2014/04/20 - 2014/04/20
996位(同エリア2037件中)
滝山氏照さん
八王子市西部から五日市市(いつかいちし)に繋がる秋川街道沿いには平安時代後期に発生した武士集団である武蔵七党の内西党に属する川口氏に関係した寺院のなかに真言宗智山派・長楽寺(ちょうらくじ、東京都八王子市川口町)があります。
川口氏所領は武蔵国多摩川支流の川口川と平行した秋川街道に沿った地域で、鎌倉幕府創設には武蔵国大身である秩父系畠山氏の家臣として仕え、畠山重忠(はたけやま・しげただ、1164~1505)一族の滅亡後は近年より政治基盤を強めてきた北条氏に同調してきた事情もあって中央の政争に巻き込まれることなく地頭として自らの勢力を強化することになります。
上述の如く戦役とは無縁の環境下のもと周辺に広がる田畑から採れる米や農産物を財力として川口氏は1300~1400にかけて寺院の創設、更には既存社院への庇護を行ってまいります。
その一つとして当時の家主である川口兵庫介幸季(かわぐち・ひょうごのすけ・ゆきすえ)は長楽寺(文治3年・1187年明玄により開山)に対し薬師如来座像(東京都指定有形文化財)を寄進し手厚く庇護することになります。
当寺本堂前の説明板によれば、寄木造で眼には水晶をはめ込み表面には漆を塗り金箔を施しています。製作者については不詳ながら鎌倉時代中期(13世紀半ば)の造りと推定され、当時の堅実な製作技術が至る所に施されているそうです。
2022年10月31日追記
「木像薬師如来坐像」に関する説明板には下記の通り紹介されています。
『 木像薬師如来坐像
所在地 八王子市川口町335番地 長楽寺内
指 定 昭和37年3月31日
複数の材を組み合わせてつくった寄木造りで、眼には水晶をはめ込み、表面には漆を塗り金箔を施している。像の高さは、92.4cm。
作者は不明であるが、鎌倉時代の中期(13世紀の中ごろ)につくられたものと思われる。
地方作ではあるが、像全体の形、顔つきは整っていて美しく、着衣の飛騨の表現などには鎌倉時代の堅実な技術が認められる。
像の背後の光背や仏像の乗る台座も備わり、この時代の代表的なものである。平成2年度には修理された。
平成9年3月31日 建設
東京都教育委員会 』
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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長楽寺・遠景
川口氏館跡を離れ秋川街道を武蔵五日市方向に15分ほど歩き、途中川口橋で左折して小路を直進、丘陵麓に長楽寺が控えています。 -
長楽寺・参道
正式には医王山長楽寺で宗派は真言宗智山派、開創時期は鎌倉時代創設時期に当たる文治3年(1187)頃に明玄によって開山されたと伝えられています。 -
長楽寺・車輛入場口
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長楽寺・本堂
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イチオシ
長楽寺・本堂
本堂に安置されている薬師如来座像(東京都指定文化財)は代表的な木像で、応永年間(1394?1420)に当地支配の豪族である川口兵庫介幸季(かわぐち・ひょうごのすけ・ゆきすえ)が寄進したものと伝えられています。 -
長楽寺本堂・扁額
本堂には寺号である「長楽寺」の扁額が掲載されています。 -
葵の御紋
本堂の屋根瓦等には徳川家の「葵のご紋」が刻されています。徳川将軍家から知行の下賜や庇護があったと思われます。 -
木像薬師如来座像・説明板
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六道地藏尊
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六道地藏尊(近景)
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六道地蔵尊・説明板
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長楽寺・境内
本堂から車輛通路を捉えます。 -
長楽寺・境内
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長楽寺・境内
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