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 靖国通りの千鳥が渕のお堀端(九段坂公園内)には子爵品川弥二郎御像が建っている。この像は高村光雲が監督し、原型作者は木山白雲、鋳造者は平塚駒次郎、建設者は西郷従道他2845名であるが、建設年(1907年か?)月日は不明とされる。この銅像の台座は辰野金吾作とされる。高村光雲、西郷従道、辰野金吾と当時のビックネームが出てくる。<br /> 品川弥二郎(天保14年(1843年)〜明治33年(1900年))は、元長州藩士であり、吉田松陰が主宰した松下村塾の門下生であった。明治維新後は政治家になり、内務大書記官や内務少輔、農商務大輔、駐独公使、宮内省御料局長、枢密顧問官などを歴任した。明治17年(1884年)、維新の功により子爵を授けられた。明治33年(1900年)、インフルエンザから肺炎を併発して死去し、勲一等旭日大綬章が贈られた。<br /> 御影石の立派な台座が東京駅の設計者である建築家・辰野金吾の作だというのも実感できる。<br />(表紙写真は子爵品川弥二郎御像)

子爵品川弥二郎御像

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2015/12/09 - 2015/12/09

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 靖国通りの千鳥が渕のお堀端(九段坂公園内)には子爵品川弥二郎御像が建っている。この像は高村光雲が監督し、原型作者は木山白雲、鋳造者は平塚駒次郎、建設者は西郷従道他2845名であるが、建設年(1907年か?)月日は不明とされる。この銅像の台座は辰野金吾作とされる。高村光雲、西郷従道、辰野金吾と当時のビックネームが出てくる。
 品川弥二郎(天保14年(1843年)〜明治33年(1900年))は、元長州藩士であり、吉田松陰が主宰した松下村塾の門下生であった。明治維新後は政治家になり、内務大書記官や内務少輔、農商務大輔、駐独公使、宮内省御料局長、枢密顧問官などを歴任した。明治17年(1884年)、維新の功により子爵を授けられた。明治33年(1900年)、インフルエンザから肺炎を併発して死去し、勲一等旭日大綬章が贈られた。
 御影石の立派な台座が東京駅の設計者である建築家・辰野金吾の作だというのも実感できる。
(表紙写真は子爵品川弥二郎御像)

  • 子爵品川弥二郎御像。

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