2013/09/26 - 2013/09/28
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オカンカンさん
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京都が大好きで京都検定も取得、東京に住む今も年に一度は里帰り・・・そんな京都オタクが初めての京都1人旅。
なかなか経験できなかった清水さんの早朝参拝をしてまいりました。清水寺が6時~開いているのは有名な話ですが、皆様忙しいのか、混んでいるのが好きなのか訪れる人は少ないです。7時を過ぎると、写真タイムにピッタリなのか修学旅行生がやってきます。その界隈もまとめてアップしました。京都好きの方、是非ご覧ください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
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大概の神社仏閣が、9時前後開門なのに対し清水さんは6時〜開いています。人気のない清水坂を上がって清水寺に向かう・・・途中にある産寧坂(三年坂)・・・・人が全くいない。いつも参詣客でごった返して地面が見えないので、改めてこんな景色だったのか・・・と感慨にふける。この坂で転ぶと3年以内に死ぬという誠に不吉な言い伝えがあるが、大同3年(808)、二年坂も大同2年(807)に開削されたからとういう説が正しいようです。
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清水寺の狛犬は二頭とも口が開いている。普通は阿吽型(片方が閉じて、片方が開いている)なのにとても珍しい。
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朝日を浴びた仁王門と三重塔、絶景の修学旅行の撮影ポイント。快晴でなんと美しいことか・・・・ 人のいないこの情景は旅行社のポスタ−の様です。JR東海なんかも、この時間帯に撮影しているんだろうなあ・・・
仁王門は桧皮葺(ひわだぶき)の大きなそり棟と、丹塗り(にぬり)の鮮やかな姿で京都最大級の仁王像を安置する。 -
鐘楼、経堂と過ぎ・・・縁結びの地主神社は9時〜なので開いていない。
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清水寺の歴史は、延暦17年(798)に、鹿狩りに来ていた坂上田村麻呂が延鎮上人に会い、殺生を戒められて金色の十一面観音を作りお堂を建てたのが始まりとされます。
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いつもは若い女子で一杯なのに。
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本堂前の見事な龍の手水舎・・・いよいよ本堂、巨大な本道は寄棟造りで屋根は桧皮葺、誠に堂々とした作りで見るものを圧倒する京都が誇る世界遺産です。
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いつもは人が一杯でこの廊下をまじまじと見たのは初めてです。
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しかし・・・こんなにも人がいないことに、ひたすら感動〜 ここは清水寺ではなく別の場所じゃないですか清水の舞台から京都を一望する。
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阿弥陀堂・・・奥の院は残念ながら修復中、子安堂も入れない。
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人のいない清水の舞台・・・『清水の舞台から飛び降りる』という言葉があるけれど、江戸時代はここから飛び降りるのが流行した事があったらしいが・・・・生存率は85%を超えるという・・・
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舞台の高さは13メートル、下から見上げれば縦横に組まれた柱はとても豪壮です。
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並ばなくていい音羽の滝3筋の水も飲み放題 人出がないせいか朝の静寂な空気が、より一層冷たく感じられる。ちょっと寂しいですよね・・・毎度、並んでいる時はイライラしているのに・・・人間ってつくづく苦労して手に入れないと有り難みを感じないのかもしれないですね。
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朝日が素晴らしい。やはり京都一の観光名所ですね。
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7時半を過ぎると修学旅行生が沢山やってくる・・・早めに記念写真を押さえたいんだろうなあ・・・・二年坂もまだ人はいない。
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さて清水さんから直ぐ、八坂の塔の間近にある八坂庚申堂。あまり有名とは言えないけれど、今回の旅行で八坂庚申堂(やさかこうしんどう)に行くのが目的の一つでした。今まで何度も前を通りながら、見過ごしたり、同行者の予定を考えて諦めたり・・・地味な外見から殆ど気に留める人もいないでしょうが、正式名は金剛寺、日本三大庚申(後2つは大阪の四天王寺と東京の浅草寺)の1つです。八坂の塔から西に下ると左手に朱塗りの門が鮮やかな八坂庚申堂があります。
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庚の申(かえのさる)の日は60日ごとにやってくるが、中国の言い伝えにはその日の夜に寝てしまうと、人の身体の中にいる三尸(さんし 三匹の虫)が出てきて、その人の罪を上帝に告げ口して命を縮めることになるので、その日は寝ないで一夜を過ごす庚申待の風習がある。平安時代には日本に伝わった言われています。
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この寺には様々な俗信があって、病人の頭の上にコンニャクを吊るすと治癒するという『コンニャク祈祷』、布製の猿の手足を、1つにくくって欲を抑え祈願成就を願う『くくり猿』等、ユニークです。
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八坂の塔、正式名は法観寺(ほうかんじ)
民家がひしめき合う、街中に建つ五重塔は日本でも珍しい。東寺や醍醐寺に比べ、狭い敷地に建っている為、あまり堂々と見えないけれど、高さは46メートルあり他の2塔にひけは取らないのです。 -
東山や八坂界隈のシンボルで、小路の先や坂道の先にその姿は見えるのだけど、全体像を捉えることは無理なのです。
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その起源は古く、聖徳太子が如意輪観音の夢告によって五重塔を建てた事に始まる。広隆寺や六角堂とともに京都で最も古い寺院なのです。しかし高層の宿命で地震や落雷の影響で、何度も焼亡と再建を繰り返しています。
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清水寺の産寧坂を下りた所にあるイノダコーヒー清水支店。有名な京の朝食は11時までの限定で、滅多に食べる機会がないので、初めて食べることにしました。アラビアの真珠は昨日飲んだから、今日は紅茶にしてみます。
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朝食が運ばれてきました。ふわふわのスクランブルエッグとほどよく塩味の効いた厚めのハム、クロワッサンも外はサクッで中はしっとりで美味し〜いあ〜幸せ。
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ゆっくりしたい気分ですが、次の観光に向かいます。龍馬さんのお墓も高台寺も残念ながら割愛(本人が数え切れない程、行ってますので(>_<)
石塀小路と青い空が目にしみる。 -
ねねの道もびっくりする程、人がいません。
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大雲院が特別拝観をやっていたので入ってみます。ここは織田信長、信忠親子の菩提を弔う寺院でもとは四条寺町にありました。普段は公開していません。
有名なのが祇園祭の鉾を模した高さ36メートルの『祗園閣』が目を引きます。 -
内部は撮影禁止です。鮮やかな極彩色の壁画が目を引きます。秋晴れで、こんなにくっきりと送り火の舟形や妙法の法の文字が見えるのは珍しい・・・と係員の方がおっしゃっていました。昨今はカメラの性能が良すぎてプライバシー面から、展望さえも撮れなくなってしまったとか・・・残念ですね。
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円山公園を抜けて八坂神社へ向かいます。
八坂神社の倉庫には祇園祭の鉾が眠っている、鉾の名前ごとに分けられていますね。 -
八坂神社は疫病除けの神社ですが、きらびやかな外見とは裏腹に、ちょっと恐ろしい話しに由来します。八坂神社の祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)を始め三神が祀られていますが、スサノオはインドでは牛頭天王(ごずてんのう)とみなされています。
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ある日1人の旅人が(牛頭天王=素戔嗚尊が人間に化けて)旅の途中、裕福そうな巨旦将来(ごたんしょうらい)の家へ行き、宿を頼むと断られます。次いで巨旦の兄の蘇民将来(そみんしょうらい)の家に行くと、貧しい生活であるにも関わらず旅人を宿泊させ、ご飯を与えてもてなしました。この後、牛頭天王は自らの姿に戻り、巨旦一族をことごとく惨殺し、蘇民一族はその子孫においてもずっと栄え続けたということです。
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困っている人には親切にしましょう・・・ということですが、今の世の中、身知らずの人を泊めるなんて、危なっかしくて出来ませんよね。巨旦の行為は普通の対応とも思われますが・・・ そんな事から祇園祭の際に配られる粽(中身は入っていません)には『蘇民将来の子孫也』と書かれた護符が授与されています。
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これを玄関に下げて《私は蘇民将来の子孫ですから、どうぞ災いがふりかかりませんように》という願いが込められているのでしょう。ですから、私は八坂神社にお参りに行く際は必ず、西楼門直ぐのところにある、疫神社に立ち寄ります。
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7月一杯にわたって行われる祇園祭は平安の始め、都に疫病が蔓延した際に怨霊の祟を退散させるため、鉾66本を立て厄災の除去を祈った事に因みます。京都のガイドには必ずこちらの西楼門が出てきますね。京都の象徴ともいえます。
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