2024/09/25 - 2025/08/31
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砂布巾さん
1941年8月30日 「史上最悪の包囲」始まる(ソ連)
ギネスブックに「史上最悪の包囲」として紹介されているドイツ軍によるレニングラード(Ленинград 現サンクトペテルブルク)包囲。その記述を紹介する。
「上記期間880日間におよび、130~150万人の兵士と民間人が死んだ。この中には飢えで死んだ64万1000人と、砲撃による民間人の犠牲者1万7000人が含まれる。同市には15万個以上の砲弾と10万個以上の爆弾がふりそそいだ」。
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心からの感謝を込めて 砂布巾
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*ソリで遺体を運ぶレニングラード市民
ラドガ湖の湖面が凍結した冬場には食料品や日用品が運ばれ、市民生活も少しはまともになったが、それでもレニングラード市民の生活は悲惨なものだった。第二次世界大戦博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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包囲下における市民生活の一端を、前項目でも引用した本のタイトルにもなっている「ターニャの詩」を紹介する。
(姉の)ジェーニャが死んだ 1941年12月28日、午前12寺30分
おばあちゃんが死んだ 1942年1月25日、午後3時
(兄の)リョーカが死んだ 1942年3月17日、午前5時
ワーシャおじさんが死んだ 1942年4月13日、夜なかの2時
リョーシャおじさんが死んだ 1942年5月10日、午後4時
ママ 1942年5月13日、午前7時30分
サビチェワ一家は、死んだ
みんな、死んだ。
残ったのは、ターニャひとり。
ターニャが孤児院で息を引き取ったのは包囲終了後、1944年7月1日のことだった。第二次世界大戦博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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2003年11月23日付読売新聞「世界鉄道事情」の記事から、当時ラドガ湖駅への列車が発着していたフィンランド駅で、30年間働いた女性の回想から一部紹介する。
「餓死や凍死寸前の人々が他人の遺体のほおやふくらはぎを切り取って、ホームの木材で火をおこし、ゆでて食べていた。地獄でした」。 -
ツアーの皆さん(後述)とレニングラード滞在中はプーシキン市のエカテリーナ宮殿へのツアーに加えていただいた。
エカテリーナ宮殿 城・宮殿
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後者へ向かう途中、包囲時に両軍の分界線だった川を通った。
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*泊まったプリバルティスカヤH(バルト海の前)
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*豪華な地下鉄駅
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*ペトロパブロフスク要塞
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そのほかロシア革命まで続いたロマノフ朝時代の宮殿である現エルミタージュ美術館、
エルミタージュ 建造物
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チャイコフスキーのお墓(写真)を観光し、バレー(アダンの「ジゼル」)も鑑賞した。(1990年7月29日訪問)
もくじへ http://4travel.jp/travelogue/10681693
第1部「激動のペレストロイカ」 レニングラード編 http://4travel.jp/travelogue/10221203 -
*チャイコフスキーの名盤紹介
左 マーラー第九と第4交響曲、第5交響曲(遥か昔の映画「オーケストラの少女」が初体験)はどちらがより多く聞いているだろう?
右 帝王カラヤンの弦楽セレナーデ(十年位前CFで使われた)、幻想序曲「ロメオとジュリエット」(刑事コロンボで使用された)
手前左 交響曲第2番「ウクライナ」と表記されることもある「小ロシア」
右 大好きだけど今は封印している「大序曲1812年」 ナポレオンのモスクワ遠征失敗を描いている ブラスバンドも加わり鐘、大砲の実音も入るので時節柄受け付けない -
ショスタコーヴィチの戦争交響曲とバビ・ヤール(音楽、ソ連)
包囲戦の最中、当地出身の作曲家ショスタコービッチが交響曲第7番「レニングラード」(昔、シュワルツェネッガーのアリナミンVドリンクのCMに使われた)の作曲を開始した。曲はソ連政府が避難し、彼も随行したクーイビシェフ(現サマーラ)で完成した。初演は1942年3月1日に国威発揚をねらう祝典の意味も含めて行われ、熱狂的成功を収めた。この時ソ連全土とイギリス、アメリカにはラジオ中継されたが、現地では放送できなかった。感動的な現地初演は、同年8月9日にエリアスベルクとラジオ・シンフォニーオーケストラ。特別機で総譜が届けられ、前線から演奏家を呼び戻すなどして行われた。2019年1月2日にはNHKBSで取り上げられた。曲がスターリン体制批判の意味も持っていることは注目に値する。また3選を目指すルーズヴェルトがソ連の支援に批判的な世論対策で曲を利用したこと、アメリカで曲が大ブームになったことも紹介されている。
ひのまどか氏の「戦火のシンフォニー」(新潮社)から結びを引用したい。
「一つ音楽作品が、これほど巨大な歴史的・政治的・社会的背景を持って生まれ、その演奏が、これほど偉大な人間ドラマを生んだ例を、私は知らない」。
*1990年旅に出る前に買ったのがバーンスタイン=NYPの演奏
後年のシカゴ交響楽団との演奏 「最も気に入っている演奏の1つ」と語っている https://www.youtube.com/watch?v=1nzZoRmQdQM -
戦争三部作の第二作8番目の交響曲は後述するスターリングラードの戦いでの犠牲者への墓碑として作曲された。9番は軽妙な作品で、政府関係者は肩透かしを食ったという。
13番目は、独ソ戦初期の1941年9月29日にキエフ郊外バビ・ヤールの谷で起こったユダヤ人虐殺とソ連国内にあった反ユダヤ主義をテーマにしている。
バビ・ヤールでの悲劇について、ソヴィエトの指導者たちはユダヤ人虐殺という側面を強調することを厭い、キエフ市民及びソヴィエト連邦民全体に対する犯罪として扱った。 https://www.youtube.com/watch?v=5ob9CrQl3Fo
*作詞者のエフゲニー・エフトゥシェンコ氏が亡くなりました(2017年4月1日) -
ショスタコーヴィチは最も有名な交響曲第5番「革命」、映画音楽「ベルリン陥落」など体制に迎合した作曲家というイメージもあったが、これらは再三受けた批判から身を守るための苦肉の策でもあった。自由な創作活動を許さないソヴィエト体制の罪は重い。
*2020年5月に放映された「ラララクラシック」では映画音楽の数々、中でも特にワルツが取り上げられた 右はピアノ協奏曲第1番(トランペットが大活躍する)やそのワルツを含むジャズ組曲を収めた個人的にお気に入りの1枚
https://www.youtube.com/watch?v=PysrplnzKTQ -
*レニングラードのフィンランド駅からフィンランドへ
ソ連を脱出したら、なんとも言えない安堵感
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