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<br />葛飾菖蒲まつり会場の貴重な江戸系ハナショウブを中心に約200品種6000株のハナショウブが見頃を迎えた堀切菖蒲園に行ってみた。また、寅さんでおなじみの柴又・帝釈天にも行ってみた。

東京・葛飾菖蒲まつり(堀切菖蒲園)~寅さんの柴又・帝釈天を訪れて

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2016/06/08 - 2016/06/08

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旅行記グループ 花菖蒲の名所シリーズ

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葛飾菖蒲まつり会場の貴重な江戸系ハナショウブを中心に約200品種6000株のハナショウブが見頃を迎えた堀切菖蒲園に行ってみた。また、寅さんでおなじみの柴又・帝釈天にも行ってみた。

旅行の満足度
4.5
交通手段
私鉄
  • 堀切菖蒲園とは<br />江戸時代に全国で初めて誕生したの堀切の菖蒲園。当時は、江戸時代の安藤広重の「名所江戸百景 」にも登場。徳川斉昭公からは「日本一の花菖蒲」と折り紙がつけられたほど。また文化年間(1804〜1817)当地の農民、伊左衛門が趣味で各地の花菖蒲を集めて庭で栽培したのが始まりと伝えられる。<br />葛飾区は、江戸川や荒川、中川に取り囲まれている水郷的景観を持った地域。水湿地を好むハナショウブには最適の環境ともいえる。水を簡単に引ける場所なら、ハナショウブを栽培するには適した地で、今では貴重な江戸系ハナショウブを中心に約200種類、6000株のハナショウブが植えられている。(説明文より)<br />

    堀切菖蒲園とは
    江戸時代に全国で初めて誕生したの堀切の菖蒲園。当時は、江戸時代の安藤広重の「名所江戸百景 」にも登場。徳川斉昭公からは「日本一の花菖蒲」と折り紙がつけられたほど。また文化年間(1804〜1817)当地の農民、伊左衛門が趣味で各地の花菖蒲を集めて庭で栽培したのが始まりと伝えられる。
    葛飾区は、江戸川や荒川、中川に取り囲まれている水郷的景観を持った地域。水湿地を好むハナショウブには最適の環境ともいえる。水を簡単に引ける場所なら、ハナショウブを栽培するには適した地で、今では貴重な江戸系ハナショウブを中心に約200種類、6000株のハナショウブが植えられている。(説明文より)

    堀切菖蒲園 自然・景勝地

  • 葛飾菖蒲まつりとは<br />葛飾菖蒲まつりは緑豊かな自然が残る、葛飾区で開催されますが、まつりの目玉である花菖蒲の名所が2つあることから、「堀切菖蒲園」と「水元公園」の2つの会場で開催される。<br /><br />1つ目の会場である堀切菖蒲園は、葛飾区堀切にある動植物園ですが、その歴史は古く、室町時代からあるといいます。当時の堀切に住む地頭(じとう:荘園などを管理するために設置した職)が花菖蒲の美しさに魅せられ、その足で奥州(現在の岩手県である)に行って種を採取し、持ち帰ったといいます。そして花菖蒲を栽培すると、堀切一帯に花を植えたそうです。<br />また、江戸時代の堀切には菖蒲園と始めとする、数多くの菖蒲園があったそうで、その美しい景観は安藤広重や歌川豊国などが錦絵の題材にもしていたといいます。<br /><br />2つの目の会場である水元公園は、埼玉県と葛飾区の境にありますが、この公園の広さは東京23区の中でも最大規模を誇るといいます。そして、遊水地に沿って作られた水元公園の広い敷地内には自然の緑が溢れ、他にも植物園やお子さんが遊べる遊具にドッグランも併設されており、家族みんなで楽しめる公園として親しまれている。(説明文より)<br />

    葛飾菖蒲まつりとは
    葛飾菖蒲まつりは緑豊かな自然が残る、葛飾区で開催されますが、まつりの目玉である花菖蒲の名所が2つあることから、「堀切菖蒲園」と「水元公園」の2つの会場で開催される。

    1つ目の会場である堀切菖蒲園は、葛飾区堀切にある動植物園ですが、その歴史は古く、室町時代からあるといいます。当時の堀切に住む地頭(じとう:荘園などを管理するために設置した職)が花菖蒲の美しさに魅せられ、その足で奥州(現在の岩手県である)に行って種を採取し、持ち帰ったといいます。そして花菖蒲を栽培すると、堀切一帯に花を植えたそうです。
    また、江戸時代の堀切には菖蒲園と始めとする、数多くの菖蒲園があったそうで、その美しい景観は安藤広重や歌川豊国などが錦絵の題材にもしていたといいます。

    2つの目の会場である水元公園は、埼玉県と葛飾区の境にありますが、この公園の広さは東京23区の中でも最大規模を誇るといいます。そして、遊水地に沿って作られた水元公園の広い敷地内には自然の緑が溢れ、他にも植物園やお子さんが遊べる遊具にドッグランも併設されており、家族みんなで楽しめる公園として親しまれている。(説明文より)

  • 花菖蒲の種類と系統<br />花の色は、白、桃、紫、青、黄など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせを含めると5,000種類あるといわれている。<br />系統を大別すると、品種数が豊富な江戸系、室内鑑賞向きに発展してきた伊勢系と肥後系、原種の特徴を強く残す長井系(長井古種)の4系統に分類でき、古典園芸植物でもある。他にも海外、特にアメリカでも育種が進んでいる外国系がある。<br />江戸系<br />江戸ではハナショウブの栽培が盛んで、江戸中期頃に初のハナショウブ園が葛飾堀切に開かれ、浮世絵にも描かれた名所となった。ここで特筆されるのは、旗本松平定朝(菖翁)である。60年間にわたり300近い品種を作出し名著「花菖培養録」を残し、ハナショウブ栽培の歴史は菖翁以前と以後で区切られる。こうして江戸で完成された品種群が日本の栽培品種の基礎となった。<br />伊勢系<br />現在の三重県松阪市を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群である。伊勢松阪の紀州藩士吉井定五郎により独自に品種改良されたという品種群で、「伊勢三品」の一つである。昭和27年(1952年)に「イセショウブ」の名称で三重県指定天然記念物となり、全国に知られるようになった。<br />肥後系<br />現在の熊本県を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群である。肥後熊本藩主細川斉護が、藩士を菖翁のところに弟子入りさせ、門外不出を条件に譲り受けたもので、「肥後六花」の一つである。満月会によって現在まで栽培・改良が続けられている。菖翁との約束であった門外不出という会則を現在も厳守している点が、他系統には見られない習慣である。しかし大正に会則を破り外部へ広めてしまった会員がおり、現在では熊本県外の庭園などで目にすることができる。<br />長井系(長井古種)<br />山形県長井市で栽培されてきた品種群である。同市のあやめ公園は1910年(明治43年)に開園し、市民の憩いの場であった。1962年(昭和37年)、三系統いずれにも属さない品種群が確認され、長井古種と命名されたことから知られるようになった。江戸後期からの品種改良の影響を受けていない、少なくとも江戸中期以前の原種に近いものと評価されている。現在、34種の品種が確認されている。長井古種に属する品種のうち13品種は長井市指定天然記念物である。(説明文より)<br />

    花菖蒲の種類と系統
    花の色は、白、桃、紫、青、黄など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせを含めると5,000種類あるといわれている。
    系統を大別すると、品種数が豊富な江戸系、室内鑑賞向きに発展してきた伊勢系と肥後系、原種の特徴を強く残す長井系(長井古種)の4系統に分類でき、古典園芸植物でもある。他にも海外、特にアメリカでも育種が進んでいる外国系がある。
    江戸系
    江戸ではハナショウブの栽培が盛んで、江戸中期頃に初のハナショウブ園が葛飾堀切に開かれ、浮世絵にも描かれた名所となった。ここで特筆されるのは、旗本松平定朝(菖翁)である。60年間にわたり300近い品種を作出し名著「花菖培養録」を残し、ハナショウブ栽培の歴史は菖翁以前と以後で区切られる。こうして江戸で完成された品種群が日本の栽培品種の基礎となった。
    伊勢系
    現在の三重県松阪市を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群である。伊勢松阪の紀州藩士吉井定五郎により独自に品種改良されたという品種群で、「伊勢三品」の一つである。昭和27年(1952年)に「イセショウブ」の名称で三重県指定天然記念物となり、全国に知られるようになった。
    肥後系
    現在の熊本県を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群である。肥後熊本藩主細川斉護が、藩士を菖翁のところに弟子入りさせ、門外不出を条件に譲り受けたもので、「肥後六花」の一つである。満月会によって現在まで栽培・改良が続けられている。菖翁との約束であった門外不出という会則を現在も厳守している点が、他系統には見られない習慣である。しかし大正に会則を破り外部へ広めてしまった会員がおり、現在では熊本県外の庭園などで目にすることができる。
    長井系(長井古種)
    山形県長井市で栽培されてきた品種群である。同市のあやめ公園は1910年(明治43年)に開園し、市民の憩いの場であった。1962年(昭和37年)、三系統いずれにも属さない品種群が確認され、長井古種と命名されたことから知られるようになった。江戸後期からの品種改良の影響を受けていない、少なくとも江戸中期以前の原種に近いものと評価されている。現在、34種の品種が確認されている。長井古種に属する品種のうち13品種は長井市指定天然記念物である。(説明文より)

  • 浦安の舞(うらやすのまい) 江戸系

    浦安の舞(うらやすのまい) 江戸系

  • 初霜(はつしも) 江戸系

    初霜(はつしも) 江戸系

  • 加茂千歳(かもちとせ) 江戸系

    加茂千歳(かもちとせ) 江戸系

  • 児化粧(ちごげしょう) 肥後系

    児化粧(ちごげしょう) 肥後系

  • 綾瀬川(あやせがわ) 江戸系

    綾瀬川(あやせがわ) 江戸系

  • 翆映(すいえい) 江戸系

    翆映(すいえい) 江戸系

  • 時雨西行(しぐれさいぎょう) 江戸系

    時雨西行(しぐれさいぎょう) 江戸系

  • 葵形(あおいがた) 江戸系

    葵形(あおいがた) 江戸系

  • 葵形(あおいがた) 江戸系

    葵形(あおいがた) 江戸系

  • 七変化(しちへんげ) 江戸系

    七変化(しちへんげ) 江戸系

  • 深窓佳人(しんそうかじん) 江戸系

    深窓佳人(しんそうかじん) 江戸系

  • 品種名不明

    品種名不明

  • 千鳥(ちどり) 肥後系

    千鳥(ちどり) 肥後系

  • 品種名不明

    品種名不明

  • 千鳥(ちどり) 肥後系

    千鳥(ちどり) 肥後系

  • 燭光錦(しょっこうにしき) 江戸系

    燭光錦(しょっこうにしき) 江戸系

  • 浦安の舞(うらやすのまい) 江戸系

    浦安の舞(うらやすのまい) 江戸系

  • 鳳凰冠(ほうおうかん) 江戸系

    鳳凰冠(ほうおうかん) 江戸系

  • 品種名不明

    品種名不明

  • 品種名不明

    品種名不明

  • 写楽(しゃらく) 江戸系

    写楽(しゃらく) 江戸系

  • 愛知の輝(あいちのかがやき) 雑種

    愛知の輝(あいちのかがやき) 雑種

  • 江戸錦(えどにしき) 江戸系

    江戸錦(えどにしき) 江戸系

  • 葵祭(あおいまつり) 江戸系

    葵祭(あおいまつり) 江戸系

  • 宇宙(おおぞら) 江戸系

    宇宙(おおぞら) 江戸系

  • 入口を出たところに紫陽花がきれいな緑道があった。

    入口を出たところに紫陽花がきれいな緑道があった。

  • 柴又駅

  • フーテンの寅像<br />「旅に出る寅さんが、さくらの方を振り返ったシーン」をモチーフとした寅さんの銅像。1999年に地元商店会と観光客の募金によって、柴又駅前に建てられた。銅像の足元には、山田洋次監督による寅さんの故郷への思いが刻まれている。<br /><br />報道によると、2017年3月までに寅さんの妹の『さくら像』が設置されることが決定したとか。<br />1999年に柴又駅前に設置された「フーテンの寅像」。今では多くの人が記念撮影をする観光スポットとなっているが、寅さんの視線の先に「さくら」がいてほしいというファンの声に答えるかたちで、さくら像の制作要望書が柴又地域から葛飾区に提出され、葛飾区が銅像を制作・設置することになったという。

    フーテンの寅像
    「旅に出る寅さんが、さくらの方を振り返ったシーン」をモチーフとした寅さんの銅像。1999年に地元商店会と観光客の募金によって、柴又駅前に建てられた。銅像の足元には、山田洋次監督による寅さんの故郷への思いが刻まれている。

    報道によると、2017年3月までに寅さんの妹の『さくら像』が設置されることが決定したとか。
    1999年に柴又駅前に設置された「フーテンの寅像」。今では多くの人が記念撮影をする観光スポットとなっているが、寅さんの視線の先に「さくら」がいてほしいというファンの声に答えるかたちで、さくら像の制作要望書が柴又地域から葛飾区に提出され、葛飾区が銅像を制作・設置することになったという。

  • 柴又帝釈天 二天門<br />

    柴又帝釈天 二天門

    題経寺(柴又帝釈天) 寺・神社・教会

  • 帝釈堂

    帝釈堂

  • 彫刻ギャラリー<br />帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が有名である。

    彫刻ギャラリー
    帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が有名である。

  • 大客殿<br />本堂裏に位置する。昭和4年(1929年)の完成で、入母屋造瓦葺、平屋建の左右に細長い建築である。東京都の選定歴史的建造物になっている。座敷4室を左右1列に配し、これらの手前には庭に面し、ガラス障子を立て込んだ廊下がある。(説明文より)

    大客殿
    本堂裏に位置する。昭和4年(1929年)の完成で、入母屋造瓦葺、平屋建の左右に細長い建築である。東京都の選定歴史的建造物になっている。座敷4室を左右1列に配し、これらの手前には庭に面し、ガラス障子を立て込んだ廊下がある。(説明文より)

  • 邃渓園(すいけいえん)<br />大客殿前に広がる池泉式庭園で、昭和40年(1965年)、向島の庭師永井楽山の設計による。庭園への立ち入りは禁止されているが、周囲に設けられた屋根付きの廊下から見ることができる。

    邃渓園(すいけいえん)
    大客殿前に広がる池泉式庭園で、昭和40年(1965年)、向島の庭師永井楽山の設計による。庭園への立ち入りは禁止されているが、周囲に設けられた屋根付きの廊下から見ることができる。

    題経寺(柴又帝釈天) 邃渓園 公園・植物園

  • 参道

    参道

  • 高木屋老舗<br />映画「男はつらいよ」の撮影の度に、休憩や衣装替えに部屋を貸していたのがきっかけで、出演者などと親しくなったという。その後「とらや」のモデルとされるようになり、店の外観が映画でもしばしば登場するほか、高木屋の店内には主人公・車寅次郎を演じた渥美清や監督の山田洋次から贈られたお土産や記念写真が飾られている。また店内の一角には車寅次郎が座る事を想定した「予約席」がある。(説明文より)

    高木屋老舗
    映画「男はつらいよ」の撮影の度に、休憩や衣装替えに部屋を貸していたのがきっかけで、出演者などと親しくなったという。その後「とらや」のモデルとされるようになり、店の外観が映画でもしばしば登場するほか、高木屋の店内には主人公・車寅次郎を演じた渥美清や監督の山田洋次から贈られたお土産や記念写真が飾られている。また店内の一角には車寅次郎が座る事を想定した「予約席」がある。(説明文より)

    高木屋老舗 グルメ・レストラン

  • 『男はつらいよ』は、渥美清主演、山田洋次原作・監督(一部作品除く)のテレビドラマおよび映画である。テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることがある。<br />映画シリーズは、松竹によって1969年(昭和44年)8月27日に第1作が公開され、1995年(平成7年)までに全48作が、1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。<br /><br />山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。第3作(監督:森崎東)、第4作(監督:小林俊一)を除く46作を監督した。第5作で山田が再び監督し、シリーズを完結させる予定であったが、あまりのヒットに続編の製作が決定した。(説明文より)<br />

    『男はつらいよ』は、渥美清主演、山田洋次原作・監督(一部作品除く)のテレビドラマおよび映画である。テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることがある。
    映画シリーズは、松竹によって1969年(昭和44年)8月27日に第1作が公開され、1995年(平成7年)までに全48作が、1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。

    山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。第3作(監督:森崎東)、第4作(監督:小林俊一)を除く46作を監督した。第5作で山田が再び監督し、シリーズを完結させる予定であったが、あまりのヒットに続編の製作が決定した。(説明文より)

  • 渥美清さんの実像<br />「寅さん」の演技で見せる闊達さとは対照的に、実像は自身公私混同を非常に嫌い、他者との交わりを避ける孤独な人物だった。「男はつらいよ」のロケ先で、撮影協力した地元有志が開く宴席に一度も顔を出したことがない話は良く知られており、身辺にファンが近寄ることも嫌っていた。タクシーで送られる際も「この辺りで」と言い、自宅から離れた場所で降りるのを常としていた。<br />芸能界の関係者ともプライベートで交際することはほとんどなく「男はつらいよ」シリーズで長年一緒だった山田洋次や、黒柳徹子、関敬六、谷幹一でさえ渥美の自宅も個人的な連絡先も知らず、仕事仲間は告別式まで渥美の家族との面識はなかった。これは渥美が生前、私生活を徹底的に秘匿し、「渥美清=寅さん」のイメージを壊さないためであった。このきっかけは、街を歩いていた時に、見知らぬ男性から「よお、寅」と声をかけられてからの事だと語っている。実生活では質素な生活を送っていたようで、車は一台も所有しておらず、仕事での食事も店を選ばずに適当な蕎麦屋で済ませていたという。(説明文より)<br /><br />1996年(平成8年)の死後、日本政府から渥美に国民栄誉賞が贈られた。『男はつらいよ』シリーズを通じて人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えたことが受賞理由。俳優で国民栄誉賞が贈られるのは、1984年に死去した長谷川一夫に次いで2人目である。

    渥美清さんの実像
    「寅さん」の演技で見せる闊達さとは対照的に、実像は自身公私混同を非常に嫌い、他者との交わりを避ける孤独な人物だった。「男はつらいよ」のロケ先で、撮影協力した地元有志が開く宴席に一度も顔を出したことがない話は良く知られており、身辺にファンが近寄ることも嫌っていた。タクシーで送られる際も「この辺りで」と言い、自宅から離れた場所で降りるのを常としていた。
    芸能界の関係者ともプライベートで交際することはほとんどなく「男はつらいよ」シリーズで長年一緒だった山田洋次や、黒柳徹子、関敬六、谷幹一でさえ渥美の自宅も個人的な連絡先も知らず、仕事仲間は告別式まで渥美の家族との面識はなかった。これは渥美が生前、私生活を徹底的に秘匿し、「渥美清=寅さん」のイメージを壊さないためであった。このきっかけは、街を歩いていた時に、見知らぬ男性から「よお、寅」と声をかけられてからの事だと語っている。実生活では質素な生活を送っていたようで、車は一台も所有しておらず、仕事での食事も店を選ばずに適当な蕎麦屋で済ませていたという。(説明文より)

    1996年(平成8年)の死後、日本政府から渥美に国民栄誉賞が贈られた。『男はつらいよ』シリーズを通じて人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えたことが受賞理由。俳優で国民栄誉賞が贈られるのは、1984年に死去した長谷川一夫に次いで2人目である。

  • 今回のオーダーです。(笑)

    今回のオーダーです。(笑)

  • 花菖蒲と寅さんゆかりの地を堪能して柴又駅より帰路に就いた。、<br /><br />最後までご覧頂きありがとうございました。

    花菖蒲と寅さんゆかりの地を堪能して柴又駅より帰路に就いた。、

    最後までご覧頂きありがとうございました。

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この旅行記へのコメント (5)

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  • ねもさん 2025/06/17 20:09:38
    堀切菖蒲園(^^)
    sakatomoさん お久しぶり!
    私もsakatomoさんに遅れること9年、堀切菖蒲園を訪ねました。とても良いのに無料とは(゚-゚)
    こちらの旅行記、花の説明や画像がていねいかつきれいでうれしい(^^*)
    私たちも水元公園に行きました✌️

    sakatomo

    sakatomoさん からの返信 2025/06/18 06:58:46
    RE: 堀切菖蒲園(^^)
    ねもさん おはようございます
    いつもありがとうございます。こちらこそお久しぶりです。

    堀切菖蒲園はもう9年になりますか?
    初夏の花として紫陽花や花菖蒲が好きです。日本らしくて、、、
    それぞれの花菖蒲には丁寧に名札が付いていて花の画像が
    ついつい多くなってしまいました。(笑)

    これからもよろしくお願いします。
    これら公園に税金が使われるのはいいですね。賛成です!
    4トラの更新を楽しみにしています。

                     sakatomo

  • tadさん 2016/06/09 11:41:24
    すばらしい!
    前半は正直なところ、花の話で、私なんぞには、何度聞いていも覚える気のない話でしたが、後半、いきなり寅さんが出てきて、それからは食い入るように読みました!柴又は数回、行っているのですが、知らない話がたくさんありました。高木屋のほうだったんですね。。帝釈天についても、内部のことは知りませんでした。映画は山田洋二が好きなので、この旅行記大変刺激になりました。有難うございます。

    sakatomo

    sakatomoさん からの返信 2016/06/09 15:10:52
    RE: すばらしい!

    tadさん こんにちは
    いつもありがとうございます。

    「フルムーン夫婦グリーンパスの旅」を楽しく拝見しました。
    グリーン席が利用できていい切符ですね。

    柴又には、「さくらの像」が作られると聞き立ち寄ってみました。
    いつも行動パターンは同じです。
    帝釈天の彫刻ギャラリーや庭園を見て、高木屋老舗で草団子…
    今回の焼き団子とビールはおまけです。(笑)

    帝釈天では、本堂に上がる方は多いですが裏の庭園に廻る方は少ないです。
    お寺も積極的に案内するという雰囲気はなく、
    今回も見学する人が少なく、ゆっくりできました。

    機会があったら足を運んでみてください。

    今後とも宜しくお願いいたします。

                                                   sakatomo

    tad

    tadさん からの返信 2016/06/09 15:17:07
    RE: RE: すばらしい!
    早速のご返事有難うございました。

    次回の柴又の機会には、もっと積極的に行動します。情報大変役立ちます。
    今後ともどうぞよろしくお願いします。

sakatomoさんのトラベラーページ

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