2015/01/18 - 2015/01/18
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notchさん
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阪神淡路大震災から20年。神戸の街は完全に復興したかのように映ります。しかし,20年前,この街が壊滅的な被害を受けたことはゆるぎない事実です。
神戸に住むようになって数年。この地で20年前に何が起こり,人々がどう生きてこられたのかということを知ることは,この街に住む一人として,とても大切なことだと思うようになりました。この思いから,平成27年1月,神戸の街をたどりました。
※この旅行記の中ほどに数枚,「人と防災未来センター」で撮影した当時の被害の様子が含まれています。抵抗のある方はご注意の上,ご覧ください。
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平成27年1月。早朝。
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神戸の中心,三宮におり立ちました。
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市内の公園には...
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この前日に行われた追悼式典の余韻が...
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一面に残っているかのようです。
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希望の灯りが...
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今日もいのちをつないでいます。
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5時46分。
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黙祷。
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今朝と同じように寒かった20年前の朝...
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一瞬にして...
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すべてが奪われてしまいました。
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あれから20年。
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見事なまでに復興した神戸の街並み。
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手をとりあって歩んでこられた...
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人々の強い力を感じます。
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美しく整然と広がる神戸港の一角に...
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時が止まった空間。
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震災メモリアルパークに残されたこの空間は...
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被災の苦しみを経て...
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復興に至った神戸港の姿を...
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静かにずっと見つめ続けてきました。
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あれから20年後の今日も...
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東の空から...
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希望の光が...
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神戸の街を照らします。
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今日も神戸の一日が動き始めます。
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「人と防災未来センター」にやってきました。
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被災地である神戸から発信する...
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貴重な教訓。
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あの日...
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一瞬にして...
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くらしのすべてが...
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消えてしまいました。
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壮絶な“非日常”の光景を目の前に...
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救えたいのちと救えなかったいのち。
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六千余名の尊い御魂。
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人々は手をとりあい,生きてこられました。
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寄せられたあたたかいこころ。
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街が少しずつ...
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よみがえっていきました。
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笑顔が少しずつ...
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戻ってきました。
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震災がおしえてくれたこと...
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前を向き,心を合わせて生きること...
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そして,いのちとまちを守る知恵を身につけること。
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このことを次代に引き継ぐ責務を...
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私たちひとりひとりが担っているのかもしれません。
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海沿いを歩いて数分...
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兵庫県立美術館があります。
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美術館も震災と向き合ってきました。
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被災した作品は修復され...
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人々のこころの支えになってきました。
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「この木を残してやって下さい」と,枝に添えられた言葉。
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ひとはつながりの中で生きているということを...
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絵画の中のハクモクレンが語っていました。
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美術館からさらに東へ。
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高速道路が走っています。
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ここは20年前の倒壊現場。
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再建された高速道路に...
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当時の傷跡を見ることはありません。
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道としての役割を寡黙に果たしています。
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20年の時の流れを...
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お地蔵さまが...
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静かに見つめ続けています。
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列車に乗って西へ。
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長田区にやってきました。
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最も深刻な被害を受けた地域のひとつ。
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復興のモニュメントが...
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街に力を与えてきました。
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再開発のマンションの建ち並ぶ一角に...
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昔からの商店街。
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20年前...
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ここを襲った猛火。
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ゼロからの再建。
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人々の強い力と想いが成し遂げた...
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商店街の復興。
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静かに流れる“日常”の空間...
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20年前,まさにここが...
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“非日常”の空間であったことは...
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容易には信じることができませんでした。
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しかし...
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静かに目を閉じると...
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私たちの分も強く生きなさいという声が...
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遠くから聞こえてくるようでした。
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20年前も...
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ここ須磨海岸には...
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美しい海と空が広がっていたことでしょう。
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この20年の間に...
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海には明石海峡大橋が架かり...
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空に向かって神戸空港ができました。
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新しいいのちがたくさん生まれました。
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雲の姿が絶えず変わってゆくように...
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街の姿も絶えず変わってゆきます。
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その中に忘れてはいけないものがある...
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そのことに気づかせてくれる旅でした。
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ふと目を移すと...
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震源の淡路島に...
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西日が静かに沈んでゆきました。
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犠牲となられたすべての尊い御魂に哀悼の意を捧げます。
〜おわり〜
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この旅行記へのコメント (20)
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- moonさん 2015/02/18 21:42:07
- 涙がでました
- notchさんへ
こんばんわ。
たまたま大震災の時に、妹が神戸に仕事で行っていました。
幸い、けがはなかったです。
そんな遠い昔のことを思い出させてくれた、たどる旅でした。
今回のたどる旅は、涙があふれてしまいました。
moonより
- notchさん からの返信 2015/02/20 06:53:54
- メッセージありがとうございます。
- moonさん,ご覧いただきありがとうございます。
あれから20年が経ちましたね。妹さんが神戸にいらっしゃっていたとのこと,けががなくてなによりでしたが,当時はたいへんな思いをなさったことと思います。
それにしてもこの20年で神戸の街は見事に復興しましたね。あらためてmoonさんの昨年の神戸旅行記を拝見しました。ありがとうございます。
notch
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- ラクパグさん 2015/02/11 21:40:26
- 初めまして いつもありがとうございます
- 神戸への想いが 伝わってきて 感動です。私の家は 窓ガラスが割れ 天井に亀裂が・・・。酷いことはなかったです。
近所の方と お水 食料品等 おにぎりを 三宮まで徒歩で、何回か運んでもらいました。道路がひどくて 私は行けなかったのですが、
主人と子供 カブスカウトの人達とで。今回 写真見させて頂いて 現在暮らしていることの有り難さを想います。
伊丹市 JR事故の前日 あの電車に乗っていました。9時発でした。復興してからも乗りたくなかったです。仕事で乗りましたが
皆 手を合わせて下を向いてました。notchさんの (雲の姿の 絶えず 変わっていくように)が心に残りました。
今 旅行 普通に暮らせることに 感謝です!ありがとうございました。 ラクパグ
- notchさん からの返信 2015/02/14 19:43:51
- メッセージありがとうございます。
- ラクパグさん,こんにちは。
ご覧いただきありがとうございます。震災と列車事故のこと,お辛いご経験にもかかわらず,こうしてメッセージを書いていただき感謝いたします。
ラクパグさんがおっしゃるとおり,いまこうしてふつうに暮らせることや旅行に出られること,本当に感謝すべきことですね。あらためてそのことを考えることができました。ありがとうございます。
奥入瀬渓谷の美しい表紙写真に惹かれて旅行記におじゃましました。西表島のほうも,先日行ったときのことを思い出しながら楽しませていただきました。どちらも本当に大自然がすばらしいですね。
時に自然は災害をもたらしますが,人がそこから立ち直ることができるのも,自然から大きな力をもらっているからなのだなあと思います。奥入瀬渓谷もいつか行ってみたいと思いました。ありがとうございます。
notch
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- 琉球熱さん 2015/02/01 19:01:29
- 復興とは
- notchさん、こんにちは
沖縄の旅行記に投票いただき、ありがとうございます。
無目的でただただのんびり、、、こんな旅ができることをありがたく思わなければいけませんね。
神戸の震災は私の会社の事業所も甚大な被害を被りました。自分の職場は後回しにして、顧客の安否を確認するために奔走した同僚の話はいまだに耳に残っています。
ちょうどテニスの全豪オープンの会期中、あの沢松奈生子の自宅も崩壊し、「帰る家はない」と覚悟を決めた彼女が自己最高のベスト8まで進んだことも、よく覚えています。
あれから20年、見た目の復興は進んだかに見えますが、かつての「町会」「商店会」は崩壊してしまい、人のつながりも分断されてしまったとも聞きます。
当事者の方々にすれば、復興の在り方に不満も多々あるでしょう。
しかし、部外者の私が思うに、自然災害だけで済んだというのは正に不幸中の幸いだったのではないか?
復興とは本当に難しい問題ですね。
そんなことを改めて考えました。この旅行記は素晴らしいです。
- notchさん からの返信 2015/02/01 21:38:02
- メッセージありがとうございます。
- 琉球熱さん,こんにちは。読んでいただきありがとうございます。
琉球熱さんがおっしゃる「旅ができるありがたみ」,本当にそうですね。私も今回,こうして震災について考える機会をもって,今ある生活がどれほどありがたいことかを感じることができました。何年経とうとも,そのことは決して忘れてはいけませんね。
神戸の復興の力はとても大きいものを感じましたが,これも琉球熱さんがおっしゃるとおり,人のつながりが完全に元通りになったわけではありませんね。長田区の商店街ですが,震災後は「復興災害」ということばも生まれるくらい課題が山積と聞きます。難しい問題ですが,人と人が互いに向き合って,地道に解決の方向に歩んでいくしかないのかもしれませんね。
メッセージを通してあらためて考えるきっかけをいただきました。ありがとうございます。
フォローもしていただいたのですね。感謝いたします。今年も沖縄の魅力を紹介していただけるのを楽しみにしています。
notch
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- はなかみno王子さん 2015/01/30 08:23:44
- 東の空から
- notchさん
みなと大橋をオレンジに染める朝陽の写真、素晴らしい写真ですね。
なんだか今日の希望が湧いてきました。。
20年目の朝は涙でした。。おうじ
- notchさん からの返信 2015/02/01 20:49:24
- メッセージありがとうございます。
- はなかみno王子さん,こんにちは。
ご覧になっていただきありがとうございます。
あの日の朝は特に美しい日の出でした。震災に打ちひしがれてからも,20年間ずっと神戸に希望の光を与え続けてくれたのだなあと考えると,なんだか感慨深いものがありました。
このようなうれしいメッセージをいただくと,私のほうも希望が湧いてきます。ありがとうございます。
notch
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- 前日光さん 2015/01/29 23:31:45
- 消えない傷跡
- notchさん、こんばんは。
神戸は、昨年神戸空港を利用することが多かったので、親近感を感じていましたが、そうでした…20年前のあの大震災。
忘れているわけでは決してないのですが、街を歩いていて直接的な震災の爪痕が感じられないほどの復興を遂げていますので、旅人はつい街の表面だけをチラッと眺めて、ホントに震災があった街なのかしら?なんて、お気楽に考えてしまいます。
あの時の悲しみは、年月を経て、静かに心の襞に蓄積され…でも、何かの拍子に突然激しい傷みを伴って思い起こされるのでしょう。
20年前のあの日の朝、テレビに映し出された高速道路の映像は、いつまでも頭の隅に焼き付いています。
東日本大震災の影響は、私の住む栃木でもかなり大きくて、我が家の実家のお墓は全壊してしまいました。
↓
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10553564/
その時の様子をまとめたものがありますので、お時間がありましたらご覧になってみてください。
日本のどこに住んでいても起こりうる自然災害、特に地震や火山の噴火といったものから、私たちは逃れられないのかもしれません。
でも、人は打ちのめされながらも立ち上がるのですね。
この旅行記の、下から6枚目のお写真、美しいです!
どれもすばらしいのですが、中でもこの1枚に惹きつけられました。
この旅行記にとても感動しました。
ありがとうございます。
前日光
- notchさん からの返信 2015/02/01 20:12:34
- メッセージありがとうございます。
- 前日光さん,こんにちは。
阪神淡路大震災の旅行記をご覧になっていただきありがとうございます。
最後の須磨海岸,あの日は特に美しい海と空の光景が広がっていました。震災のことを考えながら神戸を歩いた後だったので,その美しい光景を目にしたときは涙が出てきました。移り変わる雲の姿を背景にして,姿を変えずに力強く立つ木の姿に感銘を受けたものです。やはり私たちは,たとえ大都会に住もうとも,大自然の大きな力を受けながら生きているのだなあと感じた瞬間でした。
東日本大震災では,前日光さんのご実家のお墓も被害を受けられたとのこと,当時はたいへんなご心労だったこととお察しします。写真を拝見して,心が痛むものを感じました。津波と原子力災害だけではなく,このような直接的な地震被害もあったのですね。あらためて東日本大震災の甚大さを感じました。
東日本大震災からの復興ですが,多くの課題があって道のりは長いと聞きますが,前日光さんもおっしゃるとおり,日本人には打ちのめされながらも立ち上がる力があると信じています。このことを考えるきっかけを与えてくださってありがとうございます。
notch
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- 夏秋さん 2015/01/27 19:19:04
- 忘れてはいけないこと・・・
- notchさん こんにちは。 旅行記拝見いたしました。
私は神戸市で青春時代を過ごし、20年前のあの日、西宮市で被災しました。
冷たく凍る冬の朝 電気もガスも水道も止まり、家具は倒れ家は傾き
情報は全て遮断され、何が起こったのかよくわかりませんでした。
明るくなって外に出て近所を歩いてみると、自宅の近くの阪神高速道路が
倒壊しているのが目に入り、初めて状況を理解することができました。
9年前、故郷を遠く離れた今の住まいに引っ越してきましたが
今も自分のホームはあの街だと思っています。
あの日のことは、だんだん記憶も薄れてきて、忘れがちになっていましたが、
notchさんのお陰で 懐かしいあの街の今の姿を見ることが出来ました。
つらくても目をそらしてはいけないのだなと思いました。
そして今元気で暮らせていることに感謝したいと思います。
ありがとうございました。
- notchさん からの返信 2015/01/29 21:54:14
- メッセージありがとうございます。
- 夏秋さん,こんにちは。
20年前にたいへんなご経験をなさったにもかかわらず,この旅行記をご覧いただき,さらにメッセージまでいただき,ありがとうございます。つらいご経験だったでしょうが,当時のことをおしえていただいたことを心から感謝いたします。
震災の被害を受けた場所も,今ではすっかりきれいになっており,当時の状況を直接伝えるものはほとんどなくなってしまいましたが,今回神戸の街を歩いてみて,あの震災を忘れずに強く生きることの大切さを考えさせられました。
被災された方がいらっしゃる中で,私のような直接経験をしていない者がこのような旅行記を書いて公開することは本当によいことなのかどうか,迷いがありました。震災20年を迎え,いま神戸に住む一人として,何かできないかということで,今の神戸の姿をこうして伝えることくらいしか私にはできませんでした。しかし,こうしてお声をいただき,少しでもお役に立てることがあって安心することができました。
メッセージを拝見して,私自身も力をいただきました。ありがとうございます。
notch
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- 空飛犬quillさん 2015/01/21 09:22:55
- おはようございます
- notchさん
震災の時刻私は富山の客先に向かって、名古屋から高速道路上を走っていました。
名神一宮インター辺りが丁度地震発生の時間。
NHKラジオで「関西地区で大規模な地震が発生した模様です。」
が第一報。
高速道路の掲示板が一斉に消えてしまった事、時間と共に被災地の状況が徐々に明らかになった事、など鮮明に覚えてます。
20年の時を経て被災後生活が大きく変ってしまった方の報道を見聞きする度、「今なお災害は続いているんだ」 と思い知らされます。
被災された方にとって、もし地震がなかったら全く別の人生になっていた可能性がありますからねえ。
いつまでも忘れない事、経験を活かす事、機会あるごとに現地に行って多少お金を使う事。くらいしか私にはできませんが今後も継続したいと思っています。
空飛犬quill
- notchさん からの返信 2015/01/22 21:30:08
- メッセージありがとうございます。
- 空飛犬quillさん,こんにちは。読んでいただきありがとうございます。
当時のことをお話しいただきありがとうございます。運転をなさっていたのですね。高速道路倒壊の報道を聞かれたときは特にご不安であったとお察しします。私は当時,滋賀におりましたが,それでも大きな揺れに驚いて飛び起きたことを思い出します。まさか神戸があのような惨状になっていたとは,その瞬間はまったくわからなかったものです。
おっしゃるとおり,被災された方にとっては,災害は今なお「続いている」ものなのですね。長田区の商店街はきれいになりましたが,街の再開発をめぐってはいろいろな問題があって,未だ災害は継続中と言われます。そしてなにより,あの震災で大切な方をなくした方にとって,今なおその傷は深く残っているものだと思います。
神戸に住む身として,いろいろ考えるきっかけをいただきました。メッセージありがとうございます。
notch
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- ちーちーさん 2015/01/20 22:10:23
- 感動しました
- notchさま
「阪神淡路大震災20年の神戸をたどる旅」
読んでいて涙がでました。
うまく表現できませんが感動しました。
*旅行記見て頂きありがとうございました。 ちーちー
- notchさん からの返信 2015/01/22 20:59:59
- メッセージありがとうございます。
- ちーちーさん,こんにちは。読んでいただいてありがとうございます。
このようなテーマなので,書いていてつらくなることもありましたが,こうして読んでいただいて,少しでも伝わるものがあってよかったです。
ちーちーさんの初詣旅行記,楽しませていただきました。最後に書かれている「明るく元気に」という気持ち,本当に大切だと思います。神戸がここまで復興できたのも,「明るく元気に」という気持ちを大切にしながら苦難を乗り越えてこられたからだろうなあと思ったりもします。
notch
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- norisaさん 2015/01/20 21:49:55
- なるほど!
- notchさん
こんばんわ。
昨秋、4か月前に神戸に宿泊しました。
大震災の爪痕は完全に癒えたように見えました。
でも、それはあくまで外見上のことなのですね。
裏通りや、あるいは人の心にもダメージはあるようですーー。
美しい画像と感動と新たな認識をありがとうございました。
norisa
- notchさん からの返信 2015/01/22 20:44:40
- メッセージありがとうございます。
- norisaさん,こんにちは。ご覧になっていただきありがとうございます。
街には震災の爪痕はなく,人々がここまで復興を成し遂げた力はすばらしいものだと思います。それだけに,あの震災を直接体験していない私にとっては,あの大災害が本当にここで起こったのかと信じられない気持ちになることが多くあります。
あれだけの災害でしたから,norisaさんがおっしゃるように,人の心のダメージは相当なものだったと思います。そして,それは完全に癒えることはないのだと思います。神戸に住む身として,自分にできることは何か,これをきっかけに考えてみようと思いました。
年始は九州にお出かけになったのですね。私も去年の年始は九州に行きましたが,宮崎方面は行ったことがないので,ちょうどこのあたりについて知りたいなあと思っていたところです。また続編も楽しみにしています。
notch
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- hiro3さん 2015/01/20 20:44:28
- 感謝!
- notchさん、思わずコメントを書かずに去ることができませんでした。
神戸の街にこられて数年で、これほどまでの思い入れを持って神戸を振り返っていただいたとは・・・!
自分は、あの時隣の大阪で少しは地震の影響を受け、これまで感じたことのない揺れを味わい、何が起こったのか理解出来なくて揺れがおさまるのをじっと待ちました。
神戸の復旧にも泊りがけで行きました。音がしない神戸の街を初めて体験しこれが本当に神戸なのか?しばらくは受け入れられない自分がいました。
それでも復興を目指し、みんなが努力し、やってこられました。
日本でこれほどの支えあいを見たことは、近年なかった。体験していない戦争からの復興も大変だったと思いますが、その精神は引き継がれ東北などの力になったと思います。
日本人でよかったと思う旅行記に感謝!
hiro3
- notchさん からの返信 2015/01/22 20:27:48
- メッセージありがとうございます。
- hiro3さん,こんにちは。
20年前,たいへんな思いをされたにもかかわらず,旅行記を読んでいただき,メッセージまでいただき,感謝いたします。泊りがけの復旧作業をされたとのことですが,壮絶な状況の中での復旧作業は,直接経験をしていない私などには想像もつかないくらいのたいへんさだったことと思います。
いま神戸に住んでいると,支え合いの精神をあちこちで感じることがあります。神戸の方にはいろいろ助けられることがあります。hiro3さんがおっしゃるように,震災で築かれたその精神はしっかりと今でも引き継がれているのだなあと感じます。
湖北の旅行記,楽しませていただきました。私ごとですが,こちらが出身ですので,地元を素敵に紹介していただいてうれしく思います。子どものころ,長浜の街や野鳥センターのあたりなどは,よく父の運転で行ったものです。山本山も父が名前をおしえてくれました。なつかしい気持ちで読ませていただきました。
フォローもしていただきありがとうございます。またよろしくお願いいたします。
notch
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