2013/11/02 - 2013/11/02
346位(同エリア443件中)
ドクターキムルさん
- ドクターキムルさんTOP
- 旅行記7569冊
- クチコミ134件
- Q&A回答247件
- 7,200,345アクセス
- フォロワー40人
新潟県村上市山屋字前谷にある阿弥陀寺は曹洞宗のお寺で金澤山阿弥陀寺という。村上市門前にある古刹・耕雲寺の末寺である。耕雲寺は応永元年(1394年)に楠正成の孫にあたるとされる傑堂能勝禅師が開いた寺で、傑堂の師の梅山聞本禅師を開山としている。旧神林村内では指合(さしあわせ)にある光明寺が大永年間前期(1521年~1524年)の創建とされ、最も古い耕雲寺の末寺であるが、「瀬波郡絵図」(慶長2年(1597年))には「あみだぢ村」とあり、阿弥陀寺の創建も16世紀のことであろう。ただし、「あみだぢ村」にあった阿弥陀寺跡は、現在では「寺屋敷」の地名で呼ばれる谷戸で畑となっている場所である。
江戸時代には一村一寺とされたが、阿弥陀寺の檀家は山屋集落(慶長年間の山屋村、前谷村、鳥越村、阿弥陀寺村、中屋敷村、水口沢(みなくちさわ)村等)以外の上助渕、下助渕等にもあり、八世紀半ばの文献である「和名抄」(奈良期~平安期)に記載された越後国岩船郡五郷のひとつ「磐船郡山家郷(やまがごう)」、あるいは、正倉院文書(天平勝宝4年(752年))に記載されている東大寺が越後に所有した越後国分二百戸中「磐舟郡山家郷」の時代の名残ではないかとも言われている。大化4年(648年)に設けられた「磐舟柵」の場所は不明であるが、門前川が三面川の支流ではなく、山屋村と前谷村の間を流れ、直接、琵琶潟から日本海に注いでいた時代には舟で行き来したのが山家郷だったのだろう。
また、江戸時代になると上助淵から殿岡を結んで米沢街道が整備された。そのため、山屋とその隣の里本庄(本庄の里の意で、本庄氏の屋敷があった。)は米沢街道から離れた奥にある集落に変わった。そして山屋入口と里本庄入口の中間地点に最初の一里塚が築かれ、昭和の40年代頃までは残っていた。一方、新丁の坂を下りて、町道を越えて前谷村の現在の阿弥陀寺東横に出、田んぼを横切って、中屋敷村、阿弥陀寺村を経て鳥越村から山を越えて里本庄村に出れた。江戸時代にも使われていた街道であり、この町道の道の両側には江戸時代には数基のお地蔵さまが建立されている。それも、現在では舗装工事の際に阿弥陀寺門前のお堂に移されている。また、門前川沿岸の相川地区から米沢街道に出る道がここ山屋の中を通っていた。その名残が圃場整備事業で新しくできた農免道路であり、神納地区の人たちが車で国道7号線沿いのショッピング街に買い出ししに往来する生活道路ともなっている。しかし、近年は阿弥陀寺の西に国道290号線が付け替えられて日本海東北自動車道の村上瀬波温泉ICに接続され、国道7号線沿いのショッピング街もこの交差点まで拡張されたので、最近では国道290号線を通る買い物客の方が多いであろうか。
阿弥陀寺は明治2年(1869年)の火災により焼失し、その後、向かいの山屋字前谷に移った。「寺屋敷」から裏の山の尾根を越えた隣の山がかつての阿弥陀寺の墓地であり、今も墓地として残っている。しかし、その後は移転した寺の裏山が墓地となっており、どこの寺にでも見られる光景になっている。
阿弥陀寺本堂と庫裡は100年余り経た平成になって建て替えられた。本堂の屋根には鳩の飾り瓦が上がっている。住職は代々安澤家であったが、再建前は一時無住となっていた。現在では住職がおり無住は解消されている。
無住だった昭和後期に墓地の尾根に送電線が分岐して鉄塔が建てられ、風景が変わった。近年になって墓地参道が舗装され、墓参りでぬかるみに足を取られたり、足を滑らせることもなくなった。さらに最近になって竹林の中の墓地から竹が全て伐採され、墓地の様子が一変した。田舎の寺の墓地は竹林という子供の頃からの概念は一掃されてしまった。
(表紙写真は阿弥陀寺本堂)
-
阿弥陀寺石柱。
-
お地蔵さま。寺の東側の町道と呼ばれていた山道が舗装される際に、寺の入口に移された。かつては山道の傍らに点在してあった路傍のお地蔵さまであったが、昭和の後期にお堂に納さめられた。
-
地蔵堂脇の仙台沙門墓など。かつては奥にあった。
-
地蔵堂と仙台沙門墓など。
-
参道には戦死者の石塔が3基建つ。お寺に良く見られる光景だ。
-
天王さま。牛頭天王(祇園社の祭神)を祀る。7月17日にお祭りがある。昔は露店が並んだ。
-
阿弥陀寺庫裡。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂の屋根に上がる鳩の飾り瓦。
-
阿弥陀寺本堂の屋根に上がる鳩の飾り瓦。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂裏の庭園。
-
阿弥陀寺本堂裏の庭園の池。
-
阿弥陀寺本堂裏の庭園の池。
-
阿弥陀寺墓地参道。竹林の中にあった墓地は竹が伐採されている。
-
阿弥陀寺墓地最上段中央にも石塔が建つ。
-
阿弥陀寺墓地参道。コンクリート舗装され、手すりも設けられている。
-
阿弥陀寺墓地最上段左側には鉄塔も建つ。
-
墓地最上段から見る阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺本堂。
-
阿弥陀寺墓地最上段中央の墓所。昭和になってからの墓所で戦死者の2基の石塔が建っている。
-
阿弥陀寺墓地最上段中央の墓所。戦死者の2基の石塔が建っている。
-
阿弥陀寺墓地最上段中央の墓所にある戦死者の2基の石塔。下の参道と併せて5基の戦死者の石塔が建っていることになる。
-
阿弥陀寺墓地最上段中央の墓所の墓石。
-
阿弥陀寺墓地最上段中央の墓所の墓石とお地蔵さま。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドクターキムルさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30