2014/11/13 - 2014/11/22
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ペコちゃんさん
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ドブロヴニクから北西に220kmのスプリットは、アドリア海の青さが目に染みる、歴史のある街です。
ここの観光は、ローマ時代の建物が現在も生きている「ディオクレティアヌス宮殿」。
どんな所か、よく知らないまま案内してもらいましたが、観光だけでなくショッピングも楽しい街でした。
次に行ったトロギールは、城塞に囲まれた本当に小さな島です。
江戸時代まで、外国との戦いがほとんどなかった島国の日本人から見ると、外敵との戦いが続いたヨーロッパ大陸の国々が自国を守るのは、大変なことだったと思いますますし、国を守った人たちの勇気と知恵には、何か感動させられるものがあります。
写真は、ディオクレティアヌス宮殿の案内板の前で打ち合わせをする、背高ノッポの現地ガイドさんと添乗員さん。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
8時にドブロヴニクのホテルを出発して、アドリア海の入り江に架かる橋を渡って北西に走り、スプリットに向かいます。
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今日は快晴なので、アドリア海が本当に綺麗です。
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1200余りの島があるといわれるクロアチアの海岸線。
クロアチア領海には718の島と389の小島、それに78の岩礁がありますが、有人島は僅か48だそうです。 -
クロアチアを分断する、ボスニア・ヘルツェゴビナ唯一の海に面した街、ネウム。
ここでのトイレストップは、観光客定番のお買い物スポット。
地下がスーパーになっており、ボスニア・ヘルツェゴビナなので物価が安い。
モスタルからドブロヴニクに行く時も寄りましたが、また追加買いが出来てラッキーでした。
クロアチアからも国境を越えて買い物に来る人が多いとの事。 -
チョコ売り場・・・日本人の観光客が来ると、あっという間にクロアチア名物のチョコ・KRASがなくなるので、すぐに補充してました。
ちょっと甘いチョコです。 -
スーパーがある建物のテラスから見るアドリア海は、まさに絶景!
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途中のネレトヴァ川のデルタ地帯にはミカン畑が広がり、道端で沢山売っていました。
後ろの山々は、スロベニアからバルカン半島の南端まで、アドリア海と並行して連なるディナル・アルプス山脈。 -
途中、7つの湖が連なる「バチナ湖」で写真ストップ。
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7つのバチナ湖群のうち、6つの湖は繋がっています。
空と水の青さが印象的です。 -
湖が繋がっているところには、丸い橋が見えます。
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スプリットの手前で昼食。
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ビールはドイツのライセンスを取ったスプリットのビール・カルテンベルク。
メニューは、魚のパテに・・・ -
ブロデッド(魚のトマト煮)。
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レストランの一角のショーケースに、可愛い陶磁器の人形などが飾られていました。
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可愛いもの大好き夫が、お店の人に聞いています。
「いくらですか?」・・・思ったほど高くありませんでした。
早速お買い上げデス。
女の子と、来年の干支にちなんで羊さん。 -
14時にスプリットに到着。
スプリットの旧市街地の中心にあるのが「ディオクレティアヌス宮殿」。
この宮殿は、ローマ皇帝のディオクレティアヌス(在位:284年~305年、311年没)が、病気で皇帝を退位した後に過ごした宮殿で、3世紀末から4世紀初頭にかけて造られました。
皇帝の死後、一旦廃墟になりましたが、7世紀には異民族が宮殿に住みつき、17世紀にはトルコから守るため、街の周りに星形の要塞が造られました。 -
スプリットは、首都ザクレブに次ぐクロアチア第2の都市で、アドリア海に面した都市の中では最大の港湾都市でもあります。
現在も宮殿内には600人もの人が住んでいます・・・ローマ時代の遺跡に人が住んでいるのは、世界の中でもここだけです。 -
海に面したディオクレティアヌス宮殿の当時の想像図の前で、背高ノッポのガイド・ステラさんが添乗員さんと見学の打ち合わせをしています。
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「ディオクレティアヌス宮殿のあるスプリットの歴史的建造物群」は、1979年に世界遺産として登録されました。
チビさん達も、街のミニチュア模型で勉強しているのかな? -
リヴァと呼ばれるプロムナードは宮殿の南側で、ローマ時代は海だった所。
宮殿の壁に沿って、カフェテラスが延々と続きます。 -
旧市街への主な入り口は東西南北に4箇所あり、それぞれが「銀の門」「鉄の門」「青銅の門」「金の門」と呼ばれます。
これは南側の「青銅の門」・・・昔は海に面しており、皇帝の住居部分に直接繋がっていました。
ここが観光の出発点です。 -
青銅の門から階段を降りた所に入り口があり、地下室を見学します。
皇帝住居の下層階であり、かつては倉庫などとして使われていました。
上階と同じ構造をしていたと見られ、地下部分の部屋の構造から上階の皇帝住居の姿を推測することが出来ます。
それにしても、太い柱。 -
地下宮殿の入り口で、水道の経路などの説明を受けます。
ディオクレティアヌス宮殿の地下室は50年前より掘削が開始され、その一部に昔の姿が蘇ってきました。 -
謁見の間。
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正面にディオクレティアヌスのレリーフがある部屋。
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中世になると、地下室は倉庫やワイン・オリーブオイル作り等に使われましたが、都市化か進むにつれてゴミ捨て場として使われるようになりました。
そのため、結果的にローマ帝国時代の構造がよく保存されています。 -
この部屋は、声がとても良く響く、別名カラオケルーム(?)・・・クラパ(クロアチアの伝統音楽で男性4人によるアカペラ合唱)を、ここで聞いてみたいですね。
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ディオクレティアヌス(244~311年)は、キリスト教徒に対し、初めは融和策をとっていましたが、国政に対する反抗などから警戒心を抱くようになり、303年に令を発し、抑圧するようになりました。
そして国内で急進派の教徒千人あまりを処刑したため、キリスト教徒から最も憎まれるローマ皇帝となりました。 -
宮殿の水は、サロナ近くのJadro川から引かれていました・・・これを水道管として繋いで水を引いたのですね。
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地下から上に出ると、街のシンボルになっている「聖ドムニウス大聖堂」の鐘楼が聳えています。
ディオクレティアヌスの死後、313年にはミラノ勅令により、キリスト教は公認され、キリスト教徒はディオクレティアヌスが「大迫害」を行ったとし、8世紀には、霊廟からディオクレティアヌスの遺体を撤去しアドリア海に投棄して、霊廟を大聖堂に作り替えました。
キリスト教徒にとって、それが最大のリベンジだったとは、ガイドさんの話です。 -
宮殿の中央にある中庭はペリスティルと呼ばれています。
ディオクレティアヌスが、領土のエジプトから運んだ12本のコリント式の列柱が東西に連なり、東側に大聖堂の階段があります。 -
中庭の正面にある4本列柱の建物が、皇帝の住居の玄関でした。
玄関前にあるスフィンクスの像は、皇帝がエジプト遠征の際、ルクソールから持ち帰った11体のうちの一つで、3600年前のもの。 -
『通して下さい通り』と呼ばれている狭い通り。
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クロアチアはネクタイの発祥の地です。
最も有名なのが、こちらのネクタイ専門店・クロアタ。 -
クロアチア兵のスカーフから発展して、今の形になったネクタイ・・・17世紀、兵士の妻や恋人たちが無事を祈って贈ったスカーフを、兵士が首に巻いたのがネクタイの起源といわれています。
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息子たちへのお土産に、と思いましたが、高すぎるー!
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宮殿の遺跡を利用した、人気のレストラン。
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街を歩いていると、新婚さんが写真を撮っていました。
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カメラマンが ” 皆、一緒に入って! ” ・・・幸せのおすそ分けを頂きました。
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北の「金の門」・・・東西南北の4つの門の中で、一番立派な門で、二重の門になっています。
大都市・サロナへの道に繋がることから主門となったようです。 -
再び要塞の旧市街へ。
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ダルマチアの手作りチョコレート「NADALINA」・・・ここのチョコは、イチジク入りのビターチョコ。
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皆、試食して、 ” 美味しいー! ” ・・・勿論、買いました。
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旧市街を散策して・・・
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19世紀に再建された東側の「銀の門」からバスに向かいます。
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16時にスプリットを後にして30分ほど走ると、夕陽がアドリア海に沈む綺麗な光景が見られました。
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夕方、トロギールに着きました。
今日の宿泊は、アドリア海が見える「ホテル メデナ」。 -
夕食はバイキング。
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<6日目>
早朝、バルコニーから外を見ると、ヨットハーバーと教会が見えました。 -
このホテルは、旧ユーゴ時代の大型ホテルで、部屋は広くないのに、ロビーや廊下がやたら広くて薄暗く、インテリアも、何となく冷たく、そっけない感じ・・・10日間のツアーでは、こういうホテルもあるでしょう。
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今日の観光は、トロギールからスタート。
トロギールはスプリットの西にあり、城壁に囲まれた小島です。
グーグルマップで見ると、島の全体が分かります。 -
トロギールは、紀元前3世紀にできたギリシャ人植民都市が街の始まり。
駐車場から島に向かう途中には市場があり、野菜・果物や衣服・日用品などいろんなお店が並んでいます。 -
また岸辺には、ボートが沢山係留され、レストラン・カフェが並んでいます。
まだ9時前なのに、お客さんで一杯! -
本土と島をつなぐ橋・・・かつては半島の一部でしたが、中世の頃、度重なる敵の侵入を防ぐため、周囲に水路を設けて本土と切り離して島となりました。
本土側の正面に見えるのは、何回かお世話になったクロアチアの代表的スーパー・KONZUM(コンズム)。 -
本土から橋を渡った正面にある旧市街の入り口は、17世紀中頃に造られた「北門」。
現存するトロギールの街壁は15世紀頃に造られたもので、外敵が一騎に入れないように造られています。
トロギールのガイドも、昨日のスプリットと同じ背高ノッポのステラさん。 -
18世紀に改修された門の上には、街の守護聖人であるイヴァン・ウルスィニが立ち、街の外に睨みを利かせています。
下の写真は、門をくぐって振り返った写真。 -
門をくぐると、狭い路地が東西に延び、美味しそうなパンとピザの店や理髪店もあります。
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少し歩くと、「聖ロブロ大聖堂」と街のランドマークの鐘楼があります。
13~17世紀にかけて建てられた大聖堂は、さまざまな建築様式が混在しています。 -
右側から見た鐘楼・・・高さは47m、14世紀の初めに建てられました。
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正面入り口にある彫刻は、1240年頃に作られたもので、聖書の物語など精緻な彫刻が施されています。
一対のライオン像の上には、アダムとイヴが立っています。
ライオンはヴェネツィアのシンボル。 -
主祭壇・・・身廊の突当りにある石造りの主祭壇は13世紀のもので、4本の柱で支えられた台の上に8角形の天蓋があります。
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15世紀にイタリア人によって作られた、聖イヴァン礼拝堂。
正面には、初代トロギール司教であった街の守護聖人「イヴァン・ウルスィニ」の石棺が置かれています。
石棺の両側は天使に護られ、周りは12使徒の像に囲まれています。 -
バラ窓とパイプオルガン。
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大聖堂前のイヴァナ・パヴラ広場を挟んで、1477年に建てられた時計塔があります。
その右は、ロッジア(屋根付きの憩いの場)。 -
ロッジアにある、このレリーフの中央上部には、天秤を持って正義を計る像があります。
これは、ロッジアが、かつて裁判所として使われていたため、その象徴として彫られたのでしょう。 -
同じく広場にある市庁舎は、13世紀末の建物です。
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中庭に入ると、ゴシックの階段や・・・
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壁にある貴族の紋章や、装飾された窓や・・・
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当時の井戸や・・・
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犬小屋だった所も残っています。
当時は金持でないと、犬は飼えませんでした。 -
小さい街なので、アッという間に南門から外に出ました。
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綺麗なアドリア海には、ヨットハーバーが。
対岸は、チオヴォ島です。 -
「カメルレンゴの要塞」・・・市街の南西のはずれにある堅固な要塞で、15世紀のヴェネツィア支配時代に造られました。
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ガイドのステラさんと。
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一番古い薬局もあります。
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ブーゲンビリアが綺麗。
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再び、旧市街に戻ります。
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どこからでも鐘楼がよく見えます。
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路上で、ニンニクやミカンを売っているお婆さん。
トロギール観光の後は、シベニクに向かいます。 -
トロギールの街から、山に向かって走っている途中、バスが止まりました・・・ここは、トロギールの全景が見える、写真スポット。
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本土と小さなトロギールの島と大きなチオヴォ島の関係が、よく分かりました。
この後は、シベニクへ続きます。
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