2016/05/27 - 2016/05/27
196位(同エリア2528件中)
frau.himmelさん
- frau.himmelさんTOP
- 旅行記597冊
- クチコミ0件
- Q&A回答19件
- 1,082,600アクセス
- フォロワー151人
2016年5月、3週間のドイツ・オーストリアを中心とした旅をしてまいりました。
前半の2週間は2015年と同じメンバー、平均年齢優に72歳超のシニア男女3人組で、後半1週間は一人でベルリンを中心に回りました。
今回は順番が逆になりますが、後半の一人旅の旅行記から始めています。
さて、テーマをたくさん引っ提げてベルリン入りした私、今日はヴァンゼー、ポツダム方面に向かいます。
この地で歴史的場所といったら思い出されるのは、ホロコーストが話し合われたヴァンゼー会議場、第二次世界大戦の戦後処理が話し合われたポツダム会議場、などなど。
それらの旅行記はこちらで発表しています。
ツェツィーリエンホーフでポツダム宣言の勉強と、サンスーシー宮殿では「墓に耳あり」よ !
http://4travel.jp/travelogue/10852951
☆ヴァンゼーでのホロコースト会議 ベルリン☆
http://4travel.jp/travelogue/10516226
今回、私がまず向かったところは、ドイツ分断時代中央が国境であったグリーニッカー橋。
東西ドイツ、東西ベルリンなんて何気なく使っていますが、その時代は、全世界がアメリカを中心とする資本主義とソ連を中心とする社会主義に真っ二つ別れ、対立していた冷戦時代だったのですね。
東西がお互いに「仮想敵国」と想定し、軍備の拡張に力を注ぎ、水面下では両国のスパイが暗躍していた。
全世界が核戦争の脅威にさらされていた恐怖の時代、このグリーニッカー橋はスパイの交換の場として使われました。
なお、冷戦時代にこの橋で行われたスパイ交換を描いたスティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ブリッジ・オブ・スパイ』のロケ地としても使用されました。
この映画の公式サイトはこちら。
http://www.foxmovies-jp.com/bridgeofspy/
-
5月27日、今朝は7時に起きて、テレビをつけたら日本で開催されているG7伊勢志摩サミットのニュースをやっていました。
それを見ながらゆっくり身支度をして8時半に朝食会場へ。 -
ABCのベルリン1日交通券を買い、これからポツダム方面に向かいます。
14番ホームのマクデブルク行き10:11発REは、今日もまた5分遅れの表示が出ました。
お馴染みの風景ですから驚きません。 -
向かい側ホーム、反対車線も同じように遅れているようです。
大勢の人のイライラした様子がこちらまで伝わってくるよう。 -
列車はツォーロギッシャー駅を通って・・。
車窓からヴィルヘルム教会やベンツの社屋が見えます。 -
ヴァンゼー駅到着。
ここではヒトラー時代にヴァンゼー会議が行われました。
数年前訪れました。 -
道路を隔てたバス乗り場に向かいます。
地下通路を通りエレベーターで昇ってこられるので、今回膝を痛めている私にとってはありがたいです。 -
グリーニッカー橋行きバス316番は出発したばかり。
次発まで29分時間があります。 -
バスを待つ間に丘の上の公園に行ってみます。
緑いっぱいで気持ちがいい〜。 -
緑の間から湖が開けています。
これがヴァンゼーです。 -
ヴァンゼー遊覧船の船着場も見えます。
時間があったらこの遊覧船にも乗りたかったのだけど。
ベルリン1日券で乗ることが出来る船もあるそうです。
ヨットハーバーも見えます。 -
女性像、なんのモニュメント?
説明にはDas Borussiaと。 -
ここにはビスマルク像。
-
公園をさっと見て、バス停に戻りました。
316番は?
なんだまだ20分も待つの? -
316番バス、グリーニッカー橋行きが到着。
早速乗り込みます。 -
湖に囲まれた高級住宅地ヴァンゼー、沿道には瀟洒な建物が並んでいます。
-
バスと並んで自転車が走っているこの通りは、ケーニッヒシュトラーセ。
ポツダム市内へ続くメインの大通りです。 -
私は終点グリニッカー橋の2つ手前、シュロスグリーニッカーで降りました。
-
シュロスという名が示すとおり、グリーニッカー城があります。
ここはカール・フォン・プロイセン王子の夏の宮殿として建てられました。 -
ライオンの噴水。
カール・フォン・プロイセン(1801-1883)はプロイセン王ヴィルヘルム3世の三男、
兄はドイツ皇帝のヴィルヘルム1世です。オットーフォン・ビスマルクを首相に任命した人です。
駅の近くの公園にビスマルクの像があったのを思い出しました。 -
宮殿の中には入りませんでしたが、かなり広い敷地です。
この松ぼっくりをあしらった塀がずーっと向こうの湖まで続いています。
そしてこの付近は東西ベルリン分断についても、大変興味深い地なのです。 -
私がベルリンの壁記録センターで買ってきた資料です。
ベルリンの壁を示した地図です。
黒い太い線が描かれているところがベルリンの壁があったところ。
有刺鉄線がリアルで恐怖を覚えます。
赤斜線が東ベルリン、グリーン色が西ベルリンです。
赤丸がこれから行くグリーニッカー橋、お城はちょっと濃いグリーンになっています。
左上、赤丸を付けた付近(矢印)をご覧になってください。 -
道路の向こう側のバス停。
もうお気づきになりましたでしょうか。
東西分断線が複雑に入り組んでいるこの付近、あちら側は東ベルリンなのです。そしてもう少し引き返すと西側、もうちょっと行くとまた東側。
もちろんベルリンの壁はあったのでしょうが、この近くに住んでいる住民は不自由だったでしょうね。
私も今回、向こう側に行って、東側・西側を行ったり来たりと面白い経験をしたかったのですが、膝のことを考えてやめました。 -
では、グリーニッケ橋を目指して急ぎます。
近くまで来たら、急に観光地のような賑わい。
サイクリングの人、ツアーバスの人、徒歩の人。 -
ここに地図が展示してあります。
ハーフェル川に架かるグリーニッカー橋、この中央で東と西に別れていたのですね。右側が西、左側が東側でした。
この地図は、ベルリンの壁を自転車やハイクで回る人用の地図なのです。
ベルリンの壁に沿って黄色い道をたどって走るのだそうです。 -
いよいよグリーニッカー橋です。
私は西側から東側に入ります。
その前に・・・。 -
ちょうど私が立っている付近から写した冷戦時代の橋の写真があります(上の写真)。
小さな小屋の検問所の付近には「あなたはいまアメリカセクターにいる」という立て札が・。
下の写真は1999年統一後のグリーニッカー橋です。
きれいなフォームをしていますね。 -
この付近は、上記写真の立て看板付近。
本当に大勢の人が大型バスで訪れています。
この橋が、冷戦時代を象徴する観光名所になっていて、ツアーコースにも含まれているのですね。
私が最初計画の段階でこの橋を訪れようと思った時、だれも通らない寂しい橋を想像していました。
シニア女一人でこんなところに行って治安は大丈夫かしら?
でも行きたいから貴重品は持たないで、身軽にして行こう、なんて。
まったくの杞憂でした。 -
みんなピクニック感覚。
橋の袂で記念写真を撮っている人たち。 -
大勢の人に従って私も渡りましょう。
車もひっきりなしに往来しています。 -
グリーニッカー橋の説明版。
1904から1907年に造られたグリーニッカー橋は、第二次世界大戦で爆破されましたが、1949年に再建され名前も“統一の橋”と名付けられました。
やがてベルリンの壁の建設とともに、橋の中央には検問所が設置され、自由な往来はできなくなりました。
壁崩壊後の1989年11月10日から再び解放されました。(いいかげん・笑) -
ハーフェル川には遊覧船。
分断当時はこの川を警備艇が目を光らせていたのでしょうね。 -
ここが船着場。
今では船でも入ることが出来るのです。
当時、逃亡しようと、東側からここまで泳ぎ着いた人はいたのでしょうか。 -
欄干から川を眺めている人、年恰好から判断して東西分断時代を経験している人のようです。
向こうに見えるのはもしかしてシュロス・バーベルスベルク? -
こちらの女性は奥様?
お二人はご夫婦のようでした。
お二人とも分断当時のことを思い出しているのか、しばらく川面を眺めて動きませんでした。 -
さて、そろそろ橋の中央部分に差し掛かります。
何か目印はあるのかしら? -
ありました!
よく見なければわかりませんが。
「1989年までドイツは分断されていた」
私が分断表示を眺めているのを見て、何事かと足を止めた人もいましたが、ほとんどの人は通り過ぎて行きました。
ここがどういう場所か、あまり関心がないけどツアーバスで連れてこられた人も多いのでしょうね。 -
かすかに見える分断線。
この位置で、アメリカが支配する資本主義と、ソ連が支配する社会主義との米ソ間のスパイ交換が行われたのです。
当時はアメリカとソ連が一触即発の冷戦時代、核戦争が起きても不思議ではない時代でした。
キューバ危機の真っ只中のことです。 -
米ソ両国のスパイ交換は3回にわたり38名のスパイ交換がなされました。
第1回目は1962年2月10日、ソ連に捕らえられたCIAのスパイ1名と、アメリカに捕らえられたKGBのスパイ1名が、
2回目は1985年6月11日。CIAのスパイ23名と、東側のスパイ4名が交換されました。
3回目は翌年の2月、ソ連反体制活動家ナタン・シャランスキーがソ連側のスパイと交換されました。
写真は3回目の交換で釈放されるナタン・シャランスキー。
(購入した資料から) -
バーベルスベルク宮殿。
[世界遺産]ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群の一つ。 -
東側に到着しました。
-
こちらはさすがにポツダム宮殿のおひざ元、ギリシャ様式の柱列が豪華です。
-
橋の歴史。
-
17世紀、ポツダム宮殿と狩猟場とを繋ぐために木製の橋がかけられましたが、1834年レンガ造りの橋に架け替えられる。
-
-
1907年に現在の形に鉄で造られたグリーニッカーブリュッケ。
市電も走っています。 -
1961年から1989年までのベルリンの壁があった時代の説明。
説明プレートがいろいろ展示してあり、とてもわかりやすいです。
(私はもっぱら写真専門)
観光客もこれらに見入っていました。 -
さあ、私はスパイ交換のあったグリーニッカー橋より、次の歴史的場所に移動します。
可愛いレトロな車が停まっています。
カフェの宣伝? -
あの市電に乗って、まずはポツダム市内を目指します。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (12)
-
- ベームさん 2016/06/26 21:52:08
- いつもながら敬服です。
- himmelさん、
今晩は。今グリーニッカー橋の旅行記拝見した所なのでこちらからお返事いたします。
毎度のことながらhimmelさんの探究心に脱帽です。どこからあのような好奇心と云うか意欲が湧いてくるのでしょう。近・現代のヨーロッパ紛争の震源地みたいなベルリンの魔窟をとことん極めるなんて。
私みたいに通り一辺の街歩きで疲れた疲れたなんて言うのは恥ずかしい限りです。
スイスの物価、特に食事代が高いのには驚きました。ただでさえ食べたいものが無く苦労しているのにその上懐まで心配しないといけないなんて。
ヴァーグナーのチューリヒでの恋の成り行、先ほどその2をアップしましたのでご覧に成ってください。
グリーニッカー橋の訪問は5月27日でしたね。その日は私はザンクト・ガレンに行きました。旅行記はお互い同じようなペースで進みそうですね。
では続きを楽しみに。
ベーム
- frau.himmelさん からの返信 2016/06/27 23:00:47
- RE: いつもながら敬服です。
- ベームさん、こんばんは。
いえいえ、ベームさんの旅行記に比べたら、ほんとにお恥ずかしい。
チューリッヒ2を見せていただきました。
ヴァーグナーとヴェゼンドンク夫人との灼熱の恋、圧巻ですね。
ベームさんの説明にも熱が入っていました。
それだけではありません。
とっても充実した内容、チューリッヒにゆかりのある方たちの説明、チューリッヒの歴史などなど、いろいろお調べになるのにお時間がかかりましたでしょう?
それにしても、あのおソバもどきが2300円とは!?
ほんとに驚きますね。
シャガールのステンドグラス、懐かしかったです。
15年ほど前に見たっきりですから。
またベームさんのこの言葉。
>そろそろ足が痛みはじめましたがまだ見るべき所は残っているので我慢我慢。
まさに今回の私がそうでした。
あそこまで行かなければ、あそこも見なければ・・、我慢我慢の連続でした。
5月27日はザンクト・ガレンにいらっしたのですか?
私はまだポツダムあたりをウロウロしていますので、ベームさんと旅行記速度が同じになるなんて、たぶん絶対(どっち?)ないでしょう。
チューリッヒ美術館にもいらっしたのですね。楽しみにしています。
すみません、どちらの掲示板かわからなくなりました。
himmel
-
- ハッピーねこさん 2016/06/26 20:19:57
- いつかはベルリン!
- himmelさん、こんばんは、
また歴史の場所にお立ちになりましたね。
ほかの街ももちろんそれぞれに歴史を持っていますが、
ベルリンは特に近代〜現代とドイツのみならず世界的に重要な
歴史の舞台となっている街。
毎回テーマをもってそこを何度もお訪ねになっているhimmelさん、
うらやましいです。
私もそろそろ訪れたいところ。
himmelさんのご旅行記、まさに私のバイブルです。
ハッピーねこ
- frau.himmelさん からの返信 2016/06/27 23:12:46
- RE: いつかはベルリン!
- ハッピーねこさん、こんばんは。
ハッピーねこさんほど、ドイツ中、あちこちいらっしている方が、ベルリンがまだだなんてほんとに不思議・・・、
でもないですね。
結構いらっしゃいますよね、ドイツの田舎町は旅情があっていいけど、ベルリンは都会過ぎて、ドイツではないような気がするって言う方が。
私には、その気持ちもよく判ります。
私も最初そうだったのですから。
でもいつの間にか、ベルリンに行くと何だか落ち着く・・・。
今回北ドイツを経験なさったのですから、そろそろベルリンもいかがですか。
と言ってもイギリス問題で、これからの旅行がどうなるのか、心配なところですね。
続きの旅行記を拝見しにお邪魔します。
himmel
-
- utamiumiuさん 2016/06/26 12:09:19
- ブリッジ オブ スパイ
- ご無沙汰しています。
ブリッジオブスパイ。映画のほうはDVDで見ました。
本物の場所でロケしたんですね。
himmelさんの旅記でワクワク旅行を楽しませていただきました。
ありがとうございます。
ところで難民事情はあちらはどんな感じでしたでしょうか?
介護生活ばく進中ですが来年のGWにお嫁さんと息子のリクエストでウィーン、エルフルトあたりへ行く計画を立てています。
uta
- frau.himmelさん からの返信 2016/06/26 16:27:16
- RE: ブリッジ オブ スパイ
- utaさん、こんにちは。
ずっと旅行記の更新もないし、お顔も見えないので、きっとお忙しくしてらっしゃるのだろうなーと思っていました。
多方面にご活躍のutaさんですから。
さて、「ブリッジ・オブ・スパイ」、私まだ見ていないのです。
実を申しますと、この旅行記を書こうと思って調べたら、この映画があるということを知った次第(笑)。
でもサイトで見る予告編では、サスペンスあり、その時代の歴史ありで面白そうなので、ツタヤで借りて見てみようと思っています。
難民問題、他所ではそんなに取り立てて感じませんでしたが、ベルリンはさすがと言うべきか。
中央駅近くのホテルに泊まったのですが、隣の公園には毎日、難民がタムロしていました。
何か悪さをするわけではないのでしょうが、パトカーは常駐していましたし、紙コップを持って小銭を無心して傍に寄ってきますので、人々は足早に通り過ぎていました。
これからイギリスのEU離脱問題では、どうなるのか?
気になりますね。
それにしても、ウィーンとエアフルト、utaさんのお庭みたいなところではありませんか?
きっと手厚いご案内をなさるのでしょうね。
どうか介護のほうも頑張ってください。
himmel
-
- cooさん 2016/06/26 09:10:21
- スパイ交換の橋
- frau.himmelさん、こんにちは。
歴史にはさっぱり疎いのですが、
「ブリッジ・オブ・スパイ」は見ていて、とても興味を持った橋でした。
来年ベルリンに行く予定なのでとても参考になりました。
やはりベルリン行くなら少し勉強していかなければと思いました。
旅行記はまだまだ続くようですね。楽しみにしています。
coo
- frau.himmelさん からの返信 2016/06/26 10:11:12
- RE: スパイ交換の橋
- cooさん、おはようございます。
コメントと投票ありがとうございました。
cooさんのドイツ旅行記、楽しく見せていただいています。
遅読なもので、すべては拝見しておりませんが、のんびり楽しませていただきます。
さて、来年ベルリンにいらっしゃるとのこと。
ベルリンいいですよ〜。
ドイツのほかの都市と違って、どこかドイツでないような、ドイツっぽいような。
確かに見どころは多いですから、見たいところを絞っていらっしゃるといいと思います。
> 「ブリッジ・オブ・スパイ」は見ていて、とても興味を持った橋でした。
あの映画ご覧になったのですか?
私はまだみておりませんので、早速ツタヤで借りてこようと思っています。
ありがとうございました。
himmel
-
- norisaさん 2016/06/26 05:40:58
- ここが舞台ですかーー
- frau.himmelさん
おはようございます。
スパイ戦たけなわな時代。
それはまさしく冷戦時代ですよね。
スパイ映画やアクション映画でしばしばスパイ交換が行われていた舞台はどこだろうと思っていました。
ここ、グリーニッカー橋がその舞台だったのですね。
実際の撮影はまさかここを使うわけにもいかず、ハリウッドのどこかで撮影されていたのでしょうね(笑)
今も冷戦に近い世界情勢。
さらに英国のブリグジットもあり、今後の経済、難民、テロなど欧州を舞台にした危険な状況が続きそうで憂慮しています。
そしてーーーお誕生日おめでとうございます!!
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2016/06/26 10:00:32
- RE: ここが舞台ですかーー
- norisaさん、おはようございます。
って、norisaさんとずいぶんな時間の開き、本当にいつもお早いですね。
スパイ合戦なんて、映画やサスペンスドラマだけかと思っていましたら、あの冷戦時代はいろいろ華やかだったようですね。
まだ私はあの映画を見ていないので、ツタヤで借りて見てみたいと思っています。
あの映画は、実際にあの橋を使って撮影されたみたいですよ。
wikiにそう書いてありました。
本当にこれからヨーロッパはどうなるのか。
EUの形態が崩れていくと、自由に国境を越えて旅はできなくなるのか、難民はどうなるの?テロは?
なんていろいろ心配してしまいます。
本当にどうなるのでしょうね。
誕生日?うれしくないけど、ありがとうございます。
himmel
-
- jijidarumaさん 2016/06/25 19:46:49
- グリーニッカー橋
- himmelさん
こんばんは、今日はお誕生日ですね。おめでとうございます。
前にも書いたことがありますが、家内も本日は誕生日であります。
73歳に私より4ヶ月弱早くなりました(笑)。
2011年の5月に旧東独地域を訪れましたが、ポツダムに15日から3泊してベルリンとポツダムを行き来しました。17日(火)にベルリンからの帰途、ベルリンとポツダムの境にある"グリーニッカー橋"を通過し、ポツダムに戻りました。
かつて、この橋の真中で、東西冷戦中に捕虜となったスパイたちが交換されたと知っていましたが、車で走ってしまうとアッという間で、そのような感慨は少しも湧きませんでした。
こうしてhimmelさんの日記でグリーニッカー橋と冷戦中の出来事の詳細が拝見できて、あの時を思い出しました。ベルリンの壁記録センターで買ってきた資料も大変興味深く、それにしても膝を痛めておられるのに、驚きの探求心ですね。
勉強になりました。ありがとうございました。
jijidaruma
- frau.himmelさん からの返信 2016/06/25 23:35:18
- RE: グリーニッカー橋
- jijidarumaさん、こんばんは。
投票とコメント、それに誕生祝いのお言葉まで頂戴しましてありがとうございました。
そして、奥様もお誕生日おめでとうございます。
jijidarumaさんは奥様より年下でいらっしゃるんですか(笑・3か月ほど)
実のところこの年になりますと、1年が過ぎるのが早くて怖いくらいです。
旅に出て、旅行記が書きあがらないうちに1年が経ってしまって、もう少し時間がほしいです。
ポツダムに滞在なさったっていってらっしゃいましたね。
それも、ツェツィーリエンホーフ宮殿にお泊りになりたかったって。
あの宮殿のお隣はホテルでしたものね。
私はいつもベルリンからの日帰りです。
ヴァンゼーからバーベルスベルク、ポツダムとあの付近は高級住宅でとてもいい雰囲気ですね。
また歴史的にも見るべきところも多くて、今回もあの付近でいくつか候補があったのですが、膝のことを思い諦めました。
でも、旅に出れば歩かないわけにはいかず、結局平均して1日1万歩くらいは歩いてしまいます。
足のシップと痛み止めは手放せませんでした。
グリーニッカー橋、前から温めていた地でしたので、行くことができてよかったです。
橋の中央で、「ここから分かれていた」という目立たない表示を見つけた時には本当に疲れも一度で取れました。
ありがとうございました。
himmel
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
frau.himmelさんの関連旅行記
ベルリン(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
12
49