2013/11/01 - 2013/11/03
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Ytabiさん
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関西旅行の2日目は雲海の竹田城を見た後、京都御所一般公開にでかけました
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2日目。朝5時に起きて立雲峡に向かう。雲海の時期の立雲峡は駐車場が満杯になり次第、タクシー以外の車での進入制限をしているそうで、早めに起きたものの、この日は前日からの泊まり込み組が多く、朝5時半に到着した時点で近くの駐車場は満杯になってしまっていた。ふもとの臨時駐車場に車を止め、約1時間かけて山登りを開始。懐中電灯は持ってきていなかったが、6時頃には空も白み始め、第3展望台に到着した時にはかなり明るくなっていた。第3展望台からも雲海に沈む竹田城は見えるのだが、標高が低いため電線が邪魔、やはり一番の見学スポットと思われる第1展望台を目指す。
第1展望台までは結構な山道なのでスニーカーは必須。大変な思いをしてたどり着いた絶景に感動。斜面にはすでにたくさんのカメラマンが集まっていた。 -
拡大して撮影すると、竹田城の石垣が見える。まさに天空の城。
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雲海は刻一刻と姿を変えていく。消えそうになったと思ったら、また増えたりする。ふもとから姿は見えねど時々電車が通り過ぎる音がするのだが、まさに下界のことのようだ。雲海が発生するには昼夜の寒暖差が大きいことなどのいくつか条件があるそうで、9-11月は発生確率が高いそうだが、自然のものなので見られないことも多いらしい。
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紅葉している木々の間から竹田城を撮影。8時までには雲海は消えてしまうと思っていたが、案外8時を過ぎても長持ちしていた。結局第1展望台には8時ころまで滞在。サンドイッチを持ってきていたので、雲海を眺めながら朝ご飯にする。
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1時間かけてふもとの駐車場に戻ってくると、雲海はすっかり晴れていた。こうして下から見た姿は、さっきの雲海に沈む姿に比べると案外普通。この後お城に立ち寄りたかったのだが、家族に別の用事があったため、泣く泣く次回以降に延期。
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加島から電車で京都へ移動。ここからは夕方まで単独行動。尼崎で新快速なる電車に乗ったが、ほとんど停車駅がないため、あっという間に京都駅に着いた。京都駅はいつやってきても斬新で面白い。
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もともと東京でもバスに乗りなれていない身には、京都のバス乗り場は難しいことこの上なく、15分ほどターミナルでうろうろしてようやく乗車することができた。まずは昼ご飯にイル・ピアーノへ。町屋を改装したイタリアンレストランということで、一見和風なのにイタリアンという意外な組み合わせが面白い。
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土日限定ランチの、とりもものローストグリーンソース。柔らかいもも肉にかかったネギソースがおいしい!
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食後は京都御所秋季一般公開へ。10/31-11/4の5日間は、予約なしで入れるというのだ。幕末の禁門の変の舞台となった蛤御門から京都御苑に入る。
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ここは長州と京都守護職会津藩が衝突した場所で、門には銃弾跡と思われる跡が残っている。しかし皆が触るせいか、ピカピカしていて本当に銃弾跡なのかはわからない。それにしも長州ときたら、朝廷に向かって発砲しておきながら、その後官軍になってしまうとは・・・
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宜秋門から御所に参入。簡単な荷物検査があったものの、形だけの検査のような?かなり多くの人が集まっており、建物だけの撮影は至難の技。普段の日も予約をすれば京都御所見学はできるようだが、事前予約というのが敷居が高いし、予約なしでも入れる一般公開は人気が高いようだ。
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承明門から見た紫宸殿。天皇元服などの儀式が行われた場所らしいが、人が多かったのとカメラの不調が重なり、ちゃんと撮れず。
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清涼殿は、平安時代まで天皇が生活をしていたところだそうだ。毎年4/1と10/1に更衣を行い、夏仕様・冬仕様に部屋を変えていたそうだが、今では立冬と立夏で行っているので、今日この日は夏仕様の部屋だそうだ。外の空気はすっかり秋なのに、部屋はなんだか涼しげ。
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清涼殿で更衣をしている様子の絵も展示されていた。いつの時代の絵なのかしら・・・こうした行事の歴史も大変古いようだ。
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庭にはさまざまな種類の樹木が植えられており、日本の自然を凝縮したような雰囲気になっている。この建物は小御所で、王政復古の大号令が発せられた夜に「小御所会議」が行われた場所。大政奉還後の徳川家に対する処遇を話し合った場所で、要は徳川慶喜の欠席裁判だったそうだ。ううむ。
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小御所では人形(舞楽)展示が行われていた。これは陵王、伝説によると中国北斎(6世紀)の蘭陵王長恭は勇敢な名将だったが、美貌に優れていたため、戦いでは常に厳しい仮面をつけて挑んでいたとのこと。一般庶民には雅楽は全く縁遠いので、そのような話があったということなど今まで知る由もなく。美貌だと戦えないのかよ!と思ってしまうのも庶民ゆえか。
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これは千と千尋の神隠しのカオナシではないか!と思ったら、安摩(あま)なる二人舞で、墨で人の顔を象徴的に描いたとされるものをつけ、手に笏を持って舞うらしい。安摩だけで舞われることはなく、続いて二舞なるものが続くとのこと。公家の世界は全くわからないが、能とも違う独特の世界があるようだ。
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御学問所で天皇は漢籍などを学んだのだそうだ。襖絵の見事なこと!立派だが、こんな場所で勉強とは、私は気が散ってしまう・・・
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京都市内はまだ全く紅葉は始まっていなかった。11月下旬ころが見ごろになるだろうか。またチャンスがあれば京都の紅葉を見に来たいなあ。
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御常御殿は、室町以降天皇の日常生活の場として使われた御殿で、明治天皇も東京に移るまではここで生活していたのだそうだ。御常御殿付近は人の流れが入り乱れ、写真を撮るのが結構大変だった。
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最後に花鳥図の襖絵4面が展示されていた。孝明天皇の書見の間として使われていた迎春北の間の襖絵だそうだ。今まで博物館などでいろいろ国宝級の展示品を見てきたが、御所内にはそうしたものが普通にたくさんありそうでため息がでてしまう。今回はところどころに立っている解説を読みながら見学したが、次回は事前予約して解説してもらいながら見てみたい。
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御所内のお土産売り場で菊紋菓が売られていたので買ってみた。これは出入り業者さんが出店してるのかしら?
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京都から吹田へ移動し、家族と合流してから淡路島へ向かう。 明石海峡大橋を渡ったころにはすっかり夜になってしまっていた。明石海峡大橋は1998年に開業したそうで、案外新しい。淡路島は兵庫県なのでもっと前からこの橋はあるのかと思っていた。とはいえ、淡路島は歴史的には阿波に所属していたのだそうだ。
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淡路島のホテルにチェックインし、3年トラフグコースでふぐづくし。ふぐのお刺身、焼き物、ふぐちり、ふぐ雑炊と食べまくり、おなかがフグのようにパンパンになってしまった。おいしかったけど、これだけの料理が編み出されるまでにどれだけの人が命を落としたのか・・・
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もうおなかがパンパンで食べられない!と思っていたが、最後の台湾かき氷がおいしすぎてぺろりと食べてしまった。普通かき氷といえば荒削りな感じだが、このかき氷はとてもキメが細かく、かき氷とは思えないおいしさだった。いつか台湾に行ってこのかき氷を食べてみたい!
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