
2015/05/01 - 2015/05/05
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nao520さん
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3月は西安、天水、4月は蘭州、張掖, 今月は甘粛省をさらに西に進み遂に西の果て敦煌へ。その四日目は敦煌を離れ嘉峪関と五日目の移動日です。
D1 北京-敦煌(東方航空0930/1500西安乗換)、鳴沙山、月牙泉
D2 莫高窟、鳴沙山、予定では西晋壁画墓と博物館も
D3 陽関、ヤルダン、玉門関、漢長城、河倉城 (車チャーター)
D4 敦煌-嘉峪関(電車0930/1400)第一墩、嘉峪関、長城、魏晋壁画墓 (車チャーター)
D5 嘉峪関-西寧(高鉄0820/1200)、西寧-北京(東方航空1630/1900)
朝の電車で約4時間かけて嘉峪関へ、嘉峪関ではほぼ決まったコースだと思われますが、万里の長城西の果て、嘉峪関、懸壁長城、魏晋壁画墓に行きました。午後2時到着なので効率よく回る必要があり、たまたま敦煌のガイドに紹介してもらったガイドと車で回ってしまうことにしました。
もし、このアレンジメントがなければ半日でこの全てを回りきることはできなかったと思います。それぞれが、ちょっと離れているので効率が悪い。
5日目は最近毎月使っているルート、高速鉄道で西寧まで行きフライトで北京に帰るというコースにしました。嘉峪関からのフライトより安く、祁連山の風景が綺麗、変化に富んでとても綺麗なお気に入りの路線です。
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敦煌ともお別れです。敦煌駅は比較的新しく、街からは20−30分程度でしょうか。柳園の駅は2時間かかるのでとても行く気になれず、電車の時間に合わせてスケジュールを組みました。
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駅前はこんな感じで特にこれというものもありません。タクシーはいましたね。メータなんか回しませんので、旅行時期は30元ではなかったか。
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これしか本数ないんじゃねぇ。
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軟臥一人で快適でした。労働節の最終日、日本はゴールデンウィークなのに余り電車で移動しないのでしょうね。
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敦煌を発車してしばらくはこのような緑がありますが、
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そのうちに砂漠地帯に突入します
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砂漠地帯もいろいろな形状があります
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風車地帯がでてきます。
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ステップみたいに低木が生えている地帯
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嘉峪関に近づいてくると田畑が増えてきます
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祁連山脈が近くに見えてきます
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嘉峪関到着午後2時
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待っていてもらった車で直接、万里の長城の端に。
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右から長城が来てこの峡谷で終わっています
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左側にはドラマか映画の撮影のため作ったセットがそのまま残されています
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このように下に降りて行けるようになっていたそうです。
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観台はガラス廊下になっいます。ガラスが汚れていて下がよく見えずあまり怖さは感じませんでした。
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さっきは観台からこの西の端を見ていましたが、これはすぐ近くにきたところです。
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柵がありますが乗り越えて長城の先を見ようとする輩はいるのでしょう
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東端から伸びている長城
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このまま伸びていってこれから行く嘉峪関の城につながります
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懸壁長城
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黒山の45度の長城を登っていきます
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壁の表面は修復された部分がありますがこのようなむき出しの部分は明代のものです。なるほどガイドの説明。
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砂漠の真ん中に竜巻が発生しています。
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祁連山方向
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頂上の見張り台の通路は狭い
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嘉峪関の街
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黒山と言うだけありここの岩石の色は黒々としています
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ガイド曰くこの位置が写真スポットだと
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中国によくある無駄な造形物
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こちらはどうでしょう。シルクロードを代表する6人。張謇、霍去病、玄奘、2人は忘れていちばん後ろが林則徐。わかりますがここにある必要性はないですね。
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次はまた車に乗り込み嘉峪関です
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明の時代のものだそうです
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これは、もともとこれから行く嘉峪関の西門も外に設置されていたものですが城の外だと風化してしまうため現代になり移設されたそうです。嘉峪関から西域に行く人をこの碑のところまで見送ったそうです。複製が城外のもとの場所にあります。
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関帝廟
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黒板で、何か良いことがあるとここに記載したそうです
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舞台です
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壁は高いです。この城は難攻不落だと感じます
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さらに内側へ
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伝説があり、出陣の前に将軍の家族がこのへこんでいる部分を打ちます。そうすると燕の鳴き声のような音がする。つまりまた帰って来れることを祈念する一種の儀式に使われていた。
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城の中は結構広いです
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長城が西に向かって伸びていてさっき見た崖で終わるわけです
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これは、弓の穴ですが、
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これは、ロウソクを置く部分です。解説ないとわからないです。
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この穴の上の部分に何かがあったという解説でしたが、忘れてしまいました。
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レンガが一つあんなところに置いてあります。この城壁の設計者は極めて緻密にこの城を設計した。建築の最後にひとつだけレンガが残ったため、この城を作った匠達を記念してここにレンガをのせた。
これが落ちると城壁が崩れるという伝承があるそうです。 -
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よく見ると地面が歪んでます
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馬車の通り道で窪んでしまった石畳。似たような轍はローマの街道にもありました。
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この場外の部分は三日月になってへこんでいます。これは防御のため。遠くから馬で全速力で攻めてきた場合に窪んでいる部分は見えず、そこに落ちたら死んでしまうような痛々しい武器を隠しておいたそうです。
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ここが、さっき正門のそばに移設されていた見送りの碑です。
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写真スポットです
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アトラクションのための入場
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ガイドのおかげで思ったよりも面白く嘉峪関を堪能することができました。一人だったらここまでの理解は到底無理。数十キロ離れた魏晋壁画墓へ向かいます。
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門票売り場から結構遠いです。
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ここから地下に入ります。撮影は禁止。もう、閉館時間は過ぎていると思われるのですが、ガイドの顔が効くみたいで開けてくれました。
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墓の中は撮影禁止です。これは、「百度写真」から借りて記載してます。このような1500年ぐらい前の生活の様子が壁のレンガ一面に描かれており、当時の生活を伺い知ることができてとても面白い。これは、肉を焼く串を持っているところです。食事のようす。
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これも百度写真から引用です。
女性の食事の支度、男性の出勤の様子、農耕、牧畜など見ていて飽きません。
墓内は暗い明かりのみです。こんなに昔の壁画墓に入って何の防護柵もなくものすごく近くで見てもいいのかな?と疑問に思いました。描かれているものは違いますが、高松塚古墳に入って壁画をまじかで見るようなものかと。墓の中は狭いです。多くの人が入ったらいっぱいになってしまう。 -
通気孔
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このあたり一帯魏晋時代の墓が点在しているそうです。
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魏晋壁画墓は素晴らしいです。
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嘉峪関の夜は麺を。
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屋台が集まっている市の中心の美食城
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街としては暗いです
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日本人の団体旅行の方々も泊まっているホテル
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翌日です。
前日のドライバーに朝駅まで送ってもらうのですが、ちょっと早かったので朝飯でも食べようかと。よく来る麺屋に。学生も沢山います。 -
私が払おうと思ったのですが、俺が誘ったのだから奢るよと言われてしまい。謝謝。
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蘭州ラーメン、地元民が普通に来る店
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嘉峪関南駅
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嘉峪関からの車窓です。
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祁連山脈が延々と1000kmばかり続きます。
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張掖を越えてくると祁連山脈もより近くに見えてきます
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だんだん峠が近づいてきます
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三月に通った時は放牧はありませんでした。
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この辺りは先月も通った場所です。先月は雪でした。
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青海に近づくにつれ、雲が厚くなってきました
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イチオシ
雪が降ってますこの辺りは
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山あいは随分と降っています
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先月と比べて動物が多いです
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イチオシ
地面からのモヤで外は真っ白
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西寧が近づいてきました。ほぼ、これで今回の旅は終了です。これから後は西寧に到着。前回タール寺に連れて行ってくれたタクシーの兄ちゃんに迎えに来てもらい、軽く食事した後、西寧飛行場に向かい北京行きのフライトに乗り込みます。
日程悩んだかいあって充実した5日間でした。
次は新疆のまだ行ってないところかな。 -
後日蘭州市の甘粛省博物館に行った際の魏晋壁画墓の展示です。
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