2015/10/24 - 2015/10/25
1448位(同エリア2331件中)
ケイホウさん
出雲大社で八足門内拝礼のツアーがあるというので出かけました。普段は八足門の中には入れません。12:30開始のツアーを予約したので、自宅を6時に出発。京都東ICから高速に入り予定では11時頃到着の筈が、渋滞で12時前に到着。焦りましたが、受付を済ませて12:20集合との事で、なんとか間に合いました。
出雲は初めてで、訪れたいところは沢山あるのですが、一泊二日では限定されるので、一日目は出雲大社へ。翌日は所縁の熊野大社から、大山にある大神神社奥宮へとお参りしてきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
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宇迦橋(うがばし)のたもとに立つ石の大鳥居。一の鳥居です。高さが23m、鉄筋コンクリート製です。ここから神門通りと呼ばれる門前町が続きます。旅館や土産物店が立ち並び、一畑電鉄の出雲大社駅は神門通りの途中、右側にあります。
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神門通りを直進して来ると、勢溜(せいだまり)の鳥居の前に着きます。木製の二の鳥居です。ここから駐車場へ行き、島根県立古代出雲歴史博物館に向かいます。
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島根県立古代出雲歴史博物館。
総工費86億をかけ、設計は東大教授もつとめ、幕張メッセなども手がけた槙文彦さんだそうです。
ガイドさんの説明を聞きながら30分程、館内を回ります。
出雲は神話に登場する神々の座すところ。ガイドさんのお話も、後でお祓いをしていただく神職の方のお話も神話にもとづくものでした。
常設展では青銅器コーナー・出雲風土記の世界・神話シアター・大社コーナー等、なかなか見ごたえのある展示です。時間があればゆっくり観たいところですが、今回は時間がありません。少しだけまとめてみました。 -
島根県古代文化センターでは、発掘調査の情報を基に、建築学者五人と共同研究に取り組み、「五者五様」の建築が推定復元されました。右奥に五人の復元模型があります。
その中からこれだと思うものを選んで作った、1/10のサイズの推定復元模型を展示しています。高さ4.8m。伝承ではかって高さが約48mあったそうです。
平成12年〜13年にかけて、八足門の手前付近三ヶ所から、鎌倉時代前期の本殿に伴う柱が発掘されました。直径が135cmの杉材を三本一組にして一本柱としていて、柱をうめた大きな穴には、ひとかかえもあるような大きな石がぎっしりとつめてあったそうです。
かつての巨大さを証明するものとして、注目されたそうです。
平安時代の『口遊(くちずさみ)』という書物に大きな建物ベスト3として、「雲太(うんた)・和二(わに)・京三(きょうさん)」という記述があり、雲太⇒出雲大社御本殿、和二⇒東大寺大仏殿、京三⇒平安京の大極殿を指すそうです。
又、多量の青銅器が出土したことで、島根は全国有数の青銅器出土地域になりました。
銅鐸や銅剣などの青銅器が使われたのは、今から2000年程前の弥生時代です。 -
三角縁神獣鏡。裏側が鏡になっています。
この鏡には「景初三年」という銘文があります。「景初」は中国の魏の年号で「三年」は、卑弥呼が魏に使いをだした年にあたります。その時に魏から授かったとされている100枚のうちの一枚では、といわれているそうです。
古墳時代、銅鏡は、大和政権から各地の首長個人に配られ、彼らに権威を与えました。さらに、その死後には、遺体とともに古墳に副葬されたそうです。
展示されているものから古代出雲にロマンを感じさせます。
これから、出雲大社へ向かいます。 -
お参りは「勢溜の鳥居」からスタートです。めずらしい下りの参道です。
このあたりは古代には砂丘で向こうが海だったといわれているそうです。
又、今のように、出雲が全国に知られるようになったのは、江戸時代に「御師(おし)」と呼ばれる、神々のご神徳を各地に広める神職たちがいたからだそうです。
途中、祓社がありましたが、工事中でした。 -
坂を下りて、素鵞(そが)川にかかる祓橋を渡ると鉄造りの三の鳥居です。ここから樹齢4百年以上の木もある、松並木が続きます。神域の清々しい空気を感じます。
かつては、中央の道は神様の通る道といわれ、神職の人や皇族の方しか通れなかったそうです。松の根の保護の意味合いもあるそうです。
出雲大社には4つの鳥居があります。この後の銅の鳥居は工事中でしたが。
4つの鳥居には意味があるそうで、一の鳥居は石の鳥居で石器時代を、二の鳥居は木で弥生時代を、三の鳥居は鉄で四の鳥居は銅,あわせて青銅器時代を表すそうです。 -
松の参道の左右には緑美しい神苑が広がっています。ホットくつろげる空間です。
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松の参道を進むと手水舎があり左に「御慈愛のお神様」の像があります。神話の「因幡の白兎」を表現したものです。
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海の向こうから「幸魂・奇魂」という神が現れ「ムズビの大神」になられたシーンを表現しています。
《幸魂(さちみたま)奇魂(くしみたま)》
時に海を照らして依り来る神あり
吾在るに由りての故に汝その國造りの大業を建つるを得たり
吾は汝が幸魂奇魂なり
大國主神これが吾が幸魂奇魂なりけりと知りぬ
古事記また日本書紀に述べるところであります。
出雲大社の御祭神大国主神は、この「幸魂奇魂」の”おかげ”をいただいて神性を養われ「ムスビの神」となられました。
・・・・・
出雲大社ではこの御神教にちなんで
さきまたま くしみたま
まもりたまひ さきはへたまえ
と唱して御神縁を祈念いたします。
・・・・・
と、記してありました。 -
神馬・神牛
神様の乗り物といわれています。銅製です。 -
拝殿。
江戸時代前期に造営された拝殿は昭和28年に火災で消失。今の拝殿は昭和34年に建てられたものです。
長さ6.5m、重さ1tの注連縄が印象的です。
通常はご祈祷などがおこなわれています。 -
拝殿を横から見ます。総檜造りでシンプルですが重厚です。
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拝殿の奥に見える、本殿の千木と勝男木。
平成の大遷宮が行われた出雲大社ですが、伊勢神宮との違いは、伊勢神宮は新しい建物を建ててそこに移っていただく。出雲大社は神様に移っていただいて、修理・補修をし、そこに移っていただくことだそうです。
屋根に使用の檜の皮は、100年〜120年以上の檜を丸裸にして荒皮をとり、それから8年かけて再生したものだけを使用しています。
使われた檜は64万枚で約6トンあるそうです。全部檜を使うと重さでつぶれるので、軽さを保つために、中は空洞で初めの数cmだけは檜を使用しています。
そして災害の時などの為に、水が通る水穴をつけているそうです。
千木は銅版をまいて黒く塗ってあります。銅は緑のサビが出ることによって強くなりますが、酸性雨などで穴があいてしまいます。そこで、松ヤニを主成分に、えごま油や鉛、石灰などを配合した「ちゃん」を使用して「ちゃん塗り」をしています。今は黒い千木ですが、年月ととも緑青となっていくそうです。 -
八足門。通常はここで御本殿にむかってお参りです。
お参りの作法は、二礼四拍手一礼です。
御本殿は国宝。重要文化財は22(楼門等)+1(銅の鳥居)あるそうです。
歴博ガイドさんの案内でここまで来ました。ここからは神職の方の先導で中に入ります。お祓いのあと御本殿に向かって参拝し、神職の方が遷宮の意義や祭礼などについてお話をされました。分かりやすく、ユーモアあふれるお話ぶりで、あっというまに時間が過ぎました。
帰りに葺き替えた古材を切ったもの「御本殿大屋根檜皮古材」をお守りとしていただきました。 -
八足門前の広場から見える日の丸は、神楽殿前に立つ国旗掲揚塔。高さが47mあり日本一だそうです。因みに、昭和の終わりまでNHKが放送終了の時、君が代が流れ映っていたのがこの国旗だそうです。
写真右下あたりに赤みをおびた円が三つ見えるのが、発掘された柱跡です。かなりの大きさです。 -
御守所。御朱印もここでお願いします。御朱印代は社寺、どことも300円なので用意して待っていると「金額は決まっておりません。お気持ちで」と言われました。300円納めさせていただきました。
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素鵞(そが)社。
御本殿の背後にスサノオノミコトを祀る社。大国主大神の親神です。 -
御祭神大国主大神の御鎮りになる御本殿の正面は南向きですが、殿内の御神座は
西向きとなっています。
昔より、御参拝の皆様は大神様に向かい合い御神座正面から拝しております。
先ず、御本殿正面で御拝礼のあと、瑞垣に沿って摂末社を参拝され、御神座正面に当たるこの場所より、再度心をこめ拝礼なさいます。どうぞ御拝礼下さいませ
「拝礼作法」二拝四拍手一拝 出雲大社
と、記されてました。 -
神職の方のお話では、殿内には客殿と言われる社が五神あるので、自分自身が正面を向くのは失礼なので、自ら横を向いておられるそうです。同じ理由から諸説ありますが、注連縄も逆向きですと説明されてました。
沢山の方が並んでお参りされてました。 -
八足門から時計とは逆まわりに進み、ここに戻ってきました。左が西十九社です。
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西十九社。
神在月には全国の神々のお宿になります。今年は11月21日〜11月28日です。 -
神楽殿。
大注連縄が迫力あります。長さ13m、重さ4.5tで日本最大だそうです。
神前結婚式や、神在祭期間中は夜神楽祈祷などが行われます。 -
神楽殿向かって右側を入っていくと、鎮守社があります。
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訪れる人も少なく静かです。
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国造家に由縁の神々が祀られていました。
天穂日命社(あめのほひのみことのやしろ)には
御祭神 天穂日命
天穂日命は御皇室の神祖である天照大神の第二の御子神で出雲国造家(出雲大社宮司)の始めの神祖です。
大国主大神の天の神への国譲りに御力を尽くされ天つ神による大国主大神の御神殿造営と共に祭主となられました。
以来、天穂日命の子孫はその神統・道統を代々継承して出雲国造を称し祭主として仕えきて現在八十四代です。
と、記してありました。 -
神楽殿の西側に千家国造館。
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格式ある佇まいです。
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常設展の本を購入のため古代歴史博物館に戻りました。建物の裏側です。
広い敷地にゆったりとした空気が流れ、落ちつきます。
散策しながら北島国造館に向かいます。 -
江戸時代まで出雲大社は千家と北島家が交代で宮司をしていたそうです。明治4年に「一神社一宮司」となり、千家が出雲大社を、北島家は新たに出雲教を立ち上げたそうです。
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北島国造館。
御神殿 主祭神 大国主大神
天神社 御祭神 少名昆古那神 -
この日、神前結婚式が行われていました。
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風情のある通りです。静寂は夕暮れ時の気配のせいでしょうか。
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長い一日でした。帰りに島根ワイナリーに立ち寄りました16:30 着。17時閉店なので稲佐の浜を後にして大急ぎできましたが、館内は大勢の人で賑わってました。
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とりあえず、試飲コーナーへ直行。いろんな種類のワインが試飲できます。神在月の銘柄の島根ワインを二本購入しました。
これから稲佐の浜へ向かいます。 -
稲佐の浜。
神在祭の時(今年は11月21日)、この浜で神迎神事が行われます。
旧暦10月は日本中の八百万の神様が出雲に参集されるといわれています。八百万の神々は出雲大社本殿の両脇にある東西の十九社で宿泊し、人と人との縁、男女の縁結び、目に見えない事柄について会議(神議・かむはかり)されるといわれています。 -
弁天島。
神話では、高天原の使者がこの浜に剣を立て、大国主大神と国譲りの話し合いをしたと伝わっています。
出雲は神話に満ち、古代と現代が溶け合って不思議な世界をさまよっている気がします。
これからホテルに向かいます。 -
今日の宿泊先は出雲グリーンホテルモーリス。ビジネスホテルですが、大浴場があるので決めました。朝食は選択できます。駐車場は第3駐車場まであり、無料の所と有料の所がありました。目の前がJR出雲市駅で、近隣には居酒屋も数件あり、コンビニや牛丼屋さんもありました。
明日は今日行けなかった旧大社駅に立ち寄り、熊野大社から大神山神社へと向かいます。
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