カダケスはダリの生まれたフィゲラス近郊の漁村で、ダリはその海辺の景色を愛してました。そこにはこの絵の横顔にそっくりな形の岩があるそうです。

  • ダリ『偉大なる手淫者』[第205室](1929年)<br />アリやバッタのズームアップです。<br />余談ですが、ダリはあの有名なキャンディー「チュッパチャプス」のロゴを描いています。チュッパチャプスの発明者はグローバル化を図るための新デザイン求めており、ダリと食事をした折に依頼すると、テーブルの上にあったナプキンにスラスラとデザインロゴの原型を描いたそうです。それを見た考案者が、一目で気に入ったのが始まりです。

    ダリ『偉大なる手淫者』[第205室](1929年)
    アリやバッタのズームアップです。
    余談ですが、ダリはあの有名なキャンディー「チュッパチャプス」のロゴを描いています。チュッパチャプスの発明者はグローバル化を図るための新デザイン求めており、ダリと食事をした折に依頼すると、テーブルの上にあったナプキンにスラスラとデザインロゴの原型を描いたそうです。それを見た考案者が、一目で気に入ったのが始まりです。

  • ダリ『透明人間』[第205室](1929年頃)<br />遠ざかってぼんやりと見ると透明人間が現れます。この絵は一種の騙し絵であり、近くで観ているとつい不思議な像や山などに目が行ってしまいます。しかし遠ざかって全体を眺めると、膝の上に手を置いて座っている男性(=透明人間)が現れる仕掛けになっており、2通りの愉しみ方ができる作品です。ダリは子供を産める女性を崇拝していたそうで、作品にもそれが表れています。この絵の中には子宮や卵子も描かれているそうです。

    ダリ『透明人間』[第205室](1929年頃)
    遠ざかってぼんやりと見ると透明人間が現れます。この絵は一種の騙し絵であり、近くで観ているとつい不思議な像や山などに目が行ってしまいます。しかし遠ざかって全体を眺めると、膝の上に手を置いて座っている男性(=透明人間)が現れる仕掛けになっており、2通りの愉しみ方ができる作品です。 ダリは子供を産める女性を崇拝していたそうで、作品にもそれが表れています。この絵の中には子宮や卵子も描かれているそうです。

  • ダリ『Angelus arquitectnico de Millet』[第205室](1933年) <br />この絵画もよく目に触れるダリ作品のひとつですが、何が描かれているのかさっぱり判らない作品のひとつではないでしょうか?<br />これは、ミレー『晩鐘』のアンジェラスの鐘に合わせて祈りを捧げているシーンをモチーフに、その構図を模倣した作品と言われています。「angelus(アンジェラス)」はラテン語で「エンジェル、天使」を指し、具体的には神の言葉を伝える天使ガブリエルによる「受胎告知」とされています。<br />実は、ダリはミレーの絵画がお気に入りで『El mito tragico del Angelus de Millet(ミレー『晩鐘』の悲劇的神話)』という本を執筆しているほどです。<br />因みにミレー『晩鐘』の構図も、フラ・アンジェリコ『受胎告知』から着想を得たものと言われます。<br />ダリは著書の中で次のように吐露しています。「農夫の足元の籠は不自然であり、元々は籠ではなく、彼らの子供を入れた棺を描いたものであり、一日の感謝の祈りではなく、貧しさにより亡くした子を葬った夫婦の祈りや嘆きであり、何らかの事情で最終的に現在の描写に変更したに違いない」。そしてこの主張に基づいてX線で調査したところ、籠の下には黒い壷のような影が見えないでもなく、肯定はされなかったものの現在はペンディング状態だそうです。<br />更にダリの妄想は続き、「女は交尾の後に男を食べるカマキリであり、息子はそんな母に怯えながらも性的な期待でズボンの前を膨らませている…(それを帽子で隠している)」とまで洞察しています。ここが凡人とは違う発想かもしれません。<br />中野京子著『怖い絵2』には、『晩鐘』に固執して同じモチーフの作品を描いており、しかもどの作品にも恐怖が織り込まれるほど「晩鐘には情動反応を惹き起こさせる何かがある」と書かれています。万人を納得させるのは難しいものの、ダリの作品群はミレーへのオマージュと言えるのではないでしょうか?<br />余談ですが、中野女史は「ミレーは、19世紀における最も矛盾した画家のひとり」と言うダリの言葉を肯定し、その矛盾点を説明されています。ミレーは、農民画家になる前は「女性の裸しか描かない画家」であり、時にポルノそのものの絵を描いていた。また、売れないと知りつつ農民の真実の姿を描き続けたと言うのはゴッホの誤解であり、自ら農地を耕したと言うのも先入観からの思い込み、貧窮していたのも9人居る子供の幼かった頃の話だった等々…。<br />『怖い絵2』を読んで今まで抱いていたミレー像が音を立てて瓦解してしまったのは、『怖い絵』以上の恐怖体験でした。

    ダリ『Angelus arquitectnico de Millet』[第205室](1933年)
    この絵画もよく目に触れるダリ作品のひとつですが、何が描かれているのかさっぱり判らない作品のひとつではないでしょうか?
    これは、ミレー『晩鐘』のアンジェラスの鐘に合わせて祈りを捧げているシーンをモチーフに、その構図を模倣した作品と言われています。「angelus(アンジェラス)」はラテン語で「エンジェル、天使」を指し、具体的には神の言葉を伝える天使ガブリエルによる「受胎告知」とされています。
    実は、ダリはミレーの絵画がお気に入りで『El mito tragico del Angelus de Millet(ミレー『晩鐘』の悲劇的神話)』という本を執筆しているほどです。
    因みにミレー『晩鐘』の構図も、フラ・アンジェリコ『受胎告知』から着想を得たものと言われます。
    ダリは著書の中で次のように吐露しています。「農夫の足元の籠は不自然であり、元々は籠ではなく、彼らの子供を入れた棺を描いたものであり、一日の感謝の祈りではなく、貧しさにより亡くした子を葬った夫婦の祈りや嘆きであり、何らかの事情で最終的に現在の描写に変更したに違いない」。そしてこの主張に基づいてX線で調査したところ、籠の下には黒い壷のような影が見えないでもなく、肯定はされなかったものの現在はペンディング状態だそうです。
    更にダリの妄想は続き、「女は交尾の後に男を食べるカマキリであり、息子はそんな母に怯えながらも性的な期待でズボンの前を膨らませている…(それを帽子で隠している)」とまで洞察しています。ここが凡人とは違う発想かもしれません。
    中野京子著『怖い絵2』には、『晩鐘』に固執して同じモチーフの作品を描いており、しかもどの作品にも恐怖が織り込まれるほど「晩鐘には情動反応を惹き起こさせる何かがある」と書かれています。万人を納得させるのは難しいものの、ダリの作品群はミレーへのオマージュと言えるのではないでしょうか?
    余談ですが、中野女史は「ミレーは、19世紀における最も矛盾した画家のひとり」と言うダリの言葉を肯定し、その矛盾点を説明されています。ミレーは、農民画家になる前は「女性の裸しか描かない画家」であり、時にポルノそのものの絵を描いていた。また、売れないと知りつつ農民の真実の姿を描き続けたと言うのはゴッホの誤解であり、自ら農地を耕したと言うのも先入観からの思い込み、貧窮していたのも9人居る子供の幼かった頃の話だった等々…。
    『怖い絵2』を読んで今まで抱いていたミレー像が音を立てて瓦解してしまったのは、『怖い絵』以上の恐怖体験でした。

  • ダリ『Endless Enigma(果てしない謎)』[第205室](1938年)<br />本作品は、ダリの最も得意とするダブルイメージの技法(複数のイメージを重ねて描く手法)が用いられ、一見何が書いてあるか判り難い難解な作品となっています。画面の中に6種類ものイメージを重複させたマルチイメージ(騙し絵)作品であり、作品の発表時、あまりにも複雑なので説明図を付けさせられたという逸話も残されています。<br />①クレウス岬の浜辺で帆を繕う座った女の後姿と船<br />②寝そべる哲学者<br />③白痴のキュクロープスの顔(ギリシア神話に登場する一つ目の巨人)<br />④ナシを乗せた果物鉢とマンドリン/テーブルの上の2つのイチジク<br />⑤グレイハウンド(狩猟犬種)<br />⑥神話的動物<br />観光ガイドさんは、この作品を含めて3点を丁寧に解説されただけでした。この手の作品は趣向に左右されるので万人受けはしないのですが、「アハ!」体験ができるので脳の活性化には有効です。皆さんもトライしてみてください。

    ダリ『Endless Enigma(果てしない謎)』[第205室](1938年)
    本作品は、ダリの最も得意とするダブルイメージの技法(複数のイメージを重ねて描く手法)が用いられ、一見何が書いてあるか判り難い難解な作品となっています。 画面の中に6種類ものイメージを重複させたマルチイメージ(騙し絵)作品であり、作品の発表時、あまりにも複雑なので説明図を付けさせられたという逸話も残されています。
    ①クレウス岬の浜辺で帆を繕う座った女の後姿と船
    ②寝そべる哲学者
    ③白痴のキュクロープスの顔 (ギリシア神話に登場する一つ目の巨人)
    ④ナシを乗せた果物鉢とマンドリン/テーブルの上の2つのイチジク
    ⑤グレイハウンド (狩猟犬種)
    ⑥神話的動物
    観光ガイドさんは、この作品を含めて3点を丁寧に解説されただけでした。この手の作品は趣向に左右されるので万人受けはしないのですが、「アハ!」体験ができるので脳の活性化には有効です。皆さんもトライしてみてください。

  • ダリ『The Lobster』[第205室](1935年)<br />ダリの作品は、意匠に多く使われています。こうしたロブスターも同様です。<br />例えば、ダリがスキャパレッリとコラボしたことで名高い「ロブスター・ドレス」という代物があります。真っ白なドレスに真っ赤なロブスターがプリントされた大胆なデザインです。これをウィンザー公爵夫人となったウィリス・シンプソン夫人が着用し、セシル・ビートン卿が写真を撮ったことで歴史的に有名な作品です。<br />ただし、ドレスに描かれたロブスターはこの絵のようにシュールなのもではなく、どちらかと言えば和風感覚です。興味のある方は、次のサイトをチェックしてください。これを着こなすには、相当の度胸が必要かもしれません。<br />http://matome.naver.jp/odai/2145614521158860601/2145619307683868903

    ダリ『The Lobster』[第205室](1935年)
    ダリの作品は、意匠に多く使われています。こうしたロブスターも同様です。
    例えば、ダリがスキャパレッリとコラボしたことで名高い「ロブスター・ドレス」という代物があります。真っ白なドレスに真っ赤なロブスターがプリントされた大胆なデザインです。これをウィンザー公爵夫人となったウィリス・シンプソン夫人が着用し、セシル・ビートン卿が写真を撮ったことで歴史的に有名な作品です。
    ただし、ドレスに描かれたロブスターはこの絵のようにシュールなのもではなく、どちらかと言えば和風感覚です。興味のある方は、次のサイトをチェックしてください。これを着こなすには、相当の度胸が必要かもしれません。
    http://matome.naver.jp/odai/2145614521158860601/2145619307683868903

  • ダリ『茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』[第205室](1935年)<br />この絵画のカラー版の油彩作品は、フィラデルフィア美術館に所蔵されています。<br />怪物の手足や指先が茹でたインゲン豆に見えることからこの画題が付けられ、今にも弾けそうなインゲン豆と今にも勃発しそうなスペインの内乱を真骨頂のダブルイメージで表現した作品です。<br />怪物は倒れた木や箱の上に立ち、モノトーンの明暗で迫り来る不安を表現しているように思います。手と足だけの奇妙な怪物が、首と足と乳房だけの怪物とレスリングをしているような不思議な作品です。2体のように見えますが、実際は1つの身体内であり、これは自己分裂を起こし始めた状態を表しているそうです。 <br />ダリは自己の予言を証明するため、戦後にタイトルを「内乱の予感」に変更しています。ダリによると、迫りつつあるスペイン内戦の不安を予言した作品だそうです。ダリの予言力が発揮された作品であり、ダリは理性で考えた未来よりも潜在意識・無意識におけるイメージの高さを認識したと言います。この他にも予言力を発揮した作品があり、『新人類の誕生を見つめる地政学の子供』では第二次世界大戦後のアメリカ繁栄の時代を的中させています。  <br />スペイン内戦が勃発する2年前の1934年、ダリとガラはゼネストやカタルーニャ分離独立派の武装蜂起の影響を受け、カタルーニャに閉じ込められてしまい、その時にスペイン内戦を予感したそうです。その後、2人はパリへ逃亡し、そこで結婚します。ダリとガラをパリへ誘導してくれた護衛は、2人をパリへ誘導したあとスペインに戻り、内戦で戦死したそうです。 <br />内戦後、ダリがスペインに戻るとポルトリガトの自宅は戦争で破壊されており、また妹のアナ・マリアは共産主義兵士たちによって投獄されて拷問を受け、友人である詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカはファシストによって銃殺されたことに大変なショックを受けたと言われています。

    ダリ『茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』[第205室](1935年)
    この絵画のカラー版の油彩作品は、フィラデルフィア美術館に所蔵されています。
    怪物の手足や指先が茹でたインゲン豆に見えることからこの画題が付けられ、今にも弾けそうなインゲン豆と今にも勃発しそうなスペインの内乱を真骨頂のダブルイメージで表現した作品です。
    怪物は倒れた木や箱の上に立ち、モノトーンの明暗で迫り来る不安を表現しているように思います。手と足だけの奇妙な怪物が、首と足と乳房だけの怪物とレスリングをしているような不思議な作品です。2体のように見えますが、実際は1つの身体内であり、これは自己分裂を起こし始めた状態を表しているそうです。
    ダリは自己の予言を証明するため、戦後にタイトルを「内乱の予感」に変更しています。ダリによると、迫りつつあるスペイン内戦の不安を予言した作品だそうです。ダリの予言力が発揮された作品であり、ダリは理性で考えた未来よりも潜在意識・無意識におけるイメージの高さを認識したと言います。この他にも予言力を発揮した作品があり、『新人類の誕生を見つめる地政学の子供』では第二次世界大戦後のアメリカ繁栄の時代を的中させています。
    スペイン内戦が勃発する2年前の1934年、ダリとガラはゼネストやカタルーニャ分離独立派の武装蜂起の影響を受け、カタルーニャに閉じ込められてしまい、その時にスペイン内戦を予感したそうです。その後、2人はパリへ逃亡し、そこで結婚します。ダリとガラをパリへ誘導してくれた護衛は、2人をパリへ誘導したあとスペインに戻り、内戦で戦死したそうです。
    内戦後、ダリがスペインに戻るとポルトリガトの自宅は戦争で破壊されており、また妹のアナ・マリアは共産主義兵士たちによって投獄されて拷問を受け、友人である詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカはファシストによって銃殺されたことに大変なショックを受けたと言われています。

  • ダリとマン・レイのコラボによる彫刻作品[第205室](1933-34年)<br />顔が左右半分に分かれており、右側は顔が煉瓦の壁で覆われています。左側はその煉瓦が外され、アンダルシアの青い空にマンテーニャ風の細長い雲が流れています。顎の部分には人影もあります。また、右側の壁が一部破れ、そこからアンダルシアの青空が覗いています。<br />台座にも何か描かれていますが、煉瓦で覆われた女性の顔と同様にこれも欲望のメタファーだと思われます。

    ダリとマン・レイのコラボによる彫刻作品[第205室](1933-34年)
    顔が左右半分に分かれており、右側は顔が煉瓦の壁で覆われています。左側はその煉瓦が外され、アンダルシアの青い空にマンテーニャ風の細長い雲が流れています。顎の部分には人影もあります。また、右側の壁が一部破れ、そこからアンダルシアの青空が覗いています。
    台座にも何か描かれていますが、煉瓦で覆われた女性の顔と同様にこれも欲望のメタファーだと思われます。

  • ダリとマン・レイのコラボによる彫刻作品[第205室]<br />こちらは顔がなく、その下が透明ガラスで真っ二つにされています。<br />頸部は円盤状のカッターで抉られた肉体の断面を見せ、そこには潜水艦の扉を彷彿とさせる丸窓が付けられています。<br />下方に滲み出した多彩な絵の具は、これも欲望のメタファーなのでしょう。

    ダリとマン・レイのコラボによる彫刻作品[第205室]
    こちらは顔がなく、その下が透明ガラスで真っ二つにされています。
    頸部は円盤状のカッターで抉られた肉体の断面を見せ、そこには潜水艦の扉を彷彿とさせる丸窓が付けられています。
    下方に滲み出した多彩な絵の具は、これも欲望のメタファーなのでしょう。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />何の変哲もない階段ですが、よく観ると青いペンキが一筋続いています。<br />誰かが誤ってペンキをこぼしてしまったと思われるかもしれませんが、これもアート作品だそうです。<br />人に踏まれるためメンテナンスするのも大変だと思いますが、思わず頬が弛む作品ですので、是非続けていただきたいと思います。

    ソフィア王妃芸術センター
    何の変哲もない階段ですが、よく観ると青いペンキが一筋続いています。
    誰かが誤ってペンキをこぼしてしまったと思われるかもしれませんが、これもアート作品だそうです。
    人に踏まれるためメンテナンスするのも大変だと思いますが、思わず頬が弛む作品ですので、是非続けていただきたいと思います。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />前身が病院と言うこともあり、かつての姿を偲ばせる場所が随所に見られます。

    ソフィア王妃芸術センター
    前身が病院と言うこともあり、かつての姿を偲ばせる場所が随所に見られます。

  • ソフィア王妃芸術センター<br />左に彫刻作品などが展示されているパティオを見渡せる回廊を通り、出口付近にあるミュージアム・ショップにてトイレ休憩10分となります。<br />結局、案内されたのは第206.06室の『ゲルニカ関係』と第205室のダリ関係だけでした。現代アート、特にミロの作品の解説が難しいことは理解できますが、これではツアー客を軽んじているとしか思えません。実はこの後、免税店でのショッピングに40分程費やしています。どうやら観光ガイドさんにリベートが入る仕組みのようです。そのためにソフィア王妃芸術センターのアート鑑賞を蔑ろにされたかと思うと怒り心頭です。こんなガイドさんばかりとは思いたくありませんが、せめてフリー鑑賞もできるようにしていただけると最高なのですが…。<br />ツアーの良い点は、それぞれの土地の目玉になるスポットを観光ポイントに置き、効率よく回れることです。半面、観光マニュアルにあるさわりだけを短時間で見て回るため、中身が希薄なのが残念な所です。ツアーを数倍愉しくするには、事前に4travelなどの旅行ブログで見るべきポイントをマークすることが欠かせません。<br />以下は、トイレ休憩中に添乗員さんに断ってから鑑賞しに行った作品と、是非鑑賞していただきたい代表作品を紹介いたします。

    ソフィア王妃芸術センター
    左に彫刻作品などが展示されているパティオを見渡せる回廊を通り、出口付近にあるミュージアム・ショップにてトイレ休憩10分となります。
    結局、案内されたのは第206.06室の『ゲルニカ関係』と第205室のダリ関係だけでした。現代アート、特にミロの作品の解説が難しいことは理解できますが、これではツアー客を軽んじているとしか思えません。実はこの後、免税店でのショッピングに40分程費やしています。どうやら観光ガイドさんにリベートが入る仕組みのようです。そのためにソフィア王妃芸術センターのアート鑑賞を蔑ろにされたかと思うと怒り心頭です。こんなガイドさんばかりとは思いたくありませんが、せめてフリー鑑賞もできるようにしていただけると最高なのですが…。
    ツアーの良い点は、それぞれの土地の目玉になるスポットを観光ポイントに置き、効率よく回れることです。半面、観光マニュアルにあるさわりだけを短時間で見て回るため、中身が希薄なのが残念な所です。ツアーを数倍愉しくするには、事前に4travelなどの旅行ブログで見るべきポイントをマークすることが欠かせません。
    以下は、トイレ休憩中に添乗員さんに断ってから鑑賞しに行った作品と、是非鑑賞していただきたい代表作品を紹介いたします。

  • ミロ『パイプをくわえた男』[第202室](1925年)<br />お目当ては、ピカソ『青衣の女』でしたが、その途中で見かけた作品です。しかしじっくり鑑賞する時間などありません。<br />ソフィア王妃芸術センターが所蔵するミロ作品の多くは、原色を使った陽気な抽象表現を好んだ70年代後半のものですが、『パイプを吸う男』は初期の作品に当たります。<br />落ち着いた色調の背景には赤い線が1本あり、幻覚のようなシュルレアリスム的なETを彷彿とさせる人物が描かれています。大きな丸い目は真っ直ぐにこちらを見つめ、口には細いパイプをくわえています。首は軟体動物のように伸びきってしまい、顔は横向きですが、胸は正面から描かれています。パイプが何を意味するかは、観る者に委ねられています。<br />こうした難解な「ミロ・コード(暗示)」を散り嵌め、悪戯っぽい少年のような視線を感じさせる表現方法がミロの真骨頂です。こうした「ミロ・コード」により、シンプルな造形が観る者のイメージを無限に膨らませます。この人物は単純でありながら、不思議と生命観に溢れ、どんな男で何を考えているのか自由に想像力を広げることができます。

    ミロ『パイプをくわえた男』[第202室](1925年)
    お目当ては、ピカソ『青衣の女』でしたが、その途中で見かけた作品です。しかしじっくり鑑賞する時間などありません。
    ソフィア王妃芸術センターが所蔵するミロ作品の多くは、原色を使った陽気な抽象表現を好んだ70年代後半のものですが、『パイプを吸う男』は初期の作品に当たります。
    落ち着いた色調の背景には赤い線が1本あり、幻覚のようなシュルレアリスム的なETを彷彿とさせる人物が描かれています。大きな丸い目は真っ直ぐにこちらを見つめ、口には細いパイプをくわえています。首は軟体動物のように伸びきってしまい、顔は横向きですが、胸は正面から描かれています。パイプが何を意味するかは、観る者に委ねられています。
    こうした難解な「ミロ・コード(暗示)」を散り嵌め、悪戯っぽい少年のような視線を感じさせる表現方法がミロの真骨頂です。こうした「ミロ・コード」により、シンプルな造形が観る者のイメージを無限に膨らませます。この人物は単純でありながら、不思議と生命観に溢れ、どんな男で何を考えているのか自由に想像力を広げることができます。

  • ピカソ『青衣の女』[第201室](1901年)<br />待望の御対面なのですが、なんとも仏頂面でのお出迎えです。<br />事前情報では『ゲルニカ』関係以外は写真撮影OKとあったので、第206室で係員の方に「Puedo hacer fotos ?(プエド アセル フォトス?=写真を撮ってもいいですか?)」と尋ねてみました。すると206室は全てNG、またピカソ関係も全てNGだと言われたように思います。恐らくこの作品もNGだと思い写真は撮らなかったのですが、ネットではこの写真が溢れています。この部屋の係員の方に確認すればよかったと後悔しています。<br /><br />ピカソの苦悩が青い色調と共に哀愁を漂わす「青の時代」初期の作品です。親友カサジェマスを自殺で失った悲しみから、青という寒色を使って死や苦悩、絶望などネガティブなモチーフを絵で表現した1901~04年までの作風を通称「青の時代」と呼んでいます。この時代の作品は、物乞いや売春婦、社会的弱者たちを感傷的に描き出しています。自らの貧困と重ね合わせ、人生の悲哀や絶望の中でも失われない尊厳を描き出した作品は、鑑賞者の共感を呼んでいます。<br />豪華な青い衣装を身に纏った女性の肖像画です。モデルは特におらず、ピカソの記憶の中に現れたパリジェンヌとされています。暗い色使いの中、ルージュの紅色だけが妖艶に映り、不気味な雰囲気を放っています。<br />この絵画は、マドリード滞在中のピカソが21歳の時に描いた作品であり、全国美術展で佳作に選ばれましたが、ピカソは賞を受け取らず、この絵画はその後10年間、お蔵入りになったようです。<br />この時代の絵画とキュビズム時代とでは絵筆のタッチが全く別人です。

    ピカソ『青衣の女』[第201室](1901年)
    待望の御対面なのですが、なんとも仏頂面でのお出迎えです。
    事前情報では『ゲルニカ』関係以外は写真撮影OKとあったので、第206室で係員の方に「Puedo hacer fotos ?(プエド アセル フォトス?=写真を撮ってもいいですか?)」と尋ねてみました。すると206室は全てNG、またピカソ関係も全てNGだと言われたように思います。恐らくこの作品もNGだと思い写真は撮らなかったのですが、ネットではこの写真が溢れています。この部屋の係員の方に確認すればよかったと後悔しています。

    ピカソの苦悩が青い色調と共に哀愁を漂わす「青の時代」初期の作品です。親友カサジェマスを自殺で失った悲しみから、青という寒色を使って死や苦悩、絶望などネガティブなモチーフを絵で表現した1901~04年までの作風を通称「青の時代」と呼んでいます。この時代の作品は、物乞いや売春婦、社会的弱者たちを感傷的に描き出しています。自らの貧困と重ね合わせ、人生の悲哀や絶望の中でも失われない尊厳を描き出した作品は、鑑賞者の共感を呼んでいます。
    豪華な青い衣装を身に纏った女性の肖像画です。モデルは特におらず、ピカソの記憶の中に現れたパリジェンヌとされています。暗い色使いの中、ルージュの紅色だけが妖艶に映り、不気味な雰囲気を放っています。
    この絵画は、マドリード滞在中のピカソが21歳の時に描いた作品であり、全国美術展で佳作に選ばれましたが、ピカソは賞を受け取らず、この絵画はその後10年間、お蔵入りになったようです。
    この時代の絵画とキュビズム時代とでは絵筆のタッチが全く別人です。

  • ピカソ『静物(死んだ小鳥)』[第210室](1912年)<br />ここからは事前にマーキングしておいた、鑑賞お勧め作品になります。<br />縦45cm、横65cmというサイズの小作品です。ピカソが30代の時、友人のブラックと共に編みだした「キュビズム」手法を駆使した作品です。この作品は、画中の文字や2羽の小鳥が比較的見分け易くなっています。ピカソは、鳥が好きだったため、鳥をモチーフにした作品を数多く残しています。

    ピカソ『静物(死んだ小鳥)』[第210室](1912年)
    ここからは事前にマーキングしておいた、鑑賞お勧め作品になります。
    縦45cm、横65cmというサイズの小作品です。ピカソが30代の時、友人のブラックと共に編みだした「キュビズム」手法を駆使した作品です。この作品は、画中の文字や2羽の小鳥が比較的見分け易くなっています。ピカソは、鳥が好きだったため、鳥をモチーフにした作品を数多く残しています。

  • ダリ『ヒトラーの謎』(1939年) <br />第205室に展示されているとの事前情報があったのですが、今回は見当たりませんでした。出稼ぎにでも行っているのでしょうか?それとも誤解を招かないよう、社会情勢に配慮して撤去されたのでしょうか?気になる所です。<br />1929年、ダリはシュールレアリスト・グループに正式に加入しました。ところが、1938年、ダリは突然そのグループから除名されてしまいます。公式には、「ダリがヒトラーを崇拝し、ファシズムを支持したため」とされていますが、ダリは「私は多くの男性が女性を夢見るように、ヒトラーの夢をみているのだ」と言っています。<br />この作品は、ヒトラーが飛ぶ鳥を落とす勢いだった第2次世界大戦突入の直前に描かれました。往時のヨーロッパではファシズムが台頭し、ダリが除名になる2年前にはファシストのフランコ将軍がスペインで反乱を起こし、内戦に発展しています。シュールレアリストたちは、こぞって反ファシズム、反フランコの旗を掲げましたが、ダリだけはフランコ支持に回りました。1939年、ナチス・ドイツとイタリアのバックアップにより、フランコは内戦に勝利し、スペインに独裁体制を確立します。<br />何故この絵がヒトラーなのか?よ~くお皿の上を見てください。ナッツに紛れてヒトラーがいます。ダリにとって電話はニュースを知らせるものであり、皿の上のヒトラーは、ミュンヘン会議の後、世界を震撼させた恐ろしい予感を象徴しています。<br />ダリは自らを天才だと公言していましたが、「天才を演じきっていれば天才になれる」とも弁解しています。この言葉の裏には、ヒトラーの「嘘も100回唱えれば本当になる」という思想があるように思えます。本当にダリがヒトラーに心酔していたかと言うと、それははなはだ疑問です。ダリの言うこと描くことが、ダリの本心を反映しているかと言うと必ずしもそうではないからです。

    ダリ『ヒトラーの謎』(1939年) 
    第205室に展示されているとの事前情報があったのですが、今回は見当たりませんでした。出稼ぎにでも行っているのでしょうか?それとも誤解を招かないよう、社会情勢に配慮して撤去されたのでしょうか?気になる所です。
    1929年、ダリはシュールレアリスト・グループに正式に加入しました。ところが、1938年、ダリは突然そのグループから除名されてしまいます。公式には、「ダリがヒトラーを崇拝し、ファシズムを支持したため」とされていますが、ダリは「私は多くの男性が女性を夢見るように、ヒトラーの夢をみているのだ」と言っています。
    この作品は、ヒトラーが飛ぶ鳥を落とす勢いだった第2次世界大戦突入の直前に描かれました。往時のヨーロッパではファシズムが台頭し、ダリが除名になる2年前にはファシストのフランコ将軍がスペインで反乱を起こし、内戦に発展しています。シュールレアリストたちは、こぞって反ファシズム、反フランコの旗を掲げましたが、ダリだけはフランコ支持に回りました。1939年、ナチス・ドイツとイタリアのバックアップにより、フランコは内戦に勝利し、スペインに独裁体制を確立します。
    何故この絵がヒトラーなのか?よ~くお皿の上を見てください。ナッツに紛れてヒトラーがいます。ダリにとって電話はニュースを知らせるものであり、皿の上のヒトラーは、ミュンヘン会議の後、世界を震撼させた恐ろしい予感を象徴しています。
    ダリは自らを天才だと公言していましたが、「天才を演じきっていれば天才になれる」とも弁解しています。この言葉の裏には、ヒトラーの「嘘も100回唱えれば本当になる」という思想があるように思えます。本当にダリがヒトラーに心酔していたかと言うと、それははなはだ疑問です。ダリの言うこと描くことが、ダリの本心を反映しているかと言うと必ずしもそうではないからです。

  • ダリ『窓辺の少女』[第207室](1925年)<br />20歳頃に妹アナ・マリアを描いた作品です。後の作品にみられるダリらしさはまだ表れていません。しかし優しい光の色合いや、重ね塗りで質感を出した髪、鑑賞者をも海を眺めている気分にさせる、浮き立つような窓のブルーなど、ダリの才能を十分に味わえる作品です。同じく妹を描いた『後ろ向きに座る女」』も必見です。<br />この絵の少女は画家の妹であるのに、どことなく色香を感じさせる後ろ姿をしています。元は純朴でおとなしい性格だったダリにとって、当時は妹だけが身近な「女性像」だったからと言われています。

    ダリ『窓辺の少女』[第207室](1925年)
    20歳頃に妹アナ・マリアを描いた作品です。後の作品にみられるダリらしさはまだ表れていません。しかし優しい光の色合いや、重ね塗りで質感を出した髪、鑑賞者をも海を眺めている気分にさせる、浮き立つような窓のブルーなど、ダリの才能を十分に味わえる作品です。同じく妹を描いた『後ろ向きに座る女」』も必見です。
    この絵の少女は画家の妹であるのに、どことなく色香を感じさせる後ろ姿をしています。元は純朴でおとなしい性格だったダリにとって、当時は妹だけが身近な「女性像」だったからと言われています。

  • ミロ『パームツリーのある家』[第209室](1918年)<br />ミロの絵画としては、具体的に描かれた作品だと思います。<br />ミロはシュルレアリスムの画家と言われ、衝撃やエネルギーを感じた時のイメージを放出する作業そのものが作品の制作だったと語っています。<br />現代美術(コンテンポラリーアート)の先駆者マルセル・デュシャンは、「絵は見る者によって作られる」と言っています。そしてそれに呼応するように、ミロは「絵画とは見る者がただ受け身の姿勢をとるような見せ物ではない」と語っています。つまりミロの作品は、見る者の想像を越えた風景画であり、それを解釈するのはその人の深層心理だとも言えます。鑑賞者はミロの絵を目で観るのではなく、感性や心で受け留めることになります。<br />一方、ミロの作品には凶暴性や幼稚さを指摘されるものも少なくなく、とにかく難解です。しかしそれはマイナスのイメージではなく、理性やモラルのフィルターをいとも簡単に取り外してしまう本能がなせる業だと思います。誰をも凌駕する純真無垢と自由闊達により、立ちはだかる壁を彼は易々と飛び越えることができたのだと思います。

    ミロ『パームツリーのある家』[第209室](1918年)
    ミロの絵画としては、具体的に描かれた作品だと思います。
    ミロはシュルレアリスムの画家と言われ、衝撃やエネルギーを感じた時のイメージを放出する作業そのものが作品の制作だったと語っています。
    現代美術(コンテンポラリーアート)の先駆者マルセル・デュシャンは、「絵は見る者によって作られる」と言っています。そしてそれに呼応するように、ミロは「絵画とは見る者がただ受け身の姿勢をとるような見せ物ではない」と語っています。つまりミロの作品は、見る者の想像を越えた風景画であり、それを解釈するのはその人の深層心理だとも言えます。鑑賞者はミロの絵を目で観るのではなく、感性や心で受け留めることになります。
    一方、ミロの作品には凶暴性や幼稚さを指摘されるものも少なくなく、とにかく難解です。しかしそれはマイナスのイメージではなく、理性やモラルのフィルターをいとも簡単に取り外してしまう本能がなせる業だと思います。誰をも凌駕する純真無垢と自由闊達により、立ちはだかる壁を彼は易々と飛び越えることができたのだと思います。

  • グリス『バイオリンとギター』[第210室](1913年)<br />マドリードに生まれ、フランスのパリ活躍した、キュビスムの主唱者です。1906年にパリに出たグリスは、ピカソとブラックのアトリエ近くに住み、彼らやマティス、レジェ、モディリアーニと親交がありました。<br />作風はキュビズムの代表であるピカソの作品のように判り難い抽象的なものとは一線を画し、またキュビスムの中でもカラフルな色彩を使い、何を表現しているのか直感的に判り易いです作品です。つまりキュビズムの基本である画面分割を保ちながらも、分かり易い黄金分割や色彩を反転させた画面構成が多く見られます。色彩感覚については、マティスの色使いが影響しているそうです。<br />グリスの作品にはギターやバイオリンをモチーフにしたものが多いのですが、音楽好きだったと思われます。またノートや本など身近な静物をモチーフにしている作品も沢山描いています。

    グリス『バイオリンとギター』[第210室](1913年)
    マドリードに生まれ、フランスのパリ活躍した、キュビスムの主唱者です。1906年にパリに出たグリスは、ピカソとブラックのアトリエ近くに住み、彼らやマティス、レジェ、モディリアーニと親交がありました。
    作風はキュビズムの代表であるピカソの作品のように判り難い抽象的なものとは一線を画し、またキュビスムの中でもカラフルな色彩を使い、何を表現しているのか直感的に判り易いです作品です。つまりキュビズムの基本である画面分割を保ちながらも、分かり易い黄金分割や色彩を反転させた画面構成が多く見られます。色彩感覚については、マティスの色使いが影響しているそうです。
    グリスの作品にはギターやバイオリンをモチーフにしたものが多いのですが、音楽好きだったと思われます。またノートや本など身近な静物をモチーフにしている作品も沢山描いています。

  • フアン・グリス『海を前にしたギター』[第208室] (1925年)<br />フランスで活躍した画家ですが、ご当地マドリード出身だったこともあり、グリスの絵画が豊富です。イラストレータから画家となった異色のアーティストですが、順路から微妙に外れた所にあるため、鑑賞に訪れる人は少な目だそうです。 

    フアン・グリス『海を前にしたギター』[第208室] (1925年)
    フランスで活躍した画家ですが、ご当地マドリード出身だったこともあり、グリスの絵画が豊富です。イラストレータから画家となった異色のアーティストですが、順路から微妙に外れた所にあるため、鑑賞に訪れる人は少な目だそうです。 

  • グリス『ジョゼット・グリスの肖像』[第210室](1916年)<br />この絵はファン・グリス夫人をモデルにした作品です。<br />自分の姿がキュビズムの世界で描かれるというのは、どんな気持ちなのでしょう…。

    グリス『ジョゼット・グリスの肖像』[第210室](1916年)
    この絵はファン・グリス夫人をモデルにした作品です。
    自分の姿がキュビズムの世界で描かれるというのは、どんな気持ちなのでしょう…。

  • The Spanish People Have a Path that Leads to a Star[Maquette](1937年)<br />パリ万博のスペイン・パビリオンの前に展示された、高さ12.5mあるオブジェのレプリカです。政治的に束縛されたリアリズムに対する意思表示として、アバンギャルド風デカダンスを基にアルベルト・サンチェスが制作した作品です。<br />直訳すれば「スペイン国民には、星へ続く道がある」という題名の彫刻ですが、実物は万博が終わってから行方不明だというミステリアスな作品です。<br />頂点にある赤い星は、元々この作品のものではなく、戦争で破壊された同類のシリーズ作品のものを取り付けたものです。<br /><br />この続きは、ときめきのスペイン周遊⑲マドリード プラド美術館でお届けいたします。

    The Spanish People Have a Path that Leads to a Star[Maquette](1937年)
    パリ万博のスペイン・パビリオンの前に展示された、高さ12.5mあるオブジェのレプリカです。政治的に束縛されたリアリズムに対する意思表示として、アバンギャルド風デカダンスを基にアルベルト・サンチェスが制作した作品です。
    直訳すれば「スペイン国民には、星へ続く道がある」という題名の彫刻ですが、実物は万博が終わってから行方不明だというミステリアスな作品です。
    頂点にある赤い星は、元々この作品のものではなく、戦争で破壊された同類のシリーズ作品のものを取り付けたものです。

    この続きは、ときめきのスペイン周遊⑲マドリード プラド美術館でお届けいたします。

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