2015/09/12 - 2015/09/21
1055位(同エリア2826件中)
ポポポさん
旅行最終日マドリッドの後編です。
午前中はツアーの皆さんと団体行動でしたが午後は自由行動です。まず王宮を観光し時間の許す限り街歩きをして、プラド美術館に再入場する予定です。夜は直接ホテルに帰ろうと計画していました。
ある観光地に着くまでは順調に見学をこなしていましたが、ある場所から偶然のように不思議な事が起こり始めました。
何気なく見過ごしてしまうような日常の出来事でも、これが遠く離れた海外で起これば何か特別な出来事のように感じることがあります。
今回は特にその事を強く感じました。そしてスペインのマドリッドは私には忘れられない町になりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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皮革店での買い物を終えてカリャオ広場に向かいました。
ここはプラド美術館の極近くにあるレティーロ公園の入り口です。レティーロ公園 広場・公園
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カリャオ広場にやってきました。ここでバスを降りてレストランに向かい昼食をとります。
ここでカメラの調子がおかしくなりました。普通に撮っても写真が斜めにしか写らないんです。余りにもひどいので旅行記に掲載するのはやめました。言葉で説明しましょう。
レストランはバル(西洋居酒屋)風の店です。今日の料理はタパス(小皿料理)でした。席はテーブル席でしたがタパスが何種類も出てきてそれを6人で食べるというようなスペイン独自の食事スタイルでいただきました。
昼食後は自由行動ですがホテルに直接替える予定なのでバスの乗り場と、降り場所、バスの乗車系統番号を添乗員さんから教えてもらいました。
なお、念のためにメトロの駅名を聞いておきました。(これが後役にたちました。)
地図でレストランの場所を確認して自由行動のルートを再確認しました。
レストランの近くにデスカルサス・レアレス修道院があるのでまずそこを観光して、その後南に下ってアレナル通りにでて西に折れ、王宮に行く予定です。 -
レストランを出て修道院へ行きましたが入り口が分かりません。黒い板のドアがあったけどそこが入り口かもしれないと引き返しましたが、入場時間を過ぎていました。(土曜日の入場は午後2時30分まで)スペイン語でしか表示されていないので全然読めません。後でガイドブックを見たら、スペイン語のガイドツアーじゃないと見学できないと書いてありました。
どっちにしても見れなかったんです。
ともかく王宮目指して急ぎました。プラド美術館に再入場したかったからです。
さて、ここは王立劇場です。ここまで来れば王宮はすぐです。
正確には王立劇場の裏側です。王立劇場 建造物
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王立劇場の横を抜けるとオリエンテ広場にでました。
ここは王宮の東側にあるのでオリエンテ広場と名付けられたそうです。広場の中央にはフェリペ4世の騎馬像がありました。オリエンテ広場 広場・公園
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フェリペ4世の騎馬像です。
この騎馬像はベラスケスの肖像画をもとに作られたそうです。この広場を取り巻くように20体の白い彫像が置かれていますが、これはイベリア半島の旧王国やイスラム支配下のキリスト教国の王達の彫像だそうです。
騎馬像の後ろの建物が王宮です。
入り口を探しましたがこちらにはありません。王宮の壁伝いに南に下りながら入り口を探しました。
この時は余裕が無く白い彫像を写真に撮ることも、王宮の側面を写真に撮ることもすっかり忘れていました。(笑)
しかしこの王宮は広い、歩けども歩けども入り口に辿りつけません。オリエンテ広場 広場・公園
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王宮の入り口に着きました。ここはアルメリア広場で王宮とアルムデナ大聖堂の間にある広場です。
この広場側に王宮の入り口がありました。
本日天気は晴天。9月の下旬ですが気温はジリジリ上がっています。暑い。
この炎天下、何も日陰が無いところでチケットを求めて待つこと40分。しきりに水分補給していました。。
これ7月、8月だったら暑くて地獄だったでしょうね。
セキュリティ検査を受けてようやく中に入れました。 -
こちらはアルメリア広場に面して建っているアルムデナ大聖堂です。大聖堂と呼ぶだけあって本当に大きな教会です。2つの尖塔が空に突き上げるように建っています。
まさに圧巻です。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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入場チケットです。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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同時に貰ったパンフレット。これ後で気がついたんですけどスペイン語でした。英語版に替えてもらえばよかった。スペイン語では全然理解できません。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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イチオシ
王宮とアルマス広場です。
右の回廊から入場して前庭に出て、中央の建物から中に入ります。マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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アルマス広場と王宮の正面です。
王宮は白とグレーの石造りの建物で太陽に照らされ眩いほどに美しいです。ベルサイユ宮殿のような豪華さ派手さはありません。しかしながら、淡色のなか彫刻や装飾は素晴らしものでした。マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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ガス灯と王宮の風景です。広角で撮るとどうしても周囲の画面が歪みますね。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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王宮とカンポ・デル・モーロ(王立庭園)です。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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王宮の内部に入りました。宮殿の部屋へと続く大階段です。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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大階段入り口に設置されている彫像です。どなたか王様の彫像だと思いますがだれのか分かりません。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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大階段の正面です。この大階段はサバティーニという人が設計したそうです。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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大階段から入り口を振り返って見たところです。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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大階段の天井に描かれた天井画は金色の装飾で縁取られていました。
天井はイタリアの画家ジャクイントによって描かれました。マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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同じく天井画です。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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王様の胸像でしょう。王宮の建設を命じたフェリペ5世でしょうか?ここに移り住んだカルロス3世でしょうか?それとも啓蒙君主と呼ばれたカルロス5世でしょうか?
いよいよ宮殿の中に入りますが、中は写真撮影禁止です。
豪華な室内をここに掲載出来ないのが残念です。マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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大階段の全景です。一旦部屋から廊下に出た時に大階段の全景が撮れる場所がありました。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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各部屋の見学を終えると大階段にもどってきました。
さすがは太陽の沈まない帝国と言われた国の王宮です。各部屋とも豪華でした。特に印象に残った部屋は「王座の間」「饗宴の食堂」「カルロス3世控えの間」「楽器の間」「王家礼拝堂」でした。
このなかで「楽器の間」にあったストラディバリウスにびっくり。なんとバイオリンが4台、ヴィオラが3台、合計7台ものストラディバリウスがあるんですよ。しかもストラディバリウスのなかでも最上級のもので140億から150億円(1台20億円)もするそうです。
そんな最上級の楽器が展示されているだけで音楽を奏でないのは、実にもったいないことですね。
それと王家礼拝堂。今まで何カ国かの王宮を見学しましたがその中でも規模、華麗さ、豪華さでもピカイチでした。
とにかく素晴らしい。まるでバロック様式のカトリックの教会が王宮の中に造られているかのようです。
これが王家専用の教会なのですから、なんと贅沢なんでしょう。王権のすごさには驚かされます。マドリッドに来られたら是非「王家礼拝堂」を見ていただきたいと思います。マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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それでは大階段を下りましょう。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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天井画をしっかり写真に撮っておきましょう。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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来た道を引き返します。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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王宮内部から見た宮殿の建物です。王宮の建物は四角形になっていますのでこれは一辺の建物から見た景色です。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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王宮の前庭、アルマス広場から見たアルムデナ大聖堂です。
アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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最後にアルマス広場と王宮を写真に収めて出口から外へ出ます。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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アルムデナ大聖堂から眺めた王宮とアルメリア広場。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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アルムデナ大聖堂の尖塔を見上げてみました。
アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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アルムデナ大聖堂正面入り口側です。
この教会は20世紀に建てられた新しい教会です。但し着工から完成まで110年を要したそうです。
王宮側の尖塔のある部分には守護聖母アルムデナの祭壇がありました。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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入り口のブロンズの扉です。
キリストの磔刑、復活、神の栄光が描かれています。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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聖堂の内部に入りました。
主祭壇の後ろ側にあるパイプガンです。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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主祭壇です。
丸屋根とステンドグラス、キリストの絵と磔刑のキリスト像で構成されていました。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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主祭壇は磔刑のキリスト像でした。
アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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丸屋根の部分です。色使いが綺麗ですね。ステンドグラスは現代風な作りでした。その下は聖書の場面が描かれているようです。
アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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守護聖母アルムデナの祭壇です。左右の階段から上ることができ祭壇を間近で礼拝できます。
金で縁どられ、宗教画も美しい。豪華で立派な祭壇です。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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祭壇の前に立つと厳かな気持ちになります。不思議ですね。
アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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堂内の列柱と主祭壇です。
アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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大聖堂の左側には庭がありましたが、この後の事を考えるとそこまで見学する時間はありませんので先を急ぐ事にしました。
大聖堂の前に立つ青銅の立像は教皇「ヨハネ・パウロ2世」です。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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バイレン通りを渡った所から聖堂正面の全景が見れました。
ここで大聖堂の全景を写真に撮り、今度は自撮りをしようとデジカメを自分に向けていた所、通りがかったご婦人から声を掛けられました。どうやら写真を撮ってくれるそうです。親切めかしに声をかけてカメラを奪う窃盗犯ではないかと思いましたが、連れの人が母親と思われるお年寄りでしたので窃盗犯ではないと判断し、撮ってもらう事にしました。
思った通り親切に声をかけてくださったのでした。
マドリッドの御夫人に写真を撮ってもらった後、マヨール通りをひたすらプラド美術館に向けて歩くことにしました。
王宮の待ち時間が長かったのでかなり時間を過ぎてしまいました。アルムデナ大聖堂 寺院・教会
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ビリャ広場にあるマドリッド旧市庁舎で1693年に完成しました。17世紀ハプスグルク朝時代を代表する建物です。2007年に市庁舎機能はシベーレス宮殿に移ったので、現在は分室機能だけとなっています。
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ここがビリャ広場です。写真右の建物が旧市庁舎です。それに続く建物(正面の建物)が市長公舎として使用されていた16世紀のシスロネスの家です。
さらに広場の左の建物が15世紀に建てられたムデハル様式のルハーネスの家です。
シスネロスの家の前にはスペイン海軍の父と呼ばたアルバロ・デ・バサンの銅像があります。
ここは小さな広場ですが歴史的建造物が集まっている場所です。ビリャ広場 広場・公園
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左がルハーネスの家です。中央にアルデロ・デ・バサンの銅像、その右がシスロネスの家です。
アルデロ・デ・バサンはトルコ海軍との海戦レパントの海戦や、数々の海戦で勝利した将軍でスペイン海軍の父と呼ばれています。ビリャ広場 広場・公園
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Edificio de la Compania COlonial です。
マヨール 通りに立っている建物でマヨール広場の斜め前にあります。
白亜の建物で、マヨール広場で最も美しい建物だと思います。
ベランダや窓枠の装飾がとても素敵でした。アップして撮っておけば良かったと今にして悔やまれます。
この時はプラド美術館に早く行かなければと心が逸っていたため、そこまで考えが及びまでんでした。 -
イチオシ
マヨール広場です。当初ここに来ようとマヨール通りをプエルタ・デル・ソルに向かって歩いていました。いつの間にか通り過ぎてしまいプエルタ・デル・ソルに到着してしまいました。
通り過ごした事に気づき急遽引き返してきたんです。
建物に囲まれた広場で、中央にはフェリペ3世の騎馬像がありました。マヨール広場 広場・公園
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フェリペ3世の騎馬像です。
騎馬像の右の建物は「カサ・デ・ラ・パナデリア」です。この建物はパン屋のギルドハウスとして建てられました。当初は木造でしたが何度か火災に遭ったため、現在のような石造りの建物に変更されました。
2本の尖塔をもち、壁にはフレスコ画が描かれているのが特徴です。
ここにはインフォネーションセンターがあります。マヨール広場 広場・公園
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広場の周囲にはカフェやレストラン、バルのお店が集まっていてオープンテラスの店が多かったです。
広場を囲む建物は赤色で印象的でしたが、建物の一部が改装工事中で景観が損なわれていたのは残念でした。マヨール広場 広場・公園
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マヨール通り沿いの建物です。
この建物も歴史を感じさせる建物でした。この通りにはこのような建物がいくつもあり、Gran Viaとはまた違った趣の通りでした -
窓枠の装飾です。綺麗でした。
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塔も素晴らしい。
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プエルタ・デル・ソルを過ぎて一路プラド美術館を目指しています。
早足で急げ急げ。
美術館の隣にあった教会が見えてきました。道は間違っていません。もう少しで着きそうです。 -
教会が近づいて来ました。この道を下ればもうすぐです。
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カノバス・デル・カスティーリョ広場にやってきました。ここにあるのが海神ネプチューンの噴水です。
ここからはシベーレス宮殿の塔が見えました。ネプチューン ファウンテン モニュメント・記念碑
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プラド美術館に到着しました。(午後4時40分です。)ここは美術館の正面、ベラスケスの銅像です。
ゴヤの銅像があるゴヤ門の1階(日本では2階)からセキュリーティチェックを受けて再入場しました。チケットスタンプがあるので無料で入れました。
この階にはエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤ、ムリーリョなどスペインを代表する画家の著名な作品が展示されています。
午前中観光客でごった返していた美術館もこの時間になるとめっきり観光客が減り、ゆっくりと絵を鑑賞することができました。
「メスキータ」の前も数人の人しかいません。離れたところからでも絵の全体を見渡せます。午前中のガイドさんの説明を思い出しました。「この絵は一番手前に描かれた犬の絵が離れて見れば見るほど大きく見えるんですよ」と。
確かにそう言われればそんな気がします。
何より感動したのはエル・グレコの「受胎告知」でした。「受胎告知」はレオナルド・ダ・ヴィンチを始め多くの有名な画家が描いた作品ですが、宗教画なので動きがありません。ところがエル・グレコの「受胎告知」は宗教画でありながら、動きがあるのです。見ていると本当に目の前に大天使ガブリエルが現れ、マリア様に神の子イエス様を身籠ることを告げているかのような錯覚に陥りました。見ているとウルウルしてきます。「羊飼いの礼拝」も素晴らしい絵でした。
本物の絵は写真等には無い迫力がありますね。
ムリーリョとティエポロの「無原罪のお宿り」も素晴らしい絵でした。。とても神々しくて美しかったです。
パンフレットに載っている絵は見ようと館内を見て回りました。
プラド美術館は宗教絵画が多い美術館です。0階(日本では1階)に集中していますので見て回りました。普通宗教絵画は平面的で余り興味は無いのですが、ここの宗教絵画は素晴らしい作品ばかりでした。ボッスの祭壇画「快楽の園」はこれが宗教画?ってな具合でバカウケ。(笑)
そのうち不思議なことに気がつきました。イエス様の磔刑の絵やマリア様の絵を見るとなぜか涙が出て来るんです。こんなこと初めてでした。何故なんでしょうか。
かれこれ1時間近く見学した頃、ふとミュージアムショップに行こうと思いました。
良いグッズがあれば先に買っておこうと思ったんですが、この時すでに不思議な出来事は始まっていたんです。プラド美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ミュージアムショップに行くと、後ろ姿がKさんに良く似たご婦人がいらっしゃいました。近寄ってみると、やはりここにはいらっしゃるはずのないKさんでした。
Kさんは昼食後真っ直ぐプラド美術館美術館に来られたはずですから、今の時間(午後6時)ならソフィア王妃芸術センターかティッセン・ボルネミッサ美術館におられるはずです。
なんでだろうなとは思いましたが、声をかけました。
私の声にKさんは驚いて振り返られました。私の姿を見てKさんもびっくり。まさかここで私に会うとは思わなかったそうです。偶然の出来事でした。
この時はもう夕方でしたから、まず美術館のカフェコーナーで軽く食事をすることにしました。
そこでKさんから提案がありました。それは、土曜日の午後6時30分からソフィア王妃芸術センターは無料になるので「ゲルニカ」だけでも見て帰りましょうという提案でした。
実はKさんはプラド美術館に来る道を間違えてしまって時間を大きくロスしてしまったそうです。(それでまだプラド美術館にいらした訳です。)
夜1人では心細いのでソフィアの観光はあきらめてバスで帰るか、観光バスに拾ってもらって帰ろうかと思っていたそうです。
ところが私と出会えたため直接ホテルに帰ることができそうなので、ソフィアに行きメトロで帰ろうと言うことになりました。
私に依存はありません。はなからソフィアはあきらめていましたから。
私はまだプラド美術館で絵を見たいし、Kさんはグッズを買いたいとのことで19時10分に再度待ち合わせをして一緒に出かけることにしました。
不思議な出来事はプラド美術館から始まりました。そしてそれは偶然の連続でした。
①何故か宗教絵画を見ると涙が溢れてきました。
②絵画を鑑賞していた途中で急にミュージアムショップに行ったこと。
③ミュージアムショップで偶然Kさんに出会いました。
④全く予定していなかった「ゲルニカ」を見に行くことになったこと。
⑤帰りはメトロで直接ホテルまで帰ることになったこと。
私が予想もしていなかったここまでの出来事です。
なお食事中にKさんから添乗員さんの対応が悪いとの話がありました。私も他の方からいくつか聞いてましたが、Kさんもそうでしたかという印象でした。
Kさんも他の方から色々聞いていたそうです。
Kさんの場合は、部屋に入るとヘアドライアーが無いことに気付いたので、添乗員さんに交渉してもらおうと部屋に電話をかけたが出ない。何度時間を変えて電話をかけても応答が無い。いいかげん頭にきて自分でフロントに行ってドライアーを取ってきたそうです。ツアー同行者の方からも同じような話を幾人からも聞いていました。
聞いた私としては「またか」といった感じでしたね。
私もこんな添乗員さんは初めてでした。彼は「何かトラブルや困ったことがあったら何時でもかまいませんから電話してください。遅くても飛び起きて対応しますから。」って言っていたんですけど、実際は全然違いますね。
このような事の洗礼を今度は私が受けるとはこの時思ってもいませんでした。
食事の後再度宗教絵画を中心にパンフレットに載っている絵を見て待ち合わせ場所でKさんと合流しプラド美術館を後にしました。
美術館の中で写真を取れなかったため、その分集中して絵画を鑑賞したので、記憶によく残っています。絵を見るにはその方がいいのかもしれませんね。
美術館のヘロニモス門から外に出て正面入り口から王立植物園に沿ってソフィア王妃芸術センターに向かいました。プラド美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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美術館の外、建物沿いに植えられて木ですが、この辺りの木は枝が垂れ下がっていました。まるで雪の重みで枝が下がったように見えますが、マドリッドは豪雪地帯ではありません。これ謎ですね。
プラド美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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メトロの駅アトーチャから通りに入るとソフィア王妃芸術センターがありました。美術館の前は広場になっていました。
建物の左右にあるガラス張りの塔はエレベーターです。
2階にピカソの「ゲルニカ」やダリ、ミロ等の巨匠の作品が展示されていました。
同じ2階の別の部屋ではスペイン内戦時代の映像が放映されおり、当時の新聞記事や写真が展示されていました。
ピカソの「ゲルニカ」が描かれた時代背景を窺い知ることができ、私には興味深い展示でした。なおこの部屋から抽象画の作品を鑑賞するように導線が設けてありました。
上から下りてくるエレベーターは一旦2階に止まりますが、重量オーバーのランプが常に灯ってしまい1回に降りれませんでした。何度やっても同じなので階段で下りましたが、最初から階段を利用した方が早かったです。ソフィア王妃芸術センター 博物館・美術館・ギャラリー
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正面入り口です。ここから入場して左にチケット売り場とロッカーがあります。大きな荷物はロッカーに預けないとに入場できませんでした。
ソフィア王妃芸術センター 博物館・美術館・ギャラリー
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芸術センター前の広場の様子です。すでに19時30分を過ぎていましたが、子供達はまだ遊んでいます。
日は大きく傾いていました。ソフィア王妃芸術センター 博物館・美術館・ギャラリー
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無料で入れましたが、チケット売り場でチケットを貰って入場しました。
チケットの裏表の写真です。ソフィア王妃芸術センター 博物館・美術館・ギャラリー
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この芸術センターにはダリが若いころ描いた作品も展示されていましたが、とてつもなく上手ですね。私はダリの作品はシュールレアリズム以降の作品しか見たことがありませんでしたので、ダリの見事な作品に驚きました。
有名作品を何点も見て時間を過ごしたので、ホテルに直接帰ることにしました。芸術センターを出るとあたりはうす暗く、夜の帳を降ろそうとしていました。通り沿いのレストランは明るく照らし出されていて今夜の饗宴が始まろうとしていました。ソフィア王妃芸術センター 博物館・美術館・ギャラリー
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芸術センターの近くのメトロの駅、アトーチャから地下鉄の乗り換えでエレーラ・オリアまで行きます。
改札口の前に自動券売機があるので、ここでチケットを購入します。まず言語を英語に変換し(ユニオンジャックの旗を押します)、一回券を選んで行先を選び、表示された金額を投入すれば良かったんですが、使い方が分からずメトロ・マドリッドの料金とその他の料金しか表示されないのでKさんが取りあえず2ユーロ投入。その後使い方が分かったのでキャンセルボタンを押したんですが返金されません。
何度押してもダメでした。
やはり日本の券売機の方がすぐれていますね。Kさんご立腹でした。そりゃそうでしょう。だれでも頭にきますよ。結局マドリッド市にお金を寄付してしまいました。
この機械は使いにくいので隣の券売機でチケットを購入して改札を抜けメトロに乗りました。
写真はメトロのチケットです。 -
降車駅のエレーラ・オリアまでは途中でメトロを乗り換えます。
アチャート駅から乗ったメトロは乗客で満員でした。乗客の中には車中で飲酒して奇声をあげるイベント帰りと思われる若い女性の団体がいたりして雰囲気は最悪でしたが、少しづつこの団体と距離を取りながら反対のドアに移動して場所を確保しました。
スペインのメトロはスリが多数出没する場所なので、スリには十分警戒しないといけません。
Kさんは手荷物が一杯でしたのでそのうちの一つを持ってあげることにしました。そして、スリに気を付けて下さいと声をかけて、私はズボンの後ポケットを手で押さえました。財布を後ポケットに入れていたのでスリを警戒していることを周囲の人に分からせるためにあえてしたことです。
スリは警戒している人には近寄らないとある本に書いてあったからです。
おかげさまで、満員のメトロでしたがスリの被害に遭うことはありませんでした。
なお、写真の車両は乗り換えて後の車両ですからずいぶんと車内は空いていました。 -
マドリッドの地下鉄も車内に停車する駅の表示がされていました。乗った車両の行き先が間違いないかどうかKさんがチェックしてくださったので助かりました。
日本とこちらの地下鉄の違いは、日本と違って駅と駅の距離が近いことです。頻繁に停車します。それと電車のドアが手動の車両があることです。
日本と同じように全自動でドアが開閉するものと思っていましたが、乗った車両は手動式でした。これに気付いて下さったのもKさんでした。私一人だっつたら気付いていなかったと思います。
2人で降車する乗客がどのようにドアを操作するか見つめていました。
どうやらドアの中央にあるノブを上に上げるとドアが開くようです。これなら降車する乗客がいなくても何とかなりそうです。
乗り換え駅で降車する時ドアのノブを操作しましたがタイミングが悪かったのか開きませんでした。その時すかさず隣のお婆さんが操作して開けてくださり助かりました。
感謝、感謝です。有難うございました。 -
車両を乗り換えてエレーラ・オリアまであと少しです。
時間が遅いこともあるかもしれませんが、車両を乗り換えると急に乗客が減り座席に座ることができました。
今のところスリにも遭わず無事帰ってこられました。 -
降車駅エレーラ・オリアに着きました。スペインのメトロはスリが横行し治安が悪いとガイドブックや旅行記にかいてありましたのでかなり警戒しましたが、こちらが注意さえしておけばそんなに身構える必要はないなと感じました。
ここは下りたところです。出口が右と左にあります。
Kさんが「どちらに行けばいいんでしょうか?」と尋ねられました。
私は「右に行きましょう。」と指示し出口に急ぎました。
私たちが宿泊している「シェラトンミラシェル」は郊外にあるためガイドブックにも載っていません。ましてや地図もないんです。今にして思えば、よくあの時迷わず右に進んだものだなと感心します。
Kさんに聞かれた時、瞬間的に「右」と思ったんですよね。そしてこれが大正解だったんです。
もし左に行っていたらとんでもない場所に出てホテルに帰れなかったかもしれません。
不思議な出来事
⑥どういう訳か正しい出口を偶然選択していた。 -
降車したホームの向かい側のホームです。
降車した駅だったので、向かい側も撮りました。 -
ホームの印象です。右の出口に向かって歩いているところです。右に進むとエスカレーターがありました。エスカレーターで3回上がりました。この駅はかなり深い所にホームがあるんです。エスカレーターも長いものでした。改札を出た所に周辺の地図が張ってありましたがホテルがどこなのか分かりません。ましてや表示がスペイン語なんで読めません。
地上に出てスーパーさえ見つければ道は分かるのでまずは地上に出てみることにしました。(スーパーは昨日の夜買い物をしたのでそこからならホテルの道は分かりました。)
地上に出るみると所々に街灯が灯っている程度で、あたりは暗くどこにいるのか全く分かりません。通りに面して塀があるだけで通りがかる人もいません。
昨夜買い物をしたスーパーもすでに閉店している時間でしたので明りをもう落としているでしょう。
道路を隔てた向かい側にはバス停のようなものがあり明りが灯っています。人影も見えますが、二人が立っている所からは大きく迂回しないと行けそうもありません。メトロ出口に面した道路を下れば大きな道路と交わっていて、そこにもバス停らしき物があります。
地下鉄の出口を間違ったのでしょうか。どの道を歩けばいいのか分からず不安にかられました。
そうこうするうちバスがやって来ましたが、ホテルの前の停車場に泊まるバスではありません。路線番号が違っていました。
どうもこの前の道は違うようです。「Kさんは女性だからどんなことがあっても私が守ってあげないといけない。無事にホテルまで送り届けないといけない。どうすしようか?」と、その事ばかり考えていました。
もう残された方法は人に聞くしかありません。私のたどたどしい英語が通じるでしょうか?
考えても仕方ないので、まず行動です。下の道まで出てみようと道を下り始めました。
向こうに男性の姿が見えましたが、男性は危なそうなので避けて女性に聞くことにしました。
ちょうど道を下りた所で向こうから二人連れの女性がやって来ました。一人は歩く姿がゆっくりしており、どうやらお年寄りのようです。親子でしょうか。この方達なら安全そうです。
「Excuse me、Help me」と声をかけました。「どうしました?」良かった。英語が通じる。(スペインでは英語が通じない人が結構いるんです。)
「シェラトンホテルは何処でしょうか?」「ここを真っ直ぐ、5分くらいよ。どちらから来たんですか?」「日本からです。私たちは日本人です。」
「そう、日本から。じゃ、一緒に行きましょう。」
一緒にホテルまで案内してくれるようです。助かりました。これでKさんを安全に送り届けることができます。でも、まだ気は抜けません。
歩きながら若い婦人が「マドリッドはどうでしたか?」と聞いてきました。すかさずKさんが「素敵な町ですね。」と答えます。私も「美しい町です。大好きになりました。」と答えると「ありがとう。またスペインに来てください」とおっしゃっていました。
そのうち左側に昨夜来たスーパーが見えてきました。もう間違いありません。この道を真っ直ぐ行けばホテルです。
案内して下さった2人のご婦人とはホテルの手前にある門構えの家の前で別れました。お二人は丁度家に帰る途中で私たちに出会ったいう訳です。
ここは高級住宅地だということをその時思い出しました。
偶然にも私たちは親切ないい人に出会うことができたんです。しかも高級住宅にお住まいの人たちでした。本当にラッキーでした。
これが偶然で不思議な出来事の⑦です。
時間を見ると午後10時前です。遅くなりました。添乗員さんが心配しているといけないのでホテルに着いたら帰着の報告を電話ですることにしました。
そして無事ホテルに着き、二人の小さな冒険はこれで終わりました。旅行の最終日は決して忘れることが出来ない、いい思い出になりました。
急いで部屋に入り添乗員さんに電話を入れました。が、出ない。何度電話しても出てこない。連続で電話をしても反応がない。
直接部屋のドアをノックしてみようと部屋まで行き、ドアをノックしました。何度もノックしましたが反応なし。
一旦自分の部屋に引き返して再度電話。反応ないので添乗員の部屋まで行きノックすれども反応なし。
もう一度自分の部屋にかえって電話でコールしても応答なし。
「皆さん、何かあったら何時でもいいですから遠慮せず電話してくださいね。すぐでますから。困ったことがあったら遠慮しないでね。」こう言ったのに電話に全然出ないじゃないか。
そういえばKさんや、何人もの人が「この添乗員、電話しても全然出てこないんで困る」って言っていたよね。この事か、こんな添乗員はじめてだわ。
親切なご婦人の案内でホテルに帰って来られて、いい気分になっていたのに興醒めでした。
これ以上電話するのも迷惑になると思い連絡することは止めて、風呂に入ってベッツドに横になりましたがどういう訳か眠れません。 -
妙に興奮しているんです。頭はフル回転していました。今日の午後、プラド美術館から偶然の出来事が連続して起こりました。しかも不思議な出来事が多かったんです。
偶然の出来事が続けばそれは必然になるのではないでしょうか。
考えるうちに午後の出来事はそれぞれが繋がっているように思えてきました。
まず、事の始まりはプラド美術館でした。Kさんが美術館に行く道を間違わなければKさんに会うことはありませんでした。
その結果ソフィア王妃芸術センターでピカソの「ゲルニカ」を見ることができましたし、スペイン最後の日(観光はこの日が最後でした。)を満喫することができました。
メトロでは正しい出口であった右の出口を不思議にも選択しています。そして偶然親切なご婦人と出会うことができ、無事にホテルまで帰って来れました。
別に大したことではないのかもしれませんが、私には何か不思議な力が手助けしてくれたんだと、そのように思えて仕方がありませんでした。
そしてプラド美術館での事。
宗教絵画、特にイエス様の磔刑や復活のシーン、マリア様の聖母被昇天や受胎告知の絵を見ると不思議に涙が出て来ました。こんな事は初めてです。
色々な考えが頭の中を駆け巡っていましたが、ある結論に達しました。
それは、私が今日人生で初めての体験をしたということ。それはプラド美術館の隣にあるサン・ヘロニモ・エル・レアル教会で聖体拝領をした事です。
聖体を拝領したことで私に不思議な事が起こるようになったのではないでしょうか。もしそうなら、それはすごいことに違いありません。
確かにイエス様やマリア様の絵を見て涙が溢れてくるのはそれに符合する事だと思いました。
その後の出来事は私たち2人が誰かに見守られて助けていただいたとしか思えないような出来事でした。奇跡というほどの事でもありません。
大多数の方は特に気にするような事ではないのかもしれませんが、私には神様が手を差し伸べられたように思えたのです。
いや、思えたんじゃない確かに助けていただいたんだと最後は確信に至るようになりました。
そして私は静かに目を閉じて感謝の思いを胸に礼拝している私の姿を見つめていました。
本当に不思議な体験をした一日でした。
この日のマドリッドの出来事は一生忘れることはないと思います。
ちよっとした感動につつまれて朝までなかなか寝つけませんでした。
そうこうするうちに朝を迎え、早朝ホテルを出発しました。 -
マドリッド空港の免税店が並んでいる通路です。まず全員で出発ロビーの所まで行きました。
皆さん毎日かなりの距離を歩いてきましたが、流石に帰国となると足取りが軽いですね。 -
昨日ご一緒したKさんに、「乗員さんには帰って来た事を報告しましたか。」と聞いたところ、「電話をしましたが連絡は取れませんでした。留守番電話になっていたんで、帰った事を吹き込みしておきました。まあ、あまり期待してませんでしたけど、思った通り電話には出ませんでした。」との事でした。
『私が電話を架けた時は留守番電話にはなっていなかったんだけどな。』と思いましたが、私の方からも電話したが電話に出ないので、直接部屋に行きノックしたがこれも反応がなかった事を伝えました。
「あの人はそんな人だったと言うことですよ。」淡々とKさんが話されていました。
確か「スキポール空港のトランジットで外に出たいと要望したのに出ないでほしいと言われました。ポポポさんが外に出られるというので付いて出てアムステルダムが見れて良かったです。」と言われていました。
確かに添乗員という仕事は大変な仕事ですが、色々な添乗員さんがいらっしゃるんですね。
私は今まで、幸いにも良い添乗員さんばかりに会ってきました。今までが幸運だった事がこの一件でよく分かりました。 -
さて、帰りはマドリッドを出発してアムステルダム、スキポール空港でトランジットです。待ち時間は2時間なので丁度いい時間だと思います。
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オランダ・スキポール空港に着きました。
ここで2時間のトランジットです。ここでも免税店でオランダの土産を買う時間が十分あります、スキポール空港 (AMS) 空港
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出発ロビーが集合場所です。集合時間まで免税店に入ったり、空港内を散策して時間をつぶしました。
スキポール空港 (AMS) 空港
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ここもスキポール空港内です。スキポール空港は広いので歩くだけでもいい運動になりますね。
スキポール空港 (AMS) 空港
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出発時間です。KLMオランダ空港の直行便で福岡空港へ向けて出発しました。
こうして10日間のスペイン旅行は終わりました。スペインは色々な意味において
私にとって忘れることができない、特別思い出深い国になりました。
スペインよ、沢山の思い出を有難う。スキポール空港 (AMS) 空港
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