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何の計画性もなく、思いつきにまかせ、「金閣・鹿苑寺」へ行ってきました。<br />「金閣・鹿苑寺」を訪れたのは、約30年振り、中学校時代の修学旅行と今は亡き親父と二人きりで京都見学をした時以来だと思います。<br />その時の印象は、”金色をしためずらしいお寺がある”程度のもので、特に、感激した記憶はありません。<br /><br />今回も過去と同様、「鹿苑寺」境内全域を見学したわけではなく、「舎利殿」の周囲を見学しただけでした。<br /><br />平日にもかかわらず、多くの旅行者が訪れていましたが、過去の記憶とは違い、大半の人が海外からの旅行者でした。<br />ざっとした内訳は、中国人の旅行者が約50%、欧米人の旅行者が約20%、日本人の旅行者が約30%くらいでした。<br /><br />スピーカーで注意を促すお寺の人も、中国語をマスターして、流ちょうな中国語で対応していました。<br />まるで中国の観光地に行ったかのような雰囲気でした。<br /><br /><br />【金閣・鹿苑寺の豆知識】<br /><br />所在地は、京都市北区です。<br />お釈迦様の舎利(お骨)をまつった舎利殿「金閣」が特に知られ、金閣寺と呼ばれていますが、正しくは「鹿苑寺(ろくおんじ)」と言い、臨済宗相国寺派の禅寺です。<br /><br />寺名は開基(創設者)である室町幕府3代将軍足利義満の法号・鹿苑院殿にちなむ。<br />義満の北山山荘をその死後に寺としたものである。<br /><br />舎利殿は室町時代前期(1398年頃完成)の北山文化を代表する建築であったが、昭和25年(1950年)に放火により焼失し、昭和30年(1955年)に再建された。<br />焼失前の金閣は三層のみに金箔が残り、二層には全く金箔が残っていなかったが、再建金閣では三層のみならず二層の外面も全面金箔貼りとしている。<br /><br />昭和61年(1986年)〜62年(1987年)に金閣の「昭和大修復」が行われ、その時、舎利殿の金箔も張り替えられている。<br /><br />平成6年(1994年)にユネスコの世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」の構成資産に登録されている。<br /><br /><br /><br />

約30年振りに見た「金閣・鹿苑寺」の金箔はしぶく輝いていた。(2015)

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2015/05/25 - 2015/05/25

546位(同エリア4672件中)

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hy-2217

hy-2217さん

何の計画性もなく、思いつきにまかせ、「金閣・鹿苑寺」へ行ってきました。
「金閣・鹿苑寺」を訪れたのは、約30年振り、中学校時代の修学旅行と今は亡き親父と二人きりで京都見学をした時以来だと思います。
その時の印象は、”金色をしためずらしいお寺がある”程度のもので、特に、感激した記憶はありません。

今回も過去と同様、「鹿苑寺」境内全域を見学したわけではなく、「舎利殿」の周囲を見学しただけでした。

平日にもかかわらず、多くの旅行者が訪れていましたが、過去の記憶とは違い、大半の人が海外からの旅行者でした。
ざっとした内訳は、中国人の旅行者が約50%、欧米人の旅行者が約20%、日本人の旅行者が約30%くらいでした。

スピーカーで注意を促すお寺の人も、中国語をマスターして、流ちょうな中国語で対応していました。
まるで中国の観光地に行ったかのような雰囲気でした。


【金閣・鹿苑寺の豆知識】

所在地は、京都市北区です。
お釈迦様の舎利(お骨)をまつった舎利殿「金閣」が特に知られ、金閣寺と呼ばれていますが、正しくは「鹿苑寺(ろくおんじ)」と言い、臨済宗相国寺派の禅寺です。

寺名は開基(創設者)である室町幕府3代将軍足利義満の法号・鹿苑院殿にちなむ。
義満の北山山荘をその死後に寺としたものである。

舎利殿は室町時代前期(1398年頃完成)の北山文化を代表する建築であったが、昭和25年(1950年)に放火により焼失し、昭和30年(1955年)に再建された。
焼失前の金閣は三層のみに金箔が残り、二層には全く金箔が残っていなかったが、再建金閣では三層のみならず二層の外面も全面金箔貼りとしている。

昭和61年(1986年)〜62年(1987年)に金閣の「昭和大修復」が行われ、その時、舎利殿の金箔も張り替えられている。

平成6年(1994年)にユネスコの世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」の構成資産に登録されている。



旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車
  • パンフレット-1 &lt;鹿苑寺境内図&gt;<br />

    パンフレット-1 <鹿苑寺境内図>

  • パンフレット-2 &lt;金閣・鹿苑寺の表紙&庭園の説明&gt;<br />

    パンフレット-2 <金閣・鹿苑寺の表紙&庭園の説明>

  • パンフレット-3 &lt;金閣・鹿苑寺の歴史&gt;<br />

    パンフレット-3 <金閣・鹿苑寺の歴史>

  • パンフレット-4 &lt;舎利殿・夕佳亭(せっかてい)・不動堂の説明&gt;<br /><br />

    パンフレット-4 <舎利殿・夕佳亭(せっかてい)・不動堂の説明>

  • 駐車場から「総門」に向かって移動すると、「総門」の手前に「鹿苑寺境内図」の看板があります。<br /><br />「鹿苑寺境内図」を見て境内全体を把握します。

    駐車場から「総門」に向かって移動すると、「総門」の手前に「鹿苑寺境内図」の看板があります。

    「鹿苑寺境内図」を見て境内全体を把握します。

  • 「鹿苑寺境内図」の看板を拡大しました。<br /><br />

    「鹿苑寺境内図」の看板を拡大しました。

  • 「鹿苑寺境内図」の看板前から東方面「黒門」側を見た景色です。

    「鹿苑寺境内図」の看板前から東方面「黒門」側を見た景色です。

  • 「鹿苑寺境内図」の看板前から西方面「総門」側を見た景色です。<br /><br />「鹿苑寺」には「総門」から入り、受付を経由して「鏡湖池(きょうこち)」に向かって移動します。

    「鹿苑寺境内図」の看板前から西方面「総門」側を見た景色です。

    「鹿苑寺」には「総門」から入り、受付を経由して「鏡湖池(きょうこち)」に向かって移動します。

  • 「鏡湖池」に到着すると、「鏡湖池」の向こう側に黄金色の「舎利殿(金閣)」が見えます。<br /><br />

    「鏡湖池」に到着すると、「鏡湖池」の向こう側に黄金色の「舎利殿(金閣)」が見えます。

  • 「鏡湖池」と「葦原島(あしはらじま)」と「舎利殿(金閣)」の景色。<br /><br />「舎利殿」は「昭和大修復(昭和61年〜62年)」で金箔を張り替えてから28年が経過していますが、時の流れを感じさせないほど、黄金色のまばゆい輝きを放っていました。<br /><br />「昭和大修復」直後の金箔は、想像を絶するほどのまばゆい輝きを放っていたものと思われます。<br /><br />文献によると、金箔は通常の5倍の厚さ(五倍箔)、約20万枚(約20kg)が使用されている、とのことです。<br /><br /><br /><br />

    「鏡湖池」と「葦原島(あしはらじま)」と「舎利殿(金閣)」の景色。

    「舎利殿」は「昭和大修復(昭和61年〜62年)」で金箔を張り替えてから28年が経過していますが、時の流れを感じさせないほど、黄金色のまばゆい輝きを放っていました。

    「昭和大修復」直後の金箔は、想像を絶するほどのまばゆい輝きを放っていたものと思われます。

    文献によると、金箔は通常の5倍の厚さ(五倍箔)、約20万枚(約20kg)が使用されている、とのことです。



  • 「鏡湖池」と「葦原島」と「舎利殿(金閣)」の景色。<br /><br />ちょっとだけ拡大して撮りました。

    「鏡湖池」と「葦原島」と「舎利殿(金閣)」の景色。

    ちょっとだけ拡大して撮りました。

  • 南東方面から見た「鏡湖池」に映る「逆さ金閣」。<br /><br />曇天のため、「逆さ金閣」は今一つでした。

    南東方面から見た「鏡湖池」に映る「逆さ金閣」。

    曇天のため、「逆さ金閣」は今一つでした。

  • 南側のルックアウトから「鏡湖池」と「舎利殿(金閣)」を見物する旅行者達。<br /><br />離れていても、スピーカーを通して賑やかな中国語が耳に入る。

    南側のルックアウトから「鏡湖池」と「舎利殿(金閣)」を見物する旅行者達。

    離れていても、スピーカーを通して賑やかな中国語が耳に入る。

  • 南東方面から見た「鏡湖池」に映る「逆さ金閣」。<br /><br />曇天のため、「逆さ金閣」は今一つでした。

    南東方面から見た「鏡湖池」に映る「逆さ金閣」。

    曇天のため、「逆さ金閣」は今一つでした。

  • 東方面から「鏡湖池」を見た景色。<br /><br />池の色は緑色をしていましたが、落ち着いた日本庭園には欠かせない色なのかも知れませんね。

    東方面から「鏡湖池」を見た景色。

    池の色は緑色をしていましたが、落ち着いた日本庭園には欠かせない色なのかも知れませんね。

  • 東方面から「鏡湖池」を見た景色。<br /><br /><br />昭和30年に再建された「舎利殿(金閣)」は、再建から10年余りで金箔が剥落して下地の黒漆が見えるようになったらしい。<br />約30年前に訪れた時は、「昭和大修復」の実施以前だったため、金箔は煤けた感じで、今回のようなまばゆい黄金の輝きを無くしていたのかも知れません。<br /><br />「舎利殿(金閣)」再建時と「昭和大修復」以降では、使用されている金箔の量が全然違うため、金箔の輝きの差が出ているのかも知れません。<br /><br />ほんのわずかな時間でしたが、まばゆい黄金の輝きをした「舎利殿(金閣)」と落ち着いた「庭園」を見学できて非常に満足しました。<br /><br /><br />

    東方面から「鏡湖池」を見た景色。


    昭和30年に再建された「舎利殿(金閣)」は、再建から10年余りで金箔が剥落して下地の黒漆が見えるようになったらしい。
    約30年前に訪れた時は、「昭和大修復」の実施以前だったため、金箔は煤けた感じで、今回のようなまばゆい黄金の輝きを無くしていたのかも知れません。

    「舎利殿(金閣)」再建時と「昭和大修復」以降では、使用されている金箔の量が全然違うため、金箔の輝きの差が出ているのかも知れません。

    ほんのわずかな時間でしたが、まばゆい黄金の輝きをした「舎利殿(金閣)」と落ち着いた「庭園」を見学できて非常に満足しました。


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