2014/09/15 - 2014/09/15
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ごまさん
9月11日地元紙に敬老の日の15日に「足尾の歴史と食を満喫するツアー」が募集しているのを見つけました。
「足尾トロ道」を歩いたり、足尾銅山降盛時の文化遺産間藤、本山地区や緑化事業の舞台である旧松木村跡を巡るそうです。
これは興味有りますから、即参加申し込みをしました。
募集定員は80名で参加費及び昼食代が無料でした。
昼食はボランティアが手作りした地元の伝統料理やB級グルメを堪能するようです。しかも途中のポイントでは足尾中の生徒さんが案内役を務めてくれると言う地元密着のツアーのようで、期待が高まります(#^.^#)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
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日光山開祖勝道上人が巡錫(じゅんしゃく)の途次この地に一宇を建立したそうです。幼少の時の像らしいです。
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では踏切を渡って、これから通洞駅へ向かいます。
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しばらく列車は来ないようですね。
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蓮慶寺の脇にわたらせ渓谷線の陸橋が有りました。
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ここにも案内板が有りました。
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この先は一般人は立ち入り禁止です。
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通洞駅の直ぐ前に、廃墟と思われる建物が残っていました。
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通洞駅に到着です。(鉱山用語である「つーどー」を駅名にしているのは全国でもここだけだそうです。
通洞駅 駅
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こちらでも案内の方から説明を受けました。
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市政何周年か忘れましたが、記念碑だそうです。
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江戸時代の代官所跡です〜と言いたいのですが、現在は日光市足尾総合支所跡地です。日光市足尾町通洞8番2号
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平成25年8月5日付けで移転したので、現在は空家状態です。
東京スカイツリーとほぼ同じ高さに建っています。 -
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可愛い猫ちゃんを発見(#^.^#)
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通洞駅から足尾歴史館へ向かう途中の思い出の小道が有ります。
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この小道は線路脇を歩きます。列車が通過したばかりなので歩きました。
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線路脇に鳥居が見えます。
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間もなく足尾歴史館に着きます。
足尾歴史館 美術館・博物館
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足尾歴史館です。本日のランチをご馳走になります(#^.^#)
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足尾歴史館のパンフレット。
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本日ボランティアの皆さんが用意して下さった、足尾グルメ特別ランチですね(´∀`*)とても美味しく頂きました。ツアー参加者で盛り上がりましたよ(#^.^#)同席の年配の方たちは、昔足尾に住んでいたそうで色々な楽しい話を聞けました。
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ちゃんとお品書きまで有るのは凄いです。
どれもとても美味しかったですが、私は豚肉のソテー(山椒の実とともに)があまりのの美味しさに驚きました(#^.^#)
ますや肉店さんのメンチカツ、大きくて美味しかったですよ。全て完食ですね、ご馳走様でしたヽ(*´∀`)ノ -
足尾のグルメガイドですね(´∀`*)
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写真入りで、わかりやすいです(#^.^#)今日はツアーバスだから立ち寄れないけど次回はこの地図を見て行きますよ〜
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館内には沢山の絵画や写真等沢山展示して有りました。
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今年天皇皇后様が足尾にいらした時の写真です。わたらせ渓谷鉄道にも乗車されました(*´∀`*)
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とても良い笑顔ですね(´∀`*)
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古きを知る〜
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今回のツアー主催者の悲願です。でも栃木県民の私も望んでいます。
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凄いのですね。
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陶器の酒樽です。
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昔の消防道具の展示も有ります。
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戦前の写真のようですね。
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*この建物が今回の旅行記その1に紹介した、「掛水倶楽部」に有った旧足尾鉱業所事務所の写真だそうです、素晴らしい洋館だったのですね。見たかったです。
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これが「足尾ガソリン起動・歴史館線」です。乗車出来ました。
足尾銅山観光 名所・史跡
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機関車はアメリカ、フォード社のオリジナルエンジンを使用木造内装の客車です。(撮影忘れましたが)
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2週してくれます、久しぶりにこういう列車に乗れて嬉しいですo(^▽^)o
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では次の見学地、本山製錬所に移動です。
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イチオシ
その前に間藤水力発電所跡を見学しました。
間藤発電所は、1906年(明治39年)に完成した日光細尾発電所によって、その使命を終え、明治41年足尾町一帯の配電を行う足尾電灯会社にその使用権を譲ったとの記録があるが、現在はご覧の通り、渡良瀬川河床にレンガ造りの水力発電所跡の基礎だけが残り、河水に洗われているのを眺めることができます。こういう物が私は好きです。 -
イチオシ
対岸に本山小学校と講堂が見えます。今回は見学出来ません(。-_-。)
現在は廃校となっていますが、当時の小学校では珍しい講堂です。私立小学校だそうですが、古河鉱業がいかに教育に力を入れていたかが分かります。教育が人と国を作るのですから〜 -
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間藤水力発電所跡で説明を受けました。日本初の水力発電所です。
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間藤水力発電所は、当時薪や木炭に依存していた動力源に加えて、電化を進める足尾銅山坑内の排水、坑内運搬用の竪坑捲揚機、坑内電車、電灯など鉱山関係施設の拡充に伴う電力需要の増大に対応するため、ドイツのシーメンス電気機械製造会社のヘルマン・ケスラー技師の助言に基づき、1889年9月に着工し、1890年(明治23年)12月に完成した。発電用水は、松木川上流と深沢川から取り入れられ、山頂の大鉄管から有効落差318メートルの水力を使い、当時最新鋭の5台のシーメンス式発電機発電機が298キロワットを出力した。HPより
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発電所が稼動していた頃の写真の左上には山頂に延びる水圧鉄管が見える。現在残っている巨大なドラム缶のように見えるものは、写真にある直径1メートルのリベット接合の水圧鉄管の一部である。さらにここから渡良瀬川にかけては、発電所が建っていたが、その姿も現在は見ることはできない。
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現在は公園のように整備されていますね。
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イチオシ
古河橋
明治17年に直利橋製錬分工場が開設されたことに伴い、木造の直利橋が架設されました。明治20年の松木の大火により焼失しましたが、明治23年に鉄製の橋に架け替えられ、このとき名称が古河橋になりました。架橋以来、当時のまま現存する極めて貴重な道路用鉄橋です。現在は、下流側に新古河橋が平行して架橋され利用されています。※橋への立入禁止です。古河橋 名所・史跡
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イチオシ
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イチオシ
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本山製錬所
銅の産出量の増加に対応するため、明治17年に直利橋製錬分工場として開設されました。当時の先端技術を導入し、生産量が飛躍的に増加しましたが、同時に亜硫酸ガスの排出によって煙害問題も発生しました。その後、煙害克服のための技術改良が続けられ、昭和31年に「自溶製錬法」、「電気集塵法」、「接触脱硫法」を応用した脱硫技術を世界で初めて実用化し、従来に比べ亜硫酸ガスの大幅な排出削減に成功しました。現在、川の対岸の市道から全景を見ることができます。HPより古河橋 名所・史跡
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こちらで説明を聞きました。
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川の水は綺麗です。
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本山精錬所、ここは明治17年直利橋分工場として開設。
明治26年当時最新技術であったベッセマー式転炉により短期間で大量の鉱石を精錬できるようになったが 同時に亜流酸ガスも増大。(銅を製錬する時、鉱石の中の硫黄分が亜硫酸ガスとなる。
この亜硫酸ガスが北部地区(松木川上流)の草木、作物を枯らして伐採や大火を引き起こす原因となり 北部地区の集落を廃村に変えた。
昭和31年フィンランドのオートクンプ社から技術導入した「自熔製精錬法」「電気集塵法」「接触脱硫法」 を応用し脱硫技術を世界で始めて実用化し亜硫酸ガスの完全回収に成功。
ここは日本で始めて公害を起こし世界で始めて亜硫酸ガスの完全回収に成功させたところでもある。 -
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壁にはいつくようなシダ植物のヘビノネゴザが〜
しばしは鉱山地に群生しており、かつては金属鉱床の指標植物として利用されていました。特定の金属を吸収する植物が存在することは、植物を頼りに鉱脈を探すことが可能だそうです。もしかしたら皆さんも金鉱を探せるかも知れないですよ(´∀`*) -
イチオシ
平成元年廃止となった足尾線。
産銅量の増加に伴う輸送力の増強のため、古河鉱業を中心に敷設されました。
大正元年には桐生〜足尾間が、大正3年には足尾〜足尾本山間が開通し、大正7年には国鉄足尾線となりました。閉山以降も、輸入鉱石や硫酸の輸送に使用されましたが、昭和62年の国鉄民営化とともに貨物列車が廃止されました。いつか歩いてみたいです。 -
本山精錬所を後にして松木地域旧三村へ向かいます。
その3へと続きますので、よろしくお願いします
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旅行記グループ 日光青年会議所企画の「足尾の歴史と食を満喫するツアー」
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