2014/02/08 - 2014/02/08
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bakanekoさん
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これで雰囲気が分かる。まあまあの出来の駄作。雪の室生寺と初めて会えた。 http://youtu.be/pEKS-_EvKb8
2/14の大雪のときの室生寺。圧巻である。
http://youtu.be/v3UrIvTSX0U
室生寺といえば土門拳のウンチクが出ますが以下参照。
土門 拳 生涯とその時代
土門の「室生寺ひとむかし」によれば、1946(昭和21)年初夏、土門は荒木良仙住職と語り合い、老師に四季の中でどの季節の室生寺が一番美しいかとたずねた時、「全山白皚々たる雪の室生寺が第一等であると思う」と答えた。土門は雪の室生寺を知らず、蝉時雨の降るような青葉の室生寺が、一番好きだった。室生寺ぐらい山気がジーンと肌に迫るところはなかったのである。
雪が降ったと電報をもらい、大急ぎで東京から出かけるが、着いた時には溶けてしまっていたということが、何度もあった。『女人高野室生寺』をまとめるにあたって、雪の室生寺をどうしても撮って入れたかった。原稿の締切を延ばし延ばしにした挙句、これが最後の機会と考え、撮影行を計画した。版元の美術出版社ではこの雪の部分のページをあけて刊行を待っていた。毎日のように橋本屋の女将に電話を入れるのが日課となっていた。
橋本屋は一年中予約で一杯、何日もねばるわけにはいかなかった。それで、弟子の北沢勉に頼み、1978(昭和53)年2月中旬、弟子の毛利と長男樹生とともに、奈良県御所市の病院に入院、療養しながら雪を待つことになった。
例年にない暖冬で、天気予報は「晴れ」が続いた。室生の谷は雪の気配はなかった。寒さがぶりかえすと考えていた東大寺のお水取りが終われば、あきらめて帰ろうと考えていたのである。
寒波接近の予報に、3月10日、土門たちは橋本屋に移り、雪を待った。 雪を撮影する時は、牧は東京にいた。土門からしょっちゅう電話が入り、3月10日橋本屋にきた。11日、今日帰ると決めていたが、もう1日のばすことにした。その日は雪が降るというお水取りの日だったからである。
12日、お水取りの日の朝、初代が玄関のカーテンをあけると、一面の雪景色だった。従業員も土門が雪を待っていたことを知っており、皆泣いた。初代は早く知らせねばと寝間着のまま二階の土門の部屋にかけ込んだ。「先生雪が降りましたよ」というと、土門は降りましたかと起き上がり、助手に窓をあけさせ、初代の手を握ってぽろぽろと涙を流した。土門が見たまだ薄暗い空間には、横なぐりに雪が降っており、「ぼくの待っていた雪はさーっと一掃け、掃いたような春の雪であった」
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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玄関のカーテンをあけると、大阪でも一面の雪景色だった。愛猫もbakanekoが雪を待っていたことを知っており、皆鳴いた。ソーンちゃんは早く知らせねばとbakanekoの部屋にかけ込んだ。「bakaneko先生雪が降りましたよ」と愛猫がいうと、bakanekoは降りましたかと起き上がり、ヘラヘラ笑い、いそいそと独り上六へでていくのでありました。土曜は8時20分のバスが始発なので上本町7時15分発です。上本町ー室生口大野は860円。鶴橋で座れるかどうかです。始発の上本町なら座れます。バスは、片道420円駅ー室生寺
装備
雪が5cmなら長靴か、スパッツは必要。くるぶしを越える雪の時もあります。 -
室生口大野の駅。ウェザーリポートは役に立つ。それと長谷寺とは違い、朝7時以降なら電話で積雪状態を教えてくれます。
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車内はこんな感じ、朝一番で10人くらい。8割カメラマン
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室生寺のバス停。
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どちらも橋本屋。右が旅館。この橋を渡れば室生寺。
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門前に連なる茶店や旅館を過ぎると、清流に朱塗りの反り橋が架かっている。太鼓橋と呼ばれるこの橋をわたると室生寺の境内である。
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入り口はここからまだ右へ50m。ここで無料で杖を貸してくれます。
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拝観料は600円 近鉄の無料冊子の「大和を歩こう」割引で500円。ここで休憩所やトイレがあります。上にもあるそうです。
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自然石積みの幅広い急な石段は「鎧坂」と呼ばれ、その両脇には石楠花や木々の枝が迫っている。登りだすと石段の頂きに金堂の屋根がみえる。室生寺の序章ともいえる美しい景観である。
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ここやがな。定番の撮影地
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鎧坂を登ると、穏やかな柿葺(こけらぶき)の金堂が石段の上に次第に競り上がって、全貌の見える小さな平地に出る。高床の正面一間通りは江戸時代に付加した礼堂で、これが無かった時代には、この石段上から堂内の仏像の姿が拝めたようだ。
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鎧坂を上るカメラマン。皆、ここの下で撮ります。
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金堂前庭の左手にある三間四方のこの堂は、興福寺の伝法院を受け継いだと伝える鎌倉時代の建築で、元は南向きであったのを室町時代に東向きとし、江戸初期にも改造されている。内部の四本柱の中に須弥壇を置き、厨子入りの弥勒像を安置する。
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本堂横の高い石段の上に優しく立つこの塔は、屋外に立つ五重塔としては我が国で最も小さく、また法隆寺五重塔に次ぐ古塔である。檜皮葺の屋根や丹塗りの組物が、奥深い樹林に包まれて格別の風情がある。
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ここから五重塔シリーズ
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木がすごい迫力で迫る
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色々アングルを変える。どれがええやらわからない。写真の才がない。
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五重塔への階段を上がると石仏群が。
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ずらーっと。この仏様の階段よりにライトアップ用の投光機などがあり写真的には邪魔です。ソフトでけしてしまいました。
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斜面を上ったりまだまだ別アングルがつづく。
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このあたりが全山白皚々たる雪の室生寺ではないか。
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寺の人が、雪かきをする。奥の院までは行かず。雪の多い日は通行止め。
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しずかです。ただたまにだいぶ上を飛行機が飛びます。伊丹へ行く航空路の下ですね。
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深山
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雪を身にまとう
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ずらっと。笠地蔵の世界
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灌頂堂 金堂の上、五重塔の下にあります。向って右下が五重塔への階段です。ここの屋根下は、降雪時荷物やレンズ交換ができる貴重な場所です。
解説
金堂からさらに石段を登ると本堂がある。ここは真言密教の最も大切な法儀である灌頂を行う堂で、真言寺院の中心であるところから本堂、或いは灌頂堂と言い延慶元年(1308)の建立。五間四方入母屋造りの大きな建築で、和様と大仏様の折衷様式を示す。 -
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ライトアップの投光機があるのでそれを避けて
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階段の左に坂道がありそこから
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モノクロもいい
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灌頂堂
金堂からさらに石段を登ると本堂がある。ここは真言密教の最も大切な法儀である灌頂を行う堂で、真言寺院の中心であるところから本堂、或いは灌頂堂と言い延慶元年(1308)の建立。五間四方入母屋造りの大きな建築で、和様と大仏様の折衷様式を示す。
ここの屋根下で、降雪時休憩とレンズ交換ができるところです。 -
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南天はこの位置にある
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金堂の裏
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拝観受付のところ
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太鼓橋を渡ったところの門の中
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雪はつくづくエエですね。
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室生寺の門前町
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室生寺 対岸から
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橋本屋も見える
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ええなあ。これだけでも十分
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近鉄に乗り。無事帰阪。まさかその1週間後にまた行くとは・・
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