2014/09/03 - 2014/10/04
94位(同エリア918件中)
ベームさん
9/3(水)、15日目。9/4(木)、16日目。
ライプチヒからドレスデンに向かい2泊しました。
ザクセン州の州都。ライプチヒと並ぶザクセンの2大都市で、商業の町ライプチヒにたいし芸術・文化の町ドレスデンといわれます。人口もほぼ同じ52万人。
1206年文献に初出。ザクセン選帝侯国、1806年神聖ローマ帝国解体後のザクセン王国の首都でした。
北方のフィレンツェといわれるほどの芸術・文化が興隆したのは強王といわれる選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世(在位1694~1733年)と息子のアウグスト2世(在位1733~1763年)の時です。いまのドレスデンの主要な建造物はほとんどこの時代に造られています。
このツヴィンガー宮殿やゼンパーオーパー、聖母教会に代表される美しい町も1945年2月の英・米空軍による爆撃で瓦礫の町と化しました。その死者は10万人ともいわれ、広島、長崎の原爆とともに最も無意味な殺戮といわれます。今ある建物はすべて戦後の再建です。
エーリッヒ・ケストナーの生地。森鴎外はドイツ留学中1885~1886年にかけ5か月間ほどドレスデンで勉強しています。その時の経験をもとに書かれたのが「文づかひ」です。
写真はツヴィンガー宮殿。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9/3(水)。
ライプチヒ12:03発の列車でドレスデンに向かいました。
切符はザクセン・チケットです。
ドレスデン近郊のラーデボイル・オスト駅。 -
蒸気機関車がラーデベルガーまで走っています。途中にモーリッツブルク城があります。2009年に乗りました。
肝心の蒸気機関車を撮り損ねています。 -
ドレスデン・ノイシュタット駅を出るとエルベ川を渡りドレスデンの町が見えます。
ドレスデンHbf13:34着。 -
駅前から続くプラーガー通り。
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ホテル、イビス・バスタイ。
駅から数分。 -
プラーガー通り。
真っ直ぐ行くとアルト・マルクトに出ます。 -
アルト・マルクト/旧広場です。
聖十字架教会の塔が覗いています。その奥は市庁舎の塔。 -
ドレスデン城。
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ドレスデン城。
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まずツヴィンガー宮殿に行きました。
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ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世/アウグスト強王が造営。1728年。
その後息子のアウグスト2世が拡充しました。 -
宮殿内にはアルタ・マイスター絵画館、武器博物館、陶磁器博物館があります。
特に絵画館はヨーロッパ屈指のコレクションを誇っています。撮影禁止なのでこの最後にパンフレット、絵葉書などで幾つかの名画を載せます。 -
王冠の門。
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テラスの上から。
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妖精の泉。
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劇場広場に出ました。
左旧宮廷教会、右ドレスデン城。 -
旧宮廷教会/三位一体大聖堂。
ザクセン州最大の教会。歴代選帝侯、国王の墓所。
1980年ドレスデン・マイセン司教区の司教座が置かれ大聖堂となりました。 -
ドレスデン城。
塔は100mの高さを持つハウスマン塔。 -
ドレスデン州立歌劇場。
通称ゼンパー・オーパー。
1841年ゴットフリート・ゼンパーにより完成。一度焼失し再建されたが1945年2月のドレスデン大空襲で完全に破壊される。1985年今の形に再建された。いまもヨーロッパ有数の歌劇場。 -
歴代の指揮者には初代音楽監督のウエーバー、ヴァーグナー、ライナー、ベーム、最近ではシノーポリ、ハイティンクなど錚々たる名指揮者が名を連ねます。
ここで初演された歌劇としてヴァーグナーの「リェンッイ」、「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」、リヒヤルト・シュトラウスの「サロメ」、「エレクトラ」、「ばらの騎士」など。
4日の夜私がフランクフルトに飛び立った後仲間はここでモーツアルトの「コシ・ファン・トゥッテ」を観劇しました。 -
正義王フリードリヒ・アウグスト。
ザクセン選帝侯、初代ザクセン王国国王。1750~1827年。
ナポレオン戦争で荒廃したザクセンの復興に努め、商工業、学術の振興を行った。 -
君主の行列。
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1123~1904年までの歴代ザクセン君主の像などが2万5千枚のタイルで作られています。
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中央ザクセン選帝侯アウグスト1世(強王)、その右息子のアウグスト2世。
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君主の行列の内側シュタール・ホーフ。
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ヒルトン・ホテルの壁に1枚のプレートが掛かっています。
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「リヒヤルト・ヴァーグナー。1813~1883年。
エーアリッヒシェン・ハウスに1842年4月に住まいした。その家は1945年2月爆撃により焼失。
1843年、王立ザクセン宮廷楽団長(今のドレスデン州立歌劇団)に就任」。
1849年のドイツ3月革命に加担して失敗したためスイスに亡命するまでその地位にあった。その間「リェンツィ」、「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」を作曲、初演した。 -
ブリュールのテラスに上りました。
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テラスからエルベ川の眺め。
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橋はアウグストゥス橋。
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テラスの上から。
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ゴットフリート・ゼンパーの像がありました。
ゼンパー・オーパー/ザクセン州立歌劇場の建設者。 -
ドレスデンのシンボル、フラオエン教会です。
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元の教会は1738年完成のものですが1945年2月の爆撃で破壊されてしまいました。1994年一司祭の呼びかけで世界中からの募金が集まり再建開始、2005年完成。
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ドーム。
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華麗な装飾。
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前に建つルター像。
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フラオエン教会のあるノイマルクト/新広場。
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フリードリヒ・アウグスト2世。
ザクセン選帝侯。アウグスト強王の息子。 -
交通博物館。
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ドレスデン城。
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人形です。
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夕食はタッシェンベルク宮殿にあるレストラン、ゾフィーエン・ケラー。
なかなか高級感あるレストランでした。客で一杯でしたが2時間後に予約が入っている席に案内してくれました。 -
食後ショーウインドーを覗きながらぶらぶら歩いてホテルに帰りました。
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アルト・マルクト・ギャラリー。
大きなショッピングセンターです。 -
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9/4(木)。
仲間の一人が朝ロンドンに発ち7人になりました。私も今夜別れてフランクフルトに発ちます。
まずツヴィンガー宮殿のアルテ・マイスター絵画館に行きました。写真撮影禁止なのでこの旅行記の最後に冊子からコピーした代表的な絵を載せました。
次に観光客に人気の世界一美しい牛乳屋プフンズ・モルケライ。新市街にあります。
一杯1ユーロの牛乳を飲みました。店内撮影禁止。 -
間口10mもない店です。店内の壁面、天井はは極彩色のタイル画で飾られています。
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店内。市のホームページから。
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プフンズ・カフェ・レストラン。
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この並びには面白い店があります。
ドイツ1だったかヨーロッパ1だったか世界1だったか、種類の多いブラシ屋。 -
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風の遊びという店。
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風に吹かれると様々な模様に変わります。
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ルター教会。
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昼はちょっとアルベルト広場の方に戻った裏通りベーミッシュ通りにあるラスコルニコフ。
外観は廃屋みたいですがガイドブックにも載っています。。 -
昼のメニューはウイキョウのクリーム・スープ4.8ユーロ、じゃがいもスープとクナック・ヴルスト(皮の厚い嚙むとパリッと音のするソーセージ)5.2ユーロのみ。それとパン。
自分で適当にスープを器に盛り、パンを取ってきて食べます。味はふつう。
地元の人は良く知っているらしく、黙って入ってきて黙ってスープを飲み黙って出ていきます。 -
紅茶を注文すると鉄瓶で出てきました。ヴァイマールでも鉄瓶をみました。今日本のこういったものが人気なのでしょうか。
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薄暗い室内と中庭の席があります。
変わった店でした。 -
トラムでシラー広場へ。
ドレスデンのバルコニーといわれる景勝の地へ行きます。 -
ロシュヴィッアー橋、通称ブラオエス・ヴンダー、青の奇跡橋を歩いて渡ります。
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1893年の建設当時橋の色が緑色だったのが、時が経つうちに薄青色に変わっていったので”青の奇跡橋”と言われるようになりました。
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橋からのエルベ川。
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橋を渡るとロシュヴィッツ地区です。
ケーブルカーで見晴らし台へ。
シュタント・ザイル・バーン。1895年開業。ドイツで最も美しいケーブルといわれます。全長547m、標高差96m。 -
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頂上につきました。
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頂上駅。
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駅前にレストラン・ルイーゼン・ホーフ。
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テラスは賑わっていました。
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テラスからの眺め。
霞んでいます。天候と時間を選ばないといけないようです。 -
ここから500m先に見晴らし台があるのに気が付きませんでした。
これでホテルに戻りました。
私はみなと別れ夜の飛行機でフランクフルトに行きます。
他の仲間6人は夜ゼンパー・オーパーで歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」を観て明日プラハに行きます。 -
皆と別れSバーンでドレスデン空港へ。
ドレスデンさようなら。 -
エルベ川もアオフ・ヴィーダーゼーエン/さようなら!。
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ドレスデン空港駅。
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ドレスデン空港19:00発のルフトハンザでフランクフルト空港へ。
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フランクフルト空港20:05着。
宿はフランクフルトHbf前のインターシティ・フランクフルト。3泊します。
明日から再び一人旅。 -
アルテマイスター/古典巨匠絵画館の名画をパンフレットと絵葉書で紹介します。
ヨーロッパ古典絵画の宝庫です。
2009年に来た時は撮影できたのに今は駄目です。私の知る限りオルセー美術館とここだけです。ルーヴルでさえ撮影できるのに。
ラファエロ:システィーナのマドンナ/サン・シストの聖母。
1513年。
サン・シスト聖堂の祭壇画として描かれた。マリアの左が聖シクストス、右が聖バルバラ。
ラファエロ30歳の作。アルテ・マイスターの至宝です。 -
フェルメール:窓辺で手紙を読む少女。
1657年。
フェルメールの絵で現在残っているのは40点もないそうです。内2点がここにあります。 -
フェルメール:取り持ち女。
1656年。
縦143、横130?とフェルメールの絵としては大きい。上の絵は83×65?です。 -
レンブラント:鷲に捕らわれたガニュメデス。
1635年頃。
ゼウスが鷲に姿を変えて美少年ガニュメデスをさらう。ガニュメデスはのちに星座のみずがめ座になりました。
美少年には見えませんが。 -
レンブラント:放蕩息子の帰還/失われた息子。
1636年。
父の財産で家を出て放蕩三昧、無一文になり家に帰ると父は息子を暖かく迎えた。
場面は放蕩三昧中の息子。
息子はレンブラント、女は妻のサスキアがモデルといわれる。 -
レンブラント:赤い花を持つサスキア。
1641年。 -
ルーベンス:レダと白鳥。
1600年頃。
ゼウスが白鳥に変身してスパルタ王テュンダレオースの妻レダに近づいて思いを遂げる。その間に生まれたのがのちのトロイのヘレンと謂われます。
画家の好む題材でいずれもエロチックに描かれています。 -
参考。
ギュスターヴ・モロー:レダ。
1875年。ギュスターヴ・モロー美術館蔵。 -
ルーベンス:噴水のそばでダヴィデ王の手紙を受け取るバテシバ。
1635年。
ダビデ王は戦場にいる家来の妻バテシバが水浴しているところを覗き見、夫の留守をいいことに誘惑する。バテシバは王の言うことで仕方なく従う。「水浴のバテシバ」という題材でよく描かれます。
左のアーチの上に小さくダヴィデ王が覗き見している姿が描かれています。
バテシバのモデルはルーベンス2度目の妻エレーヌ・フールマン。 -
参考までに。
レンブラント:ダビデ王の手紙を手にした水浴のバテシバ。
1654年。ルーヴル美術館所蔵。 -
ルーベンス:酔っぱらうヘラクレス。
1614年。
ギリシャ神話で随一の豪傑だが絵になると酔っぱらったり美女に顎を撫でられているものがおおいですね。 -
デル・コッサ:受胎告知。
1470年頃。
マリアの足の少し手前に小さくカタツムリが描かれています。カタツムリは聖母マリアの象徴だそうです。面白いですね。
絵の下段はキリスト降誕の場面です。 -
カタツムリ。
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ジョルジョーネ:眠れるヴィーナス。
1510年頃。
ティツィアーノとの合作と謂われ、ジョルジョーネが描いたのはヴィーナスの部分だけ。ジョルジョーネの死によりティツィアーノが残りを描き完成した。 -
コレッジョ:聖夜。
1530年頃。
マリアとイエスが光り輝いていて幻想的な美しさです。 -
コレッジョ:聖母と聖ゲオルギウス。
1532年。
右の龍を足で押さえつけているのが聖ゲオルギウス/ドイツでは聖ゲオルク。300年頃の殉教者でドラゴン退治の名人。竜を退治している像をよく見かけます。 -
マンテーニャ:聖家族。
1500年。
聖母子の左右はマリアの夫ヨゼフと洗礼者ヨハネの母エリザベス。
右下に洗礼者ヨハネ。 -
ジュゼッペ・デ・リベラ:牢獄の聖アグネス。
1641年。
自分の息子と結婚させようと無理強いするローマの権力者の要求に屈しなかったため見せしめに衣服を剥がれる。その時アグネスの髪の毛が伸び彼女の体を覆った。
火刑に処せられるが火が燃えず首をはねられて殉教。
まだキリスト教が認められていなかった頃のローマの貴族の娘。13歳で殉教したとされる。 -
ピントリッキオ:ある少年の肖像画。
1485年。
ふさふさした髪の毛の一本一本が見事に描かれています。 -
ベロネーゼ:カナの婚礼。
1571年頃。
水をワインに変えるキリストの奇跡の一つ。
もう一つの有名な大作がルーヴル美術館にあります。 -
エル・グレコ:盲人の癒し。
1570年。
キリストが行った数々の奇跡の一つ。二人の盲人が道行くキリストに向かって叫んだ。「ダビデの子イエスよ、私たちを憐れんでください!」。キリストが「何をしてほしいのか?」と尋ねると盲人は「目が見えるようにしてください」と答える。
キリストが盲人の目を触るとたちまち目が見えるようになった。 -
ムリーリョ:聖母子。
1670年。
ムリーリョの描くマリアはどれも美しい、現代でも通用する美しさです。 -
ニコラ・プッサン:フローラの王国。
1631年。
オゥイディウスの「変身物語」を題材にした絵。真ん中の緑の衣装をまとっているのは花の女神フローラ。周りに死んだあと花に変わる人々がいる。 -
ニコラ・プッサン:アモールとともに憩うヴィーナス。
1728年。 -
ジャン・エチエンヌ・リオタール:チョコレートの女。
1745年。
お盆で運んでいるのはチョコレートと水。当時チョコレートは熱くして飲むものでした。 -
デューラー:ベルンハルト・フォン・レーゼンの肖像。
1521年。 -
クラーナハ:メクレンブルク公妃カタリーナ。
1514年。 -
カナレット:エルベの右岸から眺めた旧市街の風景/エルベのシルエット。
1748年。
今の風景と同じです。戦災の廃墟からいかに忠実に復興したかが分かります。 -
今の右岸からの写真。
市のホームページから。
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