2016/03/03 - 2016/03/03
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讃岐おばさんさん
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讃岐のダイヤモンドヘッドと呼ばれている屋島の麓にある四国村では、ひな飾りの展示が3月21日まであります。
今日はお天気も良くて暖かかったので友人を誘って二人で行ってきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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入口、四国村は年中無休で、開村は8時30分から18時00分(4月〜10月)、17時30分(11月〜3月)までとなっています。
料金は一般800円、高校生500円、小・中学生300円です。 -
石畳が素晴らしい!
流れ坂、屋島に隣接する庵治の石切り場から切り出された花崗岩が使われています。
彫刻家・流政之氏の作品。 -
かずら橋を渡りましょう。
怖かったです(^_^;) -
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農村歌舞伎舞台。
この舞台では小豆島の地元の人々自身が役者となり、歌舞伎芝居を演じました。
茅葺平屋建てで、廻り舞台、楽屋、チョボ(義太夫)の床、お囃し座がついています。
舞台いっぱいにお雛様が飾られていましたよ。四国村 農村歌舞伎舞台 名所・史跡
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たくさんのお雛様、素敵でした。
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木漏れ日、とっても気持ちが良いです。
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旧山下家住宅、ここにも可愛いお雛様が。
四国村 旧山下家住宅 名所・史跡
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寄棟造り茅葺、平屋建て。
江戸時代における東讃岐の一般農家の典型であり、俗に「周囲(ぐるり)八間」と呼ばれた農家です。 -
家の半分は農作業用の土間にとられ、残り半分の床部分に「おくどさん(かまど)」がついており、そこで親子兄弟が肩をよせあって暮らしていました。
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変わった竹ですね。
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旧河野家住宅が見えます。
手前に大阪城の残石が置かれています。 -
大阪城、残石。
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旧河野家住宅。
この民家は、愛媛県の南、小田町の深い谷筋の奥まった急斜面に建っていました。
部屋の床はすべて竹を敷き、各部屋に「いろり」が切られ、寒い山間の住まいの特徴を示しています。四国村 旧河野家住宅 名所・史跡
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土間には、和紙の原料にするコウゾを蒸す釜があります。
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外壁に懐かしい農機具を掛けていました。
40年くらい前にはこの定木を使って田植えをしていました。 -
裏に回ると水仙が咲いていましたよ。
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ちから石。
無理に持ち上げないようにと。 -
この石が一番重いそうです。
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砂糖しめ小屋。
一瞬ですけどイタリアのアルベロベッロに似てるなと。
サトウキビの汁をしぼる丸いしめ小屋は、香川県内に2棟だけ残っていた大変珍しいものです。四国村 砂糖しめ小屋 釜屋 名所・史跡
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内部中央には三個の石臼(車石)が置かれていました。
それら石臼に取り付けられた腕木をウシが引いてまわし、回転する石臼の間にサトウキビを差し込んで汁をしぼっていたのです。 -
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椿があちこちに咲いていました。
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茶堂「遊庵」
四国の古い街道沿いには、こうしたお堂があちこち建っていました。
初めは村の入り口に悪霊払いの意味で建てられ、後に街道を行く人の接待の場として、また四国遍路の休み場として利用されるようになります。
このお堂は土佐から伊予へ越す龍王街道と呼ばれる道にありました。
五寸角の栗材の柱の状態や落書きなどから、18世紀後半のものと推測されます。
石仏(地蔵菩薩)は流政之氏の作品で、瀬戸内寂聴尼によって開眼され、お堂は「遊庵」と命名されました。四国村 茶堂「遊庵」 名所・史跡
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カンカン石。
ちょっと叩いてみました。
良い音でしたよ。 -
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旧大久野島燈台。
大久野島燈台は三原瀬戸航路の要所を照らす燈台として明治27年5月に点灯されました。
燈台は基礎が3.8mの円形で高さ5.1m直径3.1m、灯塔部は花崗岩の切石積になっており、その上に乗る塔器は鋳鉄(ちゅうてつ)製で高さ2.4メートルにもなります。四国村 旧大久野島灯台 名所・史跡
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3棟の退息所(燈台守の住宅)があり、こちらは旧江埼燈台退息所。
江埼燈台は瀬戸内の難所といわれる明石海峡を望む淡路島の北端にあり、この退息所は本格的な石造建築であり、建築当初の木造トラスを残すなど、洋式燈台の黎明期の貴重な建物です。 -
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楮(こうぞ)蒸し小屋。
土佐は高級和紙の産地です。
この小屋では伝統の和紙づくりが行われていました。四国村 楮蒸し小屋 名所・史跡
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切りそろえた楮やみつまたを束にして、釜に立て、上から桶をかぶせて蒸す。
取り出して皮を剥ぎ、黒皮を取り、水に浸した白皮をモチにして、棒でたたく。
最後に水に入れてすくい上げ、紙に漉く・・・−和紙作りは、手のかかる作業でした。 -
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旧下木家住宅。
冬の間は雪で閉ざされる剣山麓の、標高1000mのところにあった民家。
安永10年(1781年)の建物で、寄棟造り茅葺、間口七間、奥行四間で「本三六」の家と呼ばれます。四国村 旧下木家住宅 名所・史跡
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間取りは、オモテ、ナイショ、ニワの三間に分かれています。
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水を引いて。
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臼を搗くようになっています。
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久米通賢先生旧宅。
江戸時代、香川県の塩の生産量は全国の半分近くを占めていました。
その製塩の基盤をつくったのが久米通賢です。安永9年(1780年)、東讃岐の引田町馬宿に生まれた久米通賢は平賀源内とともに、讃岐を代表する江戸時代の科学者です。四国村 久米通賢先生旧宅 名所・史跡
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測量術にすぐれ、軍船、大砲、撃発式鉄砲、ピストルから、扇風機までをも発明しました。
この主屋は、平屋建て寄棟造り茅葺。
解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型の原形などが発見されました。 -
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旧中石家住宅。
平家の落人村として有名な祖谷の民家。主屋、隠居屋、納屋が一列に並んで建ち並ぶ様子は、傾斜が急な祖谷地方の特徴を表しており、18世紀後半の建築とみられます。四国村 旧中石家住宅 名所・史跡
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寒い祖谷らしく部屋には「いろり」があります。
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切り干し大根を干していました。
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隠居屋は床を低くして上がり降りが楽にできるように工夫されていました。
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大きな瓶が並んでいました。
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アーチ橋を渡ります。
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アーチ橋。
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小豆島の石蔵・消防屯所。
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旧丸亀藩斥候番所。
この建物は、香川県と愛媛県の境の三豊郡箕浦に建っていました。
北側が海、南側が山という地形の箕浦には、藩政時代、2つの番所がありましたが、海側の警備にあたっていた方は残っておらず、地元民が詰めていたこの番所だけが残っています。
寄棟造りで、鬼瓦や軒丸瓦に京極藩の家紋がみられ、このような番所が残っているのは全国的にも珍しいものです。
表に建てられた標柱にも趣が感じられます。四国村 旧丸亀藩斥候番所 名所・史跡
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ここにも可愛いお雛様が飾られていましたよ。
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異人館。
四国村の出口は異人館の横からになります。
神戸の異人館を移築した喫茶店。室内の家具調度品すべてイギリスから取りよせた約1世紀半ほど前のものです。 -
四国村の散策が終わりました。
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四国村の一角に、江戸時代末期の茅葺きの農家を移築し、店内も昔の姿そのままに評判の讃岐手打ちうどんのお店があります。
ざいごうどん 本家 わら家 グルメ・レストラン
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水車が回っていますよ。
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2人前入りの釜揚げうどんと天ぷら盛り合わせをいただきます。
ネギやショウガはセルフです。 -
ラッキー、結ばれたうどんがありました!
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ご馳走さまでした〜
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駐車場近くの屋島神社にも寄ってみました。
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う〜〜ん、とっても良い眺め!
嬉しい一日になりました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- はしるさん 2016/03/11 13:28:29
- 四国村を訪ねて・・・
- 讃岐おばさん!
こんにちは!
四国村を訪ねて、
嬉しい一日になって何よりでした。
それにしてもこの村、
ザ・シコクが満タンですね。
うどん県にお住まいの
讃岐おばさん!でも
堪能できる処だけに、
九州人としては是非、
近日中に、行きたいと思いました。
いつも楽しい旅行記!
有難うございます。
- 讃岐おばさんさん からの返信 2016/03/11 19:05:32
- RE: 四国村を訪ねて・・・
- はしる様
こんばんは〜
こちらにもコメント、どうもありがとうございます。
四国村、よく手入れされてて感心しました。
よくあるテーマパークよりず〜っと素晴らしいです。
維持するにも大変な費用がかかると心配しました(笑)
かずら橋、渡ってくださいね、スリル満点!
わら家の釜揚げうどんも最高ですし、ぜひお越しくださいませ。
讃岐おばさん
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