2016/06/10 - 2016/06/10
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ドクターキムルさん
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横浜市戸塚区戸塚町の富塚八幡宮前から南下して柏尾川沿いの道路に出る旧道の終点・戸塚町和田には庚申塚(http://4travel.jp/travelogue/10534373)がある。この旧道はかつては山の裾野沿いの平地の道路である。この山は4、50年前に宅地開発され、戸建てが建ち並ぶ郷和台団地となっている。この庚申塚の直ぐ脇から団地を横断する道路が山の尾根を越えて環状3号線の現在の終点となっている日之出橋交差点(三叉路)の直ぐ北にある郷和台団地入口交差点(三叉路)の信号に繋がっている。この団地の道路を100数十m上った戸塚町第二公園の向かいの南横にある小路に庚申塔が1基建っている。
この庚申塔は銘から明石明志谷講中により明和4年(1767年)に建立された。この明石明志谷講中の人たち7名の名前(神保氏3人、吉野氏、金子氏3人)が刻まれている。
この道路の北側は40年前頃に家が建てられて分譲され、南を望むと脇の畑の向こうに遥か大船まで見渡せ、大船観音も見えたという。道路の南側は環状3号線まで狭い道路が入り組み、旧道を残して宅地化されたのであろう。今ではこの畑だったところにも新しい住宅が何棟も並んで建っているが、かつては道があったという。しかし、庚申塔がこの地に移されたのは最近のことで、平成になってからのことだという。かつて畑沿いに建っていた庚申塔を宅地化する際に道路近くに移したのかも知れない。
平成横浜病院(旧日立総合病院)の西側尾根には旧道があるから、かつてはそうした尾根道に通じる旧道があり、庚申塔が建てられた。その後、平成になって庚申塔を建てた講の子孫かその関係者によって移設されたのであろう。
この近くには東約150mの和田、南西約450mの下郷に庚申塚が存在しており、こうした団地の道路脇に庚申塔が移設されているなどということは全くのところ気が付かないことである。
(表紙写真は戸塚町の団地の中の庚申塔)
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