2016/09/05 - 2016/09/08
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かおニャンさん
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9月5日~9月8日の3泊4日で長野と山梨へ車中泊の旅をしてきました
ちょうどこの週は台風などの影響で天気が悪いという予報だったから、
せめて観光するなら雨降らない方がいいので、行く場所の天気を確認し、状況を見ながら観光場所を決めることにしました。
今年は、大河ドラマに映画と真田幸村ブーム?で長野を訪れる方もいると思います。
旅行2日目、、前回同じような時期に上田城址などは行ったので、今回は天守や櫓など建物は残ってない「松代城跡」や、「真田邸」などの真田家にゆかりのある場所に行ってみました。
その後、千曲市にある戸倉上山田温泉地の上にある「荒砥城跡」にも行き、
長野最後は姨捨にも行って、棚田で有名な「姨捨の棚田」は刈り取られる前に見る事が出来ました
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
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朝、松代パーキングエリアを出発し、まず最初に訪れたのは
「象山神社」 -
佐久間象山をお祀りする神社なので、鳥居の前には像があります
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佐久間象山は、江戸時代後期の松代藩士で坂本龍馬、吉田松陰らの師として、ドラマなどでは有名かな?
ココでは[しょうざん]じゃなくて[ぞうざん]と呼ばれてるようです -
鳥居をくぐって境内に入ります
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「象山神社」社殿
象山神社 寺・神社・教会
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社殿横にはご神木のイロハカエデががあります、推定樹齢280年と書かれてました
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このカエデも色づくと綺麗だと思います
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[高義亭]
もとは松代藩主家老望月主水貫恕の下屋敷にあった建物で、1854年(安政元年)佐久間象山は吉田松陰の渡航事件に連座し、国元蟄居を命ぜられ望月氏の屋敷聚遠楼に住んでいたが、来客があるとしばしばこの高義亭の2階の7畳半の間で応対し、国家の時勢を論じたという由緒深い建物。
と説明文に書かれてました -
[高義亭]内部
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[高義亭]内部
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石燈籠
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燈籠の周りにはケイトウが咲いてました
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神社入口付近には[心の池]という池があり、その周りには竹やもみじが見られます
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池の浮いてる小島に無事カエル大明神と書かれたカエルの置物がありました
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次に訪れたのは「松代城跡」
松代城跡 名所・史跡
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武田信玄などが活躍してた、川中島の戦いのころは海津城だったお城です。
その後いくつか改名され、「松代城」と改名されたのは、真田幸道(信之の孫?)の時だそうです。 -
江戸時代末期の松代城イメージ図
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前橋から見たお堀、大きな枝垂れ桜の木が目立ちます
花が咲いた時も見てみたいな... -
[太鼓門]
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本丸跡の所には[海津城址之碑]がありました
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戌亥櫓台は展望台になってるので、上がってみます
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戌亥櫓台の上には桜の木が植えてありました
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戌亥櫓台から見た本丸跡
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戌亥櫓台から百間堀があった方を見ると、今は民家などがあります
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[東不明門]の方から本丸を出ると二の丸の跡があります
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ココで見られるのは残った石垣と再現された門などなので、見学にはそれほど時間がかかりません
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横から見た前橋とお堀
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次は真田邸のある方に行きます
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あと少しで開きますが、まだ開館前なので、少し歩いて文武学校を先見に行きます
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文武学校でも少しだけ待ち、開館したので入ります
真田邸との共通券(真田宝物館休館日発売)400円(100円お得)を支払って入館 -
藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855年(安政2年)に開校。
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「松代藩 文武学校」
文武学校 名所・史跡
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[剣術所]
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[剣術所]内部
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医学や軍学を学んだという校舎[東序]
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医学や軍学を学んだという校舎[西序]
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現在でいう教室にあたる[文学所]
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[文学所]内部
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[槍術所]
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文武学校の建物は創建時のもので、貴重なものとして国の史跡に指定されてます
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歩道にも六文銭が使われてます
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「旧樋口家住宅」
旧樋口家住宅 名所・史跡
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樋口家は松代藩の目付なども務めた上級武士だったようです
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まちづくりセンターの機能も兼ねてるようで、無料で公開されています
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入口には甲冑が置いてありました
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六文銭の瓦
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主屋内
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土蔵では真田丸関連の資料など見られました
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主屋の茅葺き屋根がとってもきれい
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樋口家以外でも見学出来る武家屋敷がいくつかあるようですが、今回は行きません
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「真田邸」も先ほどの文武学校との共通券で入ります
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「真田邸」
1864年(元治元年)に松代藩9代藩主の真田幸教が義母の為に建て「新御殿」と呼ばれました。
明治以降は真田家住宅となったそうです真田邸 名所・史跡
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真田というと上田城の方が有名な気がしますが、信之の代になり松代に移ったので
松代では幸村というより、松代初代藩主の信之の方が取り上げられてました -
大河ドラマ「真田丸」のドラマ展が開催されてました
ドラマ展の展示品などは撮影禁止でした -
土蔵や、表門、往時の姿を残す庭園など、江戸時代の頃と大きく変わらず残っているのは全国にもほとんど例がなく、非常に貴重なものだそうです。
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[御寝所]
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襖の絵はよく見ますが壁などが柄付きってのも珍しいような気がします
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[御居間]
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こんなに部屋あるとお掃除が大変そうですよね~!?
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縁側で庭園を見ながらまったりと…^^
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四季折々の風景を楽しめる庭園になってます
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真田邸の「釘隠」はこんな形になってました
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玄関(式台)の鬼瓦には六文銭が使われてました
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次に千曲市へ
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山の上に戸倉上山田の文字、あの上の方へ行きます
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昨日お風呂に入りに来たのはこの辺りです
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「千曲市城山史跡公園」の駐車場から少し勾配のある坂道を上がります
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この石垣の辺りまでは無料で見られますが、ココまで来たならちゃんと見ますよ
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「荒砥城跡」
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入城料300円を支払って入ります
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荒砥城は今から400年前に、この地を治めていた村上氏の支族である「山田氏」によって築かれた城で、郭が連なってる事から【連郭式山城】と呼ばれてるそうです。
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川中島の戦いの中で荒砥城は、武田軍の城となったり上杉軍が支配したりと奪い合ってたそうです
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二の郭に入る門があります
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二の郭に上がると櫓が再現されてます。
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二の郭の櫓からみた景色です
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下に流れてる川は「千曲川」
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二の郭の櫓からみた景色
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兵舎の中では荒砥城の資料や、長野の紹介ビデオが流れてたりしましたが、ビデオは長そうなのでちょっと見ただけで城郭を見学しました。
城山史跡公園(荒砥城) 公園・植物園
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大河ドラマのロケにも使われてました
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本郭に入る門
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本郭の所からの景色です
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展望台からは段差のある畑が見えます
今は車で行けそうだけど、昔はかなりの傾斜を歩いて上がって作業したんでしょうね? -
しなの鉄道戸倉駅より車で10分とからしいので、歩きで来るのはきついかも
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駐車場の所の蔦の葉がちょっとだけ色づいてました
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次は姨捨へ行きます=3
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ココで有名なのは棚田です
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聞いた事あったけど、行くのは初めて
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グーグルナビで間違って徒歩で行く設定してしまい細い道に案内されてしまった…
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危ない危ない…(・・;
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もう刈り取ってる所もあれば、もうすぐ稲刈りされるくらいに実ってました
うちの方に比べると刈るのは早い感じがするけど、田植えも早かったのかな? -
機械を入れるのが難しそうな形状の棚田ですね~。。
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「姨捨の棚田」絶景です^▽^
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天気が確実に良いとなれば安曇野の方など行きたかったんですが、状況も見えなかったので、長野観光はココで終わりです。
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姨捨駅から発進してきた電車
路線変更しただけだったようで、ココまで来て戻って行きました -
「姨捨サービスエリア 月の里おばすて」のスマートインターから乗り、今度は山梨に向かいます
姨捨サービスエリア(上り線) 道の駅
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「諏訪湖サービスエリア」
昨年車中泊した方とは別方向のサービスエリアで休憩諏訪湖サービスエリア 道の駅
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名前の通り、諏訪湖が見えます
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そこのスタバに寄り、前回[駿河湾沼津SA]でスタバで珈琲買った時に当たったトールサイズ1つ無料レシートで交換し、飲みながら次の目的地まで行きます
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雲が晴れてれば富士山など見え途中の風景なども撮りたかったけど、ココからは私が運転して行ったので途中の風景は撮れませんでした。
山梨へ行っても富士山は見られそうもない天気だったけど、雨降るよりはいいので
忍野八海に行ってみました。
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