2014/08/19 - 2014/08/25
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Minty Pinkさん
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4日めは終日フィラデルフィアへ。
目的は美術館2つ。
ここでは2つめ、フィラデルフィア美術館をご紹介。
印象派とその周辺満載(ゴッホの《ひまわり》も)
現代アート(デュシャンの遺作も)まで載せようと思っていましたが、写真がたくさんになってきたので、次の旅行記で!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
第152室。これでもか!というくらい印象派満載。
これ全部クロード・モネ。
右の2つは第157室にあると思っていたのですが、このように並んでいました。 -
Claude Monet, Bend in the Epte River near Giverny, 1888
エプト川って、ポプラ並木の連作を描いたところね。 -
葉っぱ。
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Claude Monet, Poplars on the Bank of the Epte River, 1891
《エプト河畔のポプラ並木》 -
ポプラの根元。川面にも映っている。
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ポプラの枝先。
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Claude Monet, Poplars, 1891
連作を描いている間にポプラ並木が伐採されそうになったんで、お金を払って延期してもらったそうな。
それにしても美しいなあ。 -
この作品のポプラの幹はくっきりしている。
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Claude Monet, Morning at Antibes, 1888
《アンティーブの朝》 -
手前の木。
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遠景が蜃気楼のよう。
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第157室に移動したと思われる…。
左がモネ、中央はファン・ゴッホ。 -
Claude Monet, Waterloo Bridge, London: Morning Fog, 1901
ロンドンの風景だけど、普仏戦争の時ではありません。1899年の秋に留学中の二男ミシェルを訪ねてロンドンに行き、テムズ川の連作に着手しました。 -
Vincent van Gogh, Rain, 1889
展示ラベルによると、サンレミの病院の窓から見えるこの麦畑の連作を描いたとのこと。 -
やっぱり厚塗りの絵の具。色を混ぜていない。青も緑も白もくっきりわかる。
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そのまま進んで第160室へ。そこから第161室を臨む。
正面にはセザンヌの《大水浴図》、その右にはファン・ゴッホの《ひまわり》。
とにかく豪華絢爛なラインナップが続々。それをこんなにゆったりと見せていただけるなんて、幸せー。 -
慌てず、手前からゆっくり行きましょう。
一番右側は言わずとしれたモネの《睡蓮》。 -
Claude Monet, The Japanese Footbridge and the Water Lily Pond, Giverny, 1899
《日本の橋と睡蓮の池、ジヴェルニー》
1899年は《睡蓮》の連作としてはまだ初期段階。この年の夏に睡蓮の池とそこに架かった日本の橋とをモチーフに12点の水の庭の情景を描いた。 -
オルセーで同じ構図のを見ました。日本のポーラ美術館にもこの構図があるけれど、未見。メトロポリタンにもあるのだが、Not on View でした。ロンドンのナショナルギャラリーにもあるらしいけど、見た記憶がない…。
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やがてモネは水面のみに興味の対象を移し、橋や池の周りの植物は姿を消していく。
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部屋の奥の「ひまわり」の前に来ました。
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フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年または1889年
フィラデルフィア美術館に来た目的の一つです。
朽木ゆり氏が『ゴッホのひまわり全点謎解きの旅』(集英社新書 2014年)という本を書いています。世界中に散らばる11枚の《ひまわり》を見に行って、その物語を再構築するという話。おもしろいです。 -
花瓶にVincentのサイン。
11枚と言っても、2枚は見られません。1枚は日本の芦屋で焼失。もう1枚は個人コレクター所蔵で、展覧会に出たこともない。 -
鮮やかな赤い目玉。こんなひまわりは本当にあるのかしら。
背景がブルー・グリーンの《ひまわり》は2枚。ノイエ・ピナコテークにあるものが最初で、フィラデルフィアのはそれの模写とのこと。ノイエ・ピナコテークのには「赤い目玉」は見あたらない。 -
花瓶からこぼれ落ちそうになっているのも。
背景の壁の筆跡がよくわかる。
写真に撮るとまた違ってみえるのだろうけど、実物は「想像より背景が緑がかっている」と思いました。 -
この辺はどうなっているのか…。
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これと…
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これでは同じひまわりでも種類が違いそう。
近づきすぎて職員に注意されている人も…って、おっと日本人じゃないの。
「えー、触ってないよねー。」とか文句言っている。ちょっとあんた、「触ってない」って、そういうレベルの問題じゃないよ。「触っ」ったりしてごらんよ、えらいことになるよ…。 -
見に来ることができて、よかった。
ロンドンとアムステルダムの《ひまわり》に続いて3枚目。結実期の《ひまわり》はアムステルダムのを京都で見て、メトロポリタンのを見た。半分くらいは見たことになるけれど、一番近い東京の《ひまわり》を見ていない。次に東京に行くときに行ってみようかな。 -
次に参りましょう。こちらの壁は、手前がマネ、一番奥がルノワール。
手前のマネは
エドゥアール・マネ《ル・ボン・ボック》1873年 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール《2人の少女》1892年ごろ
1892年と言えば《ピアノの前の少女たち》が国家お買いあげになった年。あちらも2人の少女を描いたものですね。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール《花と果物のある静物》1890年ごろ
1890年はアリーヌと結婚した年。 -
こちらはセザンヌ。同じように花を描いてもタッチの違いは歴然。おもしろい。
ポール・セザンヌ《オリーブの壺に入った花のある静物》1880年 -
Eugene-Louis Boudin, French, 1824 - 1898
The Bridge over the River Touques at Deauville, 1894 -
2枚のルノワールの間に細長い第162室。
左のルノワールは
Portrait of Alfred Bérard with His Dog, 1881 -
では、第162室へ。フィラデルフィア美術館に来たらこれは見逃してはいけないでしょう。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《大きな水浴の女たち》1887年
井出洋一郎『印象派の名画はなぜこんなにおもしろいのか』(中経の文庫、2012)によると…
こちらはタイソン・コレクションといって、ほとんど外国には出さない名品。ルノワールがイタリア旅行後に覚えたルネサンス時代の平塗りの油彩技法を3年かけて再現した労作。色彩よりもデッサン優先。甘さとは逆の「酸っぱい手法」。
厳しい輪郭線による人物表現はそれまでの顧客や愛好家には不評。 -
シュザンヌ・ヴァラドンがモデルとのこと。オルセーにある《都会のダンス》の人ね。ユトリロの母。(父はルノワールかとも…。)
あ。よく見ると指輪をしてる。 -
この人なんか顔はほんわりした表情なんだけど、お体がなまなましくてねえ。いやはや。
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試行錯誤の時代なので、様式上の混乱がある。
輪郭線を強調してなめらかな表面を表す部分と、筆触の跡を残して色彩をきわだたせる部分と。 -
かかとの先が「ちょん!」と水面にあたったのね。小さな波紋が広がっている。
さて、同じ第162室には… -
アリーヌ・シャリゴ!
オルセーで《都会のダンス》と並んでいる《田舎のダンス》のモデル嬢。
ルノワールの奥様でございます。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール《アリーヌ・シャリゴの肖像》1885年頃
3月にピエールが誕生したあとに制作されたものかと。 -
クイズです! さあ、これは誰がもっている扇かな?
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メアリー・カサット《桟敷席にいる真珠の首飾りをした女性》1879年
今は第153室にあるみたいだけど、私はアリーヌの近くで見たような気が…。
カサットはフィラデルフィアから単身パリへ。古いサロン展に見切りをつけて印象派展で大活躍。ドガに見込まれ「私と同じ感覚を持っている!」「女があんなにうまく描けるなんて許せん!」と言わしめた実力。(井出洋一郎『印象派の名画はなぜこんなにおもしろいのか』より) -
姉のリディアさん。着飾ってオペラ座の桟敷席で後ろを向いて鏡で舞台を見ている。
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タイトルにもある真珠の首飾りが美しい。
隣にいた母と小さい娘さんの2人連れのお母さんが「あらー、カサットだわ…」と足を止めて娘さんに話しかけていました。 -
第162室にはこちらも。これぞルノワール?
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ルノワールの代表作の一つでしょうか。ほんわか天然ヌード。
よく見ると、脱いだ帽子やら服らしいものが左端に。
ピエール・オーギュスト・ルノワール《大きな浴女》1905年 -
すでにアウトライン強化の時代は遠く、もとの柔らかい雰囲気に。
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第164室に移動。
さて、こちらもフィラデルフィア美術館の目玉と言えましょう。
ポール・セザンヌ《大水浴》1906年 -
《大水浴》を背にして見た風景。
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長年にわたるセザンヌ芸術の集大成。1895年から亡くなる1906年まで11年の歳月をかけて3点の女性大水浴図に取り組んだ。(バーンズ・コレクションのメインルームで見たのがそのうちの1枚。)特に本作は構図の壮大さで秀でている。(永井隆則『もっと知りたいセザンヌ 生涯と作品』東京美術、2012年より)
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右端の人、下半身消えてる〜。塗り残しはいけませんって習ったんだけどなァ。
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女性の身体は自在に変形され…
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…それらが組み合わされて造型の実験場ともなっている。…そうです。
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大水浴に向き合って、右手を見るとこちら。これを見るの、楽しみでした。
クロード・モネ《睡蓮、日本の橋》1918ー26年
画家が白内障で色覚に異常が出ていた時期。 -
後に目の手術をし、色覚を取り戻してオランジュリーの大装飾画に取りかかるのですが…。
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この時代の現実離れした色彩の作品は後の抽象絵画の原点とも。
このタイプはMoMAにもありますね。 -
反対側にはこちらも。
左には2枚、セザンヌの『サント・ヴィクトワール山』。 -
アンリ・ルソー《陽気な道化たち》1906年
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おなじみの「ルソーの森」に猿(…か?)らしい動物たち。孫の手(?)でミルク瓶をひっくりかえしている??
なぜ…?謎ばっかり。 -
ここにも小さく動物がいるのよ。
事前にわかっていたけど《カーニバルの夕べ》は展示されておらず残念。ルソーの中ではかなり「好きランク」が高いのだけど。 -
第165室。
手前左は エドガー・ドガ《浴後(体を拭く女性)》1896年ごろ -
手前右の小さい絵。
フィンセント・ヴァン・ゴッホ《カミーユ・ルーランの肖像》1888または89年
ルーランさんちの二男さん。 アルルで描いた作品かな。 -
そのおとなりの少し大きい絵がこれ。
フィンセント・ヴァン・ゴッホ《オーギュスティーヌ・ルーラン夫人と乳児マルセルの肖像》1888または89年 -
親友のルーランさん一家の肖像は24点あるそうな。
よく登場するこの赤ちゃんはマルセルくんというんですね。 -
セザンヌ夫人の肖像画並んで3点!
左から制作年は
1886−87年、1890ー92年、1885−87年。
真ん中のが一番若そうに見えるけど、違うのかな。 -
Camille Pissarro, French, 1830 - 1903
Fair on a Sunny Afternoon, Dieppe, 1901
ピサロ、最晩年の作品ですね。 -
離れるとちゃんと雑踏に見える。
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突き当たりの壁にあったのがこちら。
トゥールーズ・ロートレック《ムーランルージュにて ダンス》1890年
左のダンサーの男は「骨なしヴァランタン」と呼ばれたベテランで、新人女子を教育中。 -
左の男にスルーされる売春婦。
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ポール・セザンヌ《ジヴェルニーの冬景色》1894年
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セザンヌは線を用い、その内側と外側をどう塗ってゆくかに非常に神経を使うようになった。この一見平面とも空間ともつかない塗り残しの画面は、この後のキュビズムの作家たちに強いインスピレーションを与え、20世紀美術を大きく回転させることになる。(吉岡正人『印象派から20世紀…』より)
では、ひとまずここで切ります。次はピカソやダリ、デュシャンなども。
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