2015/04/24 - 2015/04/25
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Donkyさん
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桜前線を追って- 3日目は 角館武家屋敷と桧木内川河川緑地 満開の観桜散策レポートです。
角館(かくのだて)は秋田県仙北市の地名、および国の重要伝統的建造物群保存地区の名称です。現在も藩政時代の地割が踏襲され、武家屋敷等の建造物が数多く残されており、年間約200万人が訪れる東北でも有数の観光地として知られ、「みちのくの小京都」とも呼ばれています。
檜木内川左岸堤防の桜並木は「檜木内川堤(サクラ)」として国の名勝に指定されており、また、「桧木内川堤・武家屋敷」として日本さくら名所100選にも選ばれています。
妻と義妹 それに義妹のお仲間3人で二泊三日のグループ旅行です。
4月23日から25日の三日間 いずれも好天に恵まれすばらしい観桜旅行になりました。ご一緒いただいた皆様 お世話様でした。有難うございました。
注)記事中各地の紹介についてはWEBサイト・フリー百科「ウイキペディア」および観光地公式サイトから抜粋加筆しました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 新幹線 JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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角館(かくのだて)は現在も藩政時代の地割が踏襲され、武家屋敷等の建造物が数多く残されており、年間約200万人が訪れる東北でも有数の観光地として知られています。
駅前で角館ユルキャラと思しき列車みたいなユルキャラが出迎えてくれました。 -
角館の桜
角館は桜の名所として知られています。
どうです?この見事な咲きっぷり
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
武家地のシダレザクラが「角館のシダレザクラ」として国の天然記念物に、檜木内川左岸堤防の桜並木は「檜木内川堤(サクラ)」として国の名勝に指定されており、また、「桧木内川堤・武家屋敷」として日本さくら名所100選にも選ばれています。
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角館では桜の見頃がゴールデンウィークと重なっていたこともあって、全国から多くの観光客を集めています。
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明治の近代化の影響を受けず残されてきた武家屋敷地区一帯6.9ヘクタールが「重要伝統的建造物群保存地区」として選定され、それをきっかけに多くの観光客が訪れるようになりました。
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1997年(平成9年)の秋田新幹線開業後は観光客はさらに増加し、年間200万人を超えました。
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由緒ある街を ご案内いただこうと 今回は事前にガイドの方をお願いしてあったので大変勉強になりました。
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標識にある角館武家屋敷と檜木内川堤は桜の名所として知られています。
武家地のシダレザクラが「角館のシダレザクラ」として国の天然記念物に、檜木内川左岸堤防の桜並木は「檜木内川堤(サクラ)」として国の名勝に指定されており、また、「桧木内川堤・武家屋敷」として日本さくら名所100選にも選ばれています。 -
角館に転機が訪れるのは1976年(昭和51年)のことです。
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明治の近代化の影響を受けず残されてきた武家屋敷地区一帯6.9ヘクタールが「重要伝統的建造物群保存地区」として選定され、それをきっかけに多くの観光客が訪れるようになりました。
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1997年(平成9年)の秋田新幹線開業後は観光客はさらに増加し、年間200万人を超えています。
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角館は戦国時代には戸沢氏の本拠地でした。関ヶ原の合戦後の1602年(慶長7年)、戸沢氏が常陸多賀郡へ転封、佐竹氏が秋田へ入部し久保田藩領となりました。
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翌1603年(慶長8年)、佐竹義宣の実弟にあたる蘆名義勝が所預(ところあずかり)として角館に入ったのです。
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蘆名氏の入部当時、角館の城下町は角館城の築かれていた小松山(現古城山)の北側の麓にあったものが、狭隘な上に、水害や火災にしばしば見舞われたことから、1620年(元和6年)、現在の位置である古城山の南麓へ町を移転させました。
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現在地は、西の檜木内川が自然の堀となっており、北が丘陵地となり、東には小残丘が点在して、南にひらけ、南西側は檜木内川と玉川の合流点があって天然の要害をなしています。
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新しい城下町では、道路の幅員を広げるとともに見通しを避ける工夫をこらし、下水を整備し、防火対策を施して武家地、町人地、寺社を配置しました。
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防火対策としては、南北に細長い町を東西に貫く形で中央に土塁を築いた「火除け地」をつくり、その北側を武士の居住区である内町、南側を町人の居住地である外町としました。
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1620年(元和6年)、一国一城令により、角館城は破却されました。
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なお、蘆名義勝は、当初は小松山の中腹に館を構えましたが、義勝夫人が城中で妖怪を視たため居館を麓に移したという伝承があります。
奥方が見たという妖怪は小松山の中腹に棲み?麓では現れなかったのでしょうか?Ummm・・・・ -
蘆名氏の支配は3代続いたのですが、1653年(承応2年)の蘆名千鶴丸の死により蘆名氏が断絶。
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代わって1656年(明暦2年)に佐竹氏の分家である佐竹北家の佐竹義隣が角館に入り、以降明治まで11代続いたそうです。
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佐竹北家9代目の子供「お梅ちゃん」と「福松くん」今風ユルキャラとの記念写真。
観光客を喜ばせるために地元もあの手この手で・・。 -
発つ前に予約してあった角館のガイドさんの武家屋敷説明を受けました。
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
武家屋敷が続き 由緒・歴史が方々に記され 時の流れを伝えています。
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小京都といわれるゆえんは
佐竹義隣の実父は京の公家・高倉家の高倉永慶であり、義隣は高倉家からの養子でした(母が佐竹家の娘)。 -
また、2代佐竹義明も公家・三条西家一門である西郊家の西郊実号の娘を正室に迎えた事から角館には多くの京文化が移入されました。
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
高倉家は衣文道の家元であり、西郊家の本家にあたる三条西家は歌道と香道の家元でありました。
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西郊家じたいも歌道を代々伝承する家柄です。角館には小倉山などの京にちなんだ地名が見られますが、公家の出である義隣が京を懐かしんで付けたものだといわれています。
ところで写真は 齊藤茂吉らアララギ歌人4人が角館中学校歌の作詞をしたときの直筆原稿が石碑になったもの。詳しくは次の経緯説明をご覧ください。 -
アララギ歌人4人が 角館中学校歌の作詞をしたときの経緯説明
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話し変わって 戊辰戦争では久保田藩は新政府側に立ったことから、奥羽越列藩同盟に参加した周辺諸藩の侵攻を受けることとなりました。
1868年(明治元年)8月28日には列藩同盟側が角館の目前まで迫ったといいます。 -
角館側は西国諸藩の応援を得て町の南を流れる玉川を盾に防戦し、二日間にわたる攻撃を凌いだ。その後も戦局は好転せず、周辺の久保田藩側の拠点も次々と奪われ角館は次第に孤立、武器弾薬や生活物資の不足もはなはだしく、角館の放棄も取りざたされるほどであったが、9月17日-18日、東北諸藩が続々と新政府に降伏していくのを見た列藩同盟側が久保田藩領からの撤退を開始しました。
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戊辰戦争では藩内各地が戦場となったものの、角館は戦禍を免れたのです。
ちょうど 結婚式場に向かうカップルがしだれ桜のそばを通過します。
本物か観光客向けのおもてなしの一環か定かでありませんが・・。 -
明治以降 角館は藩政時代を通じて仙北郡の政治経済の中心地であった地でしたが、1871年(明治4年)の廃藩置県以降はその地位を喪失していきます。
角館小学校跡 -
大区小区制下の区役所や郡区町村編制法下の郡役所は大曲に置かれ、郡の中心地は大曲へ移りました。
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武家屋敷 室内も見ることが出来ます。
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
武家屋敷展示屏風
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
武家屋敷座敷に展示される五月人形
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明治の近代化の影響を受けず残されてきた武家屋敷地区一帯6.9ヘクタールが「重要伝統的建造物群保存地区」として選定され、それをきっかけに多くの観光客が訪れるようになりました。
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1997年(平成9年)の秋田新幹線開業後は観光客はさらに増加し、年間200万人を超えました。
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角館武家屋敷の桜
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
武家屋敷が続き 由緒・歴史が時の流れを伝えています。
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角館武家屋敷に咲く桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
国の重要伝統的建造物群保存地区 案内板です。
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国の重要伝統的建造物群保存地区 案内板です。
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角館の桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
武家屋敷岩橋家説明書き。
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
武家屋敷通りの桜。
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
角館武家屋敷の桜
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
稲庭うどん 武家そば 和風レストラン?にもその風情が感じられます。
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角館のランチです。
ひない鳥の親子丼 -
角館のランチです。
稲庭うどん -
最後に桧木内川河川緑地の桜並木を散策
角館を代表する名所です。 武家屋敷から近いので枝垂桜とセットで観光するにかぎります。 -
桧木内川河川緑地の桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
青森・弘前公園、岩手・展勝地、秋田・角館と、北東北3県にはそれぞれの県を代表する桜の名所があります。
この写真は同行のMさん撮影分です。) -
青森・岩手・秋田の北東北3県桜の名所は開花期もほぼ同じことから、最近では「北東北三大桜名所」と銘打ち、それぞれの地を巡る観光ツアーも人気を集めています。
全国各地からバスツアーで観光客が訪れます。 -
さあ 桧木内川河川緑地の散策開始です。
見晴らしが良くて 見事な景観が続きます。 -
桧木内川河川緑地の桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
桧木内川河川緑地の桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
桧木内川河川緑地の桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
桧木内川河川緑地の桜
(この写真は同行のKkさん撮影分です。) -
桧木内川河川緑地の桜
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角館駅へ戻る道すがらちょっといっぱい
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角館駅前でのスナップ写真
好天にも恵まれ無事全日程を終えて満足顔で帰路につくメンバーたちです。
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
角館駅ホームにて
列車のボディの マタギ 水芭蕉など 地域のシンボル群アニメにご注目
(この写真は同行のMさん撮影分です。) -
角館 駅のプラットホーム。
このローカル色豊かな普通の駅に新幹線も停車します。 -
東北新幹線「こまち22号」で 東京に向かいます。
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訪れた23日から25日の三日間 いずれも好天に恵まれすばらしい観桜旅行になりました。ご一緒いただいた皆様 お世話様でした。有難うございました。
Kkさん、Mさん いつも素敵なお写真有難うございます。
力作ぞろいでとても嬉しく編集できました。かさねがさね有難うございました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ももであさん 2015/05/12 18:34:17
- ちょっといっぱい
- Donkyさん
おや? プロフ写真が変わりましたね。
角館ってやっぱりいいですね。
ぼくは行ったことがないのですが、同僚の女性がとても
よかったと言っていたのが印象的で気になってました。
東北って紅葉もそうですが桜もスケールが大きいですね。
海外よりもむしろ日本の知らないところが多いので、
いつか必ず行ってみたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
ももであ
- Donkyさん からの返信 2015/05/12 20:19:43
- RE: ちょっといっぱい
- ももであさん
いつも小生の拙い旅行記にお立ち寄りいただき有難うございます。
プロフ写真は 私のニックネームが「熊さん」なので出身校のユルキャラ?をしばらく使ってみることにしました。
恥ずかしながら、今回投稿してはじめて角館の歴史に触れました。初めて知る土地柄は前頭葉の格好の刺激になっています。
今後ともお気軽に声をかけてくださいね。
「丼季医」
> Donkyさん
>
> おや? プロフ写真が変わりましたね。
>
> 角館ってやっぱりいいですね。
> ぼくは行ったことがないのですが、同僚の女性がとても
> よかったと言っていたのが印象的で気になってました。
>
> 東北って紅葉もそうですが桜もスケールが大きいですね。
>
> 海外よりもむしろ日本の知らないところが多いので、
> いつか必ず行ってみたいと思います。
>
> 今後ともよろしくお願いいたします。
>
> ももであ
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