バルセロナ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。<br /><br />日程表<br />6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア<br />6月4日(水) ベネチア<br />6月5日(木) ベネチア<br />6月6日(金) ベネチア→フレンツェ<br />6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ<br />6月8日(日) フィレンツェ<br />6月9日(月) フィレンツェ<br />6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア<br />6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア<br />6月12日(木) ラスペチア→サンレモ<br />6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ<br />6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ<br />6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊<br />6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)<br />6月17日(火) 船中泊(Le Lot)<br />6月18日(水) 船中泊(Le Lot)<br />6月19日(木) 船中泊(Le Lot)<br />6月20日(金) 船中泊(Le Lot)<br />6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール<br />6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール<br />6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス<br />6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス<br />6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス<br />6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ<br />6月27日(金) バルセロナ<br />6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ<br />6月29日(日) バルセロナ<br />6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→<br />7月1日(火)  →羽田<br /><br />朝一番でカタルーニャ音楽堂を見てうっとり!  その後はパセジ・デ・グラシアを北上しながら、ガウディやモデルニスタの作った建物を口をぽかんと開けながら眺め、外装工事中のカサ・ミラでは屋上からの景色を楽しみ、ほんの一部だけれど、ガウディの世界に浸りました。こうしているうちにも、時間はどんどんたっていきます。<br /><br />時刻は午後3時半。さすがにお腹もすいたんだけれど、このバルセロナときたら、一時も気が抜けないのです。素晴らしい建物ありすぎ! カサ・ミラから30mも行かないうちに、ほらっ またみっけ!

イタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その64 バルセロナ(5)

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2014/06/27 - 2014/06/27

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junemay

junemayさん

 個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。

日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火)  →羽田

朝一番でカタルーニャ音楽堂を見てうっとり! その後はパセジ・デ・グラシアを北上しながら、ガウディやモデルニスタの作った建物を口をぽかんと開けながら眺め、外装工事中のカサ・ミラでは屋上からの景色を楽しみ、ほんの一部だけれど、ガウディの世界に浸りました。こうしているうちにも、時間はどんどんたっていきます。

時刻は午後3時半。さすがにお腹もすいたんだけれど、このバルセロナときたら、一時も気が抜けないのです。素晴らしい建物ありすぎ! カサ・ミラから30mも行かないうちに、ほらっ またみっけ!

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • カサ・ラモン・カサスあるいはCasa Casas-Carbóと呼ばれるこの建物は、カサ・ミラのほんの目と鼻の先にあります。<br /><br />依頼主のラモン・カサスRamon Casasは上流階級出身の画家で、この家は、1894年にアントニ・ロヴィラ・イ・ラバッサAntoni Rovira i Rabassaにより建てられました。

    カサ・ラモン・カサスあるいはCasa Casas-Carbóと呼ばれるこの建物は、カサ・ミラのほんの目と鼻の先にあります。

    依頼主のラモン・カサスRamon Casasは上流階級出身の画家で、この家は、1894年にアントニ・ロヴィラ・イ・ラバッサAntoni Rovira i Rabassaにより建てられました。

  • この建物の特徴は、日本式に言うと2階にある極めて細かい彫刻が施されている石のバルコニー、そして最上階の小さな連続窓の上に並んだ石の装飾です。<br /><br />ロートレックに少し似た作風を持つラモン・カサス、そして彼の親友で、後にピカソに多大なる影響を与えたと言われる同じく画家のサンチャゴ・ルシニョールSantiago Rusiñolは一時期ここで暮らし、共にカタルーニャ文芸復興運動において重要な役割を担ったと言われています。

    この建物の特徴は、日本式に言うと2階にある極めて細かい彫刻が施されている石のバルコニー、そして最上階の小さな連続窓の上に並んだ石の装飾です。

    ロートレックに少し似た作風を持つラモン・カサス、そして彼の親友で、後にピカソに多大なる影響を与えたと言われる同じく画家のサンチャゴ・ルシニョールSantiago Rusiñolは一時期ここで暮らし、共にカタルーニャ文芸復興運動において重要な役割を担ったと言われています。

  • パセジ・ダ・グラシアとディアゴナル通りの交差点には、オベリスクが立っていました。「鉛筆」というニックネームのあるこのオベリスクは、なんと! あのフランコ将軍のスペイン内戦勝利を記念して、1940年に建てられたものだそうです。フランコの死からもうすでに40年たったというのにねえ。<br /><br />市民の間からも、民主主義の世の中になって久しいのに、いまだにこんな前世紀の遺物が放置されている、意味のないものは即刻撤去すべき!という意見があるそうですが、このオベリスクの運命は如何に・・・

    パセジ・ダ・グラシアとディアゴナル通りの交差点には、オベリスクが立っていました。「鉛筆」というニックネームのあるこのオベリスクは、なんと! あのフランコ将軍のスペイン内戦勝利を記念して、1940年に建てられたものだそうです。フランコの死からもうすでに40年たったというのにねえ。

    市民の間からも、民主主義の世の中になって久しいのに、いまだにこんな前世紀の遺物が放置されている、意味のないものは即刻撤去すべき!という意見があるそうですが、このオベリスクの運命は如何に・・・

  • パセジ・ダ・グラシアを離れて、今度はディアゴナル通りを行きます。相変わらず、美しい建物が目白押しで、視線は上を向いたまま。気をつけなければ、転びそうです。

    パセジ・ダ・グラシアを離れて、今度はディアゴナル通りを行きます。相変わらず、美しい建物が目白押しで、視線は上を向いたまま。気をつけなければ、転びそうです。

  • ディアゴナル通りをふらふらと歩きます。張り出した出窓の下にまで、細やかな石の彫刻が施されている建物。どれだけお金かけているんでしょ。

    ディアゴナル通りをふらふらと歩きます。張り出した出窓の下にまで、細やかな石の彫刻が施されている建物。どれだけお金かけているんでしょ。

  • 宵宵祇園京都といううどんやさん発見! うどんが7ユーロ、かやくご飯が4ユーロ。両方頼むと、2ユーロ引きですって。<br /><br />リーズナブルだし、だいぶ気をそそられたんですが、あと3日で日本に帰るし、日本食はそれまでお預けでもいいかなって思い直し、他を当たることにしました。<br /><br />今調べたら、ものすごく評判の良い(口コミ5★でした! )、本格的なうどんやさんのようでした。残念だったかも・・・

    宵宵祇園京都といううどんやさん発見! うどんが7ユーロ、かやくご飯が4ユーロ。両方頼むと、2ユーロ引きですって。

    リーズナブルだし、だいぶ気をそそられたんですが、あと3日で日本に帰るし、日本食はそれまでお預けでもいいかなって思い直し、他を当たることにしました。

    今調べたら、ものすごく評判の良い(口コミ5★でした! )、本格的なうどんやさんのようでした。残念だったかも・・・

  • ディアゴナル通りを戻って、サグラダ・ファミリア方面へ。美しいタイルの貼られた建物の扉が開いていたので、中に入り、受付の女性に断って写真を撮らせてもらいました。<br /><br />後で、ここがカサ・アシアとして知られている建物だと知りました。以前はアジア系言語や文化のカルチャーセンターだったのですが、現在は転居したようです。

    ディアゴナル通りを戻って、サグラダ・ファミリア方面へ。美しいタイルの貼られた建物の扉が開いていたので、中に入り、受付の女性に断って写真を撮らせてもらいました。

    後で、ここがカサ・アシアとして知られている建物だと知りました。以前はアジア系言語や文化のカルチャーセンターだったのですが、現在は転居したようです。

  • 雰囲気がなんとなく、カサ・アマトリェールに似ているなと思っていたのですが、こちらもジュセップ・プッチ・イ・カダファルクが改修した建物だそうで、1902年から1903年にかけて全面改装が行われました。元々の名称はクァドラ男爵宮殿 Palau Baro de Quadreと言います。<br /><br />私はディアゴナル通りの方からしか見ていませんが、この建物、二つの通りに面していて、それぞれ雰囲気が全く異なるのだそうです。片方はネオゴシック様式の厳かな北ヨーロッパ調の宮殿風(私が見たほう)、そしてもう片方はもっと親しみやすいモデルニスム風。偶然入った建物なので、この時はファサードを撮ることすらしませんでした。

    雰囲気がなんとなく、カサ・アマトリェールに似ているなと思っていたのですが、こちらもジュセップ・プッチ・イ・カダファルクが改修した建物だそうで、1902年から1903年にかけて全面改装が行われました。元々の名称はクァドラ男爵宮殿 Palau Baro de Quadreと言います。

    私はディアゴナル通りの方からしか見ていませんが、この建物、二つの通りに面していて、それぞれ雰囲気が全く異なるのだそうです。片方はネオゴシック様式の厳かな北ヨーロッパ調の宮殿風(私が見たほう)、そしてもう片方はもっと親しみやすいモデルニスム風。偶然入った建物なので、この時はファサードを撮ることすらしませんでした。

  • 1階のパティオです。モザイクタイルが大層美しかったです。階段はカサ・アマトリェール同様吹き抜けになっていて、天窓から光が優しく差し込みます。

    1階のパティオです。モザイクタイルが大層美しかったです。階段はカサ・アマトリェール同様吹き抜けになっていて、天窓から光が優しく差し込みます。

  • ネオムデハル様式、ネオゴシック様式などが複雑に絡み合っている、なんとも不思議な空間です。<br /><br />これまで見たこともない、八角形と三角形を貼りあわせたような形状のランプが静かに輝いていました。

    ネオムデハル様式、ネオゴシック様式などが複雑に絡み合っている、なんとも不思議な空間です。

    これまで見たこともない、八角形と三角形を貼りあわせたような形状のランプが静かに輝いていました。

  • またもや、照明に釘付け・・・壁のレンガも、タイルもとてもおしゃれです。階段のしなやかな曲線は、モデルニスムの特徴かな。

    またもや、照明に釘付け・・・壁のレンガも、タイルもとてもおしゃれです。階段のしなやかな曲線は、モデルニスムの特徴かな。

  • ディアゴナル通りに面した錬鉄製扉のアイアンワークがまた見事!<br /><br />こうして扉が開いていたら、誰だって中に引きずり込まれてしまいますよね。

    ディアゴナル通りに面した錬鉄製扉のアイアンワークがまた見事!

    こうして扉が開いていたら、誰だって中に引きずり込まれてしまいますよね。

  • 床、タイル、その上の壁がそれぞれ全く異なった文様にもかかわらず、三方けんかせず、全体的には落ち着いた雰囲気に満ちている空間です。<br /><br />後で○○の歩き方を見たら、建物の中にも入れると書いてありましたが、私が訪問した際には、受付の女性に1階のロビーのみと言われました。ロビーだけでも十分訪問に値しますよ。

    床、タイル、その上の壁がそれぞれ全く異なった文様にもかかわらず、三方けんかせず、全体的には落ち着いた雰囲気に満ちている空間です。

    後で○○の歩き方を見たら、建物の中にも入れると書いてありましたが、私が訪問した際には、受付の女性に1階のロビーのみと言われました。ロビーだけでも十分訪問に値しますよ。

  • クァドラ男爵宮殿を出て、ディアゴナル通りを南東方向へ進みます。ここから歩いてサグラダ・ファミリアを見に行こうと考えているのです。

    クァドラ男爵宮殿を出て、ディアゴナル通りを南東方向へ進みます。ここから歩いてサグラダ・ファミリアを見に行こうと考えているのです。

  • 間もなく通りの反対側に、お城のような建物が姿を現しました。日本語でラス・プンシャス集合住宅 Casa de les Punxes。なんとこれもジュセップ・プッチ・イ・カダファルクの作品なのだそうです。<br /><br />3つの建物を所有していたテラデスTerrades姉妹から再開発を委託されたプッチ・イ・カダファルクは、この3つの建物を合計6つの塔でつないで1つにまとめ、外装をレンガで覆い、中世のお城のような建物に変身させたのです。

    間もなく通りの反対側に、お城のような建物が姿を現しました。日本語でラス・プンシャス集合住宅 Casa de les Punxes。なんとこれもジュセップ・プッチ・イ・カダファルクの作品なのだそうです。

    3つの建物を所有していたテラデスTerrades姉妹から再開発を委託されたプッチ・イ・カダファルクは、この3つの建物を合計6つの塔でつないで1つにまとめ、外装をレンガで覆い、中世のお城のような建物に変身させたのです。

  • 建物は1905年に完成。ラス・プンシャスとは尖ったものという意味(複数形)で、先の尖った塔の形からそう呼ばれていますが、これも愛称で、正式名称は所有者の名前であるカサ・テラデス。<br /><br />中央に見える建物は3つのうちの1つ。ファサードの上部には、セラミックのパネルが飾られ、バルコニーの白い装飾が目を惹きます。<br /><br />プッチ・イ・カダファルクの作品は、今日これで3つ目ですが、いずれもヨーロッパの伝統的な様式を建物の一部に取り入れているところが特徴だと言えます。モデルニスムの建築家としては独創性に欠けると評する人もいるようですが、様々な様式の融合を図ったということで、僭越ながら、一番万人受けするタイプだったのではないかと思いました。

    建物は1905年に完成。ラス・プンシャスとは尖ったものという意味(複数形)で、先の尖った塔の形からそう呼ばれていますが、これも愛称で、正式名称は所有者の名前であるカサ・テラデス。

    中央に見える建物は3つのうちの1つ。ファサードの上部には、セラミックのパネルが飾られ、バルコニーの白い装飾が目を惹きます。

    プッチ・イ・カダファルクの作品は、今日これで3つ目ですが、いずれもヨーロッパの伝統的な様式を建物の一部に取り入れているところが特徴だと言えます。モデルニスムの建築家としては独創性に欠けると評する人もいるようですが、様々な様式の融合を図ったということで、僭越ながら、一番万人受けするタイプだったのではないかと思いました。

  • なおもディアゴナル通りを行くと、今度は通りの真ん中に大きなモニュメントのある広場が出来ていました。Plaça de Mossèn Jacint Verdaguer<br /><br />地下鉄の駅名にもなっているヴェルザゲル Jacint Verdaguerは19世紀にカタルーニャ語で叙事詩を書いた詩人だそうです。カタルーニャ語の広場名には「父」ジョシント・ヴェルザゲルとあり、ここにも強烈なナショナリズムを感じます。

    なおもディアゴナル通りを行くと、今度は通りの真ん中に大きなモニュメントのある広場が出来ていました。Plaça de Mossèn Jacint Verdaguer

    地下鉄の駅名にもなっているヴェルザゲル Jacint Verdaguerは19世紀にカタルーニャ語で叙事詩を書いた詩人だそうです。カタルーニャ語の広場名には「父」ジョシント・ヴェルザゲルとあり、ここにも強烈なナショナリズムを感じます。

  • ディアゴナル通りから1ブロック南に下ったところにあったSant Francesc de Salesという教会です。美しいネオゴシック様式の建物で、1882年から1885年にかけて建築家ジョアン・マルトレル・イ・モンテルスJoan Martorell i Montellsにより建てられました。<br /><br />マルトレルは、ガウディの「先生」の一人で、ガウディの建築家として一番最初の仕事となったレイアル広場のガス灯のデザインは、彼が仲介したものです。また、後に最も大切なパトロンとなったグエル氏をガウディに紹介した人としても知られています。<br /><br />町を歩けば、歴史的建造物だらけ。本当にバルセロナ、凄い町です。

    ディアゴナル通りから1ブロック南に下ったところにあったSant Francesc de Salesという教会です。美しいネオゴシック様式の建物で、1882年から1885年にかけて建築家ジョアン・マルトレル・イ・モンテルスJoan Martorell i Montellsにより建てられました。

    マルトレルは、ガウディの「先生」の一人で、ガウディの建築家として一番最初の仕事となったレイアル広場のガス灯のデザインは、彼が仲介したものです。また、後に最も大切なパトロンとなったグエル氏をガウディに紹介した人としても知られています。

    町を歩けば、歴史的建造物だらけ。本当にバルセロナ、凄い町です。

  • サグラダ・ファミリアを見る前に腹ごしらえ。ようやくありつけました。スペインに来てから、パスタでは散々失敗しているのですが、懲りずにまた注文してしまいました。幸いなことに、このパスタは伊勢うどんのようではありませんでした。

    サグラダ・ファミリアを見る前に腹ごしらえ。ようやくありつけました。スペインに来てから、パスタでは散々失敗しているのですが、懲りずにまた注文してしまいました。幸いなことに、このパスタは伊勢うどんのようではありませんでした。

  • 白身魚のフリッタとサラダ・・・まあまあかな。

    白身魚のフリッタとサラダ・・・まあまあかな。

  • デザートのプディングが一番美味しかったです。<br /><br />遅いランチを食べた El Raconetというこのレストラン、サグラダ・ファミリアから100mくらい南にありました。小さな店内ですが、大きなスクリーンがあって、何故かスペイン人の女性リポーターによる日本旅行記が延々と放映されていました。箱根の温泉の映像を見ながらの食事はなんだか不思議な気分でした。

    デザートのプディングが一番美味しかったです。

    遅いランチを食べた El Raconetというこのレストラン、サグラダ・ファミリアから100mくらい南にありました。小さな店内ですが、大きなスクリーンがあって、何故かスペイン人の女性リポーターによる日本旅行記が延々と放映されていました。箱根の温泉の映像を見ながらの食事はなんだか不思議な気分でした。

  • レストランの脇の路地をずんずん進んでいって、サグラダ・ファミリアが見えた瞬間です。わお〜!

    レストランの脇の路地をずんずん進んでいって、サグラダ・ファミリアが見えた瞬間です。わお〜!

  • サグラダ・ファミリアのまん前にある公園からまずは眺めましょう。<br /><br />先ほどカサ・ミラで見たばかりの鎖による重力の実験を思い出しました。確かにあの鎖を反転させると、サグラダ・ファミリアに似てきますね。<br /><br />http://4travel.jp/travelogue/10971314<br />

    サグラダ・ファミリアのまん前にある公園からまずは眺めましょう。

    先ほどカサ・ミラで見たばかりの鎖による重力の実験を思い出しました。確かにあの鎖を反転させると、サグラダ・ファミリアに似てきますね。

    http://4travel.jp/travelogue/10971314

  • 目の前にそびえているのは、受難の塔(Torre Passio)。○○年前にエレベータで上ったのは、この塔だったかなあ・・・反対側の生誕の塔(Torre Naixement)にも上ることが出来て、入場するときにどちらかを選択できるそうです。<br /><br />

    目の前にそびえているのは、受難の塔(Torre Passio)。○○年前にエレベータで上ったのは、この塔だったかなあ・・・反対側の生誕の塔(Torre Naixement)にも上ることが出来て、入場するときにどちらかを選択できるそうです。

  • 塔の中ほどに書かれた「Sunctus、Sunctus、Sunctus」というのは、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と3度繰り返す三聖唱と呼ばれる聖歌の言葉なのだそう。<br /><br />塔頂部には、「Hosanna in Excelsis」の文字がみえますが、こちらは、ヘブライ語から来た言葉で、それぞれ「いと高きところに」、「祝福あれ!」という意味ですが、合わせて「全ての聖者は天国に!」。ゴルゴダの丘で磔にされたキリストの前で、人々が叫んだ言葉なのだそうです。

    塔の中ほどに書かれた「Sunctus、Sunctus、Sunctus」というのは、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と3度繰り返す三聖唱と呼ばれる聖歌の言葉なのだそう。

    塔頂部には、「Hosanna in Excelsis」の文字がみえますが、こちらは、ヘブライ語から来た言葉で、それぞれ「いと高きところに」、「祝福あれ!」という意味ですが、合わせて「全ての聖者は天国に!」。ゴルゴダの丘で磔にされたキリストの前で、人々が叫んだ言葉なのだそうです。

  • 受難のファサードの真下にやってきました。ここには、キリストの受難の歴史が刻まれていますが、ここからよく見えるのは、ジョゼップ・マリア・スキラッティJosep Maria Subirachsによるキリストの磔の場面と、その下のゴルゴダの場面。<br /><br />彫像を実際に設置していく作業は1987年から始まったそうなので、実際にこの目で見るのは初めて。彫像については、もっと写実的なものを想像してきたのですが、ぐっと現代風だったので正直驚きました。特に、中央の2つの塔をつなぐ連結部にあるキリストの昇天のブロンズ像は、出来の悪いロボットみたいでちょっとがっかりです。

    受難のファサードの真下にやってきました。ここには、キリストの受難の歴史が刻まれていますが、ここからよく見えるのは、ジョゼップ・マリア・スキラッティJosep Maria Subirachsによるキリストの磔の場面と、その下のゴルゴダの場面。

    彫像を実際に設置していく作業は1987年から始まったそうなので、実際にこの目で見るのは初めて。彫像については、もっと写実的なものを想像してきたのですが、ぐっと現代風だったので正直驚きました。特に、中央の2つの塔をつなぐ連結部にあるキリストの昇天のブロンズ像は、出来の悪いロボットみたいでちょっとがっかりです。

  • さすが、バルセロナでに飛び抜けて人気の高い観光地だけあって、人の数も半端じゃあありません。塔に上るつもりはなかったので、せめて下の聖堂に入場しようと思ってやって来たのですが、以前は誰でも自由に参観できたのに、今は切符を買って行列に並ばないとそれも出来なくなっていました。<br /><br />話に聞くところによると、グエル公園も入場券が必要になったとか・・・入場料をとって入場制限をしないと管理できないほどの人々が押し寄せるということなんですね。きっと。

    さすが、バルセロナでに飛び抜けて人気の高い観光地だけあって、人の数も半端じゃあありません。塔に上るつもりはなかったので、せめて下の聖堂に入場しようと思ってやって来たのですが、以前は誰でも自由に参観できたのに、今は切符を買って行列に並ばないとそれも出来なくなっていました。

    話に聞くところによると、グエル公園も入場券が必要になったとか・・・入場料をとって入場制限をしないと管理できないほどの人々が押し寄せるということなんですね。きっと。

  • それなら外観だけでもじっくり見ることにしましょう。まずは受難の塔を目にしっかり焼き付けてから、ぐるりと時計回りで一周することにしました。

    それなら外観だけでもじっくり見ることにしましょう。まずは受難の塔を目にしっかり焼き付けてから、ぐるりと時計回りで一周することにしました。

  • 唯一ファサードのない側は、聖堂の後陣です。ガウディは1883年に前任者からプロジェクトを引き受けた後、1889年に地下礼拝堂を、1892年には後陣を完成させています。外から見える部分としては最古の部分、その完成からすでに125年経過したということですね。<br /><br />同じ1892年に、ガウディは生誕のファサードの建設にとりかかり、1911年には受難のファサードの計画に入りました。

    唯一ファサードのない側は、聖堂の後陣です。ガウディは1883年に前任者からプロジェクトを引き受けた後、1889年に地下礼拝堂を、1892年には後陣を完成させています。外から見える部分としては最古の部分、その完成からすでに125年経過したということですね。

    同じ1892年に、ガウディは生誕のファサードの建設にとりかかり、1911年には受難のファサードの計画に入りました。

  • 東側に廻ってきました。生誕の塔が見えてきました。こちら側は、以前訪問したときとあまり変わっていない印象を受けます。<br /><br />中央の低い塔は生命の木をイメージしており、沢山の白い鳩が舞っているのが見えます。木の根元の辺りにも白いものが見えますが、これは、親子愛の象徴とされるペリカンの親子なのだそうです。

    東側に廻ってきました。生誕の塔が見えてきました。こちら側は、以前訪問したときとあまり変わっていない印象を受けます。

    中央の低い塔は生命の木をイメージしており、沢山の白い鳩が舞っているのが見えます。木の根元の辺りにも白いものが見えますが、これは、親子愛の象徴とされるペリカンの親子なのだそうです。

  • 中央部分大扉の一番上の祠には、聖母戴冠、その下のステンドグラスの前には、大天使ガブリエルによる受胎告知、その下には、生誕を祝う9人の子供建ち、そして両翼には6人の天使の音楽家達という、キリスト誕生に纏わる有名なシーンがここでも再現されていました。<br /><br />この生誕を祝う部分の彫刻は、1936年の内戦で一部破壊され、日本人の外尾悦郎さんによって再建されたことは有名な話ですね。<br />生誕のファサードは、2000年に外尾さんが最後の1人の彫像をセッティングし終えたとともに約100年かかってようやく完成となりました。<br />

    中央部分大扉の一番上の祠には、聖母戴冠、その下のステンドグラスの前には、大天使ガブリエルによる受胎告知、その下には、生誕を祝う9人の子供建ち、そして両翼には6人の天使の音楽家達という、キリスト誕生に纏わる有名なシーンがここでも再現されていました。

    この生誕を祝う部分の彫刻は、1936年の内戦で一部破壊され、日本人の外尾悦郎さんによって再建されたことは有名な話ですね。
    生誕のファサードは、2000年に外尾さんが最後の1人の彫像をセッティングし終えたとともに約100年かかってようやく完成となりました。

  • 受難のファサードと生誕のファサードは、教会の翼廊(十字架の横の部分)の両端に当たります。背後に見えるのは、十字架の縦の部分に当たる身廊です。<br /><br />身廊の部分は、壁が何重にもなっているようで、内側に行くほど新しい? まだまだ工事現場という状態です。

    受難のファサードと生誕のファサードは、教会の翼廊(十字架の横の部分)の両端に当たります。背後に見えるのは、十字架の縦の部分に当たる身廊です。

    身廊の部分は、壁が何重にもなっているようで、内側に行くほど新しい? まだまだ工事現場という状態です。

  • こちらは、聖マリアと聖ヨセフの結納のシーンです。

    こちらは、聖マリアと聖ヨセフの結納のシーンです。

  • 聖母戴冠の場面をもう一度アップで。

    聖母戴冠の場面をもう一度アップで。

  • ガウディは全て石で建てようとしたそうですが、時代には勝てず、どうやら現在の工事部分は鉄筋コンクリート製のようです。<br /><br />鉄筋がむき出しのままの状態のものが見えていました。

    ガウディは全て石で建てようとしたそうですが、時代には勝てず、どうやら現在の工事部分は鉄筋コンクリート製のようです。

    鉄筋がむき出しのままの状態のものが見えていました。

  • 工事中の幕の向こうには、こんな世界があるんですよ と教えてくれるのはありがたいのですが、複雑すぎてさっぱり全体像がつかめません。

    工事中の幕の向こうには、こんな世界があるんですよ と教えてくれるのはありがたいのですが、複雑すぎてさっぱり全体像がつかめません。

  • こちらが、2002年に工事が始まったばかりの、最大にして、最も印象深いものになるであろう栄光のファサードの工事現場です。このファサードから中央の身廊へアクセスができるようになります。ガウディ自身、このファサードを生きているうちに見ることは出来ないだろうと考え、自ら模型を作っていたのですが、その模型も1936年に内戦で破壊されてしまいました。幸いなことに、ガウディが撮影していた模型の写真が残されていたため、それを元に現在急ピッチで工事が進められています。<br /><br />このファサードを完成させた暁には、聖堂へと続く長い階段を作る必要があり、現在ファサードの前の道マリョルカ通りの向かいにあるブロックの建物を丸ごと立ち退かせる必要があるとのことです。階段の先は栄光の柱廊につながり、根元には7つの大罪、頂には7つの美徳が装飾された7本の巨大な柱が立ち並ぶことになるだろうと言われています。<br /><br />本当に2026年までに完成するのでしょうか?<br /><br />

    こちらが、2002年に工事が始まったばかりの、最大にして、最も印象深いものになるであろう栄光のファサードの工事現場です。このファサードから中央の身廊へアクセスができるようになります。ガウディ自身、このファサードを生きているうちに見ることは出来ないだろうと考え、自ら模型を作っていたのですが、その模型も1936年に内戦で破壊されてしまいました。幸いなことに、ガウディが撮影していた模型の写真が残されていたため、それを元に現在急ピッチで工事が進められています。

    このファサードを完成させた暁には、聖堂へと続く長い階段を作る必要があり、現在ファサードの前の道マリョルカ通りの向かいにあるブロックの建物を丸ごと立ち退かせる必要があるとのことです。階段の先は栄光の柱廊につながり、根元には7つの大罪、頂には7つの美徳が装飾された7本の巨大な柱が立ち並ぶことになるだろうと言われています。

    本当に2026年までに完成するのでしょうか?

  • 聖堂の西側へと戻って参りました。<br />きれいな濃いピンクの花が咲いている先には、波状屋根が特徴的な、1909年にガウディによって建てられた学校が残っていました。聖堂の建築工事に伴う労働者の子弟が通うために作られたそうですが、近所の恵まれない家庭の子供達も大勢通ってきたとのことです。屋根だけでなく、壁も波打っているこの建物は日当たりが良いだけでなく、大変強度のある建物となっています。<br /><br />この学校も1936年のスペイン内戦で大きな被害を受け、1943年に解体修復。更に2002年には当初学校が建っていた敷地が工事の対象となったため、再度解体されて、現在の場所に再再建されました。

    聖堂の西側へと戻って参りました。
    きれいな濃いピンクの花が咲いている先には、波状屋根が特徴的な、1909年にガウディによって建てられた学校が残っていました。聖堂の建築工事に伴う労働者の子弟が通うために作られたそうですが、近所の恵まれない家庭の子供達も大勢通ってきたとのことです。屋根だけでなく、壁も波打っているこの建物は日当たりが良いだけでなく、大変強度のある建物となっています。

    この学校も1936年のスペイン内戦で大きな被害を受け、1943年に解体修復。更に2002年には当初学校が建っていた敷地が工事の対象となったため、再度解体されて、現在の場所に再再建されました。

  • 右端に一部見えるのが、ガウディの学校。受難のファサードの近くで、自由に周りを歩くことが出来るようです。

    右端に一部見えるのが、ガウディの学校。受難のファサードの近くで、自由に周りを歩くことが出来るようです。

  • ぐるりと一周して来ました。聖堂の中が見られなかったのは想定外でしたが、最終日時間があったら、また来ることにしましょう。<br /><br />受難のファサード前に立つこの柱には、1882と1982という二つの数字が刻まれています。工事開始が1882年なので、100周年を記念した柱なのでしょうか?

    ぐるりと一周して来ました。聖堂の中が見られなかったのは想定外でしたが、最終日時間があったら、また来ることにしましょう。

    受難のファサード前に立つこの柱には、1882と1982という二つの数字が刻まれています。工事開始が1882年なので、100周年を記念した柱なのでしょうか?

  • こちらが完成予想図。出来ている部分は薄茶色。これからの部分が白。まだまだじゃあないですか・・・建設予定の白い塔がここから見えるだけでも11本。中でも中央のイエスの塔の高さは群を抜いています。なんと174mになる予定だそう。<br /><br />あと11年で出来るかな・・・期待を込めて楽しみに待ちたいと思います。

    こちらが完成予想図。出来ている部分は薄茶色。これからの部分が白。まだまだじゃあないですか・・・建設予定の白い塔がここから見えるだけでも11本。中でも中央のイエスの塔の高さは群を抜いています。なんと174mになる予定だそう。

    あと11年で出来るかな・・・期待を込めて楽しみに待ちたいと思います。

  • この4本の柱が低く見えるような塔が、この先建つんだ と思いながら、再度受難の塔を見上げました。願わくはガウディの構想が最大限生かされますように!<br /><br />長くなりましたので、この続きはイタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その65 バルセロナ(6)で。<br /><br />

    この4本の柱が低く見えるような塔が、この先建つんだ と思いながら、再度受難の塔を見上げました。願わくはガウディの構想が最大限生かされますように!

    長くなりましたので、この続きはイタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その65 バルセロナ(6)で。

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