2015/06/16 - 2015/06/16
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frau.himmelさん
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1857年12月の新聞に、「これは余の意思である」ではじまる、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の歴史的な言葉が掲載された。
城壁を取り壊し、都市改造を命じる内容。
・・・
「皇帝からの素晴らしいクリスマスプレゼント」、ウィーン市民は喜びと期待で大興奮したという。
計画の柱は、リンク大通りの建設。
これによって街は鮮やかに生まれ変わる。
中世から近代都市へ。ーー
◇◆
これは今回利用したオーストリア航空の機内誌、「一望千里」の中に掲載されていた特集の冒頭の部分です。
テーマを持たせる旅を心がけている私は、リンク通り開通150周年のことは一応調べておりました。
今回のテーマとしてリンク通りはもちろん周るつもりでしたので、私にとっては時宜を得たたいへん有難い特集でした。
それに船頭二人のほうも相変わらずチグハグ騒ぎがありました。
自然史博物館に行くと言う夫と別れて、私はうきうき別行動。
さて、夫殿は・・・?
-
今回私が回ったリンク内の地図を、上記機内誌よりコピーして貼り付けます。
大まかなリンク通りの地図ですが、参照してください。 -
リンクの中心はなんと言ってもシュテファン大聖堂。
グリッヒェン・バイスルで食事をした後、徒歩でやってまいりました。 -
います います。
中世の音楽家達の服装をしたコンサートチケットの客引きたちがあっちにもこっちにもいます。
私達をすぐに日本人と見破って「こんにちはー」と声をかけてきます。
「ニイハオ!」じゃないから嬉しい。 -
彼で3人目。
モーツアルトのチケットがあるよ、ってカタコト日本語。
「残念だけど今夜はもうウィーンにいないのよ」と、うそも方便。
本当は楽友協会やオペラ座でコンサートも聴きたいけど、夫殿ときたら私の横で眠ってしまう人なので、今回はコンサートの予定は入っておりません。 -
せっかくここまできたのだから大聖堂の中にちょっとだけ入りましょう。
何度見てもトゲトゲのゴシック様式の内装は凄いと思う。
あいも変わらず大勢の人・人・人。 -
荘厳な大聖堂をバックに、客待ちをしているフィアカーの馬も絵になります。
さあ、では次に行きましょう。 -
シュテファンプラッツから地下鉄で一駅のカールスプラッツ駅。
右側には建築家オットーヴァーグナーの大きな写真が。
この駅はオットーヴァーグナーのパビリオンにもなっています。 -
そこから電車通りの先に目を走らせると、奥の方に見える建物は学友協会、手前の建物はキュンストラーハウス。
-
カールスプラッツ駅オペラ座口を出てトラムに乗り換えます。
-
しばらくは電車内から写したリンク通りを。
まず見えてきたのは、ルネッサンス様式の国立オペラ座 -
旧市街を環状に取り巻くリンク通りは全長5.3キロ。
そのリンク通りも細かく名前が付けられています。
国立オペラ座から美術史美術館/王宮の手前まではOpernring。 -
あちらに見えるのが美術史美術館。
ここからはBurgringと呼ばれます。 -
国会議事堂が見えてきたら、その前はDr.Karl.Rennerring。
カールレンナー博士は前回10月のウィーン歴史探訪の際、あちこちで名前が出てきた人です。
詳しくは 後ほど。 -
ウィーン市庁舎。
市庁舎広場では何か催し物が開かれています。
ここも後ほど詳しく。
この前はウニヴァージテートリンク(大学リンク) -
美しい二つの塔が印象的なヴォティーフ教会。
フランツヨーゼフ1世がテロに遭いながらも、無傷で生還したことを神に感謝して1856年〜1879年に造られたものだそう。 -
ショッテントーア/ウニヴァジテート駅。
駅舎の向こうに見える豪華な建物はホテル?。
行き過ぎてしまいました。少し引き返します。 -
電車で引き返してやってきたところはマリアテレジア像の前。
後ろに見えるのは美術史美術館。 -
マリアテレジア像を挟んで、美術史美術館と全く同じ外観の建物は自然史博物館。
さまざまな自然物のコレクションでは世界最大だそうです。
夫はこの自然史博物館に行くのを楽しみにしていました。
反対に私は全く興味なし。自然物ってなに・・?
そこでこれから先は別行動をすることになりました。
では2時間経ったら女帝の像の前で会いましょう。 -
私はリンク沿いの歴史的建物を徒歩でゆっくり見学することにします。
全く一人、誰にも気を使わなくていいので気が楽です。
動物の仮面を被ってアコーデオンを弾いているパフォーマー。
女の子が不思議そうに眺めている横で私ものんびり音楽を聴きます。 -
マリアテレジア広場のリンクを隔てた向こうは王宮。
ブルク門が見えます。 -
ドクターカール・レンナー・リンクの停留所。
『祖国の父』と称されるカール・レンナー博士、彼の功績を称えてトラムの停留所にも名前が付けられました。
国会議事堂前の通りもドクターカール・レンナー・リンクと名前がついています。 -
国会議事堂。
この通りがドクターカール・レンナー・リンクです。 -
ここに気になる建物が・・・。
やっぱり曰く付きのものでした。
現在は国会議事堂付属の施設になっているエプシュタイン宮殿。
世紀末ウィーンの経済を支えたユダヤ系実業家だったエプシュタイン家の宮殿でした。
リンク沿いに建てられたいくつもの豪華な建物は、皇帝に懇願されて、ユダヤ人実業家、銀行家が建築主だったり、パトロンだったりと重要な役割を果たしているのです。
ところが、ハプスブルク帝国が崩壊した後は、エプシュタイン宮殿も歴史に翻弄されるのです。
オーストリア併合時代はナチスの国家施設として、また戦後はソ連軍総司令部が置かれていたそうです。
ガイドツアーで中を見学できます。 -
国会議事堂に向かって左側の木立の中にあった銅像。
3人の政治家、ヤコブ・ロイマン(ウィーン市長1919年〜1923年)、ヴィクトール・アドラー(第一共和国樹立貢献者のひとり、外務大臣1918年)、フェルディナンド・ハヌーシュ(厚生大臣1918年〜1920年)の記念碑です。
上部の石に刻まれた1918年11月12日という日付。
オーストリアが第一次世界大戦に敗れ、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊し、第一次共和国が樹立した日です。
この3人は発足当時の閣僚ですね。 -
建築家デオフィル・フォン・ハンセンによってギリシャ神殿様式で建てられた国会議事堂。
-
ギリシャの知恵の女神パラス・アテネの泉。
台座にはドナウ、イン、エルベ、モルダウの4つの川の神。
高さ5.5メートルあります。 -
純粋な古典様式で設計されたファサード。
古代ギリシャが民主主義の発祥の地であったことから、それを記念したからだとか。
今はヨーロッパのお荷物となっているギリシャ国家、古代ギリシャの精神は今いずこ。 -
ハプスブルク王朝時代、この議会には王朝が統治する17の国々から500人以上の議員が集まり、11の言語が用いられていました。
さながら「小規模の国際連盟」と言われていたのも頷けます。 -
黒い花輪と銘碑、ああーやっぱり・・・。
ハプスブルク王朝が崩壊して、ドイツに併合されたあと、ナチスに異を唱えたり、ユダヤ系だったりした国会議員および連邦議員は粛清されました。
第三帝国の犠牲となった議員を追悼する碑です。 -
アテネの女神像の背後からリンク通りを眺めます。
-
デオフィル・フォン・ハンゼン この国会議事堂を建てた建築家
-
市庁舎へ行こうと思ったら造園業者の大きなクレーン車が道を塞いでいます。
木立の奥に、あるものを見つけた私は工事中の横をすり抜けて入って行きました。 -
リンクのちょっと奥まったところにあったカールレンナー博士の像。
ハプスブルク帝国の崩壊の後、第一次共和国首相を務め、第二次世界大戦後もその知恵と経験を買われ、新生オーストリア再建に向けて、初代共和国大統領となりました。
その功績を称え「祖国の父」と呼ばれています。 -
のんびりとカール・レンナー博士と対面します。
前回は中央墓地で彼の痕跡を見かけただけで、ちょっと残念でした。
一人でよかった。
夫がいたらきっと「そんなところはいいでしょう、早く市庁舎に行こう!」ってさっさと先に行ったでしょうね。 -
大勢の人は市庁舎のほうに向かっているのに、一人で木立の奥に入って像を眺めている私のことを、物好きなオバサンだなーと思っているんでしょうね。
気にしながらチラチラ見ています。 -
木立の下にはズラーっと並んだベンチ。
ゆっくり休めます。
ウィーンの他の場所でも感じましたが、ウィーンってベンチが多い街ですね。 -
このー木なんの木、気になる木♪。大きな木です。
-
噴水の周りでは子供たちが水遊び。
夫は今頃自然史博物館で、お気に入りの収蔵物とご対面しているころかしら。
私には自然史って何のことだろう位の知識しかありませんので、一緒にいきませんでした。
後から判りましたが、夫はそのころ、恐竜や鉱物との対面どころか大変だったのです。 -
そんなこととはつゆ知らず、私はのんびり市庁舎前にやって来ました。
国会議事堂はアテネの古典主義に対し、こちらは中世の象徴としてゴシック建築です。
中央の塔の高さは98メートル、これはヴォティーフ教会の99メートルを超えてはならないというフランツヨーゼフ皇帝に配慮されたからだとか。
だけど市庁舎の塔の上に、旗を持ったラートハウスマン(全長5.5メートル)をつけることにより市庁舎のほうが高くなりました。 -
市庁舎前広場では今日もなにかイベントが開かれています。
特徴的なテントがあちこちに張られています。 -
ずらりと並ぶ彫像たち
-
市庁舎公園にはアドルフ・シェルフ博士の像。
1957年から1965年に亡くなるまで3代目オーストリア連邦大統領だった人です。
ウィーン中央墓地で彼の名前を見ました。 -
広々としたリンク通り。
道路と建物の間には歩行者と自転車専用道路が設けられており、並木道によって隔たられている。
なんとも贅沢な道路です。 -
さて次はウィーン大学。
1365年にルドルフ4世によって創立されたドイツ語圏最古の大学。
9人のノーベル賞受賞者を輩出した名門大学。 -
ヴォティーフ教会を建てたフュルテルにより1877年から1884年にかけて建てられた。
ルネッサンス様式。 -
機内誌より少し抜粋。
『リンク大通りは、煌びやかなペンダントヘッドをたくさんつけた首飾り・・・
大通りには様々な様式の建物が並ぶ。
19世紀後半は、過去の様式を当世風にアレンジして、建物に意味を持たせることもあった・・・。』
つまり、アテネの民主制にあやかるために国会議事堂はギリシャ神殿に倣い、中世自治都市として市庁舎はゴシックで、ウィーン大学は自由な学芸の復興を象徴するルネッサンスで造られた・・・。 -
大学前の停留所、ショッテントーア(ショッテン門)。
この名前はかってここに旧市街への出入り口だった城門があった名残。
さて、あんまり私もゆっくりしてはいられません。
そろそろ引き返して待ち合わせのマリアテレジア像の前に行かなければ・・・。 -
今度はリンク通りのさっきと反対側を歩きます。
この通りの建物はみんな凄いものばかり。
この建物はエフルッシ宮殿。
先ほどのエプシュタイン宮殿と同じく、ウィーンの経済と文化を支えたユダヤ系市民の宮殿です。
ナチスの時代までエフルッシ家の人々が住んでいましたが、ナチスによって、宮殿や財産が没収され、亡命せざるを得なくなりました。
戦後の占領時代はアメリカ軍の施設として利用され、再独立後返却されました。
「琥珀の目の兎」というドキュメンタリー小説にもなっているそうです。
今度読んでみよう。 -
黄金のモニュメントは「リーベンベルクの像」。
リーベンベルクは1683年、オスマントルコがウィーンを包囲したとき、その攻撃からウィーンを守った英雄です。
そしてその後ろの白い建物はバスクァラティハウス。 -
この瀟洒な建物の5階にベートーヴェンが住んでいました。
1804年から1815年まで。
もちろんベートーヴェンは引越魔でしたから8年間連続して住んでいたわけではありません。
何度もここを出たり入ったりして、ここで「運命」や「第7交響曲」などが生まれました。 -
そしてここがブルク劇場。
有名建築家、ドレスデンのゼンパーオーパーのゼンパーとその弟子ハゼナウアーの共同設計で、1874年から88年にかけて造られました。
ヨーロッパの演劇界でも最高レベルの劇場だそう。
余談ですが、ゼンパーとハゼナウアーの建築は、その他に美術史美術館、自然史博物館の双子の建物、新宮殿も二人の合作だそうです。 -
市庁舎と向かい合うように建っています。
さっき市庁舎側から撮ったブルク劇場。 -
-
リンク沿いにフォルクス庭園の荘厳な塀が続いています。
-
厳めしい鷲の紋章のあるこの門から入ります。
-
1歩足を踏み入れたとたん、目に入ったのは薔薇の花花花・・・。
正面には王宮が見えます。
そっかー、バラ園ってシュタットパークのほうではなく、ここだったのね。
ようやく勘違いに気が付きました。 -
でも残念ながらちょっと花の時期を過ぎています。
少し枯れかかっている花もあります。 -
色褪せた花も・・・。
残念ねー。
花盛りの頃はどんなにきれいだったでしょう。 -
まだ、この黄色い薔薇は今が見ごろね。
-
中にはこんなきれいな薔薇も残っているし・・・。
-
このバラ園は地元の人にとっても憩いの場。
思い思いにのんびりとベンチで寛いでいます。 -
-
この庭園には200種類以上の薔薇が毎年華麗な花を咲かせるのだそう。
右側にはブルク劇場、左側には市庁舎の塔が見えます。 -
花びらは散りかかっているけど、まだ花が見れただけでも良かったわ。
-
王宮側を臨みます。
噴水とあちらには誰の像? -
グリルパルツァー記念碑。
オーストリアの劇詩人。1791−1872 -
こちら側にもたくさんのベンチが並んでいます。
ホントにウィーンてベンチの多い街です。 -
王宮が近づきました。
新王宮のバルコニーが見えます。
泉で、はすの花に戯れている鴨たち。
それを見ている人の顔もつい微笑がこぼれます。 -
泉の中心にはギリシャ神話のトリトンと女神ニンフ
-
王宮広場では何かイベントがあるらしく会場を設営中。
面白〜〜い!
ああやって高い塔を組み立てていくんですね。 -
この英雄広場で、スペイン乗馬学校の馬術芸が披露されるようです。
-
英雄広場のオイゲン公騎馬像。
新王宮のあのバルコニーでヒトラーがオーストリア併合「アンシュルス」を宣言しました。
その時この広場には熱狂した、数万人ものウィーンの群集が集まったのでした。 -
今ここには大勢のアジアの大国からの観光客。
私は同じ国民だと間違われないように急いでその場を離れます。 -
夫と約束したマリアテレジア像の前にやって来ました。
まだ時間は早かったけど、夫は既に到着していました。
そして夫から衝撃の事実(大げさね)が告げられました。 -
自然史博物館に行ったけど休館で入れなかったのだそう。
え、うそぉー!今日は月曜日ではないでしょう?
調べたら美術史美術館は月曜日休館、この自然史博物館は火曜日が休館になっていました。 -
「それは残念でしたね。でもどこか行ってらしたんでしょう?」
夫いわく、「うん、ホテルに帰って洗濯してきた・・・。」と。
驚いたのは私です。
せっかくウィーンにいるのに、観光より洗濯が優先だなんて。
まあ、確かに夫も何度かウィーンに来ているので目新しくはないでしょうし、それに出発前の忙しさから下調べをする時間がなかったから仕方がないかも知れませんが・・・
でも、この付近をブラブラするだけでも2時間なんてすぐ経ってしまうのに・・・。
②に続きます。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- アンマンさん 2015/08/12 13:35:53
- 洗濯!?
- 一番最後に読んだせいか、ご主人の<洗濯>がーーー
「もったいない・・」・・とfrau.himmelさん同様
感じました。
何回も来てても日本じゃないから すぐには行けませんよね
やはり
「もったいない」・・・・
でも
目的の物が休館とはショックです!!!
やはり
frau.himmelさんのように下準備が大切ですね!
ウィーン・・・お花もいっぱいでベンチもいっぱい
↓
(ゆっくり休憩しながら景色・街を楽しむ)
音楽の街・・・・チケットの客引き(面白そう)
ベートーベンが住んでた建物の中を覗いてみたいです
勿論
当時のまま保存してるわけじゃないでしょうが
中に入ってその時代に思いをはせてみたいです。
frau.himmelさん
<一人旅>は気楽さが魅力ですね!
見たいものが合わないと妥協が必要
船頭が二人だと どちらを優先!?となりますね
だけど
旅慣れたご夫婦なら個別行動も安心。
食事なんかは一人より二人の方が美味しいですし・・・
で
この日は『何を食べたんでしょうか・・・』・・・ゴクリ(唾を飲み込む)
- frau.himmelさん からの返信 2015/08/13 09:26:08
- RE: 洗濯!?
- アンマンさん、おはようございます。
当地は今日は珍しく朝から雨、気持ち涼しく感じますが、お墓参りにいらっしゃる方はちょっと大変ですね。
こんな日は洗濯はお休み、
いえ家のことです。(笑)
ともかく旅に出たらちまちま洗濯するのが趣味で(夫のことです)、基本自分のものは自分で洗います。
旅の支度も自分で全てやりますので、一緒に旅しても本当は楽と言えば大変楽なのです。
でも今回の博物館の休館は想定外だったようで、ウィーンで一人で何しようと、そんな時洗濯だ!って普通考えませんよね。(笑)
でも、ちゃんと約束の時間には、マリアテレジアの像の前に来ていましたのでよかったです。
なんたって、不測の事態が起きたときの連絡の方法がないものですから。
旅行記はリンク通り?が続きますので、食事のシーンはありませんが、実はこの後食事に行ったのです。
さて、何を食べたでしょう?乞うご期待。
アンマンさんの旅行記も拝見したいです。
himmel
-
- ペコリーノさん 2015/08/10 10:19:16
- どこよりも詳しいガイドブック!
- frau.himmelさん、おはようございます。
ウィーンのリンクのあちこちの建物、モニュメントをそれぞれ詳しく説明していただき、ありがとうございました。
こんなに詳しい情報ってどこから調べられるのでしょうか。すばらしい!
どこよりも詳しいガイドブックです。
この冬、この旅行記を参考にしながら、私も150年になろうとするリンクを回りたいと思います。
別行動に感謝!ですかね・・・。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2015/08/10 20:33:08
- RE: どこよりも詳しいガイドブック!
- ペコリーノさん、こんばんは。
ウィーン通のペコリーノさんにそんなことをおっしゃられると恥ずかしくなります。
今回の情報源は、オーストリア航空の機内誌の特集です。
とても詳しくて、たいへん役にたってくれました。
ところでフォルクス庭園のバラの花、やはり私の時は残念だったでしょう?
ペコリーノさんはいい時にいらっしゃいましたね。
ペコリーノさんも次回はウィーン。
すっかり嵌ってしまいましたね。
私も4日間いても見残したところはいろいろあります。
やっぱりリベンジかなー。
himmel
-
- norisaさん 2015/08/10 05:55:03
- ウイーンの歴史
- frau.himmelさん
おはようございます。
毎日猛暑で疲れますね!
さて、そんな異常気象の中、涼やかなウイーン街歩き。
またもや別行動ですか!
自然史博物館は美術史美術館同様行きたいです!
美術館ももう一回行ってみたいところです。
リンク通りの生い立ちは前回の旅行で聞きましたが、こうして紹介していただけると記憶がよみがえり、さらに新しいお話も聞けてありがたいことです。
ハプスブルク家の歴史も壮大かつ激動でした。
とにもかくにも第一次、第二次大戦を潜り抜け、ドイツとは一味違う地位を築いたしたたかさは日本も見習いたいものです。
ご主人が洗濯!なんという潔い選択なんでしょう。
だんだんご主人側に立ちたくなってきました(爆)
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2015/08/10 20:24:55
- RE: ウイーンの歴史
- norisaさん、こんばんは。
今日は久しぶりに雨が降って少し涼しくなるかと思いきや、生暖かい湿気を運んでくれただけでした。
いつまでこの猛暑が続くのでしょうね。
いつも投票とコメントありがとうございます。
ウィーンリンク開通150周年、そういえばウィーンには何度か行っているものの、リンク自体はそんなに深く考えたことはありませんでした。
いつもなんとなく、観光名所があの辺に固まっているから行くようなものの・・・、でもいろいろ由来を考えながら歩くのって楽しいですね。特に一人でね。
まだ続きがありますのでご覧になってくださるとうれしいです。
> 自然史博物館は美術史美術館同様行きたいです!
そうですね。きっとnorisaさんはいらっしゃりたい博物館でしょうね。
なんたって自然史(って何・・・?)ですものね。
> ご主人が洗濯!なんという潔い選択なんでしょう。
> だんだんご主人側に立ちたくなってきました(爆)
うまい、座布団三枚!
断っておきますが、旅に出て洗濯するのは夫の趣味(楽しみ)なのです。
干場をいろいろ考えるのも楽しいようです。
決して私がやらせているわけでは・・・(笑)。
でもねー、ウィーン観光より洗濯が気になったとは、驚きました。
困ります!、norisaさんに夫の味方をしていただいたら・・・。
himmel
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