2015/03/12 - 2015/03/14
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みみちゃんさん
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2日目はレンタカーを借りて長崎郊外の外海(そとめ)地区をまわりました。
現在では長崎有数の夕日スポットとしてドライブコースとなっている外海地区ですが、かつては信徒達が迫害から逃れて辿り着いた辺境の地でした。
絶壁のすぐ下には大海原で、反対側には山が迫る狭いやせた土地でしかなかった外海にド・ロ神父というフランス人宣教師が赴任し、人々を困窮の淵から救い出しました。
ここ外海の出津(しつ)にはその関連施設が集まっています。
施設周辺は道が狭く複数そうなのと、あまり外海に関する知識もなかったので、巡礼ガイドを4時間、事前に予約していきました。
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ガイドさんとは、出津手前にある黒崎教会前で11時に待ちあわせました。
朝イチレンタカーを借りて長崎歴史文化博物館に寄ってから向かいました。
博物館では信徒発見記念の特別展示の催し中で、かなり貴重な資料が目白押しでした。ガイドさんも縁があるようで、個人所蔵のものを貸し出しているそうです。 -
黒崎教会のマリア像。
ここ黒崎は出津と同じくカクレキリシタンの人々が暮らしていた地区です。
遠藤周作の代表作「沈黙」の中に出てくるトモギ村は黒崎がモデルといわれています。
レンガ造りの黒崎教会内部はとても広く、見事なリブ・ヴォールト天井です。教会内部の柱に装飾として彫られているソテツの葉は、殉教者を現します。
禁教令は撤廃されていましたが、まだまだ貧しい暮らしの中、信徒の方々が子供まで含めて約23年もの年月をかけて作り上げた祈りの場です。 -
続いて車で近くにある枯松神社へ向かいます。とにかく道が狭く急坂なので道に精通しているガイドさんがレンタカーを運転してくれました。
これは神社近くにある岩です。天然の形で人がしゃがめるスペースがあり、禁教時代は見張りをたててこのスペースでオラショと呼ばれる祈りを口伝で練習したそうです。 -
このような土と石だけで舗装された急坂を登ってきます。晴れていてよかったです。
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枯松神社に到着しました。
まつられているのはサン・ジワン神父です。
中に入らせていただきました。中は広くなく4畳くらいでしょうか。 -
近年11月3日には毎年枯松神社祭が行われます。
ここ外海では禁教令撤廃後、カクレキリシタンの方々はカトリックに復帰した人、禁教時代に隠れてキリスト教を信仰しているのを見て見ぬふりをして庇ってくれた地区のお寺の天福寺に恩を感じて仏教に帰依した人、そのままカクレキリシタン時代の信仰を変わらず守る人の三者に別れました。
祭ではその三者が集まってカトリックのグループはミサを、仏教のグループは講話を、カクレキリシタンのグループは口伝で伝えてきたオラショを、それぞれに行って祈りを捧げます。
このような形態は日本でもここしかなく、最近ではマスコミが殺到するそうです。
元をただせば1つのグループでしたが、信じる道の方向が違っても祈りを捧げる姿は尊いものです。 -
日が射して神々しい。
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神社の後に遠藤周作文学館へ行きました。
文学館のレストランでガイドさんと一緒にド・ロさまそうめんをいただきました。美味しい!少し太めでコシがあり、温と冷から選択できます。
ド・ロさまパスタが売ってたので購入しました。 -
文学館の次に外海歴史民俗資料館に向かいます。
ここでは外海の歴史をいくつかのゾーンに分けて展示しています。
生活と暮らし、池島炭鉱の資料、キリシタン資料が主だった展示です。後ほど述べますがこの地区を困窮から救い出したド・ロ神父がフランスから取り寄せた珍しい農機具やマリア観音などが展示されていました。 -
ド・ロ神父の功績をたたえる。
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そして出津文化村に到着しました。
これは出津教会。ここ出津ではマルコ・マリ・ド・ロ神父というフランス出身の神父の存在が欠かせません。
ド・ロ神父は1868年に日本へ入国、1879年に外海地区に赴任しました。禁教令はとけていましたが、主だった産業もなく潜伏時代からの厳しい土地柄と迫害ゆえ、貧しい生活を余儀なくされていた外海の人々に産業を授け、信仰を説き、物心両面から救い出しました。
レンガ造りですが、上から漆喰で塗り固められています。内部は装飾やリブ・ヴォールト天井なんかの造りはありませんが、和洋がとけあわさったような造りです。カトリック教会は天井を高くとるのが一般的ですが、海に近い出津教会は風害を避ける為低い天井です。しかし見晴らしの良い所に建っています。 -
ド・ロ神父がフランスから取り寄せたマリア像。
出津教会脇の道からは黒崎海岸が見下ろせますが、ここからは多くの人々が五島列島へ渡って行きました。締め付けの弱い五島にさらなる新天地を求めたわけですが、先に住んでいた住人との軋轢や外海とあまり変わらない痩せた土地など、苦労は絶えませんでした。黒崎海岸は海岸といえどほとんど砂浜はなく、ゴツゴツとした岩場でした。 -
ド・ロ神父像。村民の子供に優しい眼差しを向けて。
この後、敷地内のド・ロ神父記念館に行きました。ド・ロ神父にまつわる展示があります。
結局ド・ロ神父は一度もフランスに帰国する事なく外海の人々のためにその一生を捧げました。貴族の出であった神父は教会等の建築や道具を買うのに私費を惜しみ無く投資しています。
産業の授産等の奉仕作業が大きくとりあげられがちですが、神父としての働きも熱心で、布教にも力を注ぎました。バチカンの教皇の元で働く枢機卿に日本人は過去5人選出されていますがそのうちの2人は出津教会出身です。 -
続いて敷地内にある旧出津救助院に行きました。
ここは貧しい外海の人々に産業を授ける授産所でした。漁などで一家の働き手を失った婦人達を中心に雇い、そうめん、マカロニやパン、製織などを行い居留地に住む外国人に売り繁盛したそうです。
救助院の周辺にはド・ロ壁と呼ばれる神父考案の風雨に強い壁が今も残っており、往時をしのばせます。
薬局まで併設されており、ケガの手当てはもちろん、疫病がはやった時も神父自ら救護したそうです。 -
ド・ロ壁。触れますが、非常に丈夫でした。
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続いて出津から車で5分ほどのところにある大野教会に行きました。
ここは出津教会の巡回教会として、出津教会まで歩くと遠い地区の住民の為にド・ロ神父が私費を投じて建てました。
山の中にひっそりと建っています。 -
ここにもド・ロ壁。木で出来た雨戸によく似合う。
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屋根は瓦。
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今はもう教会としての役目は終えているので中には入れませんが、ガイドさんが入口のガラスにカメラをくっつけると撮れるよというので撮ってみました。
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和洋折衷ですが、どことなくヨーロッパの田舎の素朴な教会のような趣がありますね。
ド・ロ神父はこの教会を建てながらついに帰ることのなかった故郷ヴォスロール村を想ったりしたこともあったのでしょうか。
ここは教会としての役目は既に終えていますが、年に一度だけミサがひらかれるそうです。 -
瓦の先に十字架。
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続いてすぐ近くにある大平作業場跡に来ました。
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ここには今もド・ロさま畑と呼ばれる畑が残っています。ここで作った小麦を救助院まで運んだのでしょう。
これは作業小屋跡です。 -
土地が狭く、山肌に建っています。
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続いてすぐ近くにあるバスチャン屋敷跡に行きました。
バスチャンは伝説の日本人伝道師との事です。禁教時代に密かに信仰を伝えたり、バスチャン暦と言われる暦を遺しました。
バスチャン暦は資料館などでも展示されていたりしますが、カトリックにおけるクリスマスや復活祭などの祝日を記した日繰りのようなもので、日本から司祭の消えた250年もの間、信仰を守ってこられたのはこの暦があったからだと言われています。 -
この屋敷はバスチャンの隠れ屋敷だった為、うっそうとした林の中にあります。陽の光がほとんどささない為、屋根がすぐ苔むすとガイドさんが仰っていました。屋根は定期的にふきかえているようです。
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外海での最後に野道キリシタン共同墓地にやって来ました。
ここにはド・ロさまと呼ばれ、外海を愛し外海の人々と苦楽を共にしたド・ロ神父が皆と一緒に静かに眠っています。
今も年に一度、命日にはミサがひらかれ、沢山の人々が祈りを捧げます。
斜面に西日があたる今はのどかなこのキリシタン墓地で、ガイドさんとしばらく話しこみました。
貧しかった黒崎、外海。ド・ロ神父が赴任した事。子供の間引き政策に耐えられず五島列島や平戸に活路を求めた人々。多様な祈りのかたち。
4時間コースに申し込みましたが、昼食も含めて5時間くらいまわっていました。ガイドさん、どうもありがとうございました。 -
外海にあった遠藤周作の碑。
人間がこんなに哀しいのに主よ 海があまりに蒼いのです
とあります。また、この場所とこの碑はベターでなくベストと語り、自身もカトリックであった遠藤周作は外海こそ神様が自分の為にとっておいてくれた土地、と終生この外海を愛しました。 -
外海から続いて佐世保にやってきました。
駅前の三浦町教会にも行きたかったのですが、生憎時間切れとなったので車窓から写真だけ撮りました。
天に向かうような見事な建築です。しかし
過去には佐世保大空襲の標的にならないよう、黒く塗られた歴史もあります。全てを受け入れるように両手を大きく広げたキリスト像があるように、この教会の保護者はイエスのみ心です。
佐世保に働く米軍関係者も多く訪れます。 -
海軍ビーフシチューを食べた後、佐世保ではチサングランド佐世保に泊まりました。
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ガイドブックにも載っていた蜂の家というジャンボシュークリームが有名なお店がホテルのすぐ近くだったのでテイクアウトしました。人気らしく私のすぐ後に入ってきたおじさまや女子高生達も皆買っていました。
大きいんですが、中にはゴロッとしたバナナ、キウイ、りんごなどか入っていてあっさりしていました。美味しかったです。
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