2013/05/30 - 2013/05/30
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KawakamiKenさん
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アウシュヴィッツ第一強制収容所に行ってきました。
第二次世界大戦の「負の文化遺産」です。
第一強制収容所は「基幹収容所」として機能していた収容所です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
-
本日は朝から 「雨」 が降ってます。
写真は 「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 の 「駐車場」 です。 -
「駐車場」 から 「入場口」 まで 「徒歩1分」 と便利。
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「ドイツ語」 で 「Auschwitz-Birkenau」 は 「アウシュヴィッツ」。
「ポーランド語」 で 「Auschwitz-Birkenau」 は 「オシフィエンチム」。 -
観光客は 「欧米人」 が多い模様。
「日本人」 は少ないと言っていました。
「韓国人」 は 「日本人」 の 「3倍位」 だそうです。 -
「落書き」 らしきものも書かれてました。
幸い 「日本語」 らしきものはありませんでした。 -
建物内の 「お土産売り場」 です。
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同じく 「お土産売り場」 にある 「書籍」 です。
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入口では 「セキュリティーチェック」 を受けます。
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「ホロコースト」 の象徴と言われる 「アウシュヴィッツ強制収容所」。
「ホロコースト」 とは 「組織的に行った大量虐殺」 を指すそうです。 -
ここ 「アウシュヴィッツ第一強制収容所(基幹収容所)」 は 「アウシュヴィッツ強制収容所の全体」 を管理する機関が置かれていました。
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「入場口」 をでた 「初見」 。
「震撼」 します。 -
「雨」 が降り続きます。
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「注意書き」 です。
「フラッシュ」 を使わなければ 「撮影」 できます。 -
「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 は 「約30の施設」 からなっています。
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現在の 「ポーランド南部オシフィエンチム市郊外」 に 「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 はあります。
「スロバキア」の 「国境」 に近い場所です。 -
前方の 「黒服」 の観光客は 「ユダヤ」 の関係者だそうです。
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「収容所」 への 「正門」 です。
正門には、有名な 「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」 が書かれてます。 -
正門の 「正面写真」 を撮り 「表紙」 にしたかったんですが・・・
観光客が多いため我々は 「ドンドン」 進みます。 -
「B」 の文字が逆さになっており、収容者の 「ささやかな抵抗」 と言われてますが、
実際の 「逆さB」 は 「当時の流行」 だそうです。 -
「約30の施設」 から成る 「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 を進みます。
「周辺」 には 「同様の施設」 が多数建設されていました。 -
同じような 「収容施設」 が続きます。
「何棟」 かが 「博物館」 になっている模様。 -
「ポーランド国立オシフィエンチム博物館」 が 「管理・公開」 しています。
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敷地には時折 「解説版」 があります。
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「1979年」 に 「世界遺産」 に登録されています。
「19」 ある 「負の世界遺産」 の1つです。 -
「ゴレ島(セネガル)」・・・奴隷貿易の拠点。
「ヴォルタ州、グレーター・アクラ州、セントラル州、ウェスタン州の城塞群(ガーナ)」・・・奴隷貿易の拠点。
「キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡群(タンザニア)」・・・牢獄の遺跡。
「カルタヘナの港、要塞群と建造物群(コロンビア)」・・・略奪された先住民の財宝の積出港。
「ポトシ市街(ボリビア)」・・・過酷な労働の銀鉱山。
「トリニダとロス・インヘニオス渓谷(キューバ)」・・・奴隷の監視塔など。
「ソロヴェツキー諸島の文化的・歴史的建造物群(ロシア)」・・・強制収容所。
「原爆ドーム(広島平和記念碑」
「ロベン島(南アフリカ)」・・・人種隔離政策の収容所。
「ザンジバル島のストーン・タウン(タンザニア)」・・・奴隷貿易の拠点。
「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群(アフガニスタン)」
「クンタ・キンテ島と関連遺跡群(ガンビア)」・・・奴隷貿易の拠点。
「海商都市リヴァプール(イギリス)」・・・三角貿易の拠点。
「モスタル旧市街の古い橋の地区(ボスニア・ヘルツェゴビナ)」・・・ 民族・宗教対立によって破壊された橋。
「アープラヴァシ・ガート(モーリシャス)」・・・奴隷制度に代わる「契約移民労働」制度が始められた場所。
「ル・モーンの文化的景観(モーリシャス)」・・・脱走した奴隷たちが自由を求めて戦った場所。
「ビキニ環礁の核実験場跡(マーシャル諸島)」
「オーストラリアの囚人遺跡群(オーストラリア)」・・・大英帝国が築いた刑務所などの建造物群。 -
「4ブロック」 に入りました。
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各地から 「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 に送られてきています。
場所は、現在の 「ポーランド南部オシフィエンチム市郊外」 です。 -
当時の惨状が 「パネル」 や 「展示品」 で伝えてます。
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「説明」 してくれているのは 「日本人で唯一」 の専門ガイドの 「中谷さん」 です。
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「被害者数」 のパネルです。
合計 「130万人」 が収容されたと書かれてる模様。
内訳は、
「ユダヤ人」 が 「110万人」
「ポーランド人」 が 「14〜15万人」
「ジプシー(ロマ)」 が 「2万3千人」
「ソビエト捕虜」 が 「1万5千人」
「犯罪者」 が 「2万5千人」
です。
内、「110万人」 が死亡しました。
※ 英訳が間違ってるかもしれません。 -
ただ、「被害者の数」 は諸説あり、
公式では 「400万人」 から 「150万人」 へと改められ、「1999年」 には 「110万人」 と検討されました。
「ユネスコ」 は犠牲者を 「120万人」 としています。 -
「収容者」 の 「9割」 が命を落とし、
解放時には、合わせて 「5万人程度」 だったそうです。 -
動きが取れないぐらい大変混み合っています。
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「アウシュヴィッツ」 に送られた 「地域別」 が書かれてます。
多くが 「ハンガリー」 と 「ポーランド」 からです。 -
「アウシュヴィッツ」 に送られた 「人々の総数」 は記録されていません。
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所どころに 「花」 が捧げられてます。
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到着後の 「ユダヤ人」 です。
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前方の人々は 「ユダヤ人」 です。
(その前は 「韓国人」 でした。)
我々の後方は 「ドイツ人」 でした。
説明で 「ユダヤ人とドイツ人」 が 「一緒」 に 「アウシュヴィッツ」 で観光していることは 「東アジア」 では考えられない事で 「見習うべき事」 だと言っていました。 -
全ての 「強制収容所」 は 「ヒムラー」 によって 「SS(親衛隊)」 の下に集約されていました。
写真は 「SS」 が労働力となるか 「振り分け」 をおこなっています。 -
「アウシュヴィッツ強制収容所」 は 「1940年〜1945年」 にかけて 「労働力確保」 および 「民族浄化のモデル施設」 として建設されました。
写真は 「ガス室」 の模型です。 -
「収容所」 の 「役割」 として、
① 「戦争遂行」 の 「物資生産」 の 「労働力確保」
② 「劣等民族」 を処分する 「処刑施設」
を併せ持っていることとなります。 -
使用済みの 「毒ガスの缶(チクロンB)」 です。
本来、「チクロンB」 はシアン化合物系の 「殺虫剤」 として使われてました。
他の収容所では 「一酸化炭素」 が使用されていた模様。 -
「アウシュヴィッツ第一強制収容所(基幹収容所)」 は 「1940年5月20日 」 に開所されました。
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「上空写真」 のパネルです。
この場所が 「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 に選ばれた理由。
① 元々、「ポーランド」 の 「軍事施設」 だった。
② 「鉄道」 が接続していた。
③ ヨーロッパの 「中心」 に位置している。
④ ある程度の 「隔離」 された地域であった。
⑤ 資源(炭鉱や石灰の産地)が産出した。
等々です。 -
「別棟」 へ向かいます。
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正面は 「3つの窓」 ですが 「側面」 は 「2つの窓」 ですが、「3階建」 かと思われます。
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「初代所長」 は、「SS中佐」 の 「ルドルフ・フェルディナント・ヘス」 です。
戦後は 「ポーランド政府」 にその身柄を引き渡され、「死刑」 を宣告されました。
「死刑の地」 は ここ 「アウシュヴィッツ」 で行われました。
ここ 「アウシュヴィッツ」 に 「ヘスの絞首刑台」 が展示されてるそうです。 -
最初の 「被収容者」 は、「ザクセンハウゼン強制収容所」 から移送された 「犯罪常習者30人」 でした。
続いて、「ポーランドの政治犯」 の 「728人」 を収容。 -
「眼鏡フレーム」 です。
-
ここ 「アウシュヴィッツ第一強制収容所(基幹収容所)」 は、平均して 「1万3千人〜1万6千人」、多いときで 「2万人」 が収容されていました。
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「ピーク時」 の 「1943年」 には 「アウシュヴィッツ全体」 では 「14万人」 が収容されています。
写真は 「コップ」 でしょうか。 -
大量の 「鞄」 です。
返してもらえるものと思い、「名前」 が書かれてます。
「名前」 を書くことで 「安心」 を与えました。 -
「収容者」 は 「オシフェンチムの貨車駅」 で降ろされます。
① 「労働者」、
② 「人体実験の検体」、
③ 「価値なし」
などに分けられます。 -
③の 「価値なし」 は 「ガス室」 へ送られます。
-
小さな 「子供の靴」 です。
学校や孤児院から集団で送られて来ていた子供たちは形式的な審査もなく、引率の教師とともにガス室へ送られました(ウィキ)。 -
即刻の処分を免れた被収容者は、男女問わず頭髪をすべて刈り、消毒、写真撮影、管理番号を刺青するなど入所にあたっての準備や手続きを行いました(ウィキ)。
-
「私物」 は、「戦争遂行に欠かせない資源」 としてすべて 「没収」 されます。
与えられる 「縦じまの囚人服」 が唯一の所持品となります。
「囚人服」 には 「政治犯」、「一般犯罪者」、「移民」、「同性愛者」、「ユダヤ」 などを区別する 「マーク」 がつけられていました。
(ウィキペディア) -
「強制収容所内」 には 「ヒエラルキー」 が形成されており、
「ドイツ人」 を頂点に、「西・北ヨーロッパ人」、「スラブ人」、最下層に 「ユダヤ人」 や 「同性愛者」、「ジプシー」 が置かれました。 -
「ヒエラルキー」 を作るのには、「心理面」 で、「下層の被収容者」 がいることで 「上層の者」 に 「多少の安心」 を与えると共に、被収容者全体がまとまって 「反抗する機運」 をつくらせない狙いがあったと考えられています(ウィキ)。
-
「館内」 の見学の後は 「敷地」 を歩きます。
-
「10号棟」 には 「人体実験」 が行われたとされる 「実験施設」 、
「11号棟」 には 「銃殺刑」 を執行するための 「死の壁」 、
がありました。 -
その他、
「官舎」、「裁判所」、「病院」、
などもありました。 -
「労働」 は主に 「4つのタイプ」 に分けることができます。
① 「肉体的消耗を目的とした労働」
② 「資材・兵器などの生産や、収容施設の維持・管理などを目的とした労働」
③ 「所内で死亡した被収容者の処分を目的とした労働」
④ 「被収容者たちを監視する労働」
です。 -
③の 「所内で死亡した被収容者の処分を目的とした労働」 は、
「口封じ」 のため 「数ヵ月」 ごとに 「彼ら自身」 も処分されました。 -
「高圧電流」 が流れる 「鉄条網」 です。
絶望のあまり自ら高圧電流が流れる鉄条網に触れて自殺する者もいたそうです(ウィキ)。 -
最大で 「14万人」 いた 「被収容者」 を、
「6千人」 の 「SS(親衛隊)」 によって 「警備」 していました。 -
「脱走する者」 もおり、 最終的に 「成功した脱走者数」 は、「約150名」 であるとされています。
しかし、脱走があるごとに、「脱走者の10倍の人数」 を見せしめとして無作為に選び、「飢餓刑」 にしました。
写真は 「ガス室」 の側面です。 -
「ガス室」 は、戦後に 「復元」 されたものだと思います。
-
「1941年」 に最初のガス室を備えた複合施設 「クレマトリウム1」 が「第一強制収容所」 に完成しました。
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「ガス室」 の 「見取り図」 です。
-
「ガス室」 の内部です。
あくまで 「復元」 です。
当時、「ソ連軍の侵攻」 が近いことを知った 「SS(親衛隊)」 が 「証拠隠滅」 のため 「破壊」 しました。 -
隣りは 「焼却室」 です。
こちらも 「復元」 です。
「死者の骨」 は砕かれて 「ビスチュラ河」 に捨てられてました。 -
「1944年10月」 には 「死亡した被収容者の処分を目的とした労働者(ゾンダーコマンド)」 が 「武装蜂起」 しています。
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「1945年1月27日」 に 「ソ連軍」 により 「解放」 されました。
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解放時の 「被収容者」 は 「ドイツ本国の強制収容所」 に移送されるか 「処刑」 されてており、「7千5百人」 でした。
-
「アンネの日記」 で有名な 「アンネ・フランク」 も アウシュヴィッツに「2ヵ月間」 収容されてました。
再移送先の 「ベルゲン・ベルゼン強制収容所」 で 「チフス」 を患い死亡しました。 -
「日本人」 の訪問者はまだ少なく、「年間5000人程度」 だそうです(ウィキ)。
「イスラエル人学生」 は 「修学旅行のルート」 になっています。 -
日本にも 「福島県白河市」 に 「アウシュヴィッツ平和博物館」 があります。
「ポーランド国立オシフィエンチム博物館」 から譲り受けた 「展示物」 が展示されてます。 -
何故このようなことが起こったのかを検証し続けることが重要です。
-
「アウシュヴィッツ第一強制収容所」 を後にします。
次はバスに乗り 「鉄道引込線」 で有名な 「アウシュヴィッツ第二強制収容所」 に向かいます。
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