2015/08/02 - 2015/08/03
69位(同エリア1556件中)
たびたびさん
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大型で立体的な組ねぶた(人形ねぶた)が華麗な青森ねぶたに比べると弘前のねぷたは、しょせん扇型の平面だし、ちょっと軽く見ていたのですが、今回、通しでじっくり見てみるとこれはこれで違った迫力があるものだということがよくわかりました。
力強い武者絵に代表されるどっしりとした表の鏡絵に対して、裏面は、遊女などの美人画を描いた見送り絵に風景画等の袖絵。その対比だけでも面白いのに、裏面のテーマや色調はまさに意表を突く多彩さがあって想像以上。青森ねぶたにはないシンプルだけどストレートな感動があるように思います。
今年の参加は80チーム。次々と目の前を過ぎて行くのですが、扇型のねぷたも間近に見上げたり見る角度によって、まったく印象が違ってくるし、太鼓やお囃子の響きに「ヤーヤドー」の掛け声も、何か心の奥を揺さぶるような。。いろんな紆余曲折があって、ここまでのものになってきたんでしょうが、このエンターテイメント性にはまったく度肝を抜かれてしまいました。
どこまで、この祭りのリアルな実感がお伝えできるか分かりませんが、私なりにレポートしてみたいと思います。
なお、青森ねぶたは、こちら。参考まで。
http://4travel.jp/travelogue/10703597
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ゲットした有料席は最前列。向かいには、大会本部というか、審査員席もあるようで、これ以上のポジションはないでしょう。いい場所に陣取れて、後はねぷたを待つのみです。
祭りの前に、模範演技ということで、弘前ねぷたまつりの先頭を行く情っ張り大太鼓が登場です。 -
イチオシ
これも弘前ねぷたの自慢の一つ。直径3.3m、胴長さは3.64m 、重さは2tは、たぶん日本一。
なんでも、元々は、津軽藩三代当主、津軽信義の大ボラから。それは江戸での話。信義は、負けず嫌いだったのでしょうか。加賀藩に6尺大太鼓があると聞かされて、わが津軽城内の櫓太鼓なら10尺以上あると大ボラを吹いたというのです。
これは大変。殿さまがうそをついたとならないように家来たちは必死で、その通りの大太鼓を作り、なんとか面目を保ったというのです。
真偽のほどはよく分かりませんが、何か余程のことでもない限り、作られる太鼓でないことは確かでしょう。
三人の打ち手が上に乗って、両手にそれぞれ持った、細くてしなやかなバチを交互に振り下ろします。下は子供が太いバチ。姿勢を確認しながら、ドン、ドン、ドン。お見事です。 -
模範演技が終わって、観光客にも叩かせてくれました。
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私は、ミスのお嬢さんをパチリ。
まだ、緊張感もなくて、和やかな雰囲気です。 -
出発前の挨拶があって、いよいよ始まり。
ヤーヤドーの掛け声で、気合を入れます。弘前のヤーヤドーは出陣の際の掛け声、青森ねぶたのラッセーラーは、勝利した喜びの掛け声という説もあるようです。 -
先頭の剛情っ張り大太鼓。打ち手が前後に三人ずつで、ドン、ドン、ドン。思いっきり叩いてますよ〜
いよいよ本番ですね。 -
最初のチームは、ねぷた一新会
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鏡絵は、「水滸伝武松虎退治の図」。
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見送り絵は、「唐美人」。
絵師は、一戸紫峯です。 -
続いて、常盤坂子供会。
代表は、今大輔 -
これも子供会のねぷたですが、上に人が乗っているのが見えますか。
鏡絵は、「三国志張飛奮戦之図」 -
手を振っています。
見送り絵は、「楚蓮香」
ちなみに、楚蓮香は中国楚の国に実在した美人。歩くとよい香りを放ち、いつも蝶がつきまとったという故事があるようです。
絵師は、今京節 -
しんがりの太鼓も子供たち。
あれれ、やっぱり、青森のねぶたと比べるとこじんまりしていますね。 -
続いて、堅田ネプタ愛好会。
代表は、加藤幹規 -
扇型ねぷたに混じって、弘前城のねぷたです。ちょっと、お神輿みたいな感じですね。
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鏡絵は、「三国志 帳飛巴城の厳顔を降す」。
張飛は、劉備と兄弟の契りを結んだ三国志の英雄の一人。劉備の援軍として蜀に向かう途中、これも武勇で名をはせる巴城の厳顔に抵抗されるのですが、影武者を使い自ら伏兵となり厳顔を捕らえます。その後、厳顔は捕虜となり、劉備に対面するのですが、その人柄に惚れこみ、臣下となって、以降、蜀への道案内を勤めという一節です。
強敵を前にするとますます力を発揮する、英雄、張飛の魅力を表現します。 -
見送り「孫二娘」。
孫二娘は、水滸伝に出てくる女傑。梁山泊に、夫、張青とともに籠って、男勝りの荒々しさで戦います。
袖絵は、龍に鳳凰です。龍と虎じゃないですよ〜 -
そして、こちらもしんがりの太鼓です。
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仲町子どもねぷた愛好会
代表は、小坂清輝 -
鏡絵は、「三国志孫夫人奮戦の図」。
劉備の妻であり、呉の孫権の妹。政略結婚だったのでしょう。
才気・剛勇の点で兄達の面影があったとされ、侍女たちも皆武装していたのだそう。しかし、誰と戦っているのかはよく分かりません。劉備も孫夫人を恐れていたということですが、まさか夫婦喧嘩ではないですよね。 -
見送絵は、「唐美人」
袖絵の龍はゆったりした姿ですが、その分、迫力が出ているような感じです。
絵師は、藤田仁です。 -
なお、側面に書かれている「石打無用」は、喧嘩ネプタの名残り。
「このねぷたに手を出そうものなら、お前らが絵のように返り討ちに遭うぞ」という威嚇の言葉だそうです。威勢がいいのは絵だけではないようです。 -
弘前市役所のねぷたは、市章の卍が先導します。
代表は、蛯名正樹 -
弘前のマスコットキャラクター、たか丸くんに続いて、
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これは大型のねぷた。今までのねぷたと比べると迫力が違うような。。
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鏡絵は、「源義経 壇ノ浦の戦い」。
平家が滅亡する最後の戦い。安徳天皇もここで入水し、平家の女人も多くが命を失いました。平家の大将は、平宗盛。自ら命を絶った武将が多い中で宗盛は源氏に生け捕られて、無様な姿をさらしてしまう。大将自らが知盛とか教盛とか潔い武将も多かった平家の誇りを汚してしまったのは残念なことでした。 -
見送り絵は、「初音の鼓」。袖絵は、右奥に扇を掲げた船、左手に矢をつがえた那須与一。有名な屋島の戦いのようですね。
絵師は、三浦 呑龍
ところで、初音の鼓は、義経ゆかりの品で、後白河法皇から義経が拝領した鼓です。
静御前は義経から都を落ち延びる際にそれを預かります。鼓は夫婦の狐の皮で張られていたことから、その子狐が親を慕うあまり、義経の家来、佐藤忠信に化けて鼓の持ち主である静御前に近づいたというような話。一方で、それを知った義経は、子狐に鼓を与えると、子狐はその恩返しに追手の襲来を教えてくれる。義経千本桜の一節です。
義経は、平家を滅亡させた絶頂期から、一転、兄、頼朝に追われる身になったのですが、実は、この鼓もそこに関係する代物。というのも、後白河法皇は、初音の鼓に、兄頼朝を討てとのなぞかけをして義経に与えたともいう隠れた意味もあるのです。義経にとっては難儀な鼓であったことは間違いないところでしょう。 -
イチオシ
ところで、側面から見上げた姿はこんな具合。上に人影が見えますけど、すごいですねえ。
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見送り絵も見上げるアングルだとこんなに迫力が出てきます。やっぱり、ねぷたは近くで見るのが正解です。
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こちらの太鼓は四つ。これもいい感じです。やっぱり、太鼓も大きいと迫力が違います。
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栄町町会
代表は梅村英光。 -
大型のねぷたが複数出ています。
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鏡絵は、「三国志老将黄忠奮戦の図」。
黄忠は、60歳を過ぎた老将でありながら、弓の名手としてその腕前を披露する姿が描かれ、敵将を一騎討ちで討ち取る場面も多い偉大譜。
赤壁の戦いの後に劉備に帰順し、益州や漢中の戦いなどで強力な曹操軍を相手にしてもひるまず、八面六臂の働きをしました。 -
見送り絵は、「唐美人」。
絵師は、聖龍院龍仙です。 -
紺屋町ネプタ同好会
代表、後藤実。 -
鏡絵は、「三国志 張飛勇戦の図」
劉備に仕えながらも、関羽と共に三人は義兄弟の関係。諸葛孔明の天下三分の計に従い、弱小国、蜀を盛り立てた三国志のヒーローです。 -
見送り絵は、「悲母観音」。
絵師は、荒井亀節。 -
小沢ねぶた保存会
代表は、石岡紀人 -
小型ねぷたや
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小さな組みねぷたに続いて、
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イチオシ
やっぱり、主役は大型ねぷた。
鏡絵は、「典韋最後の蛮勇」。
典韋(てんい)は、曹操軍の豪傑。呂布との戦いで名を馳せ、荊州での張繍の謀反で曹操が九死に一生を得たのも、典韋の獅子奮迅の働きがあったからこそ。典韋は自分の命に代えて、曹操を守ったのでした。 -
見送り絵は、「鄒(すう)氏」。
鄒氏は張済の妻でしたが、張済が没落し亡くなると、甥の張繍を頼ります。その後、張繍は曹操に降伏するのですが、一方で、曹操の狙いはこの美貌の鄒氏にもあったのでした。曹操は鄒氏を自分のものとすると、鄒氏に溺れ、遂には張繍の謀反となるのです。命は助かりましたが、大事な典韋に、身代わりとなった息子曹昴までも失ってしまうこととなったのです。
絵師は、太田華澄です。 -
こちらも太鼓がしんがりです。
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津軽扇美会
代表は、福島文雄 -
鏡絵は、「水滸伝 九紋龍奮戦の図」
精悍な美丈夫で上半身に9匹の青竜を象った見事な刺青があるため、付いたあだ名は九紋竜。青竜が緑の鮮やかな色彩で描かれて、宗の反乱軍の首領、九紋竜の凄味を引き立てています。 -
イチオシ
見送り絵は、「徐氏」
絵師は、福島秀樹。
徐氏は、三国志の呉、孫権の弟、孫翊の妻。才色兼備で卜が得意。大凶が出た酒席で夫が殺され、その仇を討ちました。
袖絵の龍は、緑色。九紋龍の刺青が抜け出してきたかのように見えますね。 -
青柳ねぶた愛好会
代表は、今井正樹 -
ヤーヤドーの掛け声で始まって。
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こちらも小型ねぷたから。
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復興 願い の間は、梵字ですね。
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鏡絵は、「三国志趙雲幼主を救う」
主役の趙雲は、劉備配下の猛将。関羽、張飛は有名ですが、この趙雲も強力。荊州で、曹操軍に敗れた劉備軍は蜀に向かって大敗走となります。追っ手から逃れる敗走の途中、妻の甘婦人や子の阿斗らとはぐれてしまいますが、趙雲は劉備からの指示で大混乱の中から二人を無事に救出。類まれなその力を発揮したのでした。 -
ほー。はるか上で、手を振ってます。これも大迫力ですね。
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イチオシ
見送り絵は、「甘夫人」
先ほど触れた劉備の妻です。その背景は、揚子江の夕陽でしょうか。茜色に染まった大河を行く帆掛け船のジャンク。詩情豊かな光景がすばらしいスケールで描かれています。さすが中国大陸って、感じですね。しびれます。
絵師は、木村邦仙です。 -
ところで、妻と言っても、実は甘夫人は側室です。
正妻は糜夫人で、甘夫人は身分の低さから側室のままだったのですが、最も長く奥を仕切っていたのは彼女です。
その後、劉備の息子、劉禅を生み、曹操の軍に敗れ、大敗走の中、趙雲に助けれたことは述べたとおりです。 -
しんがりの太鼓は5つ。ねぷたがこれだけ素晴らしかったんですから、太鼓もこうじゃないとバランスは取れませんね。
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向外瀬ねぶた愛好会
代表は、佐々木秀柑 -
鏡絵は、「九紋龍奮戦之図」
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九紋龍は、津軽扇美会でもありました。こっちも、青竜は緑で描かれています。
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見送り絵は、「九天玄女」
九天玄女は、水滸伝の主人公、宋江に加護を与えた中国神話の女神。宋江の夢に現れ、宋江を「星主」と呼ぶと、3巻の天書を授け、梁山泊へと導きます。
絵師は、後藤信昭です。 -
下新町ねぶた愛好会
代表は、木橋宏 -
まといや
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これは滑稽なくらい大きな太鼓。剛情っぱり太鼓も破格ですけど、この太鼓も十分破格です。
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鏡絵は、「水滸伝花和尚奮戦の図」
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花和尚は、出家したので一応和尚なんですが、梁山泊では序列第十三位の好漢。「花」は刺青を指していて、全身に刺青があったことが名前の由来です。水滸伝では、筋骨隆々とした巨漢。柳の木を根っこごと引き抜き、素手で山門の仁王像をバラバラに粉砕してしまうほどの怪力の持ち主として描かれています。
錦絵は、たぶん、旅芸人の金老爺と金翠蓮父娘を苦しめる悪徳長者の鎮関西、鄭屠を拳骨3発で撲殺した場面だと思います。義侠心にあふれる性格でもあったようです。 -
見送り絵は、「緋牡丹お竜」
緋牡丹お竜は、東映によって制作されたヤクザ映画『緋牡丹博徒』シリーズの主人公。藤純子主演で人気を博しました。これは刺青、博徒つながりって感じでしょう。袖絵の青と緑の対の獅子も見事です。
絵師は、三浦呑龍。市役所ねぷた実行委員会の絵師でもありますが、さすがですね。 -
青藍会
代表は、竹浪蝟幸 -
鏡絵は、「伍子胥(ごししょ)王子を救う」
テーマは、中国春秋時代。「呉越同舟」や「捲土重来」という言葉がありますが、夫差の呉と勾践の越は激しく争うライバル同士。最後は、越が呉を滅ぼすのですが、伍子胥は夫差を助け、勾践を破った政治家軍人。
王子は楚の王子を救い呉に逃げる場面かと思います。呉に逃げ、呉の力を借りて、楚に復習、楚を滅ぼします。仇であった平王は既に死んでいましたが、その死体を300回以上も鞭打って恨みを晴らす。これが「死者に鞭打つ」の語源となりました。 -
見送り絵は、「滝夜叉姫(たきやしゃひめ)」
滝夜叉姫は、平将門の娘とされる伝説上の妖術使い。父の仇を討とうと朝廷転覆の企てを図りますが、失敗。しかし、成仏して、父の元に昇天します。
これは仇つながりのような感じですね。
絵師は、佐藤大節 -
そして、しんがりの太鼓。ちょっと、さみしいかなあ。
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独狐ねぶた愛好会
代表は、願田欣宏 -
独狐の黒い文字がくっきり目立ちます。
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イチオシ
鏡絵は、「三国志張飛奮戦の図」
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見送り絵は、「昭烈皇后甘夫人」
劉備の妻、甘夫人の袖絵は、巨象。奇抜な組み合せです。
絵師は、山内崇嵩 -
さくら組
代表は、西溜夏悦 -
鏡絵は、「黄忠の矢」
黄忠は、栄町町会でもありましたが、弓の名人です。 -
見送り絵は、「大日如来」
袖絵も含めて、黒地に黄色で描いた二色の絵。三尊像形式で、袖絵は両脇侍でしょうが、奈良の薬師寺みたい。日光菩薩、月光菩薩のように思います。
絵師は、川村麗巴 -
中野ねぶた愛好会
代表は、小林宏之 -
鏡絵は、「太史慈勇戦之図」
太史慈(たいしじ)は、三国志で活躍した武将。武勇に優れ、弓を扱えば百発百中の名手であったという人物です。最後は呉の孫権のもとで働きますが、赤壁の戦いの前に亡くなっています。 -
見送り絵は、「聖観音菩薩」
聖観音菩薩もいいですが、圧巻は袖絵の天燈鬼・竜燈鬼像(てんとうき・りゅうとうき)でしょう。興福寺の宝物館でも人気の像。教科書にも載っていて、ご存知の方も多いと思います。絵はちょっとスリムですが、実物はもっとずんぐり。燈の重さがしっかり表現されているのに、ユーモラスという鎌倉時代の慶派の手による傑作です。 -
絵師は、藤田仁です。
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こちらは、太鼓が二段になってます。
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茂森新町ねぶた同好会
代表は、小山内稔 -
鏡絵は、「漢楚軍談項羽の馬投げ」
項羽は、前漢の祖となった劉邦のライバルですが、秦の始皇帝の死後、陳勝・呉広の乱に応じて挙兵し、最後に秦を滅亡させた英雄。
項羽はこの時、秦で随一の武芸者と一騎打ちし、相手の馬を頭上高く持ち上げ、敵陣に投げ込み威嚇したというのです。絵はその際の項羽の荒武者ぶりを描いています。 -
見送り絵は、「楚の虞姫」
楚の虞姫は、虞美人草の虞美人のこと。項羽の愛人で、劉邦軍に追い詰められ、四面楚歌の状態になった際も、項羽のそばを離れず、運命を共にしています。袖絵の荒涼たる風景が哀れな最期を表わしています。
絵師は、これも三浦呑龍です。 -
東日流ねぷた雅会
代表は、樽沢恵三 -
鏡絵は、「水滸伝 花和尚奮戦の図」
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見送り絵は、「天女」
絵師は、佐藤大助 -
全身が刺青の花和尚。もみくちゃになりながらも、周囲を圧倒しています。
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イチオシ
で、かっこいいのは側面の龍。側面の絵はあまりないと思うのですが、しっかりした龍の勢いが描き切ってあるのがいいですね。
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袖絵の波も連動しているように思います。
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樹木ねぷた愛好会
代表は、外崎日出城 -
鏡絵は、「三国志祝融夫人飛剣の図」
祝融夫人は、三国志では、南蛮の王として登場する孟獲の妻とされていますが架空の人物。
夫である孟獲が諸葛亮との戦いに何度も負けるので、それに怒った祝融が夫の代わりに蜀軍と対決。 -
男勝りの飛剣で、諸葛亮を悩ませました。
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見送り絵は、「唐美人」
絵師は、藤田仁 -
これは、袖絵の濃紺が印象的。抑えた色を使った、おしゃれな配色がすばらしいですね。
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桔梗野ねぶた友の会
代表は、松山憲一 -
鏡絵は、「蜀の縛愈」
縛愈って、蜀の将軍なんでしょうか。五虎大将軍は、趙雲、関羽、張飛、黄忠、馬超の五名。これはよく分かりません。
それにしても、いわゆる「頭かち割ったろかあ」じゃなくて、本当にかち割ってるどぎつさは、ぬぷたじゃないと成り立たない。本来なら、あり得ない表現でしょう。 -
見送り絵は、「幽霊」
絵師は、川村麗巴です。 -
NTTねぶた愛好会
代表は、会津義忠 -
小さな馬の組みねぷた。
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鏡絵は、「三国志関平奮戦之図」。
関平は、関羽の子。関羽軍が荊州で、曹操軍の曹仁、孫権軍の呂蒙らの軍と戦った際に同行し、孫権軍に捕縛され、関羽とともに首を討たれたとされています。絵は、荊州の戦いでしょう。 -
見送り絵は、「三国志呉氏孫夫人」
孫夫人は、蜀の劉備の妻の一人。呉の出身ですが、兄弟の契りを結んだ関羽は、その呉に討たれた。袖絵の荒涼たる景色がそれを暗示しています。
絵師は、鼓楽(平山鳳春) -
そして、しんがりの太鼓です。
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相馬ねぶた愛好会
代表は、潰野英勝 -
小型のねぷたが何台かあって、その後に大型ねぷた。
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鏡絵は、「捲土重来知盛の怨霊大物浦に現る」
兄に追われる身となった義経一行。兵庫の大物浦から、西海に逃れようとしますが、そこには壇ノ浦で敗れた平氏の猛将、知盛が現れます。 -
見送り絵は、「牛若丸」
絵師は、悟差盛堂 -
平家を滅ぼして既に英雄となった義経と
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不遇をかこっていた頃の牛若丸。しかし、どちらがよかったのかは微妙です。
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新寺町ねぶた愛好会
代表は、清野稔 -
鏡絵は、「水瀞伝豪傑武松奮戦之図」
武松は、梁山泊では序列第14位の好漢。拳法の使い手であり、修行者の姿をしていることから、渾名は行者です。 -
腕力に任せて、あちこちで暴れまわる。まあ、今で言えば暴力団と同じような部類でしょう。
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おら、おら、おらー。奮戦というよりも、因縁をつけてケンカしているような場面でしょう。
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見送り絵は、「甘夫人」
甘夫人は、劉備の側室ですから、武松とは関係なし。袖絵は雲中供養菩薩みたいな感じですね。
絵師は、小野隆昌 -
これは、何だったか。
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分かりません。中国であることは分かるのですが、それ以上は。。
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槌子ねぶた愛好会
代表は、藤田秀造(会長) -
これも側面の黒い文字が鮮やかですね。
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鏡絵は、「三国志 梨の木の精、曹操を悩ます」。
曹操は建始殿という宮殿を立てようと、神木である躍龍祠(やくりゅうし)の梨の木を切ろうとします。「鋸でも斧でも伐れない」と訴えられると、曹操自らが剣で切り付けたのですが、すると神木から血が吹き出し、曹操は身体中に返り血を浴びてしまいます。
驚いた曹操に、その夜、梨の木の精が現れて、曹操の寿命が尽きることを告げるのです。狂った曹操は名医の華佗を殺めたり、最期の修羅場を迎えますが、曹操の悪事の報いとされる場面です。 -
見送り絵は、「三国志祝融夫人」
祝融夫人は、諸葛孔明を悩ませた人物であることを触れましたが、これはそれより袖絵が面白い。左は象に乗っていて普賢菩薩みたいですが、三面です。怒りで、めらめらと炎が上がっていますね。
絵師は、福島秀樹 -
しんがりの太鼓は、それぞれ女性の打ち手が乗っています。これは見事。華麗です。
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JR・駅前ねぶた愛好会
代表は、中田隆 -
鏡絵は、「前田慶次、長谷堂城の戦い」
前田慶次は、越後から会津に移った上杉家の客分。直江兼続とも親友です。会津には前田慶次の屋敷跡が残っています。
長谷堂城の戦いは、上杉氏が最上義光を侵攻したもの。関ヶ原の代理戦争のようなものですが、関ヶ原の戦いがたった一日で終結したことから、上杉軍は退却せざるを得ませんでした。
その後は勝利者、徳川氏の差配により、会津120万石だった上杉藩は、米沢30万石へ。最上義光は、24万石から57万石へ。大大名に上り詰めます。 -
見送り絵は、「於せん」
於せんは、直江兼続の妻。字は「お船」なので、「於せん」だと分かりにくいでしょう。姉さん女房で、直江兼続をよく助けます。兼続の姓は、樋口だったのですが婿入りして、直江家を継ぐことになりました。
絵師は、寺田浩雲 -
ということで、改めてアップの前田慶次と
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お船。タコと如来の袖絵です。
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津軽衆
代表は、深澤幸則 -
鏡絵は、「水瀞伝・花和尚奮闘」
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見送り絵は、「阿保良姫(おうら)」
阿保良姫は、弘前藩初代藩主津軽為信の正室。津軽為信が14歳の時に、阿保良姫と出会い、その後結ばれます。夫婦関係は仲睦まじいもので、合戦の際には、家臣たちにおにぎりをひとつひとつ配って回り、士気を高めたという内助の功もあったということです。 -
イチオシ
そして、袖絵は弘前のシンボルである桜。でかい満月も出たちょっと夜桜風。目の覚めるようなピンクで華やかな満開の桜を描きました。これは今日一番だったかもしれません。
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絵師は、木村邦仙です。
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続いては、お化け屋敷。ろくろ首に、
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裏ではお岩さんもいて、おどろおどろしい世界です。
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西地区ねぷた親交会
代表は、白井宏之 -
テーマは「三国志長坂の戦い趙雲幼少阿斗を救い敵陣突破」
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曹操軍に追いつかれた劉備軍。長坂の戦いと言われますが、その大混乱の中で、劉備の息子、阿斗を救いだす趙雲です。
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劉備には、関羽や張飛だけではない。
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ちゃんと趙雲もいるんですよとアピール十分な場面です。
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見送り絵は、「糜夫人(びふじん)」
糜夫人は、劉備の1人目の妻。趙雲の救援を受けるも、足手まといになると感じ、阿斗を趙雲に授け自身は井戸に身を投じます。ちなみに、阿斗は、側室甘夫人の子供。糜夫人の子供ではありません。
絵師は、小山内盛暢・艮内書元 -
宮川町会のさつき子供会
こちらの鏡絵も、中国風ですね。 -
牡丹も鮮やかです。
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イチオシ
茂森津軽ネプタ愛好会
代表は、三国徹
てっぺんに人が見えますが、大きな太鼓も乗ってます。とんでもないことをやってますねぇ。 -
鏡絵は、「三国志「赤壁の戦い」東南風、諸葛晃孔明の祈り」
赤壁の戦いは、中国の長い歴史の中でも、一二を争う名場面でしょう。
曹操の船団が互いに密集していることに着目して、火攻めの策を決行。折からの強風にあおられて曹操の船団は燃え上がり、炎は岸辺にある軍営にまで達します。50万とも言われた曹操の大軍団を呉と蜀の連合軍が打ち破る大勝利。 -
諸葛晃孔明が祈ったのは、東南風。天も味方につけた、その勢いが燃え盛る炎にしっかりと表現されていると思います。
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見送り絵は、「諸葛晃孔明 妻 黄月英」
醜い女だが、知恵はある。諸葛晃孔明の妻、黄月英の評価ですが、夫婦仲は睦まじく、諸葛晃孔明をよく支えたと言われます。袖絵の金の龍が大迫力でのたうってます。
絵師は、山谷寿華 -
しんがりの太鼓です。
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ねぶた有志會祭楽愛
代表は、柴田浩一 -
小型のねぷたに
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続いて、主役の大型ねぷたが続きます。
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鏡絵は、「独眼竜の覇道」
伊達政宗は奥州の暴れん坊で、むごい戦いも随分しています。しかし、辿り着いた境地はちょっと感動。人間こうでないといけません。
馬上少年過ぐ
世平らかにして白髪多し
残躯天の赦す所
楽しまずして是を如何にせん -
イチオシ
見送り絵は、「吊るされた女郎」
やんちゃな伊達政宗の表に対して、裏の無残な姿は、色調が似た感じ。私としては嫌いじゃないですけど、残酷な意味が込められているのかもしれません。
絵師は、須藤秀平 -
海遊会
代表は、金澤拓哉 -
鏡絵は、「三国志呂布氾水関にて奮戦」
黄巾の乱が平定されたものの。疲弊した後漢で台頭したのは董卓。英傑、呂布を養子に据えて、横暴の限りを尽くします。
これに立ちあがったのが、劉備を客将とする公孫讃軍を始めとする総勢20万の連合軍。 -
董卓軍は、氾水関でこれを迎え撃ちますが、ここで鬼神のごとくに暴れ回り、連合軍を震撼させたのが呂布でした。
董卓本軍の圧倒的強さもあって、劣勢となった連合軍は戦場より撤退。董卓軍は洛陽を焼き払って、長安へと引き上げました。 -
見送り絵は、「洛神」
洛神は、水と川を司る洛水の女神。氾水関の戦いも見ていたはずです。 -
これで、本日は終了。80組のねぷたのうち、どれくらい見たんでしょうか。半分も見たのかなあ。こうして、日替わりで、7日間の祭りが続きます。
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今日の役目が終わって、ほっと一息。お疲れ様でした。
今夜は弘前に泊まって、明日の朝、東京に帰ります。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Salaamさん 2016/07/20 10:10:55
- ねぷたと三國志
- 拙ブログへの投票ありがとうございます。
来月ねぷたではないですが、ねぶた祭り見学に行く予定なので拝見して気分が盛り上がってきました!
ねぷた祭り、三國志を題材にした物が多いのですね。弘前と中国の繋がりはイマイチ詳しくないですが、何かあるのでしょうか、気になりますね。
確かにねぶたと比べると(とは言え写真でしか見た事ありませんが)立体性には欠けますが、画力からの迫力は負けじと劣らず、気迫が伝わってきますね!
またの旅行記、楽しみにしています!
ありがとうございました。
salaam
- たびたびさん からの返信 2016/07/20 16:31:36
- RE: ねぷたと三國志
- いや、弘前と中国の繋がりというのは特にないと思います。勇ましい題材を探したら、三国志とかに行きついたということでしょう。
ただ、そういう意味だと平家物語や太平記、戦国時代の題材もあっておかしくないのに、ほとんどないというのはちょっと意外ですね。 確かに。。
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