2013/07/15 - 2013/07/22
148位(同エリア529件中)
ろきさん
待ちに待った夏休み☆
今回でANA修行は最後にしよう。
行先を迷った挙句、アジア→飽きた、アメリカ→車がないと面倒(移動距離が長くなると1人じゃツライ…)、じゃあヨーロッパ…?
今行きたいトコって言ったら…やっぱり遺跡!
イタリアは3回行ってるけど、いつもタイミングは合わないポンペイにやっぱり行きたい!
行きたい時に行かなきゃ、とゆーことでイタリア決定!
で、修行を終わらすには?
ANAだと50%しかPPが貯まんないから、70%貯まるエアライン…。
の結果タイ国際航空がヒット。
関空から出てるし、ついでにバンコクでも遊べちゃうからコレに決定。
全日1人の旅は実は初めて。
いやー、かなりよかった1人旅。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
スパッカナポリ編からの続きです。
http://4travel.jp/traveler/rokitomo/album/10796301/
ナポリ2日目、いつもなら寝坊してそうなのに頑張って6時半には起床。
用意をして朝食を食べに。
アジアの朝食と比べてかなり見劣りはしちゃうけど、まぁ一応なものは揃ってる。
ナポリの特色?かもしれないけど、お菓子系っぽいパンが多いなぁと。
有名なナポリ菓子のスフォリアテッレも。
スフォリアテッレはパイ生地みたいな中にリコッタチーズが入ってて美味しい☆ -
もちろん朝食のお供のドリンクはカプチーノ。
ロビーの無料wi-fiはレストランも入ってたので、30分ほどダラダラしちゃった。 -
8時過ぎにホテルを出て、ポンペイに行くのにヴェスーヴィオ周遊鉄道の駅へ。
コチラもホテルからすぐなので便利。
列車は少し遅れていたけど、急行っぽい電車だったので30分くらいでポンペイ駅へ。 -
ポンペイ駅から遺跡は目と鼻の先。
アルテカードがあるからもちろん無料なんだけど、遺跡のチケットに引き換えなきゃなので、チケット売り場に結局並ばなきゃいけないのが微妙。
15分程並んでチケットを引き換えやっと遺跡へ。
この入口の先は2000年前の都市!
かなりテンション上がる!!
ちなみにコチラは海に向かって面しているのでマリーナ門と呼ばれてます。
昔は防壁の役割があったみたいだけど、ローマ植民地時代は周りに浴場や家も建てられて平和な時代だったのかなぁ。 -
コチラはアポロ神殿。
ちなみに私が手に持っているのは、前日考古学博物館で買った再現図付きガイドブックの日本語版。
コレに日本から持ってきた『ポンペイの遺跡』を持ち、めっちゃ荷物で観光開始。
コチラは建設は紀元前6世紀ごろで、いろいろ整備されて残っているカタチが紀元前2世紀ごろのものじゃないかと。
でも、62年に結構大きな地震があったらしく、どの建物も地震後かなり修理もしくは修理中だったぽい。
まぁ、アポロ神殿って何?って思っちゃうんだけど、もともとポンペイの人が信仰してたのがアポロらしい。
その後ジュピターにその座を奪われちゃうらしいんだけど。
ちなみにこの写真には写ってないけど、右側にアポロ神の銅像があってオリジナルはもちろん考古学博物館…って覚えがナイw -
ココはバジリカ。
奥は裁判所になっていて、商業活動の中心地の場所。
壁に『紀元前78年、行政官時代』って残ってるらしー。
ま、もちろんどこにあるのか見つけられなかったケド。 -
バジリカのすぐそばの大きな広場がフォロ。
政治・経済の中心地であるフォロは市役所的な公共施設、神殿などがあり、重要な式典なんかも行われた場所。 -
フォロの北側にはジュピター神殿。
アポロ神の後に信仰されてたと思われ。
ポンペイの街で最も重要な神殿とされてたもの。
アポロ可哀そう…。 -
とりあえず先に北上しようと思い、近くの悲劇詩人さんのお宅へ行こうと思ったら、コレが意外に迷いまして…。
コチラのお宅にお邪魔するまでに体力かなり消費…。
『悲劇詩人の家』って詩人の家かと思ったら、そういう感じ(演劇の稽古場面らしい…)のモザイク画があったことから名づけられたとか。
ま、ふつーにお金持ちのお家で。
コチラ有名な猛犬注意と書かれた玄関先。 -
玄関の間は何もこのように今は空きスペースですが、当時は居酒屋とかの商店へ間貸ししてた模様。
基本的にお店屋さんは小スペースだね。 -
悲劇詩人宅は結構勉強してました。
ココは手前が応接間で奥が大広間、その奥が入口になってます。
今はもぬけの殻ですが、実際はギャラリーさながらで、家の中で一番チカラを入れていた場所ではないかと。
大広間に見える溝みたいなのが雨水を貯めるところで、その上は天窓みたいになっていて陽が射しこんでとってもステキな空間。
市民はこの大広間までなら勝手に入って、壁画の鑑賞ができたんだとか。 -
大広間や居間を取り囲むように小部屋が。
こんな豪邸に住む人はやっぱりお金持ちってことで、出土品には金やエメラルドとかの宝石を散りばめた首飾りや耳飾りが。 -
ココは台所だったのかな?
ポンペイ人の1日の中で一番のイベントと言えばやっぱりディナー。
1日2回の食事だったらしく、お昼は空腹を満たすのみでパンが主に食べられたそう。
その分ディナーは豪華にっていうのがポンペイ人。
お客を招いたり、招かれたりで、まぁいわゆるコース的なものを食べていたそう。
ココの食事のマナーはどうやら寝ながら食べるっぽくて、今だと確実に怒られるw -
悲劇詩人宅にあった食堂の壁画。
壁なんだけど、窓と外の景色が描かれていて奥行き感もあり。 -
家の中に中庭っぽい場所も。
-
フォロの公衆浴場にも立ち寄ってみました。
古代ローマはお風呂文化がとっても栄えてたのに、どこから衰退したのかがめっちゃ気になるところ。
ちなみに外はめーっちゃ暑いけど、こういう施設の中はひんやり涼しくてついつい長居w -
フォロの浴場の脱衣所。
上の棚はもちろん荷物置き場なのですが、盗難も多かったらしく、お金持ちは奴隷に見張り番をさせてたとか。
奥の下の方にあるのが火鉢。
これで部屋全体を温めていたそう。 -
これは熱浴室の水盤。
入浴をする人は浴槽が空くまで、ココからでる温水と蒸気で体を温めていたんだとか。 -
コチラが浴槽。
結構な市民が利用していたと思うとかなりサイズが小さいカンジ。
ポンペイはこの浴場以外にもスタビアの公衆浴場もあったので、分散されてたのかな。 -
そして北上すべくトコトコ歩きます。
この日は結構観光客も多いのですが、ちょっと脇道に入ると人がいなかったりして、タイムスリップした錯覚にも。
ま、現実的に考えれば、ココで倒れても見つけられないんじゃないかとかw -
一番遠い秘儀荘までやってきました。
まだこれといって見学してないのに、この時点でかなりバテバテ。
コチラの別荘の持ち主はワインで大金持ちに。
別荘と呼ばれてるけど、ワインの製造所やもちろん生活するお部屋もあったので、ココに住んでたんだと思うんだけど。
ポンペイ市内から離れてることもあり、ポンペイ市内の豪邸よりも大きな造り。
郊外とか言われてるけど、市内まで徒歩10分くらいだよ。 -
見取り図?らしきものがあったけど確かに広い。
『ポンペイの遺跡』にあった復元イラストでは、土地の4/5くらいはワインの製造所で、残り1/5くらいが住居。
ココも一部工事中で入れない場所多数。
ちなみにココのワインはポンペイだけでなく、近隣都市にも出荷されてたらしー。
そりゃお金持ちになるわー。 -
この家の壁画もなかなか素晴らしく。
詳しく見て見ると、どっかの入信の儀式の絵だとか、結婚式の準備をする天使の絵とか。
ま、現代人から見ると、何故この絵を家に描いちゃう?みたいな絵が多いんですが、何事も時が経つと素晴らしい文化遺産。 -
この家は秘儀荘近くにあるダィオメデス荘。
はい、お家にカギがかかっていて入れてもらえませんでしたw
ダィオメデスさんの家かどうかははっきりわかんないけど、この人のお墓が墓所通りに面してお家の前にあったからだとか。
ダィオメデスさんはもともと奴隷出身で、解放された自由民。
中庭あり、浴場あり、プールありの結構なお宅で、奴隷から解放されてココまで上がれるんだってのが正直な感想。
ちなみに地下にある庭園?回廊?で18体もの遺体が発見されたらしい。 -
またまたポンペイ市内に戻ってきて、フォルトゥーナ・アウグスタの神殿。
アウグストゥス帝の時代に、行政、軍事令官を務めたマルクス・トゥリスが私有地に自費で建てたとか。
てか、誰それ?状態ですが。
まぁ、この時代に皇帝の神格化を目論んでたのを実行に移したという例なんじゃないかと。 -
ファウノの家に到着。
前日に考古学博物館で見た踊る牧神像のレプリカとご対面。
悲劇詩人宅にもあった雨水をためる溝のようなところに、牧神像が。
見にくいけど底は細かいモザイクが描かれてる。
ちなみにアレクサンドロ大王の戦いは壁画じゃなくて床に描かれていたものらしい。 -
ココは1区間まるまるファウノさん宅なので、ポンペイの街中では一番じゃないかというくらいの大きな家。
なので、中庭が2つも。
いや、1つはふつーの庭じゃないかと。
どっちも広すぎて、撮った写真がどっちがどっちかわからない…。
大きなお宅だけに裏口もあったので、裏口から御暇することに。 -
確かココは立ち入り禁止のヴェッティの家を盗撮したものじゃないかと…。
神話をモチーフとしたフレスコ画が有名らしいんだけど、覗き見で終わりました。 -
金色天使の家。
何故金色天使なのかっていうと、金色のキューピットをあしらったガラスの円形の飾り物が発見されたことから…という単純なお話。
ん?そんなカンジのもの博物館で見たかも…。
ココの絵も2000年の時間が経っているとは思えないほど! -
少し南下して…パン屋さんに到着ー。
右側の臼で粉を挽き、左手に見える窯でパンを焼く。
基本は今のパン作りと変わらない。
ちなみにパンの化石もたくさん発見されたらしく、この後パンの化石見たさにボスコレアーレまで行ってしまうとゆー。
結構、臼も窯も見たのでかなりの数のパン屋がポンペイにはあったと思われ。 -
行き止まりというか、工事中が多くてまわり回ってフォロの近くまで戻ってきました。
フォロの隣にはマチェルムと呼ばれる市場が。
大きめの市場で、食料品の売買に使われていたとか。 -
その市場の片隅に石膏で固められた人型が。
まさに最期の時と言う感じで悲痛感が漂うのですが、2000年前の人という感動もある複雑感。 -
大理石の石壇が置かれているコチラはウェスバジアーノ神殿。
祭壇には月桂樹の浮彫があったらしいですが、見落とし…。 -
多分ポンペイ遺跡の中で一番の大人気だったのがコチラの娼婦の館。
なんだか人数制限もされてて、すぐには入れたけど、中もすごい人混みでゆっくる見れなかった。 -
各部屋の上部に、またこれ大胆な壁画が。
むかーし何かで読んだことがあるけど、ポンペイには言葉の通じない商人や旅人(はいるのかな…)も多く訪れていたので、いわゆるメニューみたいなものらしく。
ま、絵ならわかりやすいw
娼婦の名前も壁に書かれていたらしく、そのほとんどがギリシャ、東洋の娼婦だったとか。
ちなみにイヤラシイ話、お値段は平均がワイン2杯分という意外とお安い。
人気者、今でいうナンバーワンホステスやホストの存在だと10倍が相場だったらしい。 -
その娼婦の館からすぐ近くにはスタビア浴場。
フォロの浴場より、コチラの方がポンペイ市民に使われていたかも。 -
内容自体は基本フォロの浴場と同じ造りで、脱衣所、熱浴室等あり。
ホントこんなに生活にかかせないお風呂だったのに、今はその名残が全く感じられない。 -
フォロの浴場にもあったかもしれないけど、浴場にはパラエストラという体育場もあり、格闘技や球技などのスポーツが行われていたそう。
格闘技はどちらかいうと本格的、球技はボール遊びのイメージみたい。 -
さらに南下してイシス神殿。
エジプトの女神イシスに捧げられた神殿で、62年の地震の後裕福な市民によって再建。
でもその代わりに6歳の息子に議員資格をもらったとか。
いつの時代も議員はエライさんなのね。 -
コチラは大劇場。
2つあるポンペイの劇場のうちの大きいほう。
5000人程収容できたそうだけど、なんとなくそんなに入れそうには思えないんだけど…。 -
もう一つの劇場のオデオン座。
もともとは屋根があったこの劇場は、音楽会やパントマイム等そういったことの他にも、政治の議会所としても使用されてたんだとか。
私は大劇場よりこっちが好みだなぁ。
ココに座って目を閉じると2000年前の音楽が聞こえてきそう。 -
劇場の南には剣闘士の宿舎。
もともとは劇場が出来た後に観客が散策できるような回廊が必要なため造られたとか。
その後62年の地震の後は剣闘士の宿舎になったらしい。 -
東側の一番賑わっている通りアッボンダンツァ通りへ。
コチラには居酒屋やパン屋等があり、朝はパンを買いに来る人、夕方には仕事終わりに一杯って人が多かったんだろうなぁ。 -
ぐるぐる回ってやっと辿り着いたステファノの洗濯屋。
このころから洗濯屋ってあったんだってことにびっくり。
動物や人の尿を使って洗濯したらしいけど、んんん…ちゃんと落ちたんだろうか。
でも、この洗濯屋も結構な大きさだからかなり稼いでいたんだろうねー。 -
通りにはちょっと一杯の居酒屋も。
この丸い穴は壺で、ワインや食べ物を入れて売っていたそう。
多分今のイタリアのバールの原型じゃないかと。 -
そして道端にはこんな横断歩道が。
横断歩道の間には馬車が通ったと思われる馬の蹄の跡が。
結構深く残っていて、何度もココを行き来したんだろうなと思わせることが。
後思ったのが、結構歩道の高さが高いなぁと。
古代の人はこんな高いところ上がるの苦労するんじゃないかと言うか、上がれたの?みたいな。
交通ルールが厳しく車道は絶対歩いちゃダメだったとか? -
かなり東まで来て大体育場に。
ココも入れなくて、かなりの盗撮w
なので大きいことはわかるけど、全然奥が見えない…。
どうやら真ん中にプールがあったらしい。 -
体育場の隣は円形闘技場。
この建物は紀元前80年のもの。
かなり大きい建物で、全市民が見れるように郊外に建てられたそう。
郊外と言ってもココも徒歩10分以内w -
中はこんな感じで。
あー。
昔行ったコロッセオを思い出すカンジ。 -
闘技場はとっても広い。
猛獣や剣闘士の戦いがココで繰り広げられてたんだねー。
娯楽と言えば闘牛!みたいなカンジで、やっぱり一番人気だったんだろうなぁ。 -
この周りにはヴィーナスの家とかあったんだけど、どの家もカギがかかって入れなかったので断念。
この時点で6時間滞在…。
まだまだ見たいところもあったけど、暑くて暑くて、体力も限界なので出口に向かいます。 -
出たところでレモンジュース。
3ユーロで高いって思ったけど、飲んだら生き返った〜。
10秒くらいで飲みほしてしまったけどw
このまま帰ろうかと思ったけど…
思い直してまた引き続き回って帰ることに。
続きはポンペイ周辺の遺跡編で…。
http://4travel.jp/traveler/rokitomo/album/10799414
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