2016/04/20 - 2016/04/21
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Weiwojingさん
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備中高梁から勝山と久世へ移動した。もちろん交通手段はバスか列車しかないので、事前によく調べて、鉄道とバスの接続をチェックした。なにしろ鉄道は良くて1時間に1本くらいしかなく、バスに至っては2時間ごとにしか運行していない。今回の旅行では備中地方は車がないと、いかに不自由であるということが分かった。
勝山は真庭市に属し、勝山街並み保存地区として整備されて、かつての出雲街道の要衝地としての面影が残されている。同時に近年は「暖簾の街」として、町興しの手段として用いられ、よく知られている。駅から歩いて15分位のところにある。
一方、久世は勝山から電車で15分程の小さな町であるが、勝山同様真庭市に属している。ここには旧遷喬尋常小学校と古い街並みが残されていて、当初尋常小学校しか訪問計画はなかったが、この町にも古い街並みが残されていると分かり、合わせて見学することにした。
* 旧遷喬尋常小学校については次の「晴れの国 岡山へ ⑥ ― 旧遷喬尋常少学校を訪ねて」をご覧ください。
http://4travel.jp//travelogue//11138965
- 旅行の満足度
- 4.5
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JR伯備線「備中高梁駅」から「中国勝山駅」へ移動した。時間にして1時間も掛からないが、本数が少ないので注意が必要である。
中国勝山駅は、駅員は1人しかいないようで、切符の販売から列車のアナウンス、電車到着時の切符の回収まで何でもやらないといけないようで、見ていると大変である。 -
電車を降りて、反対側から来る電者をしばらくホームで見ていた。ホームには4〜5人の乗客がいるだけで、閑散としていた。
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しばらくして、列者がやって来るのを見届けて、駅を離れた。
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駅から歩いて10分ほどのところに勝山の旧市街がある。かなり整備されて、ととのった街並みが見られる。
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この橋が旧市街と新市街を分けており、簡単に旧市街地見たので、今日の宿泊場所へ行くことにした。
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先ずはこの日宿泊する民宿へ急いだ。旧市街地から九頭竜川を渡り、少々歩いたところにある。
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泊めていただいた民宿の居間には様々な美術品や民芸品が置かれていた。指針を取り忘れてしまったが、この写真の左の方には昭和天皇ご夫妻の写真が飾られているのには驚いた。地方へ行くと、今でもそのような家が多い。
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これは民宿での夕飯であるが、地元産の食材をメィンにした食事で、美味しくいただいた。
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最初気が付かなかったが、この街ではどの店も家もそれぞれユニークな草木染の暖簾を掲げている。暖簾で町興こしをしているそうだ。道理でどの商店も民家も暖簾を掲げている。何を売る店かすぐ見てわかるのれんもあれば、何の店か全然分からないものもある。
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こののれんは何だかすぐお分かりですね。郵便番号が出ているので、ここは郵便局の暖簾だとすぐ分かるでしょう。
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こちらは洋装店。しかし、店の名前がないと皆目分からない。
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小説家の谷崎潤一郎がこの地に戦時中疎開していたことを示す記念碑が勝山郷土博物館の前ある。詳しく調べてみると、潤一郎は1945年( 昭和20 ) 7月から12月までの5か月勝山に滞在していた。
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《 暖簾のある風景 ① 》
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この暖簾が掲げられた店はも何を表したものか分からない。
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こちらも全然分からない。
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街並みが素晴らしいです。
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屋根瓦に恵比須顔?
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《 暖簾のある風景 ② 》
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《 暖簾のある風景 ③ 》
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《 暖簾のある風景 ④ 》
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《 暖簾のある風景 ⑤ 》
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《 暖簾のある風景 ⑥ 》
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《 暖簾のある風景 ⑦ 》
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《 暖簾のある風景 ⑧ 》
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町はずれに水車があり、今なおごとごと音を立てて動いているのには驚いた。
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ずいぶん立派な橋ですね。
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造り酒屋も一軒ある。
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「電話弐○番」とは、随分昔の電話番号だ。
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「三協商建」と書かれた看板の周りにウサギや熊などの動物の姿が見える。
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次いで勝山から電車に乗り、新見へ行く途中久世の駅で下車した。久世には旧遷喬尋常小学校があり、久世で下車した目的はこの小学校を見学することであった。ところが、駅から小学校へ歩いていると、古い街並みがあり、大いに興味を覚えた。
そこで時間も十分あるようなので( 2時間半近くあった )、帰りに合わせて見学してみた。生憎この日はかなり強い雨が降っていて、行くのを躊躇してしまっが、しかし、もう一度来ることはありそうもないので、行くことにした。 -
駅を降りて通リを歩いていると、久世のシンボルとも言うべき国の重要文化財「旧遷喬尋常小学校」と「早川太鼓」を描いた大きな看板があった。
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もう一つには「久世祭」と「大津大祭」と書かれていて、両者ともこの町で開催される大きな祭りのようである。
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駅前は歩く人もなく、静まり返っている。少し歩いていくと、このような古民家いくつもがあるではないか。この町に古い街並みがあることを書いた案内書等皆無で、正に興味を覚えた。
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次々と古民家が現れて来た。まるで江戸時代にタイムスリップした感がする。もちろんこれらの家は現に人が住み、日々の営みが行われているところである。空き家ではない。決して博物館でもない。
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家の前に「村澤家の戸がガタゴトあいて霙降る」と書かれた文字があるが、これは俳句にしては少々変だし、ただの文章にしても奇妙である。
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この家の前で写真を撮っていたら、家人が出てきて「良ければ中もご覧ください」と勧めてくれた。
中を見せていただいた。黒光りした柱やよく磨かれた床などよく手入れが行き届いている。 -
家の入り口わきに「立春大吉」と書かれた紙が貼られている。
「立春大吉」とは、立春の日(つまり2月4日)に家々の入り口などに張るもので、「厄除け」の意味のお札として禅宗の習慣から来ている。鬼が家に入ってこないように玄関の左側、台所に張る場合は目線の上に張るそうである。 -
これは何なんだろうか。藁を真ん中に挟んで、束ねていく道具なのだろうか。初めて見た。
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軒先の飾り(?)も素晴らしい。
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道路を挟んで反対側にある民家も歴史を感じさせるような古い建物で、素晴らしい。2階のなまこ壁の白さが鮮やかだ。
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雨にけぶる古い街並みは魅力的だ。人ひとり通らない通リには雨の音だけが聞え、いやが上でもノスタルジーを感じる。
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ふと家の2階を見上げると、窓のところに美しい細工がしてあるのが見える。
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この照明も古そうだ。もちろん電灯が点くようになっているので、昭和初期あたりのものかもしれない。
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しばらく歩くと対照的な色をした2軒の土蔵がある。こちらは薄茶色をしていて、なまこ壁と合い、見事である。
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白壁となまこ壁もこれまた素晴らしい。
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この民家は建物はかなり古そうだが、現代風にかなり手を入れているのが分かる。
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益に戻る途中、大きな神社が見えた。最後に見ておきたいと思い中に入った。
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中に入ると、神社の敷地内に線路が走っていて、これには驚いた。これはおそらく鉄道の方が後に引かれたためにこのような結果になったのだろう。
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仁王門入口には左右に2体の金剛力士像が置かれている。こちらは口を結んだ吽形( うんぎょう ) である。
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神社の境内には小さな2つの社殿があった。
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