2014/09/23 - 2014/09/23
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Kオジサンさん
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このイベントを知ったのは中日新聞岐阜地方版で、キャラバン隊が五個荘から岐阜支局に来たと報じていたからです。岐阜県と滋賀県は隣県ですが、催事情報が中々伝わってきませんが、その記事を見て、行ってみようと言う気になりました。
五個荘は近江商人の発祥の地です。「近江商人の発祥の地 てんびんの里」という言い方で街を紹介しています。今回のイベントは「ぶらっと五個荘まちあるき」です。フレーズでは、白壁・舟板張りの土蔵が続く、風情豊かなまち 近江商人の軌跡をたどる・・・・となっています。
そんな町の中を歩いてきました。
弘 誓 寺 → 金堂まちなみ保存交流館 → 中江準五郎邸 → 外村宇兵衛邸
→ いっぺき → 外村繋邸 → 近江商人博物館
列の先頭は、ごかのしょう新近江商人塾と有りましたが、明治・大正の装束で五個荘の町を練り歩く姿を目にする事が出来ました。行列で、余り華やかには感じなかったのですが、私も、カメラの題材と楽しませて貰いました。
また、ぶらりまちかど美術館・博物館となっていましたが、寺の外壁に抽象画が掲げられたり、川に竹や生花を使って表現した前衛的なアートもありました。美術館と言うと、館内で絵画を展示して在る場所を思いがちです。今回のは屋内、屋外を合わせた「総合的なアートまつり」でした。近江商人の旧邸宅で、当時の様子を想像できましたし、近江商人博物館では、DVDを流していて、近江商人には高島商人、日野商人、八幡商人、五個荘初任があり、現在の高島屋が高島商人からの流れであると初めて知りました。また、また、に日商岩井や丸紅、伊藤忠などの商社流れ。伊勢丹や大丸、松坂屋などの百貨店が呉服店からの流れであることも面白いです。
先日、近江八幡に行きました。白雲館にロケ隊が来た時の写真が展示して有りましたが、五個荘へもロケが来ていました。ここ、五個荘が映画の撮影場所として使われていたとは知りませんでした。
ここがロケ地になっていたことを知る事が出来ました。
- 交通手段
- 自家用車
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「ぶらっと五個荘まちあるき」のパンフ。
このイベントはごかのしょう新近江商人塾と有りますが、明治・大正の装束で五個荘の町を練り歩きます。また、ぶらりまちかど美術館・博物館と有りますが、こちらはかつての近江商人の邸宅で、婚礼衣装を展示するなどしており、美術館の役割をしています。
そんな、五個荘の街歩きをして来ました。 -
五個荘の街の地図です。
ここ、五個荘は重要伝統的建造物群保存地区。いわゆる伝建地区に指定されています。 -
駐車場に着き、街の中へ向かいます。
街の中の角々に黄色い幟旗が立てられていました。 -
最初に訪れたのが、弘誓寺(グゼイジ)。
庫裡の前では、麻布の織物を売っていました。 -
麻の品々。
カミさんは麻のタオルを買いました。
ここ、近江の地が麻布の名産地だとは、初めて知りました。 -
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庫裡に織機が置かれていて、機織を実演してくれました。
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機織の実演をアップで。
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弘誓寺の境内。
骨董品が売られたりしていて、縁日のような賑わいです。
本堂の外壁には抽象画が掛けられ、中では麻布の作品が展示していました。 -
こちらはスマートボールのようなゲームです。
ゴルフボールを弾いてゴールさせます。 -
秋らしい萩
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本堂の中。
麻の布が有りました。 -
寺の本堂の壁に抽象画が掲げて有りました。
このようにするから街角美術館の由縁ですね。 -
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弘誓寺の前。
天保川と看板が設けて有りました。緋鯉や錦鯉が泳いでいます。
この場所の上流では竹や生花を水面に浮かべ、前衛的アートが有りました。 -
金堂まちなみ保存交流館
戦前に中国、朝鮮で百貨店を営んでいた中江家の旧宅。
平成16年に旧五個荘町に譲られました。 -
五個荘の金堂地区は伝建地区に指定されています。
伝建地区に指定を受け、蔵や建物が、修理されました。
その建物のビフォーとアフターの写真を展示していました。 -
中江準五郎邸
中江準五郎邸へ入った時、テレビカメラと腕章を着けたレポータが出て行くところでした。
このイベントの模様を取材に来たのでしょう。 -
中江準五郎邸の邸内に入りました。
左は中江準五郎邸に訪れた有名人たちのサインが飾って有ります。
カミさんは子供用のブローチ的なアクセサリーを買いました。
右は明治期の婚礼衣装です。金糸が使ってあり、素晴らしい衣装です。 -
近江商人時代絵巻
良い言い方をすると、明治・大正期の時代を映し出した歴史的な時代絵巻と申せます。
辛口な言い方をするなら、仮装行列でしょう。
チンドン屋をトップにゾロゾロと歩き出したのですが、誰かが音頭をとり、「さ〜ア、行くぞ」的な掛け声が必要では無かったかと、思いました。
後に続いた人たちは、沢山のカメラマンの列に恥ずかしさからか、下を俯いて歩いている人もいたのです。明治・大正期の風俗を表したものです。日本髪の女性がいても良かったではないかと思いました。
手作り感がしましたが、何か1つ物足りなさを感じました。折角の古い町並みをアナウンスの声で大きく騒ぎ立てるのを避けたのかも知れません。
人力車に乗った新郎と新婦。
この時代行列のメインです。
格好の題材と有り、多くのカメラマンが狙っています。 -
振り返る新郎と笑う新婦。
こんなシーンにもカメラマンの格好の材料で、要求が出ます。 -
こちらは近江商人姿の人と編笠のサムライ姿の人。
カメラマンが殺到しました。 -
時代絵巻行列のトップを行く若い娘の3人組。
この3人娘にも、カメラマンから色々と注文が飛んでいました。 -
ずら〜と並んだカメラマンたち。
カメラを持っていない人でも、携帯で撮影する準備をしています。 -
これから時代絵巻行列がスタートします。
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トップを行くのはチンドン屋さん。
親方の胸の楽器。なんと言うのでしょう。太鼓と鐘が着いています。
大太鼓の女性。バンジョーの男性。クラリネットの男性。
野崎参りは〜・・・屋形舟で参いろ〜。
クラリネットから野崎小唄の曲が流れてきました。
私は戦後生まれです。
でも、クラリネットの音色を聴いて、歌詞が浮かぶ。
古い人間ですネ。 -
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列の先頭の3人娘。
先程、整列していた女の子たち。
誰か知っている人の顔が有ったのか。
真ん中の子はアーという表情でした。 -
新郎新婦の車を引く車夫。
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前を新郎の車が進み、後ろを新婦の車が行きます。
新婦は藤原紀香似の美人です。
人力車がここへ来る前まではぎこちなかったので、新婦に手を振ってと声を掛けましたら、応じてくれました。 -
町衆の列。
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こちらは、かつての近江商人の姿の再現です。
近江商人は、このように天秤棒を担いで各地を回りました。 -
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鹿鳴館時代のようなハイカラな娘さんたち。
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医師と看護婦。その後ろには大工さんが続きます。
看護婦の帽子には日赤の印がついていました。 -
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矢絣の着物の女性たち。
名札をつけている人は、コンテストに応募した人で、優勝者には宿泊券つきのUSJの入場券が贈られると言っていました。 -
行列の後を追いかけるカメラマンたち。
凄い数の人たちが来ていました。 -
外村宇兵衛邸
時代絵巻行列が出発した後の外村宇兵衛邸前。
凄く沢山の人が居ましたが、去って落ち着きを取り戻しました。
この様子が、本来の姿です。 -
各、家々には川戸と呼ばれる場所があります。屋敷内に水路を引きこみ洗い場となっています。ここで魚を飼う事が出来ますし、茶碗に着いた飯粒が餌になります。
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違う場所でありますが、川戸を外から眺めた様子です。
川の水が流れていますが、この五個荘に来る前に愛知川を渡ってきました。川の水は全く無く、干上がっていました。恐らくこの川は水を上流部から導水してきたものでしょう。 -
外村宇兵衛邸の入口に展示して有った生け花。
ススキにコスモス。秋を感じさせる風情が有ります。 -
近江商人。
天秤棒を担いだ人のブロンズ像。
この天秤棒の人は五個荘のシンボルです。
このような姿の人が各地を飛び回りました。 -
外村宇兵衛邸の中から外を見ると野点をやっていました。
また、この野点もカメラマンたちの材料となっています。 -
外の庭に回り、お手前を一服いただきました。
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いっぺき
少し、遅い時間になりましたが、いっぺきでうどんを戴きました。
左は店の外から。右は店の中です。
行列がスタートし、やっと店内が落ち着いてきました。 -
私は掛けうどんと赤こんにゃく飯を。カミさんはカレーうどんを頂きました。
はっきり、言って美味くなかったです。うどんの麺が真空パックのビニル袋に入ったヤツの感じのするモノでした。この日は沢山の客が訪れるからでしよう。質を落としたと思えたのです。
お女将は1年で一番賑わうときなのでと、断っていましたが、4〜5人居たウエイトレスはこの日のために頼まれて来たという感じの人たちでテキパキとは行きませんでした。 -
外村繫邸に有った有名人のサイン。
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外村繁は作家であって、原稿が展示して有ります。
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庭のタヌキの焼き物・
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今回のイベントのメイン会場
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近江商人博物館
最後に寄ったのが近江商人博物館です。ここは、てんびんの里文化学習センターの3階で博物館と成って居ます。秋季企画展
近江商人を育てた寺子屋 〜立身出世は読み書きそろばんから〜 が開かれていまして、館長らしき人が説明していました。
ここ五個荘には、江戸時代の末期。数多く寺子屋があり、読み書き算盤が教えられていました。展示室のグラフには当時の識字率が示され、全国的には近江が高い位置にありました。そんな土壌から近江商人が全国を股に掛けるよう飛躍したのでしたょう。 -
館内は撮影禁止となっていましたが、唯一撮影が許されたのが体験コーナーです。法被を羽織り、帳場でそろばんを弾く姿で記念写真に納まりました。
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