2016/04/21 - 2016/04/21
1574位(同エリア7423件中)
Weiwojingさん
- WeiwojingさんTOP
- 旅行記996冊
- クチコミ137件
- Q&A回答112件
- 2,338,554アクセス
- フォロワー192人
真庭市久世では旧遷喬 ( せんきょう )尋常小学校を訪ねた。この小学校は1907年 ( 明治40 )に建てられた木造2階建ての洋風を模した重厚な木造建築で、1999年(平成11)に国の重要文化財に指定された。
旧遷喬尋常小学校は、1990年(平成2)に移転するまで遷喬小学校の校舎として使われていたが、現在は文化施設として久世エスパランドの付属施設として利用されている。
- 旅行の満足度
- 4.5
-
JR伯備線で勝山駅から久世駅に来た。この日は雨が降り、時折激しく降ることもあった。そんな中を駅に降り立った。
久世に来たのは、国の重要文化財に指定されている旧遷喬尋常小学校を見学することであったが、今回の岡山旅行を始めるまでは全くこの小学校のことは知らなかった。 -
久世駅は小さな駅で、4〜5人の客が降りてしまうと、もう誰もおらずひっそリとしている。駅員はいないようで、嘱託の人が一人だけいて、この人もしばらくしたらいなくなった。
-
待合室に学習コーナーがあり、机と椅子が置かれている。列車の本酢が多くないので、列車を待っている間に少しでも勉強が出来るようにと配慮したのであろうか。
-
学習コーナーのわきには国語辞典や辞書などが置かれて、自由に使えるようになっている。地元の方々が利用しやすいようになっていて、大変感心した。
-
久世駅から歩いて12.3分かかっただろうか。場所がよく分らなかったので、誰かに聞きたいと思ってもほとんど人の姿がなく、困ってしまった。駅でしばらく休んでいると、地元の人らしい女性が来たので、旧遷喬尋常小学校の場所を尋ねると、詳しく教えてくれた。
-
雨の中を歩いていくと、やっと木造2階建ての建物が見えてきた。なるほど、堂々としていてルネッサンス風とでも言うのか立派な建物が存在している。
-
高瀬舟をデザインした校章だろうか、屋根の部分に取り付けられている。
-
玄関わきにこの学校の名前となった「遷喬」とはどのような由来があるのかを示す石碑がある。それによると、この碑には中国の古典ともいうべき『詩経』から採る、郷土の名士山田方谷によって命名された。
-
ここが玄関で、早速入ってみた。
-
当時、こちらの出入り口は職員や外来者向けのものである。
-
玄関口から反対側の街のある方を見てみた。
-
-
校長室を示す張り紙があり、中をのぞかせてもらった。
-
昔の校長室の内部であるが、今は事務所も兼ねているようで、雑然としている。
-
校長室のすぐわきに大きな柱時計があるが、もう止まっているようだ。
-
「1の2 安藤学級」と書かれたクラス表示がある。ここは現在資料室になっていて、この学校の歴史を示す資料や写真、様々な展示品などが置かれている。しばらく見させていただいた。
-
小学校が出来た日のお祝いを撮った写真があった。
-
-
建設に携わった江川三郎八の1929年(昭和4)の古希のお祝いで撮られた肖像写真がある。
-
こちらの写真も江川三郎八の写真であるが、晩年の時のものである。
-
アルミの使い古したような薬缶(やかん)が展示してある。かつて給食の時には、生徒たちがこの中にお茶を入れて、皆で飲んだんだろうか。
-
オルガンもある。そんな古いものではなさそうだ。
-
教室の天井には東西南北を示す図が描かれている。
-
展示室から2階に向かう。廊下の突き当りを右に曲がると階段がある。廊下を歩くと、ぎしぎし音がし、何十年にも渡って歩いたり、走ったりした生徒たちの様子が思い浮かんでくる。
-
廊下は螺旋階段状になっていて、1段1段がかなり擦り切れているのが分かる。
-
-
2階に来た。黒光りした廊下を歩くとぎしぎし音がするが、妙に懐かしさを感じる。小生が通った小、中、高校ともこのような木造校舎の学校であった。今はすっかりコンクリート校舎に変わっている。
-
教室もすべて公開されている。中を見させていたいただいた。机や椅子はもう新しいもの出、閉校直前のものだと思われる。
-
こちらの教室は机が皆2人掛けである。
-
2階には大きな講堂がある。
-
正面にはステージが設けら、種々の集会や行事などで用いられたのであろう。
-
講堂の天井は洋風の二重折り上げ格天井となり、学校建築では珍しかったものと思われる。
-
天井の片隅に空間が設けられている。何なんだろうか。空調のためか。
-
教室の窓から外を見てみた。
-
ここにもオルガンが置かれてる。
-
「はぐくみ」と題した学級新聞があった。
-
大きな教室があるが、ここには机も椅子も置かれていない。恐らく地域の文化活動などに使われているのだろう。
-
この部屋にはかなり大きな凧が展示されている。「久世の牛凧」だ。
-
「調理室(KITCHEN)」と書かれた表示板がある。これは比較的新しいもののようで、この学校が廃校になる直前あたりに使われていたものと思われる。
-
もう一つ段談がある。階段から2階廊下を見ると、何十年にも渡って生徒たちが毎日利用してきたへこみや傷みを見ることが出来る。
-
-
1階にはこのような階段手摺がある。
-
最後に校舎の裏側に回ってみた。こちら側にも出入り口がありる。
-
おそらくこの出入口は生徒たちが利用していたものではないだろうか。
-
この学校の校歌が石に刻まれている。昭和48年の卒業生が寄付したもののようだ。
やまなみのすそひくところ
ふるさとは 平和にあげて
青空にゆめが広がる
遷喬はたのしい母校
はげもうよ みんななかよくく -
雨にけぶる校舎を目に収めながら、遷喬少学校を後にした。
-
旧遷喬尋常小学校の見学を終えて再び久世駅へ戻って来た。最後に岡山県から鳥取県へ行くべく、先ずは新見へ向かった。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
Weiwojingさんの関連旅行記
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
47