2008/11/22 - 2008/11/24
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itaruさん
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古代ローマの遺跡や砂漠が広がる北アフリカの国リビア。
旅をしたのは2008年11月。
日程は以下の通りでした。
11月22日 JL5063便 成田発ローマ行き(ローマ泊)
11月23日 AZ868便 ローマ発トリポリ行き トリポリから車で移動(ズリテン泊)
11月24日 レプティスマグナ遺跡観光(★今回はここまで)、ベルベルの町に寄りながらガダメスへ移動
11月25日 ガダメス観光
11月26日 トリポリへ移動、途中サブラータ遺跡観光
11月27日 トリポリ観光後、AZ869便でローマ、そのまま鉄道でピサ
11月28日 ピサ観光後、鉄道でフィレンツェ
11月29日 フィレンツェ観光 フランクフルト経由でJAL408便で帰国
今はイスラム過激派が活動を活発化させるなど治安が極度に悪化しているリビア。
外務省も退避勧告を出していて、とても観光できる状況ではありません。
見どころも多いし、早く安定してほしいものです
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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現在では治安の悪さもあって、簡単にはいけない(行くべきではない)リビアですが、当時もこの国はまだ簡単に入国できません。ビザを取得するには基本的に全宿泊と観光のガイドをつけたツアーが前提です。
しかも、外務省に行って、パスポートの内容をアラビア語訳する手続きをしないといけませんでした。ただ自由旅行はできませんが、このころは1人でも手配さえすればOK(ころころ規則が変わってましたが)。日本の旅行会社のツアーをアレンジしてもらう手もありましたが、今回は隣国チュニジアにある日系の旅行会社に手配を依頼しました。 -
で、取得したのがこのビザ。メールの添付ファイルで受け取り印刷するか、FAXで受け取ったものを持って行けば空港にガイドが待っている。特に問題はないはずでした。が、トリポリの空港で思わぬトラブルに巻き込まれることに……。
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リビアにはアリタリア航空でローマから往復しました。当時はJALがローマ便を運航していたのでマイルを貯める意味でJALでローマへ(この日はアリタリアとの共同運航便でしたが)。とりあえずテルミニ駅近くに宿をとり、翌日に備えます(写真はピア門)。
ピア門 史跡・遺跡
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リビアのトリポリ空港までローマから飛行時間は1時間半ほど。空港そのものは小規模ながらも、コンパクトにまとまっている印象ですが、基本的にアラビア語表記しかありません(国内全体そうでしたが)。ツアーらしき人たちの後ろについて行ったり右往左往です。
1時間半ほど並んでヴィザ窓口に進み、ヴィザのコピーを渡すと係りの人はさっとオリジナルを見つけ出す。ようやく終わりかと思ったら、もう一人の係員が、パスポートにホッチキスで豪快にヴィザを貼り付け、「ヤバーニ(日本人)」との声。そして、薄っぺらい紙を渡され、「コンピューター・パソコン・*+*」。何のことやらさっぱり分からない。 -
何とか、英語の分かる係員を見つけ出し、この紙でどううするんだと聞いてもらったら、分かったのがこの紙で入国できる。きょうはパスポートを預かるので、明日空港に取りに来いとのこと。はあ、旅程はどうなるんですか。といっても、アラビア語できないとどうしようもありません。ロビーでガイドに会って、説明してあとは任せようって、気持ちを切り替えた。しかし、ここまでで2時間はかかってしまいました。
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ロビーにはガイドのアフマッドが首を長くして待ってました。事情を話すと、「大丈夫」と言いながら、空港の職員と話し合う。こういうときに個人だと相当に無駄な力を使わなきゃいけないが、旅行会社任せで助かった。ただ、空港では解決せず、まずは旅行社のあるトリポリへ。チュニジアの旅行社の担当者とも連絡を取りつつ(当時はリビアで日本の携帯は使えませんでした)、最後は旅行社の人間が翌日空港に出向き、私のパスポートをピックアップすることを確認し、ようやく初日の宿泊場所ズリテンへ向かいました
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本来はレプティス・マグナというローマの有名な遺跡を観光するはずでしたが、もう日が暮れています。ズリテンにあるスィーディ・アブドゥッ・サラームの廟およびモスクだけを観光。イスラム教徒ではない私は外観しか見れませんが、かなり壮麗なモスク。石油収入でやはり金がある国だなあという印象を持ったものです
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さて、こういうトラブルがあった場合、普通のツアーって初日観るはずだった観光地ってどうなるんでしょうか。レプティス・マグナはキャンセルかな。行きたかったなと一瞬あきらめモード。が、アフマッドは朝7時半発で遺跡に行くとのこと。見学時間は1時間半ほどと、短かったけれど、イタリア本国より保存状態の良いくらい。見ごたえがありました。
まずは入り口すぐにあるセプティミウス・セウェルス門レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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この門、203年に北アフリカ出身のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスとその家族をたたえるためにつくられたとか
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鮮やかな彫刻に見とれます。でもこれはレプリカ。本物はトリポリの博物館に
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確かに雨風にさらすと風化も早いですし
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円形劇場に接する神殿でコリント式の列柱が並ぶ
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劇場の舞台から
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円形劇場の観客席からは地中海が見える
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市場
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ニンファエウム
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広い遺跡に人はほどんどいません
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カリダリウム(高温浴室)
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スダトリウム(熱気浴室)
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ニンニンファエウムとセウェルス神殿
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ハドリアヌスの大浴場
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セプティミウス・セウェルスの像
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海沿いの遺跡です。地中海が青い
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円形闘技場。北アフリカの代表的な町ともなれば当然のように闘技場があります。ここでも剣闘士たちの戦いがあったのかと思うと、何とも
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名残惜しいですが、時間がないのでガダメスへ急ぎます
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安全だった頃のリビアとフィレンツェ&ピサの旅=2008年
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2008/11/22~
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この旅行記へのコメント (2)
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- andさん 2016/08/11 04:43:14
- はじめまして
- やっぱりリビアは魅力です。
この表現は適切かわかりませんが、今はもう行けない国と思っているので…
遺跡もどんな状態なのか気になります。
数年前、急遽休みが取れリビアに行こうと思いました。
が、急遽すぎてビザが取りにくかったのでチュニジアにしました。
リビアは次回でいいや〜と軽く考えていた翌年にアラブの春が起こり情勢が変わってしまいました。
行けたitaruさんがうらやましいです。
また観光できるような平和な日が来るといいいですね!
- itaruさん からの返信 2016/08/11 12:08:31
- RE: はじめまして
- andさん、こんにちは。
ビザのある国って、社会人だと旅行を計画的に進めないと行きづらいですよね。
特にリビアのようにさまざまな条件を付ける国は。
私もリビア行きはビザの煩雑さもあって、なかなか実行できなかったです。
トラブルもありましたが、リビアは遺跡も砂漠も素晴らしかったです。
いつかベンガジなどの東部やアカクス山脈の岩絵などを見に再訪したいと思っていただけに現在の状況は残念です。
早く落ち着きを取り戻してほしいと願うばかりです。
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