2013/11/09 - 2013/11/09
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ドクターキムルさん
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横浜市戸塚区田谷町にある横浜市立千秀小学校は明治9年(1876年)に田谷・金井・長尾台・小雀・飯島・長沼の六ヶ村によって鎌倉郡千秀小学校として開校した創立137年の伝統を誇る歴史ある学校である。環状4号線に沿う旧道沿いにある。私立校のような校名であるが、創立以来の伝統ある校名である。この校名の由来は、創立当初の村人が、教育の理想として「衆に秀でた有為の人材を養成する。」との願望を込めて名付けたと云われている。そうした教育理念は白亜の校舎の横に「千に秀でる子の育成 千秀小学校」と大きな字で書かれているために、卒業生でなくてもこの道路を通る人は誰でも知ることができる。私はこれを見て私立校なのだと勘違いしていたくらいだ。
もっとも、公立小学校でこうした学校独自の教育理念を掲げている学校は少ないであろう。教育理念などというものは、おそらくは教育基本法かどこかに記載されているであろうから、一公立小学校が独自の教育理念を掲げるのは難しいのかも知れない。
また、この周辺には千秀小学校創立以前の歴史が漂う。田谷の洞窟で知られる常泉寺瑜伽洞(ゆがどう)は源頼朝が奥州平泉に遠征する際にも話題になっているから平安時代末から鎌倉時代初期にはもう洞窟が掘られるようになっていたのであろう。こうした昔からの街道の傍らには道祖神や庚申塔、供養塔などが点在している。千秀小の坂の下にゲートボール場として賑わう千秀公園があるが、その三叉路に庚申塚がある。
また、戦後の高度経済成長期に横浜市内では、こうした港から遠く離れた田園地帯にまでも住宅開発の波が押し寄せ、千秀小学校を創設した田谷・金井・長尾台・小雀・飯島・長沼の六ヶ村のうち、金井・長尾台以外の4ヶ町(村)には新たに小学校が創立されている。千秀小の児童の中では、今となっては、祖父母の代は別でも父母兄弟は今と同じ校区の千秀小に通学したのであろうか。校区が狭まり、校区外にあるような遠くまでは遊びに行くこともなくなったのであろう。
(表紙写真は千秀小学校校舎)
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