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 遊行寺坂から藤沢宿に入り、遊行寺橋を渡って右折すると見えてくるのが桔梗屋洋紙の店蔵である。<br /> 創業は江戸時代後期で、2代目清右衛門が継いだのは嘉永6年(1853年)とされる。藤沢宿で銘茶・紙問屋を営んでいた。本社は横浜に移転してしまったが、藤沢に現存する唯一の店蔵で、現在も「紙」という看板を掲げて藤沢支店として営業を続けている。<br /> この店蔵は明治44年(1911年)に建てられた。これは4代目清右衛門が13歳で家督を継いだ為、信用を得るためだったのだと伝えられている。だだし、まなこ壁は平成元年(1989年)に付けられた。<br /> 藤沢地域の店蔵は、明治13年(1880年)の大川屋火事で川上広文堂の店蔵が焼失を免れたので、その後、防火機能を備えた建築として普及した。関東大震災及び街道の拡幅工事等によって減少していったとされる。店蔵は少ないが、それでもこの藤沢宿の街道筋には今でも20棟程度の土蔵や石蔵を見ることができる(http://4travel.jp/travelogue/10937538)。<br />(表紙写真は桔梗屋洋紙の店蔵)

桔梗屋洋紙(藤沢宿)

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2014/10/03 - 2014/10/03

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 遊行寺坂から藤沢宿に入り、遊行寺橋を渡って右折すると見えてくるのが桔梗屋洋紙の店蔵である。
 創業は江戸時代後期で、2代目清右衛門が継いだのは嘉永6年(1853年)とされる。藤沢宿で銘茶・紙問屋を営んでいた。本社は横浜に移転してしまったが、藤沢に現存する唯一の店蔵で、現在も「紙」という看板を掲げて藤沢支店として営業を続けている。
 この店蔵は明治44年(1911年)に建てられた。これは4代目清右衛門が13歳で家督を継いだ為、信用を得るためだったのだと伝えられている。だだし、まなこ壁は平成元年(1989年)に付けられた。
 藤沢地域の店蔵は、明治13年(1880年)の大川屋火事で川上広文堂の店蔵が焼失を免れたので、その後、防火機能を備えた建築として普及した。関東大震災及び街道の拡幅工事等によって減少していったとされる。店蔵は少ないが、それでもこの藤沢宿の街道筋には今でも20棟程度の土蔵や石蔵を見ることができる(http://4travel.jp/travelogue/10937538)。
(表紙写真は桔梗屋洋紙の店蔵)

  • 駐車場横に見える桔梗屋洋紙の店蔵。

    駐車場横に見える桔梗屋洋紙の店蔵。

  • 桔梗屋洋紙の母屋。

    桔梗屋洋紙の母屋。

  • 桔梗屋洋紙の母屋。

    桔梗屋洋紙の母屋。

  • 桔梗屋洋紙の店蔵。

    桔梗屋洋紙の店蔵。

  • 桔梗屋洋紙の店蔵のまなこ壁。平成元年(1989年)に付けられた。

    桔梗屋洋紙の店蔵のまなこ壁。平成元年(1989年)に付けられた。

  • 桔梗屋洋紙の店蔵。

    桔梗屋洋紙の店蔵。

  • 桔梗屋洋紙の倉庫。

    桔梗屋洋紙の倉庫。

  • 桔梗屋洋紙の倉庫。

    桔梗屋洋紙の倉庫。

  • 桔梗屋洋紙の土蔵。

    桔梗屋洋紙の土蔵。

  • 桔梗屋洋紙の土蔵と倉庫。

    桔梗屋洋紙の土蔵と倉庫。

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