2014/02/23 - 2014/02/23
486位(同エリア623件中)
滝山氏照さん
東京メトロ南北線「本駒込」駅から徒歩8分に江戸時代に北方探検家として有名な近藤重蔵の供養塔を配した興龍山・西善寺(さいぜんじ、東京都文京区向丘)があります。
当該寺は元和2年(1616)に了願(俗名安藤蔵人)によって開山された真言宗大谷派の寺院で、元々は本郷に在していましたが天和3年(1683)に現在地に移転してきたそうです。
境内の重蔵の供養塔の奥に建っている案内板には下記の通り記述されています。
『 東京都指定急所
近 藤 重 蔵 墓
所在地 文京区向丘1-13-8 西善寺
指 定 大正11年6月
江戸時代後期の北方探検家、幕臣。いなみは守重、正斎と号した。重蔵は通称である。御手先組与力右膳守知(知新庵)に三男として、明和8年(1771)駒込鶏声ヶ窪(文京区本駒込)に生まれた。寛政6年(1794)湯島聖堂の学問吟味において最優秀の成績で合格した。
寛政10年(1798)松前蝦夷地御用取扱に任命され、最上徳内らと共に択捉島に渡り、「大日本恵登呂府」の標柱を建てた。その後寛政11年・享和元年・同2年と4回の東蝦夷地探検を行った。文化4年(1807)には松前奉行出役となり、利尻島に渡り、帰途天塩川流域から南下して神居古潭を経て石狩川を下り、現在の札幌周辺も踏査した。帰府後将軍家斉に謁見を許され、札幌地域の重要性を述べたという。翌年書物奉行に抜擢され在任中に「金銀図録」「宝貨通考」「外藩通書」などの著書を献納した。
文政9年(1826)長男富蔵の殺傷事件に座して近江大溝藩分部家(滋賀県高島町)預かりとなり、同12年(1829)6月9日59歳で没した。万延元年(1860)改易を赦免された。
平成4年3月31日
東京都教育委員会 』
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