2014/10/11 - 2014/10/11
3021位(同エリア4067件中)
なごいちさん
やっぱり解説をつけて聞いたら色々なことがわかりました。
ガイドツアーおすすめです。
出島の中で案内の方をお願いできそうです。
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グラバー亭から出島までは歩いていけます
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途中こんなお洒落な感じのところを通ります
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観光に力を入れていることがわかります
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出島に着く前に自衛隊の建物が。
このヘリコプターは雲仙普賢岳の災害の時活躍したものだそうです。 -
道路よく見ると色が違いますよね
埋め立てのあととか -
出島の中に入るとなんとなくタイムスリップした感じです
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建物の中をガイドさんと一緒に入って行きます
ちょっと小さな感じのベットはオランダ船の中から持ってきたベットとか。
子供用かと思えば船長用のベットとのこと。
オランダ人は背が低かったのかと言うとそうでもなく、よく見ると枕の辺りが異常に盛り上がってますよね。そもそも半身起こした形で寝ていたようで(敵が来た時すぐ迎撃できるように)その加減で小さかったとか。(まぁ船の中もそんなに場所がなかったことにもよるかも)攻めて陸に上がったらゆっくり寝てくれればよかったのにとも思いますが。。。 -
真ん中の柱についているのが「気圧計」風の力で船は動いていたので風の向きを知る「気圧」はかなり重要な指標だったとか。そこから状態・程度を推し量る基準という意味でこの気圧計のオランダ語が日本語にまでなったとか。それがバロメーター
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出島の中での食事の様子。
使用人はインドネシア人。オランダ人は畳の上でも靴を履いていた。
奥の方には芸者もいたりして。 -
もともとはこの辺が出島入口だったとか。
でも明治時代の川の拡張工事で出島を削ってしまったとか。
現在調整中とのこと。
出島の完全復元には色々な障害があるようです。 -
出島ミニチュア
実際の昔のオリジナルの出島でも東京ドーム20−30個分くらいの大きさではないかという感じです。 -
千社札の自動販売機。確か名古屋の会社の製作では?
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江戸時代も終わる頃には出島もあまり使われなくなり分譲されたとか。
その時グラバーさんの息子が社交場としてこの地に建物を立てて社交場にしたとか。これも歴史的な建物。こういうのがあるので江戸時代には戻りにくくなっている。 -
いい感じです
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もう明治の前から出島の周囲の埋め立ては行われていたようでした
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オランダ商館(東インド会社 日本支店とも言えないか)長は当初1年任期だったようですが、終わりの頃になると何年もやっている人がいるようでした。ちなみに1年のうち3ヶ月くらい江戸への挨拶で大名行列よろしく行っていて、お土産や移動費などで現在の価値に換算し1億くらいは使っていたのではないかとのことでした。
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金髪のお姐さんがいると出島がまた引き立ちます
これで出島見学おしまいです -
出島病院に海岸通り薬局 この辺の通名が海岸通だからですが、出島と海岸通のコンビはいいなぁと思いました。
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