2016/02/19 - 2016/02/29
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60歳の旅さん
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2003年11月にパースからダーウィンまでを、オーストラリアをぐるりと一周する国道1号線と、700㌔以上もダート道が続くギブリバーロードを走り6,000㎞を越える12日間の冒険ドライブをした。その続きとして13年後の2016年2月、今度は同じパースからナラボー平原を突っ切り、エアーズロックへ至る4,500㎞を8日間で走るドライブ旅行をした。この旅行記は私たちの旅の記憶を記録したものです。
メンバーは前回と同じ男3人組だが、あの時には50歳代と40歳代であった中年隊が13年経って、60歳代と50歳代になり、中老人隊と呼ぶしかない年齢になっていた。あの旅はちょっと前のことだった気がするのに。
①は計画からパース到着までです。
その①は http://4travel.jp/travelogue/11103225
その②は http://4travel.jp/travelogue/11110589
その③は http://4travel.jp/travelogue/11112233
その④は http://4travel.jp/travelogue/11113047
その⑤は http://4travel.jp/travelogue/11113417
その⑥は http://4travel.jp/travelogue/11115948
その⑦は http://4travel.jp/travelogue/11116043
その⑧は http://4travel.jp/travelogue/11117414
その⑨は http://4travel.jp/travelogue/11118190
その⑩は http://4travel.jp/travelogue/11118200
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- カンタス航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前回のオーストラリアの旅から13年経った。この探検隊のメンバーも当然それだけ歳をとった。わたくしAは元の旅行会社を退職した後、ホテル運営会社に再就職し、そこも59歳で退職して、俗に言うリタイアメント生活に入り、その後は退職した会社の顧問として多少の収入を得ながら、自分の希望どおりの旅三昧の暮らしをしている。そしてこの6年、アジアの各国とヨーロッパを中心に一年の3分の1を海外、3分の2は日本の自宅というような暮らしを送ってきた。
メンバーのBはあの時48歳で、50歳になったら勤めていたデザイン会社を退職して、どこか海辺の町で、趣味の釣りをしながら生きていきたいと夢のようなことを言っていたが、現実は61歳になった今もそのデザイン会社で真面目に仕事をしている。ただあの当時すでに不仲だったカミさんと念願の離婚をして、つい最近に再婚をし、新居も構えたという。60歳を過ぎて離婚でき、新しいカミさんと新居を手に入れたという。普通のサラリーマンには中々できない、羨まし限りの人生を歩んでいるが、この先どこまで行くのやらというのもありそうだ。
元スタイリストのメンバーCは、カミさんと共同名のプランドの帽子の製作販売業をしているが、東京のマンションを売り払って、なんと軽井沢の別荘地に自宅兼アトリエを構え移住してしまった。部類の酒好きで沖縄好きのCが、南国沖縄と対局の地である寒冷地の軽井沢で豪邸とも言える本宅兼別荘を建てさっさと移住してしまうなど、ちょっと驚きだ。しかしそれからすでに10年ほどたち、今ではすっかり軽井沢の住民として定着している。変わってないのは相変わらずの大酒好きなことだが、最近はビール半分(と言っても缶ビールなら10本ほどだが)で後は焼酎半分と言うから、どちらにしても飲むアルコール量は今のところ変わりがないようだ。
このメンバーで13年ぶりのオーストラリアの旅だ。何年か前に、3人がそれぞれカミさんを連れて6人で、タイのクラビとサムイへ一週間ほど旅をしたことがあるが、その時の私の感想は、やっぱり男だけの旅とは違う。女づれ、ましてカミさんなんぞ連れて行っては、ぜんぜん異質の旅になってしまので、やっぱり男だけの旅も時には必要だ。 -
旅の準備はまず、どこへ行くのかから始まった。スリランカ、台湾、オーストラリアのフレイザー島などが、候補に上がったが、やっぱり探検隊に一番ふさわしいコースということで、パースからナラボー平原を横断して、「ザ・ガン」の道を北上してエアーズロックへ至る約4,000Kmのドライブ旅行に決めた。行程の決定、エアーチケットの手配、レンタカーの手配などはいつも通り旅行会社OBの私がしたが、今までの探検隊と一番違うのは、現地のホテルはほとんど日本出発前にネットで手配した。そのあたりは私が当日の宿探しなどが「面倒くさい」という年寄りになったからだ。
もう一つ違うこと、これが一番大きいのだが、ITやネットやGPSのお陰で、どんな秘境をドライブ中でもスマホやタブレットさえあれば、リアルタイムで現在地や、その情報がつかめることだ。これはとても大きな問題で、こうしたドライブには強力な武器である。
そのかわり、前回にも増して、最初のパース以外は一日三食全てをほとんどキャンプ生活のように自炊することとした。そのため肉や魚、野菜などの生鮮食料品は現地調達するとしても、米や味噌をはじめ必要な食品や道具など、かなりの種類と量のものを日本から準備して持ち込むことになった。
ただそこでの問題は、前回の旅行記にも書いたが、オーストラリア、特に西オーストラリア州は食品の持ち込みがかなり厳しいことだ。前回はビクトリア州のメルボルンで入国したが、荷物はレントゲンによるチェツクを受け食料品のかなりを没収された。今回の航空券では、いきなりパースでの入国になるので、さらに厳しいことが想定された。
約25食分の食事を作ろうとすると、現地調達の生鮮食品を除いても、米や調味料をはじめ相当の食品を持ち込む必要がある。取り上げられたら、お金の問題でなく、我々の嗜好する普段食べている食事ができなくなる。オーストラリア政府のホームページで、持ち込み制限の食品一覧はあるが、あの国は州毎に食品持ち込みルールが違うのだ。
旅行会社時代の知人にお願いして、西オーストラリア州の観光局や、シドニーにある支店に問い合わせしてもらい、概ねの規制品が確認できたので、それに基づき3人で持ち込む酒、米、調味料などを含む食料品を分担して購入した。
今回の旅は東京からパースに入り、エアーズロックから東京へ戻る行程だが、いずれも直行便はないので、乗り継ぎになる。ネット上で航空券を探すが、南半球のオーストラリアやニュージーランドはアジアやヨーロッパと異なり選択肢は多くはない。結局そこそこの価格で乗り継ぎが良いシンガポール経由のカンタスに決めた。
但しカンタス便といえど、実際には東京からシンガポールの往復はJAL便で、行きのシンガポールからパースのみカンタス便、帰りのエアーズロックからメルボルンがLCCのジェットスター、メルボルンからシンガポールはエミレーツ航空だ。 -
羽田空港に集合して、パースでの入国検疫に備え、3人が持参した食品で米や酒などの規制のハッキリしたものをそれぞれの荷物に分散してチェックインしたのだが、搭乗前のまず旅の始まりを祝い、乾杯という時に最初のアクシデント、Bに呼び出し放送だ。飲みかけのビールを残して搭乗口に行ってみると、機内にあるはずのBの預けた荷物が目の前にある。
BとCは現地での自炊用にカセットコンロを一つづつ持参していたが、Bのコンロの梱包の中にあろうことか、ガスボンベが入っていた。ボンベが機内持ち込みできないことは当然の知識としてあり、ボンベはパースで購入する前提だが、何かの手違いで日本で使用していたボンベが紛れこんでいたようだ。しかしさすがに羽田で日本である。発見したJALのスタッフも「オーストラリアでキャンプですか、楽しそうですね」と言って何事もなく終わった。もしこれが他の国ならキッイおとがめの言葉もあったのだろう。
【写真上 羽田の搭乗前、この時Bにいきなり「搭乗口まで至急お越しください」と呼び出しだ。】
【上空に上がれば食事と飲み物だが、ここではCの本領発揮だ、缶ビールをシンガポールまでのJAL便で4本、パースまでのカンタス便で5本、結局到着までん9本飲んだ、そこまで「ワンモア」を繰り返すのも凄いが、出すCAもあきれていたかも】
【写真右下 JALの機内食はランチとしてはまあまあ、グッドというほどではないが、平均点以上】 -
この旅の最初の心配事が行きのシンガポールの乗り継ぎだ、JAL便からカンタス便への乗り継ぎ時間が1時間20分と短い、それを懸念しながらの予約だったが、出発の1週間前くらい前から、出発情報を調べたら、羽田発のJAL便は50%ほどの確率で、1時間くらい遅れて出発していた。1時間遅れたら乗継ぎは20分しかない。それでも乗り継ぎ便なので旅客は乗れるだろうが、バゲージが心配だ。パースに着いて、荷物が乗っていなかったら、荷物が着くまでパースを出発はできないからだ。ゆとりある日程ならなんてこともないが、毎日平均700?以上走行しなければならない今回の日程では出発の遅れは結構キツイ。
実際に過去にこのメンバーで行ったスペイン旅行時も、出発が2時間以上遅れ、乗継ぎがメチャメチャになったこともある。また私の過去の旅行でも、乗り継ぎのトラブルは決して少なくはない。この日はそんな心配をよそに、羽田を20分ほどの遅れで出発し、チャンギ空港の乗り継ぎも1時間ほどで、慌ただしくはあったが、無事に乗り継ぎができ、第一関門通過だ。
【写真上 羽田を出て一時間も飛び高度11,000mの巡航速度だというのに速度620?しかでていない。2月の末ではジェット気流が強くて、逆らって飛ぶ西行きは速度が上がらない】
【写真下 南下して南シナ海の上空に入ると、ジェット気流の影響を抜け、ぐんと速度が上がった300?以上違う】 -
パース到着で一番心配していた、入国検疫。深夜の到着だというのに、多くの乗客が出てくるが、検疫官は少なく、オージーだと思われる乗客の大半はレントゲン検査もなくスルーパスだ。我々は「持参食物あり」の申請書をもち検疫官前に行った。隣のブースでは中国人らしい女性がスーツケースの中身を掻き回され、多くの食品らしき物を開封されている。
しかし我々の前の検疫官は、まず一番大きなCのりモワのケースを空けると、ざっと中を見回し、目立った幾つかの食品を探り、簡単な質問をしただけで、私やBの荷物は空けようともせずにOKを出してくれた。もちろんレントゲン検査もなしで、あっけないほど簡単に終了した。
オーストラリアは2012年からはタバコの持ち込みも、それまでの200本から50本へと厳しくなっていた。50本といえば2箱半しかない。私たちは羽田で1カートン(200本、10箱)を購入して、一人3箱ずつ分担して持ち、残りの一箱は、シンガポールのトランジットの喫煙室でタバコを吸っていた空港職員にプレゼントしてきた。それでも一人3箱(60本)を咎められたら、10本ずつその場で捨てるつもりであった。そこまでこのパースの検疫に対して身構えできたのに、全くの拍子抜けである。
前回は持参していた食品を申告せず、結果バレてとがめられ、今回は堂々と申告してフリーパスだ。相手がプロで、その時の私たちの態度を見破ったというべきか、それともどんな規則があろうと、検疫官やその時の運だとでも考えるべきか。
【写真左上 シンガポールからのカンタスは夕食というのに、これではちょっと寂しい。しかし今時はどこのキャリアもリストラで、エコノミーの機内食を落としているから仕方ない。それでもこの時のカンタスのCAは、私達の相次ぐビールやワインのお代わり要求にも嫌な顔せずに応じてくれた、いつもなら到着後はレンタカーの運転となるが、今日のパース到着後は運転の不要なタクシーなので、酒に卑しくなってしまうのだった。】
【写真右上 食後のデザートとして、そのまんまのバナナが1本配られた、これも中々珍しい】 -
パース到着は日付が変わった深夜。取り急ぎホテルにチェックインをすると、まずは無事の到着を祝って乾杯だ。真夜中の到着なので、ビールの買いだしもできず、荷物の開梱もせずに。日本から持ってきた泡盛をアイスなしの水割りで、つまみも持参した、すくがらすと豆腐ようだけで取り敢えず「沖縄風」の乾杯!!
【写真右 今回はこの折り畳みテーブルも日本から持参した。昼の道端ランチや部屋の補助テーブルとして早速の活躍だ】
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