2016/09/17 - 2016/09/18
585位(同エリア1368件中)
三峯霧美さん
木曽駒高原に宿がとれたので、御嶽山と御嶽神社参拝と、木曽七福神めぐりをしてきました
2泊の予定が1泊となってしまい寝覚ノ床までで時間切れ。
天候不順と台風の余波で、二日目の午前中は土砂降りの雨に見舞われました。
木曽福島から御嶽山往復は意外と時間がかかります。
-
中央道はお約束の八王子~相模湖間の大渋滞、境川PAまで一気に走って朝食休憩し、伊奈IC到着が10時、自宅から4時間。
権兵衛トンネルを抜けると、木曽に入ります。
木曽七福神めぐりは奈良井の「大宝寺」からなので、奈良井に向かう県道493に入ります。 -
県道493は山の中でも道幅が広く奈良井ダムのダム湖の脇を走ります。
10:30 奈良井ダム
ダム上部は立ち入り禁止ですが、数台分の駐車スペースがありトイレも完備しています。 -
管理事務所の玄関に外出中という札がかかっていましたが、建物の中からドアを開け閉めする音がしていました。
ダメ元でチャイムを押すと、返答があり、ダムカードを頂くことができました。
収集しているわけではありませんが、やっぱりせっかく行ったダムなので、いただけると嬉しい。 -
10:45 奈良井
線路と川の間にある有料駐車場に車を停めて、線路を渡って宿場町に入ります。
駐車場でイラストの案内図をもらいました。 -
数年ぶりの訪問、まずは宿場町の鳥居峠寄りにある鎮神社へ向かいます。
三連休の初日なのに観光客は少なめで、にぎやかな団体さんもいなくて、静かです。 -
10:50 鎮神社
宿場町を見守るように建っています、前に参拝した記憶がほとんどありません。
創建は1150年頃、中原兼遠(木曽義仲の乳母父で巴御前の父)が現在の鳥居峠に建立しました。
1582年に木曽氏と武田氏の戦火で焼失し、奈良井義高によって現在地に遍座されます。鎮神社 寺・神社・教会
-
1618年(徳川秀忠のころ)に疫病が流行りたくさんの人が亡くなったので、千葉の香取神社から経津主命を祭神として迎えました。病が鎮まったので「鎮大明神」と呼ばれるようになりました。
こちらが正参道、中山道に面しています。 -
本殿 1664年造営のどっしりとした黒漆塗り
参拝者も少なく、脇の社務所には入り口に文机があり御朱印のお世話をしてくれる方がにっこりと笑って迎えてくれました。 -
ちょうど御朱印帳の一番端だったので「ちょっと落書きしていいかな?」と言って、奈良井宿と記入していただきました。
いい記念になりました。「今日はどちらから?」と問われたので、埼玉からだと答えると、埼玉からの参拝者は多いが、千葉から来る人が少ないとおっしゃる。
香取神社の神様を祀っているので、千葉には思い入れがあるようです。 -
顔を書き入れた栃の実を頂きました。幸せそうなかわいい顔です。
-
奈良井は町並み保存運動が1968年から始まり、国から重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
お土産を扱う巨大な店はありませんが、一軒一軒、お店を眺めて歩くのも楽しいのですが・・・・今回は残念ながら時間がないので、木曽七福神の「大宝寺」に向かいます。 -
中山道の難所だった鳥居峠を控え、宿場町として栄え、日本一長い宿場町。
建物は建築された年代によって軒高が違い、江戸時代の建物は3.6~4.3mだそうで、
確かめながら、歩くのも楽しいかもしれません・・・が、今回は時間がない。 -
11:09 街道が鍵の手に曲がった先のお寺、きっとここだ!
お寺の玄関から声をかけ、木曽七福神について聞いてみたら「それは隣の大宝寺さんです」・・・間違えてしまいました。
でも、せっかくなので、お参りして、御朱印をお願いしました。
玉龍山長泉寺長泉寺 寺・神社・教会
-
1366年建立の古刹で、本堂は1866年(慶応2年)再建されたものです。
徳川家光の時代から始まった京から江戸に宇治茶を運ぶ「お茶壺道中」の宿泊所になっていました。
本堂の中には江戸時代末期に使われていた「籠」があり、その籠に乗って来られた方は、薩摩藩士で、大名行列の先触れとしてお寺に滞在し、住職と碁を打ったあと客死されたそうです。
お墓はお寺にあり、今でも鹿児島から子孫の方(神道なのに)が、命日にお参りにいらっしゃるそうです。 -
本堂の天井には大きな竜が描かれていて、長さ20m、巾3.5mの大迫力で、30年くらい前まで鳴き龍と呼ばれていたそうですが、今は建物の老朽化によって、音が響かなくなったそうです。この絵は一見の価値があります!間違えてしまったけど、お参りできてよかった。
ちなみに拝観料などはありません。 -
曹洞宗なので長泉禅寺とかいてあるような・・・。
御朱印を頂きました。
一緒に手作りのポケットティッシュカバー(栃の実と一緒に写っている)も頂きました。昭和に流行った懐かしい品。
こちらでも埼玉から来たと答えると、坂戸に関係するお寺があるということでした。
いろいろと説明をしていただいて、とても楽しい時間が持てました。 -
11:25 大宝寺 (広伝山大宝寺)
こちらが木曽七福神のお寺。
参道入り口は見落としてしまいそうです。大宝寺 寺・神社・教会
-
山門に木曽七福神の寿老尊天霊場と看板がかかっていました。これは間違いない。
木曽七福神は国道19号の木曽路の奈良井から妻籠まで、七つのお寺を巡ります。
すべて臨済宗妙心寺派のお寺です。
通年参拝することができ、結願まで何年かかってもいいそうです。 -
門をくぐると右手の建物に参拝受付と休憩用?のテーブルとイスがありました。
無人で机の上に拝観料を入れる箱が置いてあり、本堂の奥の庭園とマリヤ地蔵の位置が書かれた案内図が置いてあります。
本堂や寺務所や玄関など、引き戸の入り口がいくつかあって、どこも扉が開かない。若い女性が二人やってきて、本堂の扉が閉まっているので、そのまま帰って行きましたが、私は七福神の受付をしてもらわずに、帰るわけにはいかないのです。 -
やっとお寺の玄関を見つけました。作務衣をお召しになった白髪のご婦人が、本堂に案内してくださって、ご本尊の釈迦牟尼像と寿老人の像を参拝。
この日は住職さんが御不在とのことで、本尊の御朱印は頂けませんでした。
そのご婦人、手首を骨折してから、朱印を押すことができなくなったとおっしゃっていました。どうぞお大事になさってください。 -
木曽七福神は七つのお寺の参拝料が含まれて一人千円。般若心経と七福神の真言が書かれたお経を頂きました。
「うちのお寺が一番小さいんですよ」とおっしゃられ、「他のお寺に着いたら、まず、この参拝券を真っ先に出してください」ということでした。
参拝料の前払いをした証拠ということですね。 -
七福神の御朱印はお寺によって色の違う和紙に書かれていて、書置きに日付のスタンプが押されます。各お寺ごと200円。
頂いたパンフは平成19年のもので、各寺での待遇が記載されています。
☆各霊場で祈祷と法話・吉兆品の授与・各霊場特色ある接待・満拝記念品(数珠)・各種色紙販売
注意事項に「祈祷と法話ができない場合があります」とのこと。
事前調査で、最近になり吉兆品の授与は中止されたと聞きました。
ご婦人も「どこかのお寺で、何か貰えるかもしれません」とおっしゃっていた。 -
お礼を述べて、本堂脇のお墓にあるマリヤ地蔵を見に行ってみました。
昭和になって近くの藪の中から見つかったお地蔵様は、幼児を抱き、幼児は十字架のようなものを持っています。
キリスト教の信仰が禁止されていたころのものだろうとのこと。 -
11:50 神社とお寺を二つ巡って1時間。参拝旅行って意外と時間がかかるのです。先を急ぐので、駐車場へ戻りますが、連れは「生で食べられるトウモロコシ」なんぞ試食しております。
「美味しかった?」と聞いたら「そーでもない」だそうで、食いっぱなしでお買い上げナシ。 -
中村邸 塗櫛問屋のお屋敷で天保年間(1830~1843)に建てられた典型的な奈良井の建物です。
1969年に川崎民家園に移築の話が持ち上がり、これをきっかけに町並みの保存が行われることになりました。
現在は市の文化財に指定され一般公開されています(300円)
もう12時ですが、この昼のランチは木曽福島の蕎麦屋と決めていたので、次の宮ノ越へ向かいます。 -
12:07 巴淵
宮ノ越の手前に木曽川が山吹山を迂回して流れ、深みになっています。
水が巴の形に渦を巻くところから巴淵と呼ばれ、巴御前はこの淵に住む竜の化身だという伝説があります。巴淵(巴ヶ淵) 自然・景勝地
-
エメラルドグリーンの水がゆったりと流れています。
巴御前は木曽義仲を養育した中原兼遠の娘で、義仲と共に成長し、武術に優れ、義仲に従い、ともに戦場で戦いました。
宮ノ越は木曽義仲が平家打倒の兵を挙げた場所で、巴淵の近くに「旗挙八幡宮」という神社もあるのですが、今回はマップのポイントがズレていて、参拝できませんでした。 -
12:15 宮ノ越 徳音寺 (日照山徳音寺)
木曽義仲の菩提寺で、1168年に源氏再興の祈願所として建てました、また、母の小枝御前を弔うために建立したとも伝えられています。
お寺の入り口は植え込みに囲まれています。駐車場も広すぎて、どこに停めたものか迷ってしまいます。 -
鐘楼門は1723年に木曽義仲24代目末裔の犬山城主、成瀬正幸の母親により寄贈されました。木曽八景の一つ「徳音寺の晩鐘」はこのお寺。
元は山吹山の近くに柏原寺という名で建立されたのですが、義仲の没後、朝日将軍木曽義仲にちなみ、日照山とし、義仲の戒名「徳音院義山宣公」から徳音寺と改称しました。 -
こちらも本堂、玄関共に閉まっているみたいです。
玄関のチャイムを鳴らすと、本堂の引き戸を開けてくださって中に案内されました。
御住職はお留守のようで、奥様らしき方が説明をしてくださいました。
ご本尊は聖観音、七福神は毘沙門天、ともにお参りしました。 -
境内には1780年代に建立された木曽義仲公霊廟(おたまや)があります。
昭和50年につくられた義仲像がかざられています。
境内には資料館もありますが、この日は閉館中と札が出ていました。 -
木曽一族のお墓がありました。
正面に木曽義仲、樋口次郎兼光、巴御前、小枝御前、今井四郎兼平のお墓が並びます。 -
御朱印を頂きました。
御朱印の兜観音は、義仲が信仰したものだそうです。 -
お寺の近くには、義仲館(よしなかやかた)があります。有料の施設ですが、
正面の義仲と巴御前の銅像の前までは無料。
中は義仲の資料と蝋人形などが展示されているようです、残念ですが、時間がないため、銅像撮影だけ。 -
あ~、巴御前は薙刀を持っておりますが、武家の子女が薙刀を扱うのは江戸時代からだそうで、巴御前は太刀と弓矢を使ったそうです。
時刻は12時40分、空腹を訴える連れをなだめて、ランチを予定している木曽福島に向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2016年 御嶽山と木曽路
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2016年 御嶽山と木曽路
0
35