2015/09/23 - 2015/10/26
275位(同エリア1266件中)
アーサーさん
ニューヨークからMs Eurodamに乗船し、10日間の航行でケベックに出て、レンタカーで1週間かけて秋の盛りをトロントに向かい、ナイアガラを見て 飛行機でワシントンに向かい 列車でフィラデルフィアを経由してニューヨークに再度着き ニューヨークを1週間堪能して帰国。
二人合わせて130歳を超える 老夫婦の34日間の旅行記。
既公開 A)出発までの準備編とニューヨーク到着・出航まで。
既公開 B)北米東部クルーズ編。(9月24日〜10月3日)
既公開 C)カナダ東部レンタカーの旅編、(10月3日〜10月10日)
既公開 D)カナダ余禄 トロント・ナイアガラ編 (10月10日〜10月14日)
本編 E)ワシントンDC・フィラデルフィア編 (10月14日〜10月18日)
予定 F)ニューヨーク編
と六分割して作成しました。(作成する予定。)
写真は フィラデルフィアに係留中の戦艦「ニュージャージー」博物館として公開中とか。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
(22)−6
10月14日(木)22日目
3時過ぎ バッファロー空港に着く。
(タクシーを降りる時 アメリカ人 韓国人もチップ払わず。そして私も追随。)
空港のカウンターの女性親切。(アメリカン航空のグループ会社)セルフチェックインのはずだが 全部やってくれた。カウンターで暇そうには していたが。 -
(22)−8
そして 二時間余り待って 定刻17時46分 ワシントンDCへ飛び立つ。 -
(22)−9
約1時間後 ワシントンDCの「ナショナル」空港が見えてくる。
飛行機の点滅灯が 点線のように着陸体制の飛行コースに見える。連続した着陸をスムーズにこなしている。
夜も かなり更けてきた。
空港は大阪の伊丹空港のイメージ。ターミナルには食べる所が一杯ある。
7時半頃 荷物を受け取り、ターミナルを出て タクシーでホテルへ。 -
(22)−10
20分程走って ワシントンDCの宿「ビーコンホテル」に着く。
古いホテルだが 格式を重んじている風に レセプションの対応から思う。
また カナダと較べ 英語を話すスピードが速い気がする。
(写真は 翌朝撮ったホテルの玄関) -
(22)−11
夕食は 近くのトッピングなどが選べられるピザ屋で購入して 部屋で食べた。
暖かくて美味いピザだった。
(部屋に コーヒーの紙コップが無いので 持って来てもらうよう頼んだ。黒人のメード風の制服を着た しっかりした感じの女性が運んで来てくれた。お礼に1ドル硬貨のチップを渡した。ところが彼女は この硬貨は米国の硬貨ではないと 申し訳なさそうに言う。1ドル札に変えたが どうして彼女がそう言ったのかは分からない。単に1ドル硬貨が流通していないだけか、それとも硬貨のチップの非礼を指摘されたのか。) -
(23)−1
10月15日(木)23日目
朝 部屋で簡単な朝食を済ませ、9時過ぎホテルを出る。
歩いて1キロほど先のホワイトハウスに向かう。
結構 道路は 朝の通勤ラッシュ。
ホワイトハウス前の公園には 何かの抗議のテントが一張りあった。
ホワイトハウスの屋上に警備の人影も見える。
見学ツアーの申し込み方法が分からず 記念の写真を撮って 「モール」の方向に歩く。 -
(23)−2
最初に「ワシントン記念塔」に向かい、小さいを丘を登る。
振り返ると 「ホワイトハウス」が見えていた。 -
(23)ー3
「ワシントン記念塔」には 見学待ちの 中高生が列を作って待っていた。
アメリカ人にとって 「建国」の大事なモニュメントなのだろう。
日本人にとって これに該当するものは 何だろうと考えたが分からなかった。
伊勢神宮?? -
(23)−4
記念塔から 「リンカーン記念館」側を写し、そちらに歩く。
(モールは広い公園で 途中トイレが無かった。「ワシントン記念塔」の下のトイレを利用しておいたら 以降 ゆっくり散策できたと反省。) -
(23)−5
「第二次世界大戦記念碑」を訪れ、首を垂れる。 -
(23)−6
一角には アメリカ人の「戦地」が刻まれていた。
硫黄島、沖縄、日本・・・直接的な宗教性は皆無の記念碑。
日本では「靖国神社」???
万物全てが「神」になる日本の土着の考えは 一神教の諸民族の人には分かって貰えないだろうと思った。 -
(23)−7
そして「朝鮮戦争戦没者慰霊碑」。
韓国の人が多く、慰霊に訪れていた。 -
(23)−8
次に リンカーン記念館から ワシントン記念塔を臨む。
ニュース映像でも良く見たシーン。広い。 -
(23)−9
リンカーン記念館。
リンカーン大統領は アメリカ人にとって いつまでも大切にしたい大統領なのかなぁと思う。
(アメリカが南北分離の危機を乗り越えた「統一」の象徴として?)
150年も前の大統領だけれど。 -
(23)−10
そして 中に入ると「リンカーン大統領像」が睥睨していた。
日本で しいて言えば「明治天皇」が相当するのかと思った。こちらも「明治神宮」に祀られているが。 -
(23)−11
そして北側の 「ベトナム戦争戦没者慰霊塔」を訪れる。
黒い石に刻まれた死者の多くの名前と 三人の普通の兵士の立像だけ。
具象的な英雄像でもなく、戦没者をたたえる碑文もない。
勝てなかった 戦争の慰霊塔。 -
(23)−12
歩き続けたので 疲れて タクシーで「国立アメリカ歴史博物館」(スミソニアン博物館群の一つ)へ行く。
まず お腹も空いていたので 地下の食堂で 遅いランチを取る。
中高生の一団が 食事を取っていた。
ここが アメリカの教育の場でもあることを知る。 -
(23)−13
入館は無料だが、持ち物検査は行われていた。形式だけと思ったが。
ランチ代 2人で29ドル 約3600円。(写真の料理)やっぱり為替のレートがおかしい。1ドル100円が順当。 -
(23)−14
ランチ後 3階から見学を始める。
歴代 大統領の身の回りの品の展示。そして 大統領夫人のものの展示ブース。
写真は「ミシェル夫人」のドレス。
歴史を身近なものに思える一種の手法?
日本で言えば 阿倍総理の昭恵夫人のドレスが どこかの博物館に飾られているのだろうか? -
(23)−15
この博物館は「アメリカの屋根裏部屋」と称されているそうだが ともかく多岐に渡り展示されている。アメリカの歴史が少ない為?産業史、民俗学、生活史の雑多な展示。
例えば 写真の
アメリカの建物の構造を明示した展示物。
(面白いが 国立の歴史博物館に実物展示までして 見せるものか?)
やたら 博物館は広く、歩き疲れる。展示スペースが改修中で閉鎖の所はホッとする。 -
(23)−16
その中の 第二次世界大戦のコーナー
ナチスの鍵マークのヒットラー総統の前に 軍艦旗の東条首相。
油断していて いきなりアッパーカットを食らった気分。
極悪非道三人組のイメージの掲示。 -
(23)−17
確かに 広島の原爆投下後の惨状の写真もあったけれど。 -
(23)−18
そして 9・11のコーナーで
破壊された残骸の現物展示もされていた。
アメリカの悔しさも伝わってくるが。
結論的に思ったのは 「歴史博物館」 これもアメリカの上手く出来たプロパガンダ。 -
(23)−19
「歴史を愛そう。歴史を活用しよう。歴史を作ろう。」のスローガンが掲示されていた。
皮肉だが 現在の日本に欠けているのは 大きな視点で「歴史を活用しよう。」かも知れない。
他人が日本をどう見ていて、どう利用しようとしているのかを考えずに 未来志向を説いても、「反省していない。」の口実を与えるだけと思った。 -
(23)−20
疲れて 博物館を出る時 電気自動車が展示されていて 足を止める。
入る時も 気付いていたが 数年前開発のものが 何故ここ「歴史館」にと疑問を持ち、無視していた。
高校の教科で別れていたように 歴史の評価の定まらない現代と 歴史を 私は分けて考えていた。ただ ここで電気自動車が展示されている如く 「現在」と「過去」は密接に繋がっている。そういう意味でアメリカの歴史観の方が正しいのかもしれない。
また 整理された歴史のほうが 賢そうに見えるが 雑多な歴史の方にも真実があるのかもと思わせる技法を学んだ。一つ勉強になった。 -
(28)−21
それから 隣りの「国立自然史博物館」へ行く。
これも 馬鹿でかい 博物館。
(写真は翌日「国立航空宇宙博物館」側から撮る。) -
(23)−22
最初の展示から私には違和感が有った。
トラがビルの空間に飛び出してくるものか。 -
(23)−23
象が もし生きてこんな所に 引っ張り出されたら怒り狂うだろう。 -
(23)−24
恐竜もあの世で静かに横たわりたかろうに。
オドロオドロシイ照明で照らされて。 -
(23)−25
そして 世界的な宝石の数々。
これが 「自然史」?
なんか 馬鹿な金持ちが 珍品奇品を集めて 見せびらかしているだけにも見える。
事実は 大人も子供も一杯 集まって興味深く見ている。(興業的には成功なのだろう。) -
(23)−26
世界の 地震発生のデーターをデジタル表示された端末が置いてあった。
日本付近が 件数の多さも 規模の大きさも突出していた。
疲れ果て タクシーでホテルに戻り、少し眠る。 -
(23)−27
それから 6時ごろ ホテルの周辺を散策する。路上には家路につく人多し。
GPSの地図検索で 「CVS」と表示され店を探して行く。結構安くて色々とあり、朝食の食材以外にも 買って帰る。途中 生ジュース屋さんで スムージー飲む。美味い。それから昨日の「&PIZZA」屋さんに寄って 帰る。
ホワイトハウスから2キロ圏内を歩いているはずだが ホームレスの人の姿も散見する。
写真はホテルの部屋の 窓の部分。コーナーにテーブルが置かれ ちょっと開放的。 -
(23)−28
ホテルのあるエリアは 住宅を改造した 小さなオフイスが多く エリ−ト風な人が出入りしている。その為か 街にはフィットネスクラブがやたら多い。写真の茶色の建物もYMCAのクラブの建物。
ただ ホテルを含め 清掃などの仕事をしている人は黒人女性が多い。 -
(24)−1
10月16日(金)24日目
朝9時20分頃 ホテル前を通る 「ビッグバス」に乗せて貰い 各ホテルを経由しながらビッグバスの集合地 「フォード劇場」前に行く。
(私は 日本でワシントン1日ニューヨーク2日利用「コンボ券」を申し込んでいた。引換券を提示して、乗車券をプリントアウトして貰う。早口の英語で邪見に扱われている様に感じた。)
バスは一旦出発して、ユニオン駅で停車して客待ち。写真はユニオン駅正面。
(ワシントンDCが結構大きな街であることが分かる。) -
(24)−2
バスは 直ぐ近くの 国会議事堂に向かい、此処で乗り降りする人もいる。
イヤフォン越しに 日本語の音声案内が続き、楽ちん。
私は とにかく 一周して 全体を掴もうと 乗車したまま。
(写真の国会議事堂は改修中。) -
(24)−3
それから バスはモール周辺を走り、ポトマック川の桜並木も見えてくる。 -
(24)−4
バスはトーマス・ジェファーソン記念館を通り、リンカーン記念館などに停車する。(リンカーン記念館で多くの乗客は降りる。)
途中で このバスは再び モールに戻るコースのバスであることを知らされる。
場合によっては アーリントン国立墓地か ペンタゴンに行っても良いと考えていたが それは無理と判明。
それで ワシントン記念塔近くに戻ったところで 11時半頃 バスを降り、歩いてモールの「フリーアギャラリー」へ行く。
写真は トーマス・ジェファーソン記念館 -
(24)−5
フリーアギャラリーは東洋美術の逸品が学術的雰囲気で展示されていた。
インドの仏像? -
(24)−6
東南アジアの仏像? -
(24)−7
日本の作品では
期待していた北斎や広重の記憶は残っていないが 仁王像の迫力は凄い。 -
(24)−8
それから 近くの「国立航空宇宙博物館」へ行く。 -
(24)−9
ライト兄弟から現在の宇宙進出まで アメリカが世界を引っ張ってきた自負心に溢れた展示内容だった。
宇宙ロケットの模型が展示され その内容が 子供達に分かるように表現されている。
見学する 幼児の多さにも驚いた。この中から 次世代を牽引する人材が いずれは育つのであろう。 -
(24)−10
宇宙船の内部の模型で出品されていて 私もその大きさの具体例を初めて知った。 -
(24)−11
私は 大阪万博の時 「月の石」展示に熱狂した世代だが 今はほとんど並ばずに触れる。
触っても 単なる鉱物で 当然どうと言うことは無いが。
(写真の三角錐の所が「月の石」) -
(24)−12
1時過ぎ 次の見学地「ナショナルギャラリー」(西館)へ行く。
(新しい施設に入る度に セキュリティゾーンでチェック。煩わしい。)
ここも 二層だが 巨大な展示場。 -
(24)−13
ヨーロッパ絵画を中心に見る。
ゴッホ自画像 -
(24)−14
モジリアーニ? -
(24)−15
ピカソ
凄い作品の連続に 圧倒される。 -
(24)−16
2時過ぎ ギャラリー内の 1Fガーデンカフェで遅いランチ。ビュッフェ形式のフルコース。美味い。
(ネットでパソコンと接続しようとしたが、私の設定がおかしいのか 出来ず。)
見残している感じもしたが 隣りの彫刻庭園の作品をちらっと見て ビッグバスの停留所でバスを待つ。(午前中行けなかった アーリントン墓地に再チャレンジ)
バスがなかなか来なくて 4時頃 ワシントン記念塔まで 徒歩で移動。
途中でリスが居たので写す。 -
(24)−17
やっと乗ったレッドループバスも リンカン記念堂の先でポトマック川を渡らない。(朝と同じ。)
仕方が無いので イエローループバスに乗り換えて ホテルに戻る。
私の使い方が悪いのか ビッグバスを上手く利用できなかった。何かバスを待っているばかりの感じ。ワシントンDCを短時間で廻ろうとしたら 自転車かタクシーのほうが便利に思えた。実質2日間で回ろうとしたのが間違い?
(写真は 音声案内がシャッターポジションと推奨した タイダルベイスンの池から。確かに桜の頃は 素晴らしい景色だろうと思った。) -
(24)−18
「モール」の外周道路で 日本語音声ガイドが教えてくれて 慌てて 写真を撮る。
ここが 「アメリカ連邦準備制度理事会」の建物。
思っていたより 小さな建物。(警備は最高に厳しいらしいが。) -
(24)−19
5時前にホテルの近くのバス停で降り、ブラブラしながら帰る。
三日続けて 同じピザ屋に入ったら 顔を覚えて貰った。
街では 金曜日が終わった安堵感の人達が 歩いていた。
私もあと10日すれば日本に帰れる、との思いの方が強くなってきた。 -
(25)−1
10月17日(土)25日目
8時頃 朝起きて窓の外を見たら ワシントンの街は静かに眠っている様。偶に救急車の音が聞こえるだけ。世界は今も動き、意思決定都市 ワシントンのどこかは覚醒しているのだろうが。
部屋で簡単な朝食をして タバコを吸いに外に出たら ゆっくり街は動き始めている。ジョキングをする人、自転車でオフィスに向かう人。
この街は 何かを生産するより、調整を生業にする人達の街。そして その調整を支える人たちの街。 もう少し この街に居て 色々と経験したいが 12時45分には私は出発する。名残惜しくて もう一本煙草の火をつけた。
(写真はホテルの窓から 家並みを写す。) -
(25)−2
少し早いが10時30分頃 ホテルを出てタクシーで駅へ向かう。
その中でドライバーとお喋り。日本人と知り「アメリカは独立して約250年。日本は1000年以上の歴史」とその黒人のドライバーは羨ましそうに言った。
私達日本人は民族や国家を所与のものと考える癖がついていて、むしろその強制には 納得もしているが あまり良い思い出が無いのも事実。
日本と違い 歴史にの浅いアメリカは「統合」を意識して「まとまり」を作って行かなければ持たないのかなぁと思った。例えば「理念」や「お金」で。
「民族」「国家」を超えた 枠組みを模索する現代 一見するとアメリカの方が 先行しているとも言えるが、当面「民族」や「国家」に依拠せざるを得ないのも事実。
駅の前で渋滞。建築中の建物の構造を見上げれば 随分か細い柱や床。地震が無いエリアではこれで良いのだろうが 天災・災害は地震だけとは限らない。案外虚弱なところを アメリカは持っているのかもしれない、と思った。 -
(25)−3
ユニオン駅では赤帽さんを頼んだ。Eチケットを見せ、荷物を預け、再集合の時間を指定して貰い ランチに行く。食後指定された11時50分に行ったら 時間前にプラットフォームへ案内してくれる。 -
(25)−4
到着していた 列車のドアの開錠をして 荷物を積み込んでくれる。
5ドルのチップの価値は充分ある。子連れの客や老人が赤帽サービスを利用していた。 -
(25)−5
アムトラック140号は 時間通り12時25分に ワシントンDC(ユニオン駅)を出発してフィラデルフィア(30th駅)に向かう。
車内は土曜日の為か 空席が目立つ。
シートは片側2席でゆったりしてるが 少し揺れがきつい。
郊外の車窓の風景は だいぶ秋めく。
検札の係りの人は 回ってくるが 何事もなし。 -
(25)−6
列車は ほぼ定刻14時18分に着く。
途中の停車駅は 「こだま」より多い感じ。
フィラデルフィア(30th駅)は 歴史を感じさせる建物。
タクシーで 歴史地区にあるホテルへ。
(今回の旅で初めて タクシーに遠回りをされた。駅から高速に入り
随分北側を走るなぁと思っていたら、河口を南下して、高速出口を出て、また北上して ホテルに着く。それ程の遠回りでも無いが 旅に出れば こういうこともある。)
-
(25)−7
ホテルはヒルトン。
レセプションで ツインベッドの方を選択したら、準備ができるまで待ってと言われて ロビーで待つ。予定の3時になり、レセプションに確認したら 「もう少し。」と言われて 待つ。20分待っても 音沙汰が無いので 再度確認。やはり駄目なので 荷物を預けて 市内観光に歩いて向かう。(ヒルトンらしくない応対。「済みません。」の一言が無い。) -
(25)−8
通りかった歴史地区の小庭園で 結婚式の写真撮影が行われていた。立ち止まって 写真機を出したら 幼児がこちらを向いて手を振ったので 撮る。
豊かそうな層の人達。 -
(25)−9
独立記念館まで行ったが、本日の見学ツアーは終了しているようだった。明日の朝 訪れることにする。 -
(25)−10
公園側の窓から「自由の鐘」を見る。子供を含めて 多くの人が見学。 -
(25)−11
「リバティ・ベル・センター」が まだ開館していたので 私も列に並ぶ。
そして ひびの入った鐘を見学する。 -
(25)−12
隣接して、「アメリカユダヤ人の歴史館」が開いていたので、入る。
セキュリティの係りの人の対応に 少し腹立てる。展示物も見るべきものは無い。
何か フィラデルフィアに着いてから ちょっと不愉快なこと多し。歳の所為?疲れの所為? -
(25)−13
隣りの フードコートで 中華料理を買って帰る。
お金を支払う時 カードはダメ。現金のみ。私は現金の持ち合わせはなく、仕方なくレジ横のATMでお金を下す。(これも 不快。)
写真は米国旗の飾られた 派手なフードコート。 -
(25)−14
通りかかった 歴史地区はさすがに古い街並みが残る。観光案内の表示も多し。 -
(25)−15
街路樹も紅葉し始めていた。 -
(25)−16
ホテルの部屋から眺めると フィラデルフィアは結構大きな街。
ワシントンに移動するまで 建国時から10年間はアメリカの首都。 -
(26)−1
10月18日(日)26日目
ホテルを8時半頃出て、プラプラと歴史地区を歩き、9時過ぎ旅行案内所に着く。そして 9時45分からの独立記念館案内ツアーチケットを入手。
写真は案内所とその前の公園。(ここにも ホームレスの人の姿。) -
(26)−2
セキュリティエリアを通り、独立記念館の敷地の公園で待ち、入館。 -
(26)−3
記念館の集会場のような所にまず入り、若い係りの女性から 講義めいたものを聞く。(内容は分からず 熱弁から アメリカ教の信徒集会の感覚を受ける。)
日曜の朝から参加している人達は 係りの人の質問に答え、神妙。 -
(26)−4
最初に 裁判所のような作りの部屋。 -
(26)−5
次に 村の集会場のような部屋。1776年「独立宣言」がここで採択されたとか。
アメリカ人にとっては神聖な場所なのだろう。
説明の係り員は 最後まで宣教師のようだった。 -
(26)−6
それから 少し歩いて タクシーを拾い、「フィラデルフィア美術館」へ。
(実際は タクシーは裏に付けてくれ、即展示場へ入場できた。)
写真は帰る時 正面玄関を写す。 -
(26)−7
途中、出会った階段ホール。とにかくここも べらぼうに広い。ただ両翼型の分かり易い建物レイアウト。 -
(26)−8
まず 2階の 日本文化に向かう。
屋内の一角に日本家屋が再現されている。時代は江戸? -
(26)−9
茶室も。 -
(26)−10
そして お寺も再現されている。
単品で無くて それなりに 全体として表現してくれている。正直嬉しかった。
中国文化も 同じように 生活の中で 中国文化を表現していた。
(アメリカ文化の 底力を見るようだった。「菊と刀」を読んだ時のような衝撃。) -
(26)−11
中国の仏像? -
(26)−12
西欧の絵画や、陶器も 部屋の空間の中で展示されている。 -
(26)−13
余裕の展示方法。 -
(26)−14
天井も その部屋に相応しく 装飾されている。 -
(26)−15
単品で 展示されている絵も素晴らしい。
(ルノワール) -
(26)−16
(ピカソ) -
(26)−17
そして 現代に近い絵画も 椅子等の家具や器と共に。
美術館は広いが、それほど疲れを感じずに 見て回れた。 -
(26)−18
美術館の玄関から フィラデルフィアの中心部を臨む。 -
(26)−19
それから 美術館の付属のような「ロダン美術館」にも寄る。 -
(26)−20
それほど大きな美術館ではないが、秀作が揃っていた。 -
(26)−21
午後1時を過ぎていたので、予約していた「バーンズ財団美術館」に行く前に、ホールフーズに寄り、店内でランチを食べる。 -
(26)−22
15年ぐらい前 シアトルのホールフーズヘ行って以来だが 店内で食べれる要素が大きくなっている様に思えた。実際 チェックアウト後 店の飲食スペースを利用して食べている人が多く見られた。 -
(26)−23
それから 近くの「バーンズ財団美術館」に入り、見学。
最初に入口で地下のクロークに行けと言われて よく分からず入場しようとしたら また言われて、クロークに行く。手荷物・ジャンバーの類は 全て預けるみたい。
それから 日本語案内オーディオを聞きながら 巡る。
絵画に付けられた番号が分からず ちょっと戸惑ったが 主要作品には番号が全て付番されていた。付番のオーディオの説明を聞いた方が面白い。写真撮影は不許可。 -
(26)−24
個人の収集家が自分の流儀で展示しているとかで ちょっと変わった展示だが 面白かった。
収集画家も偏っていて、気に入った作家の作品は 極端に多い。
ルノアール181点、セザンヌ69点、マティス60点、パブロ・ピカソ46点等。
特に ルノアールは若い時からの作品を含め 歳による 変化がよく分かる。
アフリカ美術・工芸品も展示されていた。(珍しい。)
閉館時間近くまで 見てしまった。 -
(26)−25
美味しくて、比較的に安かったので 夕食もホールフーズで買って、ぶら下げて帰る。
昔は 高級・健康・自然食品スーパーのイメージがあったが 現在はそうでもない感じで レジにはお客さんが良く並んでいた。
(アメリカの一般大衆が「健康」を意識して購入しだしたと言うことかとも思えた。) -
(26)−26
日曜の所為か タクシーを拾えず「市庁舎」の所まで歩いて、タクシースタンドに出会う。
写真は市庁舎の噴水広場。 -
(26)−27
ホテルの前から アメリカの戦艦が見える。日本の大和と少し似ていた。
後日調べてみたら 1943年に就役した「戦艦ニュージャージー」だった。第2次大戦中は日本に多大な損害を与え、朝鮮戦争、ベトナム戦争、レバノン内戦と歴戦して 1991年予備役に編入。 2001年から博物館として公開とか。
戦争に勝った「ニュージャージー」は アメリカの栄光の地 フィラデルフィアで博物館として歴史になり、敗れた「大和」や「武蔵」は海の水雲になる。 -
(26)−28
部屋で 買ってきた 夕食を食べ、眠る。
明日は 最後の訪問地 ニューヨーク。
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