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一昨年のお正月はシティホテルで迎えたいと品川プリンスホテルに大晦日から2日まで二泊しました。<br /><br />しかし、ホテルが大変混雑していたことやお部屋も狭くて優雅さに欠けていました。<br /><br />よくしたもので都内や横浜のホテルで眺めの良い広めのお部屋は年末年始は海外旅行に行ったほうが安いくらいのお値段です(汗)(実際東南アジアあたりならそちらのほうがお安いようです!)<br /><br />さらには昨今の日本旅行ブームもあってどのシティホテルもほぼ満室です。<br /><br />そこで、今年は地方都市のシティホテルに目星をつけることにしました。<br /><br />もちろん、ただ宿泊するだけではなく近隣の名所も見学します。<br /><br />静岡には何度も行きましたが、行くことができなかった名刹と名士を訪ねました。

駿河の国の名刹と名士を訪ねて(家康と次郎長ーー)

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2015/12/31 - 2016/01/02

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norisa

norisaさん

一昨年のお正月はシティホテルで迎えたいと品川プリンスホテルに大晦日から2日まで二泊しました。

しかし、ホテルが大変混雑していたことやお部屋も狭くて優雅さに欠けていました。

よくしたもので都内や横浜のホテルで眺めの良い広めのお部屋は年末年始は海外旅行に行ったほうが安いくらいのお値段です(汗)(実際東南アジアあたりならそちらのほうがお安いようです!)

さらには昨今の日本旅行ブームもあってどのシティホテルもほぼ満室です。

そこで、今年は地方都市のシティホテルに目星をつけることにしました。

もちろん、ただ宿泊するだけではなく近隣の名所も見学します。

静岡には何度も行きましたが、行くことができなかった名刹と名士を訪ねました。

同行者
カップル・夫婦
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • 往路は東名ではなく国道一号線で静岡に向かいます。<br /><br />残念ながら箱根では富士山は見えません。<br /><br />沼津あたりから霊峰が見え始めます。

    往路は東名ではなく国道一号線で静岡に向かいます。

    残念ながら箱根では富士山は見えません。

    沼津あたりから霊峰が見え始めます。

  • そうはいっても白いベールにご尊顔を隠しています。

    そうはいっても白いベールにご尊顔を隠しています。

  • まずは清見寺を見学します。

    まずは清見寺を見学します。

    清見寺 寺・神社・教会

    人質だった家康が学んだ古刹 by norisaさん
  • このお寺は徳川家康とゆかりがあります。<br /><br />家康は幼少時今川氏の人質として駿府に移されました。<br /><br />そして、当時の清見寺住職太原和尚(第一世)より教育を受けました。

    このお寺は徳川家康とゆかりがあります。

    家康は幼少時今川氏の人質として駿府に移されました。

    そして、当時の清見寺住職太原和尚(第一世)より教育を受けました。

  • JR沿いの斜面にある古刹です。<br /><br />約1300年程前の白鳳年間(7世紀後半)天武天皇朝の頃に東北の蝦夷に備えてこの地に関所が設けられ清見関 (きよみがせき) と呼ばれていたそうです。<br /><br />この関所の鎮護として仏堂が建立されました。<br /><br />この仏堂を以って清見寺の始めと伝えています。(清見寺HPから)

    JR沿いの斜面にある古刹です。

    約1300年程前の白鳳年間(7世紀後半)天武天皇朝の頃に東北の蝦夷に備えてこの地に関所が設けられ清見関 (きよみがせき) と呼ばれていたそうです。

    この関所の鎮護として仏堂が建立されました。

    この仏堂を以って清見寺の始めと伝えています。(清見寺HPから)

  • 鎌倉時代に中国より伝えらた禅宗は朝廷や幕府の支持を受け、公家・武家社会を中心に日本に広まりましたが、この頃清見寺も禅宗に改められました。<br /><br />室町幕府を開いた足利尊氏公は深く清見寺を崇敬し、清見寺山頂に利生塔を建立して戦死者の霊を慰め、天下大平を願ったそうです。<br /><br />さらに、室町幕府は清見寺を官寺と定め、日本を代表する寺ということで「全国十刹」の中に置き保護したそうですから、かなり優遇したわけですね。<br /><br />こうして清見寺は大きな勢力を持つことになったようです。<br />

    鎌倉時代に中国より伝えらた禅宗は朝廷や幕府の支持を受け、公家・武家社会を中心に日本に広まりましたが、この頃清見寺も禅宗に改められました。

    室町幕府を開いた足利尊氏公は深く清見寺を崇敬し、清見寺山頂に利生塔を建立して戦死者の霊を慰め、天下大平を願ったそうです。

    さらに、室町幕府は清見寺を官寺と定め、日本を代表する寺ということで「全国十刹」の中に置き保護したそうですから、かなり優遇したわけですね。

    こうして清見寺は大きな勢力を持つことになったようです。

  • また徳川家康の成長期に深くかかわったお寺ということで、清見寺は三葉葵の紋を許されました。<br /><br />そして江戸時代は二百余石の朱印地を有し徳川一門の帰依を受けるところとなりました。<br /><br />まさしく武家社会で存在感を発揮したお寺だったわけですね!

    また徳川家康の成長期に深くかかわったお寺ということで、清見寺は三葉葵の紋を許されました。

    そして江戸時代は二百余石の朱印地を有し徳川一門の帰依を受けるところとなりました。

    まさしく武家社会で存在感を発揮したお寺だったわけですね!

  • そして朝鮮通信使のお寺としても活躍したそうです。

    そして朝鮮通信使のお寺としても活躍したそうです。

  • これからは拝観料を支払い内部を見学させていただきます。<br /><br />料金は良心的な300円!<br /><br />京都や奈良ではありえません(笑)

    これからは拝観料を支払い内部を見学させていただきます。

    料金は良心的な300円!

    京都や奈良ではありえません(笑)

  • 内部はまさしく古刹です。<br /><br />全般に緋色の配色が印象を強めます。

    内部はまさしく古刹です。

    全般に緋色の配色が印象を強めます。

  • 朝鮮通信使の接待所として使われていましたが難しくて読めません(汗)<br /><br />現在の不仲な日韓関係も昔のように平和な関係に戻って欲しいものですねーー。

    朝鮮通信使の接待所として使われていましたが難しくて読めません(汗)

    現在の不仲な日韓関係も昔のように平和な関係に戻って欲しいものですねーー。

  • 本堂内部。<br /><br />ご本尊の撮影は遠慮させていただきます。

    本堂内部。

    ご本尊の撮影は遠慮させていただきます。

  • 朝鮮通信使のなごりを感じさせる屏風。

    朝鮮通信使のなごりを感じさせる屏風。

  • そしてーー。<br /><br />見事な庭園が広がります。<br /><br />国指定の名勝に指定されています。

    そしてーー。

    見事な庭園が広がります。

    国指定の名勝に指定されています。

  • こちらは家康が学んだ部屋。<br /><br />

    こちらは家康が学んだ部屋。

  • この違い棚などは家康がいた時代そのままだそうです。<br /><br />人質にも立派な教育を施すのは日本のマナーでしょうか。<br /><br />しかし、年端も行かぬころから人質に出されて一人で勉学や武道に励むーー。<br /><br />これでは性格が歪まないほうが難しいのでは?と同情します。

    この違い棚などは家康がいた時代そのままだそうです。

    人質にも立派な教育を施すのは日本のマナーでしょうか。

    しかし、年端も行かぬころから人質に出されて一人で勉学や武道に励むーー。

    これでは性格が歪まないほうが難しいのでは?と同情します。

  • 大みそかではありますが、見事な庭園の奥には紅葉の名残も残っています。<br /><br />さすが、静岡。暖かです!

    大みそかではありますが、見事な庭園の奥には紅葉の名残も残っています。

    さすが、静岡。暖かです!

  • 庭園には立ち入ることができません。<br /><br />芭蕉句碑とありますが、どれがそうなのか判別できません。<br />(判別できても句が読めないでしょうが(苦笑))

    庭園には立ち入ることができません。

    芭蕉句碑とありますが、どれがそうなのか判別できません。
    (判別できても句が読めないでしょうが(苦笑))

  • お寺の内部の一部です。

    お寺の内部の一部です。

  • これから二階の「潮音閣」に登ります。<br /><br />名前からしてここから海を眺め潮騒の音を楽しんだようです。

    これから二階の「潮音閣」に登ります。

    名前からしてここから海を眺め潮騒の音を楽しんだようです。

  • 広々とした30畳くらいの大広間です。

    広々とした30畳くらいの大広間です。

  • 確かに清水港や海が見えますが、海岸には数百mはありそうです。<br /><br />しかし!ここが潮音閣と呼ばれるからには江戸時代初期には海岸線はここからそうは遠くなかったに違いありません。<br /><br />美保の松原の砂浜も移動する土砂が堆積したようなので、この付近もそうして海岸線が遠くなっていったのか、あるいは人為的に埋め立てたものに違いなさそうですーー。

    確かに清水港や海が見えますが、海岸には数百mはありそうです。

    しかし!ここが潮音閣と呼ばれるからには江戸時代初期には海岸線はここからそうは遠くなかったに違いありません。

    美保の松原の砂浜も移動する土砂が堆積したようなので、この付近もそうして海岸線が遠くなっていったのか、あるいは人為的に埋め立てたものに違いなさそうですーー。

  • 潮音閣からは境内も見渡せます。

    潮音閣からは境内も見渡せます。

  • 見学させていただいたお礼を言って境内に戻ります。<br /><br />これは家康さんお手植えの梅です。

    見学させていただいたお礼を言って境内に戻ります。

    これは家康さんお手植えの梅です。

  • しかし、家康さん、人質に取られた心境はいかがなものだったでしょう。<br /><br />現代のもやしっ子ならとっくにいじめ自殺ならぬ人質自殺していそうです(汗)

    しかし、家康さん、人質に取られた心境はいかがなものだったでしょう。

    現代のもやしっ子ならとっくにいじめ自殺ならぬ人質自殺していそうです(汗)

  • これで徳川家康ゆかりの清見寺見学を終えて次に有名人の足跡を訪ねます。<br /><br />その有名人とはーー。

    これで徳川家康ゆかりの清見寺見学を終えて次に有名人の足跡を訪ねます。

    その有名人とはーー。

  • この梅蔭禅寺に眠る清水の次郎長さんです。

    この梅蔭禅寺に眠る清水の次郎長さんです。

  • お寺の中には次郎長記念館があります。<br /><br />このお寺も見学料は300円!<br /><br />ただしお寺本体は普通の檀家さんが一杯いるお寺なので入れません。<br />(清見寺も檀家さんが一杯いました)

    お寺の中には次郎長記念館があります。

    このお寺も見学料は300円!

    ただしお寺本体は普通の檀家さんが一杯いるお寺なので入れません。
    (清見寺も檀家さんが一杯いました)

  • 次郎長を有名にしたやくざ同士のケンカの仲裁だそうです。

    次郎長を有名にしたやくざ同士のケンカの仲裁だそうです。

  • これがその時の説明書きです。

    これがその時の説明書きです。

  • こちらは次郎長の写真です。<br /><br />やはり堂々としています。

    こちらは次郎長の写真です。

    やはり堂々としています。

  • こちらも有名な大政小政の写真。<br /><br />怖そうでもあり、温和そうでもありーー。

    こちらも有名な大政小政の写真。

    怖そうでもあり、温和そうでもありーー。

  • さて、有名な次郎長ですが、実はあまり知りませんでした。<br /><br />彼の人生を変えた言葉は人から言われた次の言葉だったようです。<br /><br />20歳の時、旅の僧に「残り5年の命、25歳が寿命だ。」と言われてしまいます。<br /><br />この時に、「どうせ死ぬなら短く太く生きてやろう」と、任侠の道を志します。<br />

    さて、有名な次郎長ですが、実はあまり知りませんでした。

    彼の人生を変えた言葉は人から言われた次の言葉だったようです。

    20歳の時、旅の僧に「残り5年の命、25歳が寿命だ。」と言われてしまいます。

    この時に、「どうせ死ぬなら短く太く生きてやろう」と、任侠の道を志します。

  • その後多くのヤクザとの抗争などがありましたが、彼の強みは森の石松、大政・小政、法印の大五郎、吉良の仁吉などの錚々たる部下が多数いたことです。<br /><br />つまり彼は人材育成の天才だったかもしれないのです。<br /><br />極めつけは宿敵との最終戦。<br /><br />彼は480名を動員し長槍170本・鉄砲40丁・米90俵を船に積んで、穴太徳の元へ向かいます。<br /><br />さすがに宿敵もこれには驚いて無条件降伏したそうです。

    その後多くのヤクザとの抗争などがありましたが、彼の強みは森の石松、大政・小政、法印の大五郎、吉良の仁吉などの錚々たる部下が多数いたことです。

    つまり彼は人材育成の天才だったかもしれないのです。

    極めつけは宿敵との最終戦。

    彼は480名を動員し長槍170本・鉄砲40丁・米90俵を船に積んで、穴太徳の元へ向かいます。

    さすがに宿敵もこれには驚いて無条件降伏したそうです。

  • しかし、彼が有名なのは任侠ではありません。<br /><br />それは明治維新前後の活躍です。<br /><br />幕府崩壊にともない、江戸からやってきた大量難民の徳川家の旧幕臣とその家族が清水港に上陸します。<br />現代のように集合住宅や宿泊施設が整備されていない時代でしたから、駿府の街は大量の難民に混乱します。<br />次郎長は炊き出しなどで彼らを救護し、すぐに方々に手を回して彼らの住まいを確保し、混乱を治めました。<br /><br />さらには、あの有名な咸臨丸に乗っていた幕府軍は官軍によって皆殺されて遺体が海に放り込まれました。<br /><br />この時官軍の指揮者は遺体を片付けるな!と無法なおふれをだしますが、人情に篤い次郎長は夜中の見張りのいない時に子分を動かして遺体を回収し、供養します。<br /><br />これが次郎長の仕業と分かった官軍も彼には手出しができなかったようです。<br />

    しかし、彼が有名なのは任侠ではありません。

    それは明治維新前後の活躍です。

    幕府崩壊にともない、江戸からやってきた大量難民の徳川家の旧幕臣とその家族が清水港に上陸します。
    現代のように集合住宅や宿泊施設が整備されていない時代でしたから、駿府の街は大量の難民に混乱します。
    次郎長は炊き出しなどで彼らを救護し、すぐに方々に手を回して彼らの住まいを確保し、混乱を治めました。

    さらには、あの有名な咸臨丸に乗っていた幕府軍は官軍によって皆殺されて遺体が海に放り込まれました。

    この時官軍の指揮者は遺体を片付けるな!と無法なおふれをだしますが、人情に篤い次郎長は夜中の見張りのいない時に子分を動かして遺体を回収し、供養します。

    これが次郎長の仕業と分かった官軍も彼には手出しができなかったようです。

  • さらに彼は清水の発展を目指します。<br /><br />その清水港の発展には茶の販路の拡大が必要だと考え、輸出茶の商人・静岡の茶商・清水港の廻船問屋を結びつけて清水港と横浜港の定期航路を誕生させます。<br /><br />こういった次郎長の動きがあって、清水港は外に開かれた港となり、静岡のお茶はアメリカへも輸出されて、日本一のお茶の輸出港となります。<br /><br />茶の海外輸出のこともあり、肌で英語の必要性を感じた次郎長は、これからの若者は英語を知らなきゃダメだ!と、近所の若者を集めて、講師に静岡学問所の若手講師を招いて英語塾をはじめます。<br /><br />さらには最新の西洋医学にも関心を寄せ、済衆医院を開設します。

    さらに彼は清水の発展を目指します。

    その清水港の発展には茶の販路の拡大が必要だと考え、輸出茶の商人・静岡の茶商・清水港の廻船問屋を結びつけて清水港と横浜港の定期航路を誕生させます。

    こういった次郎長の動きがあって、清水港は外に開かれた港となり、静岡のお茶はアメリカへも輸出されて、日本一のお茶の輸出港となります。

    茶の海外輸出のこともあり、肌で英語の必要性を感じた次郎長は、これからの若者は英語を知らなきゃダメだ!と、近所の若者を集めて、講師に静岡学問所の若手講師を招いて英語塾をはじめます。

    さらには最新の西洋医学にも関心を寄せ、済衆医院を開設します。

  • これがその英語塾の様子です。<br /><br />次郎長さん同席の教室では講師も生徒もサボれません(爆)

    これがその英語塾の様子です。

    次郎長さん同席の教室では講師も生徒もサボれません(爆)

  • また西南の役では山岡鉄舟に戦争の中止を談判しますが、さすがにこれは無理。<br /><br />その代わりーー。

    また西南の役では山岡鉄舟に戦争の中止を談判しますが、さすがにこれは無理。

    その代わりーー。

  • 鉄舟からこんな書を頂いたそうです。

    鉄舟からこんな書を頂いたそうです。

  • 明治維新にともない、駿府町奉行が廃止されます。<br /><br />そして、東征大総督府が駿府町差配役に任命した伏谷如水から、街道警護役(警察署長)に任命されます。<br /><br />また徳川慶喜の警護役も仰せつかります。

    明治維新にともない、駿府町奉行が廃止されます。

    そして、東征大総督府が駿府町差配役に任命した伏谷如水から、街道警護役(警察署長)に任命されます。

    また徳川慶喜の警護役も仰せつかります。

  • さらには静岡県知事のすすめもあり、助成金を二千円もらい向島の囚人たちを集め、富士裾野(大渕)の開墾をはじめます。<br /><br />この開墾地は今も使用されています。<br /><br />こうした活躍で、彼は任侠ではありますが、銅像の残るただ一人のヤクザとして尊敬されています。

    さらには静岡県知事のすすめもあり、助成金を二千円もらい向島の囚人たちを集め、富士裾野(大渕)の開墾をはじめます。

    この開墾地は今も使用されています。

    こうした活躍で、彼は任侠ではありますが、銅像の残るただ一人のヤクザとして尊敬されています。

  • こちらは次々と亡くなった3人のお蝶夫人を祀るもの。

    こちらは次々と亡くなった3人のお蝶夫人を祀るもの。

  • 大政小政のお墓に守られてーー。

    大政小政のお墓に守られてーー。

  • 次郎長は眠ります。<br /><br />明治二十六年(1893年・74歳)、三代目お蝶に看取られながら風邪をこじらせた次郎長はその生涯を終えます。<br />(やはり風邪は万病のもとですね!)<br /><br />葬儀には三千人を超える参列者がいたそうですが、もちろん多くの有力者が県外からも駆け付けたそうです。

    次郎長は眠ります。

    明治二十六年(1893年・74歳)、三代目お蝶に看取られながら風邪をこじらせた次郎長はその生涯を終えます。
    (やはり風邪は万病のもとですね!)

    葬儀には三千人を超える参列者がいたそうですが、もちろん多くの有力者が県外からも駆け付けたそうです。

  • こちらは森の石松のお墓。

    こちらは森の石松のお墓。

  • こちらは3人のお蝶さんのお墓です。<br /><br />単なるヤクザではない、非常に高能力者だった次郎長。<br /><br />彼は今放映されている「あさ」さんを男にしたような先見の明のある、しかも人材育成にたけた人情家だったようです。<br />(これ、まさしく今の日本のリーダーにふさわしい能力かもしれません(苦笑))

    こちらは3人のお蝶さんのお墓です。

    単なるヤクザではない、非常に高能力者だった次郎長。

    彼は今放映されている「あさ」さんを男にしたような先見の明のある、しかも人材育成にたけた人情家だったようです。
    (これ、まさしく今の日本のリーダーにふさわしい能力かもしれません(苦笑))

  • お寺を後にして静岡の名勝、日本平に向かいます。<br /><br />霊峰富士は相変わらずベールの中。

    お寺を後にして静岡の名勝、日本平に向かいます。

    霊峰富士は相変わらずベールの中。

  • 薄い雲ですが日本平からでも富士の全景が見えません。

    薄い雲ですが日本平からでも富士の全景が見えません。

  • ここからは北方の南アルプスも望めます。<br /><br />雪を頂く連峰。

    ここからは北方の南アルプスも望めます。

    雪を頂く連峰。

  • 南側には傾いた日に輝く駿河湾も!<br /><br />穏やかな大みそかです。

    南側には傾いた日に輝く駿河湾も!

    穏やかな大みそかです。

  • このロープウエイで下に降りれば久能山東照宮です。<br /><br />数年前にお参りさせていただきました。

    このロープウエイで下に降りれば久能山東照宮です。

    数年前にお参りさせていただきました。

  • この久能山東照宮は日光東照宮、京都、江戸などを繋ぐ要衝の地にあるそうです。

    この久能山東照宮は日光東照宮、京都、江戸などを繋ぐ要衝の地にあるそうです。

  • 巨大な電波塔が東西の通信を結びます。<br /><br />この日本平、あるいは久能山はこの意味でも要衝ですーー。<br /><br />

    巨大な電波塔が東西の通信を結びます。

    この日本平、あるいは久能山はこの意味でも要衝ですーー。

  • とうとう山頂は拝めなかった霊峰。<br /><br />明日の元旦は拝みたいものです(苦笑)

    とうとう山頂は拝めなかった霊峰。

    明日の元旦は拝みたいものです(苦笑)

  • 静岡市内の中心地区にあるホテルにチェックインします。<br /><br />静岡グランドホテル中島屋です。

    静岡市内の中心地区にあるホテルにチェックインします。

    静岡グランドホテル中島屋です。

  • こちらは10階建てのシティホテル。<br /><br />年末年始でもお安いのでここに決めました。

    こちらは10階建てのシティホテル。

    年末年始でもお安いのでここに決めました。

  • いずこも新年の飾り。

    いずこも新年の飾り。

  • お部屋は禁煙階の6階、モデレートツインです。<br /><br />スタンダードよりは広くデラックスよりも狭い、まずまずのスペースです。

    お部屋は禁煙階の6階、モデレートツインです。

    スタンダードよりは広くデラックスよりも狭い、まずまずのスペースです。

  • 眺望はまさしく街の真ん中。<br /><br />駅前のホテルアソシアやセンチュリーは20階くらいあるので高層階なら海も見えますが、お正月をのんびり過ごすにはここでも十分です。

    眺望はまさしく街の真ん中。

    駅前のホテルアソシアやセンチュリーは20階くらいあるので高層階なら海も見えますが、お正月をのんびり過ごすにはここでも十分です。

  • 休憩後に市内を歩きます。<br /><br />夕暮れの呉服町。<br /><br />この通りは日本全国の地方都市(といっては政令指定都市である静岡市民に怒られますかしらーー)の中では最もにぎわい、成功した駅前通りだといわれています。<br /><br />シャッター商店の多い地方都市のお役人や商店会役員の参考になるかもしれません。

    休憩後に市内を歩きます。

    夕暮れの呉服町。

    この通りは日本全国の地方都市(といっては政令指定都市である静岡市民に怒られますかしらーー)の中では最もにぎわい、成功した駅前通りだといわれています。

    シャッター商店の多い地方都市のお役人や商店会役員の参考になるかもしれません。

  • さすがに大みそかの夕暮れだけあって買い物客はそれほどでもありません。

    さすがに大みそかの夕暮れだけあって買い物客はそれほどでもありません。

  • 途中には仮設のスケートリンクがあり、子供の歓声がビルの谷間に響きます。

    途中には仮設のスケートリンクがあり、子供の歓声がビルの谷間に響きます。

  • 夕食は泊まったグランドホテルの地下のレストラン、クロスロードで頂きます。<br /><br />和洋中のビュッフェスタイルです。

    夕食は泊まったグランドホテルの地下のレストラン、クロスロードで頂きます。

    和洋中のビュッフェスタイルです。

  • 店の中は家族連れやカップルでにぎわっています。

    店の中は家族連れやカップルでにぎわっています。

  • ビュッフェスタイルですが、常に5人くらいのコックさんが新しい料理を調理しています。<br /><br />できあがると若い女性が「ホタテのバター焼きができました」「厚切りベーコンが焼きあがりました」「鶏肉のトマトソースをどうぞ」などとお客に知らせます。<br /><br />一方でローストビーフやエビチリなどはお皿に盛られています。<br /><br />活気のあるビュッフェですし、宿泊客は10%引きなのでお得です。

    ビュッフェスタイルですが、常に5人くらいのコックさんが新しい料理を調理しています。

    できあがると若い女性が「ホタテのバター焼きができました」「厚切りベーコンが焼きあがりました」「鶏肉のトマトソースをどうぞ」などとお客に知らせます。

    一方でローストビーフやエビチリなどはお皿に盛られています。

    活気のあるビュッフェですし、宿泊客は10%引きなのでお得です。

  • 家康ゆかりの清見寺を巡り、善行を重ねた大侠客の清水の次郎長の足跡をたどった大みそかでした。<br /><br />2015年も大病も大事故もなく、家族がまずまず幸せに暮らせたことに感謝します。<br /><br />そして2016年も健やかに、楽しく過ごせることを願いつつ大みそかの晩は過ぎていきましたーーー。

    家康ゆかりの清見寺を巡り、善行を重ねた大侠客の清水の次郎長の足跡をたどった大みそかでした。

    2015年も大病も大事故もなく、家族がまずまず幸せに暮らせたことに感謝します。

    そして2016年も健やかに、楽しく過ごせることを願いつつ大みそかの晩は過ぎていきましたーーー。

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この旅行記へのコメント (16)

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  • ねもさん 2017/09/30 21:42:14
    初めまして
    norisaさん あちらへのご投票ありがとうございます。
    また静岡市の良さをこれでもかとご紹介くださり、市民の一人として感謝申し上げます。翌年の年越しも! こんなに静岡市をご贔屓いただいて(^o^)
    静岡市民(旧清水市含む)には、次郎長フリークが結構いると思います(笑)。私は無関心でしたが、職場の先輩に連れられて、梅蔭寺は一度訪ねました。norisaさんの画像、懐かしかったです。

    海外もあちこち広い足跡ですね。また訪問させてください。

    norisa

    norisaさん からの返信 2017/10/01 05:55:52
    RE: 初めまして
    ねもさん

    おはようございます。
    ご丁寧にありがとうございます。

    静岡は親戚が住んでいることもあり、また気候も風光明媚も魅力の地。
    神奈川からついつい出かけてしまいます。
    次郎長さんって偉かったと痛感しました。

    今後ともよろしくお願いいたしますネ。

    norisa
  • こあひるさん 2016/02/20 16:18:07
    都会の喧騒を逃れて・・・
    norisaさん、こんにちは。

    今年の年末年始は、都会の高騰宿泊代・喧騒を逃れて、歴史的散策でしたか・・・。

    次郎長って・・・名前は聞いたことがあっても、実在の人物だったのかすら(実在していても、水戸黄門のように全くかけ離れた人物として描かれているとか)知りませんでしたので、こちらの旅行記で、とっても勉強になりました。

    任侠映画なんだかで、こういう昔ながらの(?)人情に篤い、男気あふれるやくざがカッコよく描かれているため・・・実際のやくざに憧れてしまう者が多いのでは・・・とも思うので複雑な気持ちもありますが・・・次郎長は実際にかなりかっこいい人物だったみたいなので仕方ないでしょうかね・・・いい部分だけ憧れてほしいもんですわ。

    こあひる

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/02/20 17:08:03
    RE: 都会の喧騒を逃れて・・・
    こあひるさん

    こんばんわ。

    いつもご訪問やご投票ありがとうございます。

    次郎長さん、全く名前だけは有名ですね。
    でも彼の生涯の波乱や功績を知る人はそうはいないようです。
    私もまさにそうでした。

    彼は任侠になったものの元来は思慮深く、時代の先を読める方のようですね。
    英語の塾を開いたり病院を建てたりということを明治維新直後にしているのは素晴らしいと思います。

    現代では反社会勢力一辺倒の裏街道ですが、社会貢献できるような先輩を見習っていただけるといいですね(苦笑)

    norisa
  • みかりさん 2016/02/04 00:19:31
    地方で年越しも良いですね!
    norisaさん、こんばんは!

    ものすごくご無沙汰していました。秋旅行以降、忙しさから
    すっかり引きこもってしまい、気がつけば今年ももう2月です。(苦笑)

    ここ数日、ちょっぴりゆとりが出来たので旅モード気分になり・・・
    冬旅を計画してみたり、久しぶりに4トラに訪れています。
    norisaさんの旅行記も沢山たまってしまった・・・・。

    今年のお正月・・・年末年始は静岡でお泊りだったんですね。
    確かに東京や横浜のシティホテルはお高いし、オリンピックまでは
    お値段的もそこそこの値がしそうだし、混雑もしそうですよね。
    地方のシティホテルの方が優雅に過ごせるし年末年始は良いかも♪

    清水の事や次郎長の事は「ちびまる子ちゃん」の作者のエッセーとかで
    (清水出身)立派だくらいの事しか知りませんでした。今回も
    勉強になりました。やっぱり名が残る人は違うな〜と・・・・。

    そして「清見寺」知りませんでしたが、とても立派で雰囲気がある
    お寺なんですね。機会があったら訪れてみたくなりました。

    当分、読者に徹する予定ですが・・・来月くらいには今度こそ本格的に
    4トラ復帰できると思うので、今後も宜しくお願いします。
    また見ていない旅行記にもお邪魔させてもらいますネ。

                                  みかり

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/02/04 06:26:59
    RE: 地方で年越しも良いですね!
    みかりさん

    おはようございます。

    おお、お元気だったのですね!
    最近お見掛けしないのでご自身かご家族が病気か何かと心配しておりましたが、お忙しかったのですね。

    さて、一昨年の品川プリンスは高いし、混むようになってしまいましたので都心を脱出しました(笑)
    静岡市でも高層ビルのホテルはもっとお高いのですが、今回泊まった老舗は古めですが接客もお料理もいいのでここにしました。
    (3,4年前に泊まったことがあり、好印象です)

    次郎長さん、名前は有名ですが映画もテレビも見たことがなかったので今回は記念館で勉強できてよかったです。
    さすがのリーダーシップですのでアベさんに見習って欲しい(笑)(独走は困りますが(汗))

    清見寺は全く観光用のお寺ではないのですが、良いですよ。
    是非どうぞ!

    さて、4トラ復帰を首を長くしてお待ちしていますね!
    最初はどこからかな〜??

    norisa
  • rinnmamaさん 2016/01/30 16:18:58
    清水・・・
    norisaさん、こんにちは

    すべてが懐かしい風景でした。。
    独身時代は清水に住んでおりましたので・・・

    梅陰寺・・綺麗になったな〜と^^ずいぶん昔に行ったのでイメージが違っています。
    わざわざ行く事は無くても、清水っ子は次郎長さんは自慢ですからね〜〜

    そこまでお出ましだったなら、龍華寺にもと思いました。
    境内のソテツ・雄株は最古最大で天然記念物ですよ〜〜
    高山樗牛の墓所があります。。

    呉服町は勤め先がありました・・

    静岡のおでん横丁はいらっしゃいましたか?
    私は11月に清水の叔父の不幸の際に、まるこちゃんによく出てくる静鉄電車で、往復した後に立ち寄りましたが、写真が無くなり涙・・でしたので、呉服町辺りを散策なさったらと、淡い期待をしております。。

    あと、徳川慶喜公屋敷跡の浮月楼のお庭は素晴らしいですよ・・

    今年は暖冬でしたので、なおさら静岡市内は暖かったと思います。
    楽しく拝見させて頂きました。

    rinnmama

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/01/30 17:33:15
    RE: 清水・・・
    rinnmamaさん

    こんばんわ。

    いつもご訪問やご投票ありがとうございます。

    え、清水にお住まいで、静岡の呉服町にお勤めでしたか!
    それではお庭のようなものでしたね!!

    龍華寺も近くにありましたが時間の関係で(日没までにホテルに着きたいので)省いてしまいましたーー。
    でも、今回は次郎長さんの足跡をたどれで良かったです。
    あらためて、尊敬です。

    静岡のおでん横丁、名前は知っていましたが、元旦は休みということで今回は静岡おでんの食べられるお店に行きました。(来月アップします)
    やはり美味しいものですね!

    徳川慶喜公屋敷跡の浮月楼のお庭は旅行記には載せていないのですが、昔お食事を頂きました。
    駅前でこの豪華さ!
    お値段もメチャ高いわけではなく、素晴らしい料亭でしたね。

    昨日、今日と関東は厳寒です。
    どうぞご自愛くださいーー。

    norisa


  • 前日光さん 2016/01/30 10:11:45
    今年は静岡だったんですね(^^)
    norisa先生、こんにちは。
    やっとこちらにお伺いできました。

    そうですか、都心や横浜辺りはホテル代が高騰する上に、観光客が多くて満室状態なんですねぇ〜
    優雅な年末年始を迎えるのも、なかなか大変になってきましたね。

    さて静岡・愛知といえば、ついつい通過するだけの県となっています。
    中学生の時に、名古屋で兄の結婚式があったので、その時に初めて名古屋に行き、宿泊したのは犬山城が窓から見える宿でしたから、岐阜県だったのかも。

    そういったイメージの静岡ですが、確かに徳川家康が幼い頃、人質として囚われていたり、徳川慶喜が隠遁生活を送った所でもありますね。
    思えば徳川氏の始祖から最後の将軍慶喜に至るまで、徳川氏に関わり深い所だったのですねぇ〜
    4トラ上で、一部の方から「徳川家のお庭番」と呼ばれている私ですので(笑´∀`)、駿府辺りは訪問する義務のある所なのですが。。。
    お庭番でありながら、興味が赴くのは古代・上代ですので、なかなかこちらに訪問できておりません。

    清水の次郎長さんは、先見の明のある、義理人情にも篤い、稀有なヤクザさんだったのですねぇ〜
    今の時代を彼はどう見ていることでしょうね。
    政治家にしたいような人物ですね。

    私の今年の年末年始は、歯茎が腫れてしまい、マスクしたまま始まりましたし、今年最初の旅である西表島ではフェリーの欠航という事態に遭遇しました。
    今年一年間の困難さを象徴するような幕開けではありましたが、これ以上悪いことが起きないように、最初に最悪の体験をしたのかもしれませんね。
    norisa先生ご夫妻にとって、より良い一年になりますようご祈念いたします。


    前日光

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/01/30 10:44:47
    RE: 今年は静岡だったんですね(^^)
    前日光大先生、

    こんにちは。
    (当方の先生呼称、是非お取りやめください(苦笑))

    さて、ガイジンさんの増加で都内の手ごろなホテルはお正月を過ごすのは難しくなりました。
    そこで静岡脱出となりました。
    横浜や千葉も探しましたがイマイチ。
    静岡は穴場かと思いましたが、実はこちらも少々ながらガイジンさんが宿泊しており、観光立国も善しあしかとーー。

    前日光さんは徳川家のお庭番だったのですね(笑)
    それでは静岡はくまなく回らないと石高を減らされますぞ(爆)

    確かにここ静岡は徳川ゆかりの地。
    人質から隠居までの長くを過ごした温暖地ですね。
    古代、上代もいいのですが徳川時代も世界的にユニークですので、たまには未来にトリップしてくださいませ!

    次郎長さんは名前しか知りませんでしたが、どうしてどうして、大変な人物だったのですね。
    教育熱心というのも高感度大です。
    今の為政者に爪の垢をあげたい!(笑)

    年末年始からいろいろトラブルがおありのようでしたが、終わりよければすべてよし!
    年末ジャンボが大当たりし、持ち株が10倍になるよう祈願いたします(笑)

    次回のご旅行記はトラブルの巻ですかしら(苦笑)

    norisa
  • aoitomoさん 2016/01/28 15:07:18
    清水次郎長に学びたいと思いました〜
    norisaさん こんにちは〜

    毎年に優雅にホテルでお正月、最高ですね〜
    昨年は混んでいて優雅さに欠けるなんて贅沢なお言葉です。
    私は仕事三昧でいつの間にか2016年になってましたよ。
    唯一、旅行記掲示板での年明けのご挨拶で世間は休みなんだな〜と思ってました。
    確かに、年末年始はどこのホテルも稼ぎ時ですからホテル料金は跳ね上がり、そんな状況ではたとえ休みがあっても私は手が出ませんが。

    『清見寺』
    家康が幼少時人質となって当時の清見寺の住職より教育を受けたのですね〜
    人質として監禁だけし続けてパープリンな家康よりも、教育をしておいた方が人質としての価値も高まります。
    この時の影響が人格形成に大きく影響したでしょうし、この事がなければ歴史も大きく変わっていたでしょう。

    昨日、徳川軍の雑兵となり槍を持って真田軍と戦ってきました。大阪夏の陣です。本日は下半身筋肉痛です。(笑)
    9月放映予定の映画『真田十勇士』の和歌山ロケにエキストラ参加してきました。(笑)

    『芭蕉句碑』
    下の平らな石に句が刻まれているらしいです。
    隣の蛙が紛らわしい〜『古池や〜』ではないし。

    『潮音閣』
    ここからの景観が美しい。
    美しい。夕日も見れそうな場所ですね。

    『清水次郎長』
    名前は知っていてもどんな人物などは知らなかったです。
    賢く頭の切れた人なんですね。
    武勇伝も感心するものばかりです。
    清水次郎長で経営学が語れそうです。(笑)

    『静岡グランドホテル中島屋』
    夕食も高級な和洋中のビュッフェスタイルですね。
    経営学の偉いさんが言うにはビュッフェスタイルでもコックさんが温かい料理を運んでくれたり、その場で作ってくれたりする演出があると成功するという話を聞いたことがあります。
    この辺が出来ていると他の部分でも期待できると。
    ですから、norisaさんのホテルチョイスはいつも完璧です。
    そんな感心もしてしまう旅行記です。

    aoitomo

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/01/28 17:13:04
    RE: 清水次郎長に学びたいと思いました〜
    aoitomoさん

    こんばんわ。

    え!映画に出演するのですか!
    それはスゴイですね。
    お正月もお仕事をしていたというでふつーのサラリーマンではないと思っていましたが、まさか脚本家とかシナリオライターではないですよね(汗)

    あの数々の旅行記を拝見していると、その綿密さや丁寧さに思わず脚本の精緻さを想像してしまいます。

    清見寺というのは名前も知りませんでしたが、(いや東名を走っているときによく清見寺トンネルという表示のみは知っていましたが)なかなかの名刹と感じました。
    場所が不便なので良心的見学料ですが、京都にあったら3倍くらいしそうです。
    家康も良く耐えて勉学に励んだものですーーー。
    芭蕉句碑をお調べいただいたのですね♪

    この潮音閣は広々して宴会に良さそうです。
    (でもお寺さんでしたーー)

    清水の次郎長というのは名前のみしか知りませんでしたが(昔は映画やテレビでやっていたそうですーー)スゴイ人物でしたね。
    ヤクザをやらずに江戸にでもいたら財閥くらいできそうです。
    教育に力を入れるところも素晴らしいので「おあささん」並みですね!

    グランドホテル中島屋は静岡の老舗だそうですので古さは否めません。
    でも、はっきり言って品プリより数段過ごしやすいです。
    (東京でももっと高級ホテルなら良いのでしょうが、破産しますので(笑))
    おっしゃるようにシェフが4,5人でいろいろ調理しているさまを見ながらのビュッフェはありがたみがありますね。
    (女房と違って素早いです!)

    さて、その映画出演したものも旅行記になりませんか?
    楽しみです(難しいのは承知してます(爆))

    norisa

  • pedaruさん 2016/01/27 22:49:44
    同じヤクザでも・・・
    norisaさん こんばんは

    清水次郎長は子供の頃随分見ました。って映画でですよ。

    明治になってからの活躍はさすが大人物だと思います。それに引き換え、
    わが群馬の侠客国定忠治はヤクザ者の末路を象徴するような死に方をしましたね。竹カゴのような罪人用の籠で運ばれて処刑されました。

    ヤクザらしい最後です。慈善事業をするヤクザなんて、ヤクザの風上にも置けない潔くない生き様です。ヤクザはヤクザらしく無様に死んでいってほしい、と思いました。とか、逆説的な言い方をしました♪

    こんな結果をみるとやはり群馬は静岡に負けますね。赤城山も富士山には勝てないし、勝てるのは冷たい心すさぶからっ風位なものですね。

    pedaru

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/01/28 06:29:50
    RE: 同じヤクザでも・・・
    pedaruさん

    おはようございます。

    今の暴力団と違って昔は任侠とも呼ばれましたよね。
    確かにアウトローですが、一定のモラルがあったようです。
    義理人情はむしろレベル以上だったかもーー。

    なるほど、社会に奉仕し、発展に尽くした次郎長さんはヤクザからみても異色ですが、こういう異色さなら大歓迎。
    現在も清水港は東海の主要港ですが、彼の尽力は大変なもののようです。

    実は次郎長さんのお話はほとんど映画やテレビで見たことがなく、今回初めて彼の生涯を知りました。
    今なら総理大臣候補にしたいくらいです(笑)

    でも、群馬と比較してはいけません!?
    向こうは総理大臣も多くいましたが静岡は家康や慶喜の隠居場くらいのんびりしたところですから(汗)

    norisa
  • はなかみno王子さん 2016/01/27 22:15:15
    聖武天皇から続くーー
    norisaさま

    清見寺、近くに行く機会があれば是非訪れたいとおもいます。
    何せ300円はお得ですーー。

    おうじ

    norisa

    norisaさん からの返信 2016/01/28 06:21:23
    RE: 聖武天皇から続くーー
    おうじさま

    おはようございます。

    確かにお安いです。
    庭もお寺も眺望もね!
    ちょっと交通が不便かもしれませんがーー。

    norisa

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