2013/03/07 - 2013/03/07
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KawakamiKenさん
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川中島古戦場に行ってきました。
「第4次川中島の戦い」で「武田信玄」が本陣を置いたとされる場所です。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.5
-
「松代駅」 からバスで 「古戦場・長野駅」 方向へ。
-
「川中島古戦場」 で降ります。
帰りの時刻表をチェック。 -
入口付近 。
「川中島」 は 「千曲川」 と 「犀川」 が合流する 「三角地帯」 です。 -
「第4次川中島の戦い」 は 「八幡原の戦い」 とも言います。
「長野市立博物館」 もあります。 -
「一騎討像」 です。
「一騎打ち」 は 「第4次川中島の戦い」 でおこりました。 -
「八幡原史跡公園」 は 「武田信玄」 の 「本陣」 があった場所です。
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「八幡原史跡公園」 の説明。
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「川中島の戦い」 で一番有名なのが 「第4次川中島の戦い」 です。
「戦国時代」 で 「最も激しい戦い」 と言われてます。
双方の 「戦死者」 が 「7000人余(諸説あり)」 の激戦。 -
「1561年10月28日(グレゴリオ暦)」 の 「午前8時過ぎ」 に 「上杉謙信」 は 「名刀小豆長光」 で 「武田信玄」 に斬り込みました。
それを 「武田信玄」 は 「軍配団扇」 で凌ぎました。
「三太刀」 にわたり斬りつけたと言われてます。 -
江戸時代に書かれた 「甲陽軍鑑」 では 「上杉謙信」 本人が斬り込んだとあります。
「上杉家」 側の史料(上杉家御年譜)では、斬り込んだ武将は 「荒川伊豆守」 と書かれてます。 -
「上杉謙信」 のイメージ 「立烏帽子白妙の練絹」 を被っています。
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この像は 「昭和44年」 の大河ドラマ 「天と地と」 を記念して建立されたそうです。
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「川中島大合戦図」 。
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「戦いの経過」ですが、
「上杉謙信」 は 「兵13000」 を率いて 「妻女山」 に陣取ります。
「武田信玄」 は 「兵20000」 で 「茶臼山」 に陣取ります。
「睨み合い」 が続いたため 「武田信玄」 は 「海津城」 へ入城します。 -
「膠着状態」 が続いたため、軍師 「山本勘助」 は 「啄木鳥(きつつき)戦法」 を提案します。
「啄木鳥(きつつき)戦法」 とは、まず兵を 「2手」 に分け、
「1手(別働隊)」 は 「妻女山」 の裏から攻め、「上杉謙信」 を妻女山から降ろします。
「もう1手(本隊)」 は降りてきた 「上杉謙信」 を攻撃する。
というものです。 -
「別働隊」 が闇夜に紛れて 「妻女山」 に登った時には 「上杉謙信」 はすでに山を下っていました。
山を下った 「上杉謙信」 は 「八幡原」 に陣を取っていた 「武田信玄(本隊)」 の目の前に移動していました。
「早朝」 の出来事だったので 「深い霧」 で前が見えない状態です。
「霧が晴れた」 とき、「敵軍」 がいきなり 「眼前」 に現れた形となります。
「武田軍」 は、いるはずのない 「上杉軍」 が現れ 「混乱」 します。
「両軍」 は 「混乱の中」 で斬り合い 「乱戦」 となります。 -
「上杉謙信」 は 「車懸りの陣」 。
※ 車輪を回すような形で、次から次へと新手の兵を繰り出す戦法。
「武田信玄」 は 「鶴翼の陣」 で応戦します。
※ 鶴が翼を広げたように部隊を配置し、敵全体を包み込む陣形。
「前半」 は 「上杉謙信」 が優勢。
「数時間後」 には 「武田の別働隊」 が加勢します。
「後半」 は 「武田信玄」 が優勢となります。 -
「武田軍」 は 信玄の弟で副将の 「武田信繁」 や 「山本勘助」、「諸角虎定」 といった 「武田二十四将」 を失います。
「上杉軍」 側は 「名のある武将」 の討死はありませんでした。 -
「武田軍」 側の戦死者 「約4000人余」 。
「上杉軍」 側の戦死者 「約3000人余」 。
「川中島の戦い」 は 「1553年〜1564年」 の 「12年間」 に 「5回」 の戦いが行われましたが、「無駄な戦い」 だったという意見もあります。 -
「風林火山」 の説明。
「孫子の兵法」 の一説。
「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆」
「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆の如し」 -
「首塚」 です。
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「戦死者(6000人余人)」 の遺体を敵味方の別なく集め、手厚く葬った塚の一つと書かれてます。
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「八幡社」 です。
右端には 「三太刀七太刀之跡」 です。
ここで 「一騎打ち」 がありました。 -
「武田信玄」 が 「高坂昌信」 に命じて再建させました。
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「八幡社」 の説明。
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大部分が公園です。
「秋」 には 「川中島古戦場まつり」 があるようです。 -
「長野市立博物館」 へ向かいます。
中規模な公園なので少し歩きます。 -
「長野市立博物館」 です。
「プラネタリウム」 もある博物館。 -
「300円」 の入館料。
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「長野盆地を中心とする地域」 の歴史を展示してあります。
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「古代」 。
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「中世」 。
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「川中島の戦い」 の 「屏風」 です。
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「謙信信玄太刀打ち」 と書かれてます。
「鬼小島弥太郎」 もいます。 -
「柿崎景家」 です。
「第4次川中島の戦い」 では 「先鋒」 を務めています。 -
「米づくり」 のコーナー。
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「農村のくらし」 のコーナー。
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花火の筒でしょうか?
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「近代」 。
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「信州善光寺」 だと思われます。
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1階では 「川中島の戦い」 の展示場が設けられてます。
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「上杉謙信(荒川伊豆守)」 と 「武田信玄」 の一騎打ち。
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「佐久間象山」 の銅像 。
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「松代藩」 の下級武士の出身です。
「兵学者・朱子学者・思想家」 。 -
「長野オリンピックスタジアム」 です。
この辺りで 「山本勘介」 が討死しています。
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