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JR八王子駅と京王相模原線南大沢駅とを連絡する野猿(やえん)街道は昔も今も変わらず貴重な道路ですが、途中の京王線北野駅から西武北野台行バスで「白山神社」で下車すると西武不動産が開発した大規模戸建住宅群の外周のすぐ際の公園を通ると北野・白山神社(きたの・はくさんじんじや、東京都八王子市中山)があります。<br /><br />拝殿の傍らにある由緒によりますと、創立年代は不詳ですが平安時代に比叡山西塔の僧で武蔵坊弁慶の血縁であった弁智が法華経を奉納した関東七社の中の一社であると伝えられています。<br /><br />天正18年(1590)、豊臣秀吉と小田原北条氏との戦いで八王子城の攻防をめぐる戦場となったため当神社も戦火により焼失、慶長18年(1613)、願主である木曽村(現在の町田市木曽町)堂円坊の僧頼長権大僧都と大旦那伊藤九郎左衛門により再建され、以降明治維新まで中山村の常宝院が別当となっています。<br /><br />更に由緒によりますと、江戸時代の当神社は中山村の鎮守社として社地一町歩を保有、また当時の領主勝田氏は崇神の念が厚く、元文3年(1738)正月に神鏡を奉納、更に11代将軍家斉(いえなり)の狩りに際しては豊猟を祈願し和歌一首を詠進しています。<br /><br /><br />2022年11月16日追記<br /><br />境内の一隅に当該神社に関する詳細な説明があります。<br /><br />『文政9年(1826)春に、社殿裏の塚より法華経10巻が発見され、その終巻の奥書に「大蔵甲戌、仁年四年(1154)九月時許於武蔵国西郡船木田御庄内 長隆寺 西谷書字了勧進僧弁智血縁者僧忠尊」とあり村人の伝承が裏付けられています。』<br />

武蔵八王子 平安時代の創建と伝えられ秀吉の小田原北条氏攻略に伴う八王子合戦で焼失を受け江戸期に中山村鎮守社として祀られた『北野白山神社』散歩

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2014/04/28 - 2014/04/28

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR八王子駅と京王相模原線南大沢駅とを連絡する野猿(やえん)街道は昔も今も変わらず貴重な道路ですが、途中の京王線北野駅から西武北野台行バスで「白山神社」で下車すると西武不動産が開発した大規模戸建住宅群の外周のすぐ際の公園を通ると北野・白山神社(きたの・はくさんじんじや、東京都八王子市中山)があります。

拝殿の傍らにある由緒によりますと、創立年代は不詳ですが平安時代に比叡山西塔の僧で武蔵坊弁慶の血縁であった弁智が法華経を奉納した関東七社の中の一社であると伝えられています。

天正18年(1590)、豊臣秀吉と小田原北条氏との戦いで八王子城の攻防をめぐる戦場となったため当神社も戦火により焼失、慶長18年(1613)、願主である木曽村(現在の町田市木曽町)堂円坊の僧頼長権大僧都と大旦那伊藤九郎左衛門により再建され、以降明治維新まで中山村の常宝院が別当となっています。

更に由緒によりますと、江戸時代の当神社は中山村の鎮守社として社地一町歩を保有、また当時の領主勝田氏は崇神の念が厚く、元文3年(1738)正月に神鏡を奉納、更に11代将軍家斉(いえなり)の狩りに際しては豊猟を祈願し和歌一首を詠進しています。


2022年11月16日追記

境内の一隅に当該神社に関する詳細な説明があります。

『文政9年(1826)春に、社殿裏の塚より法華経10巻が発見され、その終巻の奥書に「大蔵甲戌、仁年四年(1154)九月時許於武蔵国西郡船木田御庄内 長隆寺 西谷書字了勧進僧弁智血縁者僧忠尊」とあり村人の伝承が裏付けられています。』

旅行の満足度
3.5
交通手段
高速・路線バス 私鉄 徒歩
  • 白山神社周辺<br /><br />京王線北野駅から乘った「西武北野台行」バスを「白山神社」にて下車、すぐさま左手に低い石垣の公園らしき風景が視野に入ります。

    白山神社周辺

    京王線北野駅から乘った「西武北野台行」バスを「白山神社」にて下車、すぐさま左手に低い石垣の公園らしき風景が視野に入ります。

  • 公園路<br /><br />バス通りから公園化された左右の広場を見ながら進みます。<br /><br />

    公園路

    バス通りから公園化された左右の広場を見ながら進みます。

  • 公園広場

    公園広場

  • 公園風景<br /><br />公園の東端(右側)は急崖となっています。<br /><br />

    公園風景

    公園の東端(右側)は急崖となっています。

  • 公園風景<br /><br />公園東端から崖下(中山地区)を一望します。さわやかな風景が望めます。

    公園風景

    公園東端から崖下(中山地区)を一望します。さわやかな風景が望めます。

  • 白山神社展望台<br /><br />公園化された広場の奥には展望台の案内板が立っています。

    白山神社展望台

    公園化された広場の奥には展望台の案内板が立っています。

  • 境内風景<br /><br />本殿・拝殿を左に見ながら境内に進みます。

    境内風景

    本殿・拝殿を左に見ながら境内に進みます。

  • 拝殿と神楽殿<br /><br />拝殿脇から拝殿正面に移動して改めて社殿を望みます。

    拝殿と神楽殿

    拝殿脇から拝殿正面に移動して改めて社殿を望みます。

  • 取水舎<br /><br />

    取水舎

  • 洗心<br /><br />取水舎上部に取り付けられた手順が書かれています。

    洗心

    取水舎上部に取り付けられた手順が書かれています。

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 拝殿

    拝殿

  • 拝殿扁額<br /><br />拝殿上部に「白山神社」扁額が掲示されています。<br />

    拝殿扁額

    拝殿上部に「白山神社」扁額が掲示されています。

  • 神社境内風景<br /><br />拝殿から境内を捉えます。

    神社境内風景

    拝殿から境内を捉えます。

  • 白山神社由緒・説明板<br /><br />「 白山神社について<br /><br />・ 所在地 八王子市 中山 字七号 八百十七番地<br />・ 御祭神 伊弉冊尊 (いざなみのみこと)<br />・ 摂 社 熊野神社 日枝神社 愛宕神社 稲荷神社 <br />・ 境内末社 天満宮 金刀比羅神社 秋葉神社 山王大権現<br />・ 年間祭事 <br />  一月一日 元旦祭  四月二日 祈年祭 九月第一日曜日 定例大祭<br />  十一月二十三日 勤労感謝祭並びに七五三親告祭 その他臨時祭<br /><br />・ 由緒<br />  創立年代は明らかでないが平安時代に比叡山、西塔の僧武蔵坊弁慶の血縁で <br />  あったが弁智が法華経を奉納した関東七社の中の一社であると伝えられてた。<br /><br />  天正18年(1、590)6月豊臣、北条の戦いにあい焼失したが、慶長           18年(1、613)願主、木曽村(現 町田市)覚円坊の僧頼長権大僧都と<br />  大旦那伊藤九郎左衛門により再建され、以来明治維新まで中山村の常宝院が<br />  別当となった。<br /><br />  江戸時代の白山神社は中山村の鎮守社として、社地一丁歩を保有しまた、領主<br />  勝田家は敬神の念厚く、元文3年(1、738)正月神鏡を奉納し、更に<br />  11代将軍家斉の狩に際して豊猟を祈願し和歌一首を詠進している。<br /><br />  文政9年(1、826)春、」社殿裏の塚より法華経十巻が発見され、その<br />  経巻の奥書に大蔵甲成、仁年4年(1、154)9月時許於 武蔵国西郡<br />  舟木田御庄内長隆寺 西谷書字了勧進僧弁智血縁者僧忠尊とあり、村人の<br />  伝承が裏付けられたばかりでなく考古学資料として評価されている。<br /><br />  明治初年神仏分離令により常宝院から離れ、同6年12月由木村村社となり、<br />  同42年、復殿、幣殿を新築、昭和3年拝殿を改築し面目を一新した。<br /><br />  昭和20年12月国家神道の廃止により、宗教法人として発足し昭和50年<br />  今生陛下即位50周年にあたり、社殿並びに参道・鳥居を含む大改修を行い<br />  現在に至っている。<br /><br />  また、前期経巻の他、明治・大正・昭和の三代に亘り出土した経筒・鏡・?は<br />  東京無形文化財重宝(考古学資料)として、八王子資料館及び国立博物館に<br />  保管されている。 」

    白山神社由緒・説明板

    「 白山神社について

    ・ 所在地 八王子市 中山 字七号 八百十七番地
    ・ 御祭神 伊弉冊尊 (いざなみのみこと)
    ・ 摂 社 熊野神社 日枝神社 愛宕神社 稲荷神社 
    ・ 境内末社 天満宮 金刀比羅神社 秋葉神社 山王大権現
    ・ 年間祭事 
      一月一日 元旦祭  四月二日 祈年祭 九月第一日曜日 定例大祭
      十一月二十三日 勤労感謝祭並びに七五三親告祭 その他臨時祭

    ・ 由緒
      創立年代は明らかでないが平安時代に比叡山、西塔の僧武蔵坊弁慶の血縁で 
      あったが弁智が法華経を奉納した関東七社の中の一社であると伝えられてた。

      天正18年(1、590)6月豊臣、北条の戦いにあい焼失したが、慶長           18年(1、613)願主、木曽村(現 町田市)覚円坊の僧頼長権大僧都と
      大旦那伊藤九郎左衛門により再建され、以来明治維新まで中山村の常宝院が
      別当となった。

      江戸時代の白山神社は中山村の鎮守社として、社地一丁歩を保有しまた、領主
      勝田家は敬神の念厚く、元文3年(1、738)正月神鏡を奉納し、更に
      11代将軍家斉の狩に際して豊猟を祈願し和歌一首を詠進している。

      文政9年(1、826)春、」社殿裏の塚より法華経十巻が発見され、その
      経巻の奥書に大蔵甲成、仁年4年(1、154)9月時許於 武蔵国西郡
      舟木田御庄内長隆寺 西谷書字了勧進僧弁智血縁者僧忠尊とあり、村人の
      伝承が裏付けられたばかりでなく考古学資料として評価されている。

      明治初年神仏分離令により常宝院から離れ、同6年12月由木村村社となり、
      同42年、復殿、幣殿を新築、昭和3年拝殿を改築し面目を一新した。

      昭和20年12月国家神道の廃止により、宗教法人として発足し昭和50年
      今生陛下即位50周年にあたり、社殿並びに参道・鳥居を含む大改修を行い
      現在に至っている。

      また、前期経巻の他、明治・大正・昭和の三代に亘り出土した経筒・鏡・?は
      東京無形文化財重宝(考古学資料)として、八王子資料館及び国立博物館に
      保管されている。 」

  • 長隆寺の礎石全景<br /><br />伝えによれば長隆寺は平安時代に中山村に創設された寺社で鳥居の近くの字「堂山」に在していたそうです。

    長隆寺の礎石全景

    伝えによれば長隆寺は平安時代に中山村に創設された寺社で鳥居の近くの字「堂山」に在していたそうです。

  • 長隆寺礎石説明

    長隆寺礎石説明

  • 白山神社・沿革説明

    白山神社・沿革説明

  • 白山神社・拝殿改築碑

    白山神社・拝殿改築碑

  • 白山神社・本殿<br /><br />拝殿に繋がる先には本殿があります。

    白山神社・本殿

    拝殿に繋がる先には本殿があります。

  • 白山神社・御輿庫<br /><br />本殿左わきに御輿庫が配置されています。

    白山神社・御輿庫

    本殿左わきに御輿庫が配置されています。

  • 白山神社・境内<br /><br />御輿庫から境内を捉えます。

    白山神社・境内

    御輿庫から境内を捉えます。

  • 白山神社・神楽殿

    白山神社・神楽殿

  • 白山神社・石段<br /><br />神社が台地の東端に位置しており、参道入口は長い石段を降りた所にあります。

    白山神社・石段

    神社が台地の東端に位置しており、参道入口は長い石段を降りた所にあります。

  • 白山神社・石段<br /><br />今までに見たことのない参道の石段です。実際登るとすれば相当の労力をを要します。<br /><br />

    白山神社・石段

    今までに見たことのない参道の石段です。実際登るとすれば相当の労力をを要します。

  • 白山神社・石段<br /><br />直線状の長い石段を降りてゆきます。

    白山神社・石段

    直線状の長い石段を降りてゆきます。

  • 白山神社・石段<br /><br />石段を下る途中で振り返ります。

    白山神社・石段

    石段を下る途中で振り返ります。

  • 白山神社・鳥居<br /><br />「白山神社」扁額が掲示されています。<br /><br />

    白山神社・鳥居

    「白山神社」扁額が掲示されています。

  • 白山神社・参道入口周辺

    白山神社・参道入口周辺

  • 白山神社・参道入口周辺<br /><br />かつては当地と共に高台地も「中山」でしたが高台地開発により「北野台」と名付けられて新設住宅化が進み、他方当地は開発から残されましたが現在ではむしろ数十年前の時代に戻ったような静けさが貴重です。

    白山神社・参道入口周辺

    かつては当地と共に高台地も「中山」でしたが高台地開発により「北野台」と名付けられて新設住宅化が進み、他方当地は開発から残されましたが現在ではむしろ数十年前の時代に戻ったような静けさが貴重です。

  • 参道入口案内柱<br /><br />完全に田舎の風情を守っている通りに「白山神社参道入口」の案内柱が見えます。通常ならばこの入口から拝殿に向かうところですが、この地点までのバス(京王電鉄北野駅から中山経由で南大沢行)が1時間に1本程度、続く境内までの高低差が厳しく石段登りは体力消耗激しい事で不利です。

    参道入口案内柱

    完全に田舎の風情を守っている通りに「白山神社参道入口」の案内柱が見えます。通常ならばこの入口から拝殿に向かうところですが、この地点までのバス(京王電鉄北野駅から中山経由で南大沢行)が1時間に1本程度、続く境内までの高低差が厳しく石段登りは体力消耗激しい事で不利です。

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