2013/06/01 - 2013/06/01
14208位(同エリア24513件中)
さいたまさん
バンコクの南にサムットプラカーンと言う都市がある。バンコク市内を流れるチャオプラヤー川の河口に位置する都市で、バンコク高架鉄道BTSの南の最終駅ベアリングから車で10分弱の場所にある。BTSの駅から続くスクゥウィット通り沿いを南下していくと右側に海軍兵学校の端正な校舎が顕われる。この兵学校の場所は、昔の要塞の跡に建てられたとのことであった。
海軍兵学校の西側には、日本で建造され、タイ海軍の旗艦であったトンブリ号の艦橋と艦首部が設置されているとのことであったが、残念ながら直接見ることは出来ず、マストとマストに掲げられたタイ国旗のみを見ることが出来た。表紙写真は、タイ王国海軍兵学校の正門である。
先にも述べたが、首都バンコクを守るようにチャオプラヤー川沿いには要塞が設置されており、それぞれ砲台が築かれていた。
ベトナムを占領したフランスは、ラオスの宗主権がベトナムにあると主張し、当時ラオスを支配していたタイを駆逐し、ラオスを手に入れようとしていた。1893年、フランスは、軍艦2隻を派遣し、チャオプラヤー川沿いに配置されていた要塞からの警告を無視し、首都バンコクに侵入させ、メコン川東側の割譲等を要求するパークナム事件が発生した。
パークナムとは、タイ語で「河口」を意味する言葉であり、タイ軍は、河口に配置された砲台から射撃したが、フランス軍のバンコクへの侵入を阻止することはできなかった。
フランスは、要求を貫徹するためタイ南部を保証占領し、関税自主権やタイ法律からのフランス保護民の治外法権を認めさせた。
フランスは、フランス保護民の認定証明を在タイ華人やカンボジア人まで賄賂を取って乱発し、治外法権の庇護のもと不法行為を働かせ、バンコクの治安を悪化させた。
このパークナム号事件により、タイは不平等条約に悩まされ、その後のバッタンバン平野のフランスへの割譲等で、何とか独立を守るための受動的な立場に追いやられることとなった。
現在、河口の要塞跡には、日本で建造されたメークロン号が設置されていた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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