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信徒発見150周年を迎えた長崎に行って来ました。<br />長崎は全国の中でも非常にカトリック信徒の多い県であり、沢山の美しい教会があります。<br />世界遺産登録を目指しているところであり、キリスト教の伝来・普及〜弾圧・継承〜発見・復活という世界でも例を見ないストーリーがあり、今回はそれらの教会とその関連施設を中心にまわりました。<br />また今回の旅は、時代に翻弄されながらも信仰の道を懸命に生きた人々の足跡を辿る旅でもありました。<br />1日目は路面電車と徒歩で市内をまわりました。

この想いよ、祈りよ、天までとどけ 1日目*長崎市内編

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2015/03/12 - 2015/03/14

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みみちゃんさん

信徒発見150周年を迎えた長崎に行って来ました。
長崎は全国の中でも非常にカトリック信徒の多い県であり、沢山の美しい教会があります。
世界遺産登録を目指しているところであり、キリスト教の伝来・普及〜弾圧・継承〜発見・復活という世界でも例を見ないストーリーがあり、今回はそれらの教会とその関連施設を中心にまわりました。
また今回の旅は、時代に翻弄されながらも信仰の道を懸命に生きた人々の足跡を辿る旅でもありました。
1日目は路面電車と徒歩で市内をまわりました。

  • 行きの機内からは富士山が見えました。

    行きの機内からは富士山が見えました。

  • 長崎駅前から、浦上天主堂のある浦上へ行きました。<br />途中、カトリック長崎大司教館がありました。大きいです。<br />浅学ながら調べたところ、全国のカトリック教会は幾つかの地区に分けられており、大抵は数都道府県で1つの教区になっていますが、ここ長崎は、信徒数の多さから長崎一県だけで1つの教区となっています。<br />信徒数の多さだけでいうと、東京と千葉が含まれる東京教区が多いですが、人口の面から見ると長崎が突出しているのがわかります。

    長崎駅前から、浦上天主堂のある浦上へ行きました。
    途中、カトリック長崎大司教館がありました。大きいです。
    浅学ながら調べたところ、全国のカトリック教会は幾つかの地区に分けられており、大抵は数都道府県で1つの教区になっていますが、ここ長崎は、信徒数の多さから長崎一県だけで1つの教区となっています。
    信徒数の多さだけでいうと、東京と千葉が含まれる東京教区が多いですが、人口の面から見ると長崎が突出しているのがわかります。

  • 突然、坂の上に浦上天主堂がその姿を現しました。現在の姿は、原爆の後に建て直しされたものですが、原爆前に献堂された時は東洋一のロマネスク建築だったそうです。<br />昭和56年には当時の教皇ヨハネ・パウロ二世も訪れています。

    突然、坂の上に浦上天主堂がその姿を現しました。現在の姿は、原爆の後に建て直しされたものですが、原爆前に献堂された時は東洋一のロマネスク建築だったそうです。
    昭和56年には当時の教皇ヨハネ・パウロ二世も訪れています。

  • 聖母子像。

    聖母子像。

  • 教皇ヨハネ・パウロ二世像。

    教皇ヨハネ・パウロ二世像。

  • 入口には信徒発見の横断幕が掲げられています。<br />中に入り、見学しました。写真撮影は禁止です。<br />中はステンドグラスの加減なのか、青い光が射しこみ、静粛かつ厳粛な空間でした。<br />とても広く、前の方までは入れませんが、長椅子の数から見て1000人ぐらいは着席できそうです。

    入口には信徒発見の横断幕が掲げられています。
    中に入り、見学しました。写真撮影は禁止です。
    中はステンドグラスの加減なのか、青い光が射しこみ、静粛かつ厳粛な空間でした。
    とても広く、前の方までは入れませんが、長椅子の数から見て1000人ぐらいは着席できそうです。

  • 横から眺める。<br />案内板によると、浦上天主堂の信徒は現在約8500人で日本一の信徒数を抱える教会だそうです。<br />ここ浦上は、原爆の爆心地に近く、キリスト教弾圧時代の終わりには浦上4番崩れという大弾圧のあった所でもあります。

    横から眺める。
    案内板によると、浦上天主堂の信徒は現在約8500人で日本一の信徒数を抱える教会だそうです。
    ここ浦上は、原爆の爆心地に近く、キリスト教弾圧時代の終わりには浦上4番崩れという大弾圧のあった所でもあります。

  • 次に、徒歩で永井隆記念館へ行きました。医師であった永井隆は自らも原爆にあいながらも、怪我人の救護にあたり、また病気で動けなくなってからは文筆活動をし、「この子を残して」や「長崎の鐘」などの作品をのこしました。<br />

    次に、徒歩で永井隆記念館へ行きました。医師であった永井隆は自らも原爆にあいながらも、怪我人の救護にあたり、また病気で動けなくなってからは文筆活動をし、「この子を残して」や「長崎の鐘」などの作品をのこしました。

  • 永井隆が晩年暮らした如己堂。意味はキリスト教の教えである「己の如く隣人を愛せよ」からとったそうです。<br />永井隆自身も敬虔なカトリックでした。

    永井隆が晩年暮らした如己堂。意味はキリスト教の教えである「己の如く隣人を愛せよ」からとったそうです。
    永井隆自身も敬虔なカトリックでした。

  • 如己堂内部。

    如己堂内部。

  • 長崎は坂の町。

    長崎は坂の町。

  • 続いて日本二十六聖人殉教地・西坂の丘を訪ねました。<br />ここでは弾圧時代にそれでも信仰を捨てなかった宣教師6人と信徒20人が殉教しました。弾圧による初めての殉教者との事です。<br />カトリックの公式巡礼地となっています。

    続いて日本二十六聖人殉教地・西坂の丘を訪ねました。
    ここでは弾圧時代にそれでも信仰を捨てなかった宣教師6人と信徒20人が殉教しました。弾圧による初めての殉教者との事です。
    カトリックの公式巡礼地となっています。

  • 横には聖フィリッポ教会があり、レリーフの後ろには記念館があります。<br />記念館内には雪のサンタマリアなどの絵画や<br />カクレキリシタンの映像など貴重な資料が沢山展示されていました。

    横には聖フィリッポ教会があり、レリーフの後ろには記念館があります。
    記念館内には雪のサンタマリアなどの絵画や
    カクレキリシタンの映像など貴重な資料が沢山展示されていました。

  • 西坂の丘にも春が。

    西坂の丘にも春が。

  • 続いて路面電車に乗って大浦天主堂に向かいます。<br />これはグラバースカイロードから降りて撮影した市内の写真。<br />左端、遠くに見える青い屋根の白い建物は男子校の海星高校。カトリックの男子校であり、長崎県内に他にもあります。カトリック男子校が複数校ある辺り、さすが長崎です。

    続いて路面電車に乗って大浦天主堂に向かいます。
    これはグラバースカイロードから降りて撮影した市内の写真。
    左端、遠くに見える青い屋根の白い建物は男子校の海星高校。カトリックの男子校であり、長崎県内に他にもあります。カトリック男子校が複数校ある辺り、さすが長崎です。

  • 南山手レストハウス横の祈念坂を通って行きます。<br />勾配がきつく、早足になります。が、眺めは最高!かの遠藤周作もここからの眺めが好きだったそうです。

    南山手レストハウス横の祈念坂を通って行きます。
    勾配がきつく、早足になります。が、眺めは最高!かの遠藤周作もここからの眺めが好きだったそうです。

  • 祈念坂。

    祈念坂。

  • 坂の途中で大浦天主堂の横部分が見えてきました。

    坂の途中で大浦天主堂の横部分が見えてきました。

  • 大浦天主堂に到着。日本に現存する教会のなかでは最古のものです。<br />天主とはキリストを指し、初代司教のプティジャン神父は潜伏している信徒を探し出したいと願い、日本語で表記したそうです。<br />正式名称は日本二十六聖殉教者堂といい、西坂の丘で殉教した26人の為に献堂されました。<br />信徒発見の舞台となった歴史ある教会です。

    大浦天主堂に到着。日本に現存する教会のなかでは最古のものです。
    天主とはキリストを指し、初代司教のプティジャン神父は潜伏している信徒を探し出したいと願い、日本語で表記したそうです。
    正式名称は日本二十六聖殉教者堂といい、西坂の丘で殉教した26人の為に献堂されました。
    信徒発見の舞台となった歴史ある教会です。

  • 坂の上。

    坂の上。

  • 信徒発見のレリーフがありました。

    信徒発見のレリーフがありました。

  • 梅が咲いていました。

    梅が咲いていました。

  • こちらは旧大司教館。この旅行記の2枚目の大司教館の前身です。

    こちらは旧大司教館。この旅行記の2枚目の大司教館の前身です。

  • 信徒発見を記念してフランスから贈られた聖母像。「日本之聖母像」と命名されています。<br />たおやかでとても美しい姿です。<br />

    信徒発見を記念してフランスから贈られた聖母像。「日本之聖母像」と命名されています。
    たおやかでとても美しい姿です。

  • 聖母像裏から。<br />長崎の町を見下ろす。<br />天主堂内部は信徒発見の案内のテープが流れています。内部は見事なリブ・ヴォールト天井です。堂内右手には命がけで訪ねてきた浦上の信徒が見たマリア像があります。<br />当時プティジャン神父は信徒発見に驚喜し、この事をすぐに教皇に伝えました。世界中が驚き、教皇も東洋の奇跡と涙を流したとの事です。

    聖母像裏から。
    長崎の町を見下ろす。
    天主堂内部は信徒発見の案内のテープが流れています。内部は見事なリブ・ヴォールト天井です。堂内右手には命がけで訪ねてきた浦上の信徒が見たマリア像があります。
    当時プティジャン神父は信徒発見に驚喜し、この事をすぐに教皇に伝えました。世界中が驚き、教皇も東洋の奇跡と涙を流したとの事です。

  • こちらは旧羅典神学校です。中はキリシタン資料館になっています。

    こちらは旧羅典神学校です。中はキリシタン資料館になっています。

  • 旧羅典神学校から天主堂を眺めると、美しいステンドグラスの模様がわかります。

    旧羅典神学校から天主堂を眺めると、美しいステンドグラスの模様がわかります。

  • 大浦天主堂は現在は観光地となっているので、この地区の信徒の為に大浦教会があります。<br />教会内部は大浦天主堂の喧騒が嘘のように静かな空間でした。

    大浦天主堂は現在は観光地となっているので、この地区の信徒の為に大浦教会があります。
    教会内部は大浦天主堂の喧騒が嘘のように静かな空間でした。

  • 大浦教会の聖母像。無原罪の御宿り。蛇を踏みつけています。

    大浦教会の聖母像。無原罪の御宿り。蛇を踏みつけています。

  • 天主堂近くに聖コルベ記念館があり、その前に聖家族像がありました。<br />聖母マリアと幼いイエス、養父聖ヨセフです。<br />この後はすぐ近くのANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルに泊まりました。ホテル向かいの四海楼に長崎ちゃんぽんを食べに行こうと思ってたんですが、ツアーバスが駐車場に何台も入っていくのを見て心が折れてホテル内で食べて気付いたら夢の中でした・・・<br />その2に続きます。

    天主堂近くに聖コルベ記念館があり、その前に聖家族像がありました。
    聖母マリアと幼いイエス、養父聖ヨセフです。
    この後はすぐ近くのANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルに泊まりました。ホテル向かいの四海楼に長崎ちゃんぽんを食べに行こうと思ってたんですが、ツアーバスが駐車場に何台も入っていくのを見て心が折れてホテル内で食べて気付いたら夢の中でした・・・
    その2に続きます。

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