2016/08/19 - 2016/08/27
22位(同エリア17026件中)
noelさん
2016年8月20日(土)
ルーブル美術館には、開館前に訪れました。
・・・が、予想通り既に長蛇の列でした。
流石は名画や彫刻、数々の芸術品の宝庫です。
観たいものはたくさんありますが、限りある時間で、とりあえずは満足できるぐらいには鑑賞できました。
ではでは、いざ出陣!
★★★今回の旅程は下記のとおりです。★★★
2016年8月19日(金)
JAL415便にて成田からパリ・シャルルドゴール空港へ
↓
8月20日(土)パリの市内観光
↓
8月21日(日)ヴェルサイユ宮殿
モン・サン・ミッシェルへと移動
↓
8月22日(月)モン・サン・ミッシェル観光
↓
パリへ
↓
TGVでジュネーブへ
↓
8月23日(火)
ユングフラウへ
↓
8月24日(水)インターラーケン
↓
ファドーツ(リヒテンシュタイン)
↓
ザンクト・ガレン
↓
8月25日(木)
ノイシュバンシュタインへ
↓
ヴィース教会
↓
ローテンブルク
↓
8月26日(金)
ライン川クルーズ
↓
フランクフルト
↓
JAL408便にてフランクフルトから成田へ
帰国
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
-
ルーブル美術館にやってきました。
見えにくいですが、ピラミッドです。芸術品の宝庫!1日では足りません。 by noelさんルーヴル美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
こちらからだと、少しは見えるでしょうか。
-
ここは、かつては王宮でした。
本来はこちらが王宮で、ヴェルサイユ宮殿は離宮のはずでした。
かつての国王付建設局長官のコルベールは、13世紀頃から何世代もの王たちが築いてきたこの宮殿を、次の世代にも引き継がせるべき、と財務総監の立場上からも、ヴェルサイユより、ルーブル宮にお金をかけるべき、と思っていました。
ただ現実的にはルイ14世はパリを離れたかったのです。
歴史上もし・・・という言葉はありませんが、もし、ヴェルサイユ宮殿ではなく、ルーブル宮殿を居城として選んでいたら、歴史はどうなったでしょう。 -
カルーゼル凱旋門
ナポレオンの勝利を記念して、1808年に完成しました。
この凱旋門は、チュイルリー宮の壮麗なる入口の役目を果たしています。
この建設には100万フランという莫大な費用がかかっています。
上には帝国兵士8人の像があります。
また頂上のクアドリガは、ヴェネツィアの「サンマルコの馬」の複製だそうです。
クアドリガとは、4頭の並行する馬に引かせたローマ帝国時代の車など・・・・・のことです。
写真を撮り損ねたなのですが、この中央のアーチの下のレリーフは、ナポレオンの外交的、軍事的勝利を祝して、バラ大理石にバス・レリーフが施されているとのことです。
(参照Wikipedia) -
横から撮りました。
このレリーフの意味がわかるといいのですが・・・。
ナポレオンが描かれているとは思うのですが・・・、推測でしかありません。
すみません。 -
大きさは、高さ19メートル、幅23メートル、奥行7.3メートルあります。
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La France Victorieuse
execute en 1809
inv.M.R.3490
カルーゼル凱旋門の手前右側にある像です。
Antoine Francois Gerard (フランソワ・ジラール)
(1760-1843年)
新古典主義
プシュケとアモールの作者でもあります。 -
L'Histoire
execute en 1809 Pierre
inv.M.R.3489
左側の像
Antoine Francois Gerard
(1760-1843年) -
ブティック・マキシム・ド・パリ
-
開館前ですが、既にこの行列です。
-
ピラミッドの下からの撮影
ここがナポレオン・ホールで美術館の入口です。 -
ブティックは後で寄ります。
-
Denon(ドゥノン翼)
チュイルリー庭園方向からルーブル美術館を見て、コの字型の右側(セーヌ川側)です。 -
Richeliu(リシュリュー翼)
チュイルリー庭園方向からルーブル美術館を見て、コの字型の左側(ドゥノン翼の反対側)です。 -
Sully(シュリー翼)
チュイルリー庭園方向からルーブル美術館を見て、コの字型の正面にあります。 -
チケットのチェックをします。
ここではありませんが、入館する際にはセキュリティ・チェックがあります。
皆さんもご存知のように残念ながらフランスでは、テロ事件が発生してしまいました。
館内に持ち込める荷物に規制があります。
最大サイズ(55cm x 35cm x 20cm)を超過してはいけません。
空港のセキュリティ・チェックとだいたい同じような感じです。
多くの人が訪れる所だからこそ、テロ対策としてセキュリティ・チェックはやむを得ません。
どうぞご協力を! -
まずはシュリィー翼から、中世のルーブルの要塞跡へと向かいます。
-
フィリップ・オーギュスト王(フィリップ2世)の要塞
フィリップ2世の都市計画であるとともに、権力の象徴でもありました。
彼が十字軍に参加して遠征している間の、防御の守備隊のための城塞だったのです。
王の居城ではなかったんですね・・・。 -
中央の丸い部分が天守閣(ドンジョン)です。
この四角いエリアが、ルーブルの起原になります。
当時の敵国、イギリスの侵略に備えて、塔と住居が備わった城砦を造りました。 -
ルーブル宮の濠の遺跡です。
(12世紀~14世紀頃・・・。)
フィリップ・オーギュストとシャルル5世の治世下でした。
「ルーブル」とは「ルバラ」(土地の名前)に由来すると言われているようですが、定かではありません。 -
タニスの大スフィンクス
これはエジプト国外にあるスフィンクスの中で、最も大きいものの1つだそうです。
タニスのアメン・ラー神殿の廃墟で発見されました。
この足元にはヒエログリフが刻まれていて、これが王の記念物であることを証明しているそうです。
古王国時代、紀元前2600年頃
タニス出土
高さ1.83m、幅4.80m、奥行き1.54m
シュリー翼
地上階
スフィンクスの地下展示室
展示室1 -
La Pallas de Velletri
アテナ、通称「ヴェレトリのパラス」
ローマ皇帝時代の作品(紀元1世紀)
クレシラス作と思われます。
1797年ヴェレトリ付近のローマ時代のヴィラの廃墟にて発見(イタリア)
パロス大理石、丸彫
高さ3.05m
1801年3月28日のフィレンツエ条約にてフランスに帰属
1803年12月ルーヴル美術館に帰属
個人的にオリュンポス12神の神々の中では、アテナが好きです。 -
アテナ
紀元前2世紀または紀元2世紀(?)
ローマにて発見
丸彫、浮彫、パロス大理石
高さ2.30m
マテイ・コレクション、
後にフェッシュ枢機卿コレクション
1821年ボォヴォ公よりルイ18世が購入
通称パシフィックまたは、マテイのアテナ -
ゼウス
紀元前480年〜4紀元前50年 -
アテナ
紀元前450年から紀元前330年頃 -
アテナ(アングルのミネルヴァ)
ローマ皇帝時代の作品(紀元1世紀または2世紀頃)
シュリー翼
1階
メルポメネのギャラリー
展示室15 -
アフロディーテ
(ドーリアン・パンフィーリ型)
紀元前5世紀末のある種の彫刻を元に制作された紀元前1世紀末のギリシア作品
イタリア
ペンテリコ産の大理石(アッティカ)、丸彫;頭部、腕、足は、はめ込み
現存する高さ:172cm -
男性の裸体の像
ギリシアの古典的な彫刻
BC430-370年 -
カリマコス?
ウェヌス・ゲネトリクス(フレジュのアフロディテ)
前410年頃
大理石
162cm
ナポリ出土 -
アフロディーテ
(アルルのヴィーナス)
アウグストゥス帝(紀元前1世紀末)時代に制作された作品です。
1651年アルル(フランス)の古代劇場にて、三つの破片で発見されました。
ヒメトス山(ギリシア、アテネ地方)の大理石、丸彫
高さ1.94m
1683年アルルの町より王に寄贈された旧王室コレクション
ヴェルサイユ宮殿に展示
実はこのアルルのヴィーナスの方が、1枚の石で、作られています。
その点ではもっと評価されてもいいような気がします。 -
アフロディーテ
(ミロのヴィーナス)
前2世紀末
ギリシア、キクラデス諸島のメロス島(現代ギリシア語でミロ)
パロス大理石、寛衣の位置でつながれた2つの大理石のブロックで構成された丸彫、左腕と左足は別に加工
高さ2.02m
リヴィエール侯爵よりルイ18世に贈与されました。
古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
シュリー翼
1階
パルテノンの間 クラシック時代のギリシャ彫刻 紀元前5世紀
展示室7 -
ミロのヴィーナスの後ろ姿
この曲線美、なんとも言えません。 -
「エルガスティナイのプレート」
前445年?前438年の間
アテネのアクロポリスにあるパルテノン神殿の足元にて発見
ペンテリコ産大理石(アッティカ)、高浮彫、付け加えられた部品の跡
高さ96cm、幅2.07m
パルテノン神殿の東側フリーズの破片
古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
シュリー翼
1階
ディアナの間:古代ギリシャ・エトルリア・ローマ部門の最新動向
展示室6 -
華麗なる天井画
-
絢爛豪華な天井画の装飾
特に金のフレームのレリーフが際立ってます。 -
ARAGO
拡大するとわかりますが、北と南の方位をさしています。
このARAGOと記されたメダルは、美術館内と周辺に15枚あります。
パリ市内では全部で135枚ありました。
かつての本初子午線を正確にたどりながら、ポルト・ドゥ・モンマルトル大通りからパリ天文台を通り、シテ・ユニヴェルシテールへとパリを南北に貫くラインを作っています。
舗道や建物内にはめ込まれたこのメダルは、フランソワ・アラゴ(1786?185年)(天文学者で、しかも政治家でもありました)の名を冠し、初子午線を記念しています。
パリ本初子午線は1806年、アラゴにより再確定されましたが、1884年にグリニッジに移されました。
ちなみに「ダ・ヴィンチ・コード」でローズラインを辿って、ルーブルの逆ピラミッドへ着きました。
また「ダ・ヴィンチ・コード」では、サン・シュルピュス教会を通るローズ・ラインということでも登場します。
ただ、映画の影響で、この教会には「ローズ・ラインはどこにありますか」と来る人が多かったようです。
教会もうんざりしたのでしょう。
一時「ローズ・ラインは当教会にはありません」という張り紙をしていたようです。 -
イチオシ
サモトラケのニケ
前190年頃
ギリシア、エーゲ海北東の島、サモトラキ島
小アジアまたはギリシア、ロードス島
丸彫、上半身、両腕、翼は別に加工、付け加えられた部品
高さ3.28m
古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
ドゥノン翼
1階
サモトラケのニケの階段
ダリュの階段 -
勝利の女神(ギリシア語で二ケ)
ヘレニズム時代の彫刻の代表的な作品です。
サモトラキの神殿は豊饒の巨人、カベイロイの神々に捧げられていました。
船乗りたちを難破から守ること、または戦士たちに勝利を捧げることを祈願するため建造されました。 -
アポロンのギャラリー
まるでヴェルサイユ宮殿の鏡の回廊のようです。
これに豪華なシャンデリアがあったら、見間違うかもしれません。 -
アポロン(太陽神)のギャラリー
太陽王、ルイ14世 -
ルイ15世の王冠
1722年
1852年トリアノン宮からルーヴルに移動
部分的に金鍍金を施された銀、オリジナルの宝石の摸造品、刺繍を施した繻子
高さ24cm、直径22cm
ドゥノン翼
2階
アポロンのギャラリー
展示室66
フランスの王は聖別戴冠式の際に、自分用の王冠を作らせる習慣がありました。 -
目を奪われるばかり。
他にも色々と撮りましたが、反射してしまい残念なことに・・・。 -
私が宝飾品に目を奪われている間に、主人はこんなメダルのような物を
撮影してました。
全部で12個ありますので、月を表しているようです。
農耕風家のようにも見えますが・・・。
種を撒いてから収穫する様子など・・・。
下に書いている文字を見ると「AVGVSTVS」とあります。
これはユリウス暦と神々を表しているようです。
ちなみに8月は月名が(セクスティリス)アウグストゥスです。
ローマ皇帝のアウグストゥスに由来しています。 -
順番は間違っているのかもしれませんが・・。
「JVLIVS」
7月は月名が(クィンティリス)ユリウスです。
ユリウス・カエサルに由来しています。 -
「JVNIVS」
6月は月名がユニウスです。
ローマの女神ユノーに由来しています。 -
「MAJVS」
3月は月名がマルティウスです。
軍神マルスに由来しています。 -
「APRILIS」
4月は月名がアプリリスです。
美の女神アフロディテに由来しています。 -
「SEPTEMBER」
9月は月名がセプテンベルです。
葡萄の収穫をしているようです。 -
「MARTIVS」
5月は月名がマイウスです。
豊穣の女神マイアに由来しています。 -
「OCTOBER」
10月は月名がオクトーベルです。 -
「NOVEMBER」
11月は月名がノウェンベルです。 -
「PEBRVARIVS」
2月は月名がフェプルアリウスです。
贖罪の神フェブルスに由来しています。 -
「JANVARIVS」
1月は月名がヤヌアリウスです。
始めと終わりの神ヤヌスに由来しています。 -
「DECEMBER」
12月は月名がデケンベルです。
ユリウス暦と神々は以下のとおりです。
Martivs (マルティウス) マルス(軍神)の月
Aprilis (アプリリス) アフロディーテの月
Maivs (マイウス) マーイア(成長の女神)の月
Ivnivs (ユニウス) ユノーの月
Qvintilis (クィンティリス) 5番目の月
Sextilis (セクスティリス) 6番目の月
September (セプテンベル) 7番目の月
October (オクトーベル) 8番目の月
November (ノウェンベル) 9番目の月
December (デケンベル) 10番目の月 -
Venus et les Trois Graces offrant des presents a uno jeune file
(三美神を伴うヴィーナスから贈り物を授かる若い婦人)
1483−1485年頃
Alessandro Filipepi dit Botticelli
(アレッサンドロ・フィリッペーピ 通称ボッティチェリ)
縦2.11m、横 2.83m
ドゥノン翼
2階
ペルシエとフォンテーヌ ボッティチェッリによるヴィッラ・レンミのための
フレスコ画
15世紀
展示室1 -
Un jeune homme presente
(学芸たちの集いに導かれる青年)
Alessandro Filipepi dit Botticelli
(アレッサンドロ・フィリッペーピ 通称ボッティチェリ)
1483-1485年頃
フレスコ画 -
La Stigmatisation de saint Francois d'Assise
(アッシジの聖フランチェスコの聖痕拝受)
Giotto di Bondone(ジョット ディ ボンドーネ)
(1267年頃-1337年1月8日)
1295-1300年頃
ピザ・サン フランチェスコ聖堂
木板
縦3.13m、横1.63m
ドゥノン翼2階
サロン・カレ
13-15世紀のフィレンツェ絵画
展示3
これには「フィレンツェ人ジョットの作」と銘が入っているようです。
私には見えませんでしたが・・。さてこの下部にあるのは左から
「イノケンティウス3世のの夢」
「会則の認可」
「小鳥への説教」がプルデルラ(プルデッラ)として加えられています。
*プレデルラとは祭壇画の裾絵のことです。
初めはピサのサン・フランチェスコ聖堂にありましたが、
その後同じ町のサン・ニッコロ聖堂に、ついては埋葬堂(カンポサント)に移され、1811年ナポレオンによってフランスへ運ばれました。
この祭壇画と直接比較の対象をなすのは、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の身廊の「聖フランチェスコ伝」壁画です。
上記の4場面が全てこの連作に含まれていて、また構図や細部の描写も共通点が多いそうです。
こちらも拝見したいです。
ちなみにフランチェスコは好きな聖人ですので、アッシジにも訪れたいです。
アルヴェルナ山で祈りを捧げていた聖者フランチェスコにセラフィム(熾天使の姿をしたキリストが現れて十字架にかけられた際の聖痕を授けているところです。 -
La Vierge et l' Enfant en majeste entoures de six anges
(六人の天使に囲まれた荘厳の聖母)
Cenni di Pepe dit Cimabue
(ジョットの師匠のチマブーエ)
1280年頃
ピサ、サン・フランチェスコ聖堂教会
木版にテンペラ
縦4.27m、横2.80m
1813年、ルーヴル収蔵
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ 13‐15世紀のフィレンツェ絵画
展示室3額縁は26個のメダイヨンで飾られています。 -
Croix peinte
(十字架)
Atelier de Giotto
(ジョット派工房作品)
縦2,77 m 横 2,25 m
ドゥノン翼
2階
サロンカレ
展示室3
12-14世紀にかけて、イタリア(中でもトスカーナ・ウンブリア)で、作られた十字架像板絵は
「勝利のキリスト」
↓
「苦悩のキリスト」
↓
「死せるキリスト」に至る過程をとってます。
キリストはもう力なく、頭を垂れて瀕死の状態です。
まさに苦悩を感じます。 -
La Crucifixion
キリストの磔
Giotto di Bondone et un collaborateur napolitain
(ジョット ディ ボンドーネのナポリの協力者・・・。)
ドゥノン翼
2階
サロンカレ
展示室3 -
Incoronazione della Vergine
(聖母戴冠)
Fra Angelico / Beato Angelico(1390年‐1395年頃- 1455年2月18日)
フラ アンジェリコ
(1430-1432年頃)
フィエーゾレ、サン・ドメニコ修道院聖堂
板に卵を用いたテンペラ
縦2.09m、横2,06m
1812年、ルーヴル収蔵
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ 13‐15世紀のフィレンツェ絵画
展示室3
なんと途中で切れてしまいました・・。アンジェリコごめんなさい。
なんとも色彩豊かで目を奪われる作品ですが、ホントに魂まで奪われてしまって、残念な撮影になってしまいました。 -
Ange en adoration
(崇拝の天使)
Fra Angelico
フラ アンジェリコ
1430-1440年
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ
展示室3
反射してしまいました・・・。
この右にもありますが、見るに堪えないのでやめときます。(-_-;) -
Portrait de jeune homme
(青年の肖像)
Alessandro FILIPEPI dit BOTTICELLI
(アレッサンドロ・フィリッペーピ 通称ボッティチェリ)
(1475-1480年頃)
縦0.57m 横0.38m
ボッティチェリの肖像画は30数点ありますが、確実にボッティチェリの手になると思われるのは3,4点で、他は工房の画家たちが仕上げた物が多いです。
その場合は本人がデッサンを描き、それを元に弟子が仕上げます。
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ
展示室3 -
La Vierge et l'Enfant , dite Madone des Guidi de Faenza
(聖母マリアと幼子(イエス))
Alessandro FILIPEPI dit BOTTICELLI
(アレッサンドロ・フィリッペーピ 通称ボッティチェリ)
(1475-1480年)
縦0.73m 横0.49m
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ
展示室3 -
Portrait de jeune homme
(青年の肖像)
Alessandro FILIPEPI dit BOTTICELLI
(アレッサンドロ・フィリッペーピ 通称ボッティチェリ)
(1470年)
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ
展示室3 -
La Vierge et l'Enfant entre saint Z'enobe? saint Jean-Baptiste, saint Antonine abbe et saint Francois d'Assise
(聖母子と聖ゼノベ?、聖ジャン―バプティスト、聖アントニオ、アッシジの聖フランチェスコ)
Francesco di Stefano dit Pesellino
(フランチェスコ・ディ・ステファーノ 通称ペセリーノ)
(1455-1457年)
縦5.0m 横3.75m -
La vierge et l'Enfant avec le jeune saint Jean Baptiste
(聖母マリアに抱かれた幼子イエスと若き聖者ジャン・バプチスト)
Alessandro FILIPEPI dit BOTTICELLI
(アレッサンドロ ボッティチェリ派)
(1470-1475年)
縦500cm 横375cm
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ
展示室3 -
Scenes de la vie d'Esther
(エステルの人生の場面)
Filippino Lippi
(フィリッポ リッピ)
Alessandro Filipepi dit Botticelli
(アレッサンドロ ボッティチェリ派)
(1457-1504年)
ドゥノン翼
2階
サロン・カレ
展示室3 -
ご覧のように混んでいました。
-
La Vierge, l'Enfant Jesus et sainte Anne
(聖母子と聖アンナ)
Leonardo da Vinci
(レオナルド・ダ・ヴィンチ)
(1452-1519年)
1508年頃
縦1.68m、横1.30m
フランソワ1世コレクション -
Saint Jean-Baptiste
洗礼者ヨハネ
Leonard de Vinci
レオナルド・ダ・ヴィンチ
1512-1513年頃
縦0.69m 横0.57m
誰が注文をしたのか不明です。 -
Saint Jean-Baptiste(Bacchus)
洗礼者ヨハネ(バッカス)
Atelier de Leonard
レオナルド派 ジャン・ピエトリーノ
1510-1515年
1625年これをフォンテーヌブロー宮でみたポッツィは、「洗礼者ヨハネ」とよんでますが、風景の中のバッカスに変えられています。
ヨハネの頭には葡萄の冠、豹の毛皮がつけられ、十字架が杖に変えられています。 -
La Belle Ferronniee
(レオナルド派 ミラノ宮廷の女性の肖像)
La belle Ferroniere
ラ・ベル・フェロニエール
(1490-1495年)
縦0.63m 横0.45m
ルイ12世又はフランソワ1世の時代から、既にフランス王のコレクションにあったものと思われます。
額に飾り鎖をつけているのが、この当時流行った装身具のようです。 -
イチオシ
La Vierge aux rochers
(岩窟の聖母)
Leonard da Vinci
レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ、通称レオナルド・ダ・ヴィンチ
(ヴィンチ、1452年?アンボワーズ、1519年)
1483-1486年頃
縦1.99m、横1.22m
フランソワ1世コレクション
INV. 777
ロンドンのナショナルギャラリーに、これと同じような作品が・・・・・。
ただ、これについて語ると長くなってしまいます・・・。 -
これは上記と同じものです。
違うカメラで撮りました。 -
Sain Jerome dans un paysage
祈る聖ジェローム(ヒエロニムス)
Battista di Niccolo Luteri,dit Battista DOSSI
バッティスタ・ディ・ニッコロ、バッティスタ・ドッシ
(1497-1548年)
フェッラーラ生まれ
縦1.06m 横1.53m -
イタリア絵画のギャラリー
狩りをするディアナ(アルテミス)像 -
La belle jardiniere
聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ(美しき女庭師)
Raffaello Santi
(ラファエッロ・サンツィオ)
1507-1508年
縦1.22m、横0.80m
ドゥノン翼
2階
グランド・ギャラリー トスカーナと北イタリアの絵画
15‐16世紀
展示室5
非常にふくやかな曲線が印象的な作品に仕上がっています。
ラファエッロの代表作で、大変に有名な作品です。 -
こちらは、予想通りかなり混んでます。
-
La Joconde
(モナ・リザ)
Leonardo da Vinci
(レオナルド・ダ・ヴィンチ)
(1452-1519年)
1503-1519年頃
縦0.77m .横53m
もっとも有名なモナ・リザです。
彼女にまつわる話はたくさんありますが、それはどなたかにおまかせしましょう。
相変わらず多くの人に囲まれて、人気者でした。
この絵はかつては盗難にあったこともあります。
本当に世界一有名な女性です。
今はサナトリウムさながらのケースの中です。
私は専門家ではありませので、詳しくはわかりませんが、もう修復せずにはいられない状態のようです。
おそらく彼女のいないルーブル美術館は、かなり寂しいものでしょう。
そんなことから、修復作業を公開することで、今後も彼女を展示する方向で、話が進行しているようです。
「最後の晩餐」についても修復に関しては、賛否両論ありますが、この遺産をいつまでも見ていたいものです。 -
Les Noces de Cana
(カナの婚礼)
Paolo Caliari, dit Veronese
パオロ・カリアーリ 通称ヴェロネーゼ
(1528年 - 1588年4月19日)
1562?1563年
1798年、ルーヴル収蔵
油彩
縦6.77m、横9.94m
ドゥノン翼
2階
国家の間
展示室6 -
ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島のベネディクト会修道院食堂のために1563年完成しました。
これは新約聖書の一場面です。
イエス・キリストが育ったナザレの街の北の方に、ガリラヤの「カナ」があります。
ここでの結婚式に出席したイエスは、水を葡萄酒に変えるという奇跡を起こしました。
この奇跡によって弟子たちはイエスが神の子であると信じるようになりました。 -
ズームしました。
色彩が素晴らしいですね。
これは修復の結果、成功した例だそうです。 -
Le Couronne mene de la Vierge, dit Le Paradis
(聖母戴冠)
Jacopo Robusti, dit TINTORET
ヤコポ・ロブスティ、通称ティントレット
(1518-1594年)
1564年頃
画布に油彩
縦1.43m、横3.62m
1798年ルーヴル収蔵
通称《天国》
ドゥノン翼
2階
国家の間
展示室6 -
Portrait d'homme age tenant un mouchoir
(ハンカチーフを持っている年取った男の肖像画)
Jacopo Robusti, dit TINTRET
(1518-1564年)
(ヤコポ・ロブスティ、通称ティントレット)
1570-1575年 -
ドゥノン翼
2階
展示室75だったと思いますが・・・。 -
Le Sacre de Napoleon
(ナポレオンとジョセフィーヌの戴冠式)
Jacques-Louis David
ジャック=ルイ・ダヴィッド
(1748-1825年)
1805-1807年
縦6.21 横9.79 -
この公式なタイトルは、
『1804年12月2日、ノートルダム大聖堂における皇帝ナポレオン1世の奉献と皇后ジョゼフィーヌの即位式 (Sacre de l'empereur Napoleon Ier et couronnement
de l'imperatrice Josephine dans la cathedrale Notre-Dame de Paris, le 2 decembre 1804) 』
だったそうです。
なんとも長くて覚えられないです。
この絵は同じものが、ヴェルサイユ宮殿にもあるそうです。 -
教皇ピウス7世はいったいどんな風に思っていたのでしょう。
教皇に背を向けて、自分が教皇のようにふるまっていますが・・。
単にコルシカ島生まれの軍人だったのですが・・・。 -
Les Sabines
(ザビニの女たち)
David(Jacques Louis)
(1748-1825年)
1799年
油彩、カンヴァス
縦3.85 m、横5.22 m
1819年取得
ドゥノン翼
2階
ダリュ新古典主義
展示室75 -
La Grande Odalisque
(オダリスク)
Jean-Auguste-Dominique Ingres
ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
(1780-1867年)
1814年
縦0.91m 横1.62m
ドゥノン翼
2階
ダリュ 新古典主義
展示室75 -
Le Deluge
大洪水(氾濫)
Girodet Trison(Anne Louis)
アンヌ・ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン(モンタルジ)
(1767-1824年)
1806年
縦4.31m 横3.41m -
OEdipe explique l'engme du sphinx
スフィンクスの謎を解くオイディプス
Jean-Auguste-Dominique INGRES
(ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル)
(1780-1867年)
1808-1827年
縦1.89 横1.44
1878年、デュシャテル伯爵夫人による遺贈
ドゥノン翼
2階
ダリュ 新古典主義
展示室75
ギリシア神話のオイディプスがスフィンクスの出した謎に、答えている場面です。 -
La Jeune Martyre (Une martyre au temps de Diocletien
殉教した娘(若き殉教者の娘)
Hippolyte De La Roche
(イッポリト・ド・ラ・ローシュ)
Paul Delaroche
通称(ポール・ドラロッシュ)
(1797-1856年)
1855年
縦1.705m 横1.48m -
Bonaparte visitant les pestiferes de Jaffa
(ヤッファのペスト患者を見舞うボナパルト)
Gros, Antonie-Jean,baron
(グロ、アントワーヌ ジャン)
(1771-1835年)
1804年
縦5.32m 横7.20m
ボナパルト(ナポレオン)はシリアの北方のアクルに向かって、進軍をして途中徹底抗戦をはかったヤッファの町で、軍は守備編や住民など数千名を殺戮しました。
そしてさらに彼は3000名の捕虜を全員処刑させました。
なんとも残忍です。
すると、その暴虐に対してまさに天罰のように、フランス軍の中でペストが爆発的に流行り始めたのです。
12人に1人しか助からないと言われたこの伝染病に兵士たちもかなり動揺しました。
ある意味その効果を狙ったのか、ボナパルトは異常なまでの勇気を示して、危険を冒してまで、患者のひしめく病院に入りました。
そしてうなだれた死体の処理に手を貸してみせることまで・・。
ある歴史家がいう事には、それを目にした兵士たちはたちまちボナパルトを賛美し信頼するようになりました。
おそらくボナパルトは自身をキリストと重ね合わせて「ラザロの復活」や「辺獄(リンボ)のキリスト」などにおける奇跡を起こす救世主のようにふるまったのでは・・・?
ただし奇跡が起きるはずもなく、結果的には、ペスト患者を輸送する手段にもままならず、患者たちに阿片を与えて自殺させたと言われています。
また表現を変えれば、こんな風にも受け取られています。
ボナパルトは、ヤッファで大量殺戮と、捕虜の処刑を行い、しかも、瀕死のペスト患者に阿片と毒薬を配り、部下の将兵を安楽死させる罪を犯した・・・ということです。これは彼の評判をかなり落とすことになりました。 -
Le Radeau de la Meduse
メデュース号の筏
Thedore Geicault
テオドール・ジェリコーの昨品です。
(1818-1819年)
当時この絵はスキャンダルを巻き起こしました。
フランス海軍のフリゲート艦メデューズ号が難破した際に起きた本当に起きた事件が描かれています。
149名いた船員ですが、救命用のボートもなく12日間の漂流中に起きたのは、虐殺、狂気、人喰いなどが行われ、生還できたのは15名だけでした。
現在この絵を見ても、やはりかなりの衝撃を受けます。
縦4.91m 横7.16m -
La Liberte guidant le peuple
(民衆を導く自由の女神)
Ferdinand Victor Eugene Delacroix
(フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ )
1830年
縦2.59m × 横3.25m
1830年に起こった7月革命を主題とした作品です。
マリアンヌ(フランスを象徴する女性像(自由の女神))
がトリコロールの旗を掲げています。 -
Jeanne d'Arc de Charles septieme couronnement
シャルル7世戴冠式のジャンヌ・ダルク
Jeanne d'Arc de Charles septieme couronnement
(ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル)
(1780-1867年)
1854年
縦2.41m 横1.78m
1854年にオルレアンで開催されたジャンヌ・ダルクを記念する祭典のために制作されました。 -
Naissance de Christ
キリストの降誕
マリアとヨセフとそして天使たちが、赤ちゃん(キリスト)に両手を合わせています。
また、鳩も描かれていますが、鳩は「聖霊」を表しています。
この赤ちゃんの誕生が神々しいものであることをさしています。
グランド・ギャラリー
展示室4
(クリスマスのお話のコース) -
Italie du Nord XVI
Hercule toant l'hudre de Lerne
ヒドラを退治しているヘラクレス -
この大理石の彫刻については不明ですが、亡き夫に泣き崩れる母子像のようです。
子どもは天使で描かれています。
私の推測です。(-_-;) -
ざっと観終わりました。
こんな所にアップルが・・・。 -
効率良く見ることができました。
「ハムラビ法典」は残念ながら、見ることができませんでした。
ただ、以前東京で、四大文明展を開催した際に世田谷美術館で見ましたが、やはり本場で見たかったです。
それと、カミーユ・コローの
「モルトフォンテーヌの追想」
この絵は大好きなので、やっぱりルーブルで見たかったです。
我が家にも飾ってはいるのですが・・・。
そんなわけで、後ろ髪を引かれながら、ルーブルを後にします。
ただ、やはり世界最大級の美樹館です。
また、ゆっくりと訪れたいものです。
Au revoir!
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