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 上野東照宮は寛永4年(1617年)、徳川家康(東照大権現)の遺言により天海僧正と藤堂高虎が上野の藤堂家敷地内(後の寛永寺)に造営したもので、現存している社殿は、慶安4年(1651年)3代将軍徳川家光が大規模に造営替えを行ない金色殿と言われている。正式名称は東照宮であるが、他の東照宮と区別するため上野東照宮と呼ばれている。<br /> 寛永10年(1633年)に酒井雅楽頭忠世が建築・奉納した大石鳥居(石造明神鳥居)は関東大震災(大正12年(1923年))でも倒壊するどころか、少しも傾かなかった。これは稀有なことであろう。たとえば、寛文8年(1668年)、4代将軍徳川家綱によって寄進された鎌倉鶴岡八幡宮の石造明神鳥居(一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居)は悉く倒壊し、一の鳥居だけが昭和12年(1937年)に再建されている。滑川沿いの沖積地と上野の山の立地の違いであろうが、大名家が建立した大石鳥居が無事で、一方、将軍家が建立した大石鳥居が倒壊してしまっているのは、神君家康公に対する思い入れの違いであろうか。<br /> 上野東照宮は、平成21年1月より丸5年を掛けて社殿を修理中であったが、修理が終って今年の正月元旦から公開されている。さすがに時間とお金を掛けただけのことはある。それでも国宝ではないというのが腑に落ちない。久能山東照宮のように漆塗替えが終了後数年して国宝になってもおかしくないと思う。<br /> 来年2015年は徳川家康公没後400年にあたる。そうした行事が行われるのであろうが、それに先立ち、上野東照宮は貼られた金箔が眩いばかりの金色殿として蘇ったのだ。<br />(表紙写真は上野東照宮唐門)

上野東照宮-境内参道

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2014/01/28 - 2014/01/28

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 上野東照宮は寛永4年(1617年)、徳川家康(東照大権現)の遺言により天海僧正と藤堂高虎が上野の藤堂家敷地内(後の寛永寺)に造営したもので、現存している社殿は、慶安4年(1651年)3代将軍徳川家光が大規模に造営替えを行ない金色殿と言われている。正式名称は東照宮であるが、他の東照宮と区別するため上野東照宮と呼ばれている。
 寛永10年(1633年)に酒井雅楽頭忠世が建築・奉納した大石鳥居(石造明神鳥居)は関東大震災(大正12年(1923年))でも倒壊するどころか、少しも傾かなかった。これは稀有なことであろう。たとえば、寛文8年(1668年)、4代将軍徳川家綱によって寄進された鎌倉鶴岡八幡宮の石造明神鳥居(一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居)は悉く倒壊し、一の鳥居だけが昭和12年(1937年)に再建されている。滑川沿いの沖積地と上野の山の立地の違いであろうが、大名家が建立した大石鳥居が無事で、一方、将軍家が建立した大石鳥居が倒壊してしまっているのは、神君家康公に対する思い入れの違いであろうか。
 上野東照宮は、平成21年1月より丸5年を掛けて社殿を修理中であったが、修理が終って今年の正月元旦から公開されている。さすがに時間とお金を掛けただけのことはある。それでも国宝ではないというのが腑に落ちない。久能山東照宮のように漆塗替えが終了後数年して国宝になってもおかしくないと思う。
 来年2015年は徳川家康公没後400年にあたる。そうした行事が行われるのであろうが、それに先立ち、上野東照宮は貼られた金箔が眩いばかりの金色殿として蘇ったのだ。
(表紙写真は上野東照宮唐門)

  • 大石鳥居(国指定重要文化財)。寛永10年(1633年)酒井雅楽頭忠世建築奉納。明神型鳥居。<br />石材には備前の御影石が使用されている。<br />基礎工事が万全だったため、関東大震災(大正12年(1923年))の折にも少しも傾かなかったことで有名である。 <br />

    大石鳥居(国指定重要文化財)。寛永10年(1633年)酒井雅楽頭忠世建築奉納。明神型鳥居。
    石材には備前の御影石が使用されている。
    基礎工事が万全だったため、関東大震災(大正12年(1923年))の折にも少しも傾かなかったことで有名である。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 大石鳥居。

    大石鳥居。

  • 神門。

    神門。

  • 神門。

    神門。

  • ぼたん苑入口。

    ぼたん苑入口。

  • 石燈籠。200基以上ある。殆どが現在の社殿の建築の年(1651年)に諸大名より奉納されたもの。<br />

    石燈籠。200基以上ある。殆どが現在の社殿の建築の年(1651年)に諸大名より奉納されたもの。

  • 石燈籠。

    石燈籠。

  • 上野の五重塔(国指定重要文化財)。寛永8年(1631年)、土井利勝が寄進した五重塔は、寛永16年(1639年)に花見客の失火で焼失した。<br />現在の塔は、焼失後のその年のうちに再建され寄進されたものである。元々は上野東照宮の五重塔であったが、明治維新の神仏分離後には寛永寺に帰属が移り、戦後は東京都が管理し、現在では上野動物園内にある。<br />社殿は将軍家が造営したが、五重塔は日光東照宮の五重塔と同様に大名家の寄進である。

    上野の五重塔(国指定重要文化財)。寛永8年(1631年)、土井利勝が寄進した五重塔は、寛永16年(1639年)に花見客の失火で焼失した。
    現在の塔は、焼失後のその年のうちに再建され寄進されたものである。元々は上野東照宮の五重塔であったが、明治維新の神仏分離後には寛永寺に帰属が移り、戦後は東京都が管理し、現在では上野動物園内にある。
    社殿は将軍家が造営したが、五重塔は日光東照宮の五重塔と同様に大名家の寄進である。

  • 上野の五重塔。1層部分が工事中のようだ。

    上野の五重塔。1層部分が工事中のようだ。

  • 上野の五重塔。

    上野の五重塔。

  • 上野の五重塔。

    上野の五重塔。

  • 上野の五重塔。

    上野の五重塔。

  • 石燈籠が並ぶぼたん苑。

    石燈籠が並ぶぼたん苑。

  • 詰所。

    詰所。

  • 「東照宮略記」看板。

    「東照宮略記」看板。

  • 「ぼたん守」の張り紙。

    「ぼたん守」の張り紙。

  • 「開門時間 午前9:00〜午後4:30」張り紙。

    「開門時間 午前9:00〜午後4:30」張り紙。

  • 石燈籠。

    石燈籠。

  • 上野東照宮。

    上野東照宮。

  • 重要文化財看板。都内には日立製作所が設置した重要文化財看板(社内では「火気厳禁ボード」と呼ぶ)と「禁煙」、「火気厳禁」、「危険物品持込み厳禁」「犬を連れて散歩される方へのお願い」などが書かれた重要文化財看板が併用されている。

    重要文化財看板。都内には日立製作所が設置した重要文化財看板(社内では「火気厳禁ボード」と呼ぶ)と「禁煙」、「火気厳禁」、「危険物品持込み厳禁」「犬を連れて散歩される方へのお願い」などが書かれた重要文化財看板が併用されている。

  • 上野の五重塔。

    上野の五重塔。

  • 神楽殿。

    神楽殿。

  • 神楽殿。

    神楽殿。

  • 「銅燈籠」看板。

    「銅燈籠」看板。

  • 銅燈籠。

    銅燈籠。

  • 絵馬掛。

    絵馬掛。

  • 「東照神廟」石碑。<br /><br />

    「東照神廟」石碑。

  • 手水舎。

    手水舎。

  • 手水鉢。

    手水鉢。

  • 手水舎の彫刻。

    手水舎の彫刻。

  • 銅燈籠(国指定重要文化財)。全48基。寛永慶安年間に諸大名が奉納したもの。<br />家康公の13回忌に藤堂高虎が奉納した1基が最も古く、形も南円堂形と特徴的である。 <br />

    銅燈籠(国指定重要文化財)。全48基。寛永慶安年間に諸大名が奉納したもの。
    家康公の13回忌に藤堂高虎が奉納した1基が最も古く、形も南円堂形と特徴的である。

  • 「「広島・長崎の火」の由来」看板。

    「「広島・長崎の火」の由来」看板。

  • 銅燈籠。

    銅燈籠。

  • 「核兵器をなくし永遠に平和を誓う広島・長崎の火」碑には千羽鶴が掛かる。

    「核兵器をなくし永遠に平和を誓う広島・長崎の火」碑には千羽鶴が掛かる。

  • 神楽殿。

    神楽殿。

  • 銅燈籠。

    銅燈籠。

  • 銅燈籠。

    銅燈籠。

  • 絵馬掛。

    絵馬掛。

  • 狛犬。

    狛犬。

  • 狛犬。

    狛犬。

  • 鈴堂。お寺ではないのだから鈴堂はおかしい。鈴舎といったところだ。

    鈴堂。お寺ではないのだから鈴堂はおかしい。鈴舎といったところだ。

  • 鈴堂。

    鈴堂。

  • 鈴。

    鈴。

  • 張り紙。鈴堂は昭和30年(1955年)頃までは水屋であったことが分かる。

    張り紙。鈴堂は昭和30年(1955年)頃までは水屋であったことが分かる。

  • 唐門(国指定重要文化財)。全面金箔貼だ。

    唐門(国指定重要文化財)。全面金箔貼だ。

  • 唐門。左右にある通用門は朱塗りだ。

    唐門。左右にある通用門は朱塗りだ。

  • 唐門と社殿(拝殿)。唐門、透門、拝殿、幣殿(石の間)、本殿が国指定重要文化財だ。

    唐門と社殿(拝殿)。唐門、透門、拝殿、幣殿(石の間)、本殿が国指定重要文化財だ。

  • 唐門と社殿(拝殿)。

    唐門と社殿(拝殿)。

  • 唐門。

    唐門。

  • 唐門。

    唐門。

  • 唐門。

    唐門。

  • 唐門の木鼻。

    唐門の木鼻。

  • 唐門の木鼻。

    唐門の木鼻。

  • 唐門の鳥の彫刻。意外にも龍の彫刻ではない。

    唐門の鳥の彫刻。意外にも龍の彫刻ではない。

  • 登り龍。左甚五郎作。偉大な人ほど頭を垂れるという諺に由来して、頭が下を向いているものが昇り龍と呼ばれている。 また、毎夜不忍池の水を飲みに行くという伝説がある。<br />

    登り龍。左甚五郎作。偉大な人ほど頭を垂れるという諺に由来して、頭が下を向いているものが昇り龍と呼ばれている。 また、毎夜不忍池の水を飲みに行くという伝説がある。

  • 降り龍。唐門には龍の彫刻がしっかりとある。

    降り龍。唐門には龍の彫刻がしっかりとある。

  • 唐門両側通用門の朱塗りの扉。

    唐門両側通用門の朱塗りの扉。

  • 唐門両側通用門の朱塗りの扉。

    唐門両側通用門の朱塗りの扉。

  • 境内から覗く五重塔の相輪。

    境内から覗く五重塔の相輪。

  • 「唐門」看板。「日本には一つしかない金箔の唐門である。」との書き出しだ。

    「唐門」看板。「日本には一つしかない金箔の唐門である。」との書き出しだ。

  • 銅燈籠。唐門両側6基は徳川御三家(紀伊・水戸・尾張)より寄進されたもの。<br />

    銅燈籠。唐門両側6基は徳川御三家(紀伊・水戸・尾張)より寄進されたもの。

  • 銅燈籠。

    銅燈籠。

  • 銅燈籠。唐門両側6基は徳川御三家(紀伊・水戸・尾張)より寄進されたもの。<br />

    銅燈籠。唐門両側6基は徳川御三家(紀伊・水戸・尾張)より寄進されたもの。

  • 重要文化財看板。境内では3つほど見掛けた。

    重要文化財看板。境内では3つほど見掛けた。

  • 虎の彫り物。

    虎の彫り物。

  • 寒牡丹。

    寒牡丹。

  • 石燈籠。

    石燈籠。

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