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 ロシア連邦サハリン州。かつてはサハリン島の南半分を日本が統治しており、日本によって鉄道が敷設された。戦後60年以上経った現在でも、ロシア式に変更された部分もあるが日本の在来線規格である軌間1067㎜のまま運行されている。<br />しかし現在、ロシア本土から乗り入れる貨車をそのままサハリン島内で走行させられるように、大陸側の規格である軌間1520㎜への改軌工事が進められている。そのため日本統治時代の面影を残す鉄道を見るには最後のチャンスと思い、サハリン島内の鉄道旅行を計画した。<br /><br /> 日本時代の地名がある箇所は「ユジノサハリンスク(豊原)」のように表記している。本文中では南樺太やサハリン島全体をロシア領であるかのように記述しているが、これは文章を簡略化するためであり管理人の政治的思想を示すものではない。<br />ほぼ鉄道旅行に絞って紹介する旅行記であり、鉄道とは関係の無い観光等は意図的に省いている。グルメや観光地、ショッピングなどの情報をお探しの方は他所様のページをご覧頂きたい。<br /><br />【大まかな行程】<br />1日目・・・自宅→南稚内駅(ホテル泊)<br />2日目・・・ホテル→稚内港フェリーターミナル→コルサコフ(大泊)港→ユジノサハリンスク(豊原)(ホテル泊)<br />3日目・・・ユジノサハリンスク市内観光→急行1列車でノグリキへ(車中泊)<br />4日目・・・(ユジノサハリンスクより)→ノグリキ→急行2列車でユジノサハリンスクへ(車中泊)<br />5日目・・・(ノグリキより)→ユジノサハリンスク→ノボデレーベンスカヤ(奥鈴谷)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)<br />6日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ→ユジノサハリンスク→ブイコフ(内淵)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)<br />7日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ港→稚内港→稚内駅→自宅

2013年7月 ロシア・サハリン鉄道の旅1~5日目(全7日間)

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2013/07/03 - 2013/07/09

34位(同エリア41件中)

    42

     ロシア連邦サハリン州。かつてはサハリン島の南半分を日本が統治しており、日本によって鉄道が敷設された。戦後60年以上経った現在でも、ロシア式に変更された部分もあるが日本の在来線規格である軌間1067㎜のまま運行されている。
    しかし現在、ロシア本土から乗り入れる貨車をそのままサハリン島内で走行させられるように、大陸側の規格である軌間1520㎜への改軌工事が進められている。そのため日本統治時代の面影を残す鉄道を見るには最後のチャンスと思い、サハリン島内の鉄道旅行を計画した。

     日本時代の地名がある箇所は「ユジノサハリンスク(豊原)」のように表記している。本文中では南樺太やサハリン島全体をロシア領であるかのように記述しているが、これは文章を簡略化するためであり管理人の政治的思想を示すものではない。
    ほぼ鉄道旅行に絞って紹介する旅行記であり、鉄道とは関係の無い観光等は意図的に省いている。グルメや観光地、ショッピングなどの情報をお探しの方は他所様のページをご覧頂きたい。

    【大まかな行程】
    1日目・・・自宅→南稚内駅(ホテル泊)
    2日目・・・ホテル→稚内港フェリーターミナル→コルサコフ(大泊)港→ユジノサハリンスク(豊原)(ホテル泊)
    3日目・・・ユジノサハリンスク市内観光→急行1列車でノグリキへ(車中泊)
    4日目・・・(ユジノサハリンスクより)→ノグリキ→急行2列車でユジノサハリンスクへ(車中泊)
    5日目・・・(ノグリキより)→ユジノサハリンスク→ノボデレーベンスカヤ(奥鈴谷)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)
    6日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ→ユジノサハリンスク→ブイコフ(内淵)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)
    7日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ港→稚内港→稚内駅→自宅

    同行者
    一人旅
    一人あたり費用
    20万円 - 25万円
    交通手段
    鉄道 高速・路線バス 徒歩
    利用旅行会社
    その他
    旅行の満足度
    4.5
    交通
    4.0

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    • ◆1日目 <br />【まずは稚内へ】<br /> サハリン旅行の初日であるが、この日は稚内へ行って宿泊するのみである。<br />稚内からフェリーでサハリンへ渡るが、フェリーの出航は午前9時。そのため公共交通機関を使うなら、札幌発の夜行バスに乗る以外は稚内か近郊の町(豊富など)に前泊するしかないのだ。そのため出発地によっては稚内までの旅費が掛かる分、航空機利用より高くつく場合がある。<br />今回は南稚内に18:07に到着する特急サロベツに乗車し、南稚内駅近くのホテルに一泊した。

      ◆1日目
      【まずは稚内へ】
       サハリン旅行の初日であるが、この日は稚内へ行って宿泊するのみである。
      稚内からフェリーでサハリンへ渡るが、フェリーの出航は午前9時。そのため公共交通機関を使うなら、札幌発の夜行バスに乗る以外は稚内か近郊の町(豊富など)に前泊するしかないのだ。そのため出発地によっては稚内までの旅費が掛かる分、航空機利用より高くつく場合がある。
      今回は南稚内に18:07に到着する特急サロベツに乗車し、南稚内駅近くのホテルに一泊した。

    • ◆2日目<br />【サハリンへ出発】<br /> 前日は稚内へ移動しただけだったため、この日からがサハリン旅行のスタートと言っても良い。しかしフェリーで5時間半かかる上に時差が2時間あるため、この日はユジノサハリンスクの宿まで移動するだけである。<br />ホテルから稚内港国際フェリーターミナルまでは2kmぐらいなので徒歩で向かう予定だったが、あいにく雨が降っているためホテルのフロントでタクシーを呼んでもらった。<br /><br /> 利尻島へ行くフェリーが発着する国内線フェリーターミナルの向いに、国際線ターミナルがある。しかしここに発着するのは週1〜2便のコルサコフ行きのみ。そのコルサコフ行きフェリーも最近は毎年のように存廃問題が浮上している。<br />7:30頃に到着すると、数人のロシア人がすでに乗船を待っていた。聞こえてくるロシア語に異国への期待が高まってゆく。8時より乗船開始となり、イミグレーションで出国審査をしたのちに乗船する。荷物を預ける場合はここで行うが、中ぐらいのスーツケースも手荷物で持ち込んで良いとのことなので船内へ持ち込む。航空機と違ってお茶などの液体の持ち込み制限も無い。乗客は20人程で日本人が3〜4人、バックパッカーのイタリア人が1人、残りはロシア人である。思いのほか少なく、この航路の存廃問題が気になってしまった。<br />定刻の9時に稚内港を出航する。次第に離れてゆく日本に旅情を膨らませていたが、波が高いのか物凄い揺れであっという間に船酔いしてしまいひたすら横になって耐える。ロシア領に入ると進行左手にサハリンが見えるはずだが霧のため全く何も見えず、横になる以外にする事が無い。

      ◆2日目
      【サハリンへ出発】
       前日は稚内へ移動しただけだったため、この日からがサハリン旅行のスタートと言っても良い。しかしフェリーで5時間半かかる上に時差が2時間あるため、この日はユジノサハリンスクの宿まで移動するだけである。
      ホテルから稚内港国際フェリーターミナルまでは2kmぐらいなので徒歩で向かう予定だったが、あいにく雨が降っているためホテルのフロントでタクシーを呼んでもらった。

       利尻島へ行くフェリーが発着する国内線フェリーターミナルの向いに、国際線ターミナルがある。しかしここに発着するのは週1〜2便のコルサコフ行きのみ。そのコルサコフ行きフェリーも最近は毎年のように存廃問題が浮上している。
      7:30頃に到着すると、数人のロシア人がすでに乗船を待っていた。聞こえてくるロシア語に異国への期待が高まってゆく。8時より乗船開始となり、イミグレーションで出国審査をしたのちに乗船する。荷物を預ける場合はここで行うが、中ぐらいのスーツケースも手荷物で持ち込んで良いとのことなので船内へ持ち込む。航空機と違ってお茶などの液体の持ち込み制限も無い。乗客は20人程で日本人が3〜4人、バックパッカーのイタリア人が1人、残りはロシア人である。思いのほか少なく、この航路の存廃問題が気になってしまった。
      定刻の9時に稚内港を出航する。次第に離れてゆく日本に旅情を膨らませていたが、波が高いのか物凄い揺れであっという間に船酔いしてしまいひたすら横になって耐える。ロシア領に入ると進行左手にサハリンが見えるはずだが霧のため全く何も見えず、横になる以外にする事が無い。

    •  サハリン時間16:20頃(これ以降はサハリン時間で記述する)、遠くにコルサコフの町が見えてきた。曇天のため薄暗い感じの町だ。山の上に建つたくさんの集合住宅にロシアらしさを感じる。接岸までやけに時間が掛かり下船開始は17時頃、定刻より30分遅れだった。

       サハリン時間16:20頃(これ以降はサハリン時間で記述する)、遠くにコルサコフの町が見えてきた。曇天のため薄暗い感じの町だ。山の上に建つたくさんの集合住宅にロシアらしさを感じる。接岸までやけに時間が掛かり下船開始は17時頃、定刻より30分遅れだった。

    • 下船口で待っているのは日本の宗谷バスから購入した中古バス。これに乗せられ桟橋の向こうにあるイミグレーションへ連れて行かれる。<br />ロシアへの入国審査は、人数が少ない割にやけに時間が掛かった。ロシア人は持ち込む荷物の事を色々聞かれているようだったが、自分のような旅行者は時間を掛けずに通される。荷物のX線検査があるが何も聞かれなかった。今回の旅行ではデジカメを2台持っていたが、ガイドブックによっては「カメラの所持は1台まで」と書かれているものがあり不安だったが問題は無かった。また「税関申告書は持込限度以下でも必ず記入する」と書かれた情報もあったが、税関申告書を提出しなくとも何も言われなかった。ここ最近で情勢が変わったのだろうか。しかしコルサコフ税関の情報が少なすぎることと、コロコロ対応が変わるロシアの事だから本当のところは分からない。<br /><br /> ここからユジノサハリンスクのホテルまでは、旅行会社に依頼し日本語ガイドと送迎を付けておいた。日本の中古車であろうワゴン車は一般道を90km/hぐらいで走る。植生は北海道の道北付近と大差無いが、穴だらけの舗装とおそろしくボロい家、日本時代の工場の廃墟にロシアらしさを感じる。<br />30分程でユジノサハリンスクに入る。よくサハリンは「昔の北海道のようだ」と言われるが、街の雰囲気は完全にロシアである。所々に日本時代の工場や倉庫の廃墟があり日本統治時代を思わせる。<br />今回の旅行では、予めルーブル紙幣を入手しておいた(ユジノサハリンスク到着は夕方のため両替が出来ず、初日は何も食べられなかったという情報を得ていたため)。そのためガイドには両替したいと言わなかったが、ガイドから「両替はどうしますか?」とは聞かれなかった。もし必要な場合はしっかり確認した方が良いだろう。

      下船口で待っているのは日本の宗谷バスから購入した中古バス。これに乗せられ桟橋の向こうにあるイミグレーションへ連れて行かれる。
      ロシアへの入国審査は、人数が少ない割にやけに時間が掛かった。ロシア人は持ち込む荷物の事を色々聞かれているようだったが、自分のような旅行者は時間を掛けずに通される。荷物のX線検査があるが何も聞かれなかった。今回の旅行ではデジカメを2台持っていたが、ガイドブックによっては「カメラの所持は1台まで」と書かれているものがあり不安だったが問題は無かった。また「税関申告書は持込限度以下でも必ず記入する」と書かれた情報もあったが、税関申告書を提出しなくとも何も言われなかった。ここ最近で情勢が変わったのだろうか。しかしコルサコフ税関の情報が少なすぎることと、コロコロ対応が変わるロシアの事だから本当のところは分からない。

       ここからユジノサハリンスクのホテルまでは、旅行会社に依頼し日本語ガイドと送迎を付けておいた。日本の中古車であろうワゴン車は一般道を90km/hぐらいで走る。植生は北海道の道北付近と大差無いが、穴だらけの舗装とおそろしくボロい家、日本時代の工場の廃墟にロシアらしさを感じる。
      30分程でユジノサハリンスクに入る。よくサハリンは「昔の北海道のようだ」と言われるが、街の雰囲気は完全にロシアである。所々に日本時代の工場や倉庫の廃墟があり日本統治時代を思わせる。
      今回の旅行では、予めルーブル紙幣を入手しておいた(ユジノサハリンスク到着は夕方のため両替が出来ず、初日は何も食べられなかったという情報を得ていたため)。そのためガイドには両替したいと言わなかったが、ガイドから「両替はどうしますか?」とは聞かれなかった。もし必要な場合はしっかり確認した方が良いだろう。

    •  ホテルへは18時頃到着し、ガイドに「翌朝、夜出発の夜行列車乗車まで荷物を預かって欲しい」ことをフロントへ訳してもらう。ガイドとは帰国日に迎えに来る時間を打ち合わせて別れた。<br /><br />夕食がてら駅の様子を見に行く。ロシア型の車両が停まっていて期待が高まる。青い客車は救援車のようだ。この日は軽く駅周辺を歩いただけでホテルへ戻った。

       ホテルへは18時頃到着し、ガイドに「翌朝、夜出発の夜行列車乗車まで荷物を預かって欲しい」ことをフロントへ訳してもらう。ガイドとは帰国日に迎えに来る時間を打ち合わせて別れた。

      夕食がてら駅の様子を見に行く。ロシア型の車両が停まっていて期待が高まる。青い客車は救援車のようだ。この日は軽く駅周辺を歩いただけでホテルへ戻った。

    • ◆3日目<br /> 7:00頃起床し、朝食を取るためフロントへ行く。今回はユジノサハリンスクでの宿泊は全て駅横のユーラシアホテルだが、フロントで「朝食は?」尋ねると5分程待たされた後におじさんが出てきて「付いて来い」と言う。どこまで歩くのかと思っていると、バスターミナル近くのルイバクホテル1階の食堂へ入った。そこでおじさんは「うちのホテルの客だから」みたいなことを言い去って行った。他サイトの情報では「隣のハンバーガーショップに連れて行かれた」という記述も見たが、どうなったのだろうか。ビュッフェ形式だが途中でライスとチキンが出てきた。<br /><br /> 朝食を取ってから駅横へ行ってみた。サハリンの主力機関車であるТГ16(TG16)機関車が停まってるが、画像に写っているだけで4種類も塗装がある。牽引する列車に合わせて塗装を変えているのだろうか。

      ◆3日目
       7:00頃起床し、朝食を取るためフロントへ行く。今回はユジノサハリンスクでの宿泊は全て駅横のユーラシアホテルだが、フロントで「朝食は?」尋ねると5分程待たされた後におじさんが出てきて「付いて来い」と言う。どこまで歩くのかと思っていると、バスターミナル近くのルイバクホテル1階の食堂へ入った。そこでおじさんは「うちのホテルの客だから」みたいなことを言い去って行った。他サイトの情報では「隣のハンバーガーショップに連れて行かれた」という記述も見たが、どうなったのだろうか。ビュッフェ形式だが途中でライスとチキンが出てきた。

       朝食を取ってから駅横へ行ってみた。サハリンの主力機関車であるТГ16(TG16)機関車が停まってるが、画像に写っているだけで4種類も塗装がある。牽引する列車に合わせて塗装を変えているのだろうか。

    •  この日は夜発車のノグリキ行き夜行列車に乗るまでは、ユジノサハリンスク市内を観光することにする。まずは駅前に保存されているD51-22号機。

       この日は夜発車のノグリキ行き夜行列車に乗るまでは、ユジノサハリンスク市内を観光することにする。まずは駅前に保存されているD51-22号機。

    • 続いては駅近くにある鉄道歴史博物館。建物内に鉄道用品が展示されているらしいが、改装中なのか建物内は散らかり放題だった。受付のおばちゃんに入っていいかと聞いたが「入れない」と言われてしまい、柵の中に入って車両を見学することは出来なかった。幸い、柵のすぐ外の道路から十分撮影出来るためそれで我慢する。日本から譲渡されたキハ58は、ここ数年の間に塗り替えられたようだ。隣はキ620に似たロータリー除雪車。この他にも多数の車両が展示されている。

      続いては駅近くにある鉄道歴史博物館。建物内に鉄道用品が展示されているらしいが、改装中なのか建物内は散らかり放題だった。受付のおばちゃんに入っていいかと聞いたが「入れない」と言われてしまい、柵の中に入って車両を見学することは出来なかった。幸い、柵のすぐ外の道路から十分撮影出来るためそれで我慢する。日本から譲渡されたキハ58は、ここ数年の間に塗り替えられたようだ。隣はキ620に似たロータリー除雪車。この他にも多数の車両が展示されている。

    • レーニン広場から見たユジノサハリンスク駅。ガラス張りのきれいな駅だ。レーニン広場ではのんびりとベンチに腰かけたり鳩に餌を与える人が多い。

      レーニン広場から見たユジノサハリンスク駅。ガラス張りのきれいな駅だ。レーニン広場ではのんびりとベンチに腰かけたり鳩に餌を与える人が多い。

    • その後も歩いて市内の観光地を巡るが、詳細は省かせて頂く。代表的な観光地であるサハリン州立郷土博物館。日本統治時代の建物が残り、写真を撮るロシア人も多く人気があるらしい。

      その後も歩いて市内の観光地を巡るが、詳細は省かせて頂く。代表的な観光地であるサハリン州立郷土博物館。日本統治時代の建物が残り、写真を撮るロシア人も多く人気があるらしい。

    • サハリンでは日本の中古乗用車も多いが、中古トラックも多い。池田梱包運送で窓ガラスにメルセデスベンツ(笑)なトラック。乗用車は日本メーカーの新車も走っておりそれは左ハンドルである。中古車(無いと思いたいが盗難車)は右ハンドルのまま使われている。ただしバスのみは日本の中古車は無く、韓国製が多い。日本車だと乗降ドアが反対側になってしまうからだろう。

      サハリンでは日本の中古乗用車も多いが、中古トラックも多い。池田梱包運送で窓ガラスにメルセデスベンツ(笑)なトラック。乗用車は日本メーカーの新車も走っておりそれは左ハンドルである。中古車(無いと思いたいが盗難車)は右ハンドルのまま使われている。ただしバスのみは日本の中古車は無く、韓国製が多い。日本車だと乗降ドアが反対側になってしまうからだろう。

    •  昼頃にガガーリン記念文化公園に着く。広い公園内には子供鉄道が走っている。詳細な説明は省くが軌間750?の軽便鉄道で、公園内の2.5kmの路線を一周する。機関車はロシア他都市の子供鉄道で見られる箱型の新しいタイプに変わったようだ。

       昼頃にガガーリン記念文化公園に着く。広い公園内には子供鉄道が走っている。詳細な説明は省くが軌間750?の軽便鉄道で、公園内の2.5kmの路線を一周する。機関車はロシア他都市の子供鉄道で見られる箱型の新しいタイプに変わったようだ。

    • 公園内の鉄道とは言え、太い線路とPC枕木が使われた本格的なもの。公園自体はかなり広く、平日にもかかわらずのんびり過ごす人が多い。

      公園内の鉄道とは言え、太い線路とPC枕木が使われた本格的なもの。公園自体はかなり広く、平日にもかかわらずのんびり過ごす人が多い。

    •  ユジノサハリンスク市の姉妹都市である北海道旭川市にちなんだ看板。ホテルサハリン・サッポロの裏手にあるが、「通り」というよりも公園内にこの看板がある。<br /><br /> ずっと歩き通しで観光したが、16時頃になると見る場所も無くなり暇になってしまった。20:45発の列車まで時間を潰さなくてはならないが、駅周辺をブラブラしたりレーニン広場に座って時間を潰す。

       ユジノサハリンスク市の姉妹都市である北海道旭川市にちなんだ看板。ホテルサハリン・サッポロの裏手にあるが、「通り」というよりも公園内にこの看板がある。

       ずっと歩き通しで観光したが、16時頃になると見る場所も無くなり暇になってしまった。20:45発の列車まで時間を潰さなくてはならないが、駅周辺をブラブラしたりレーニン広場に座って時間を潰す。

    •  ユジノサハリンスク17:46発トマリ(泊居)行き普通列車。Д2(D2)形気動車だが、何と2両編成である。この気動車は先頭車のみエンジンが付いており2両のトレーラーを挟む4両編成が基本だ。3両で走る様子は動画等で見たことがあったが、2両というのは初めて見た。前半分はエンジンルームになっているため客室は実質客車1両分だけだが、それだけ乗客が少ないということだろうか。

       ユジノサハリンスク17:46発トマリ(泊居)行き普通列車。Д2(D2)形気動車だが、何と2両編成である。この気動車は先頭車のみエンジンが付いており2両のトレーラーを挟む4両編成が基本だ。3両で走る様子は動画等で見たことがあったが、2両というのは初めて見た。前半分はエンジンルームになっているため客室は実質客車1両分だけだが、それだけ乗客が少ないということだろうか。

    •   20:15頃、ホームに列車が入線し続々と乗客が集まって来た。この日のノグリキ行き急行1列車は、ノグリキ方より2号車、3号車・・・の順に一番後ろが12号車である。座席車が1両か2両ある以外は全て寝台車。荷物車は連結されていない。機関車はТГ16-075が全区間牽引する。

      イチオシ

       20:15頃、ホームに列車が入線し続々と乗客が集まって来た。この日のノグリキ行き急行1列車は、ノグリキ方より2号車、3号車・・・の順に一番後ろが12号車である。座席車が1両か2両ある以外は全て寝台車。荷物車は連結されていない。機関車はТГ16-075が全区間牽引する。

    • たくさんの客車がつながる。寝台車は数種の塗装がありグチャグチャに連結されている。寝台車は、新旧と塗装の違いはあれどほぼ設備は同じらしい。<br />寝台車は「クペー」と呼ばれる日本のBコンパートのような4人1室のタイプである。乗車すると私以外の3人はすでに乗車していた。炎天下にずっと留置されていたからか車内はとても暑い。客車には冷房どころか扇風機も無い。上段の2人は若い青年だったが、乗車するなり上半身裸になって寝てしまった。下段のもう一人の乗客はおとなしい中年の男性でほとんど喋らない。

      たくさんの客車がつながる。寝台車は数種の塗装がありグチャグチャに連結されている。寝台車は、新旧と塗装の違いはあれどほぼ設備は同じらしい。
      寝台車は「クペー」と呼ばれる日本のBコンパートのような4人1室のタイプである。乗車すると私以外の3人はすでに乗車していた。炎天下にずっと留置されていたからか車内はとても暑い。客車には冷房どころか扇風機も無い。上段の2人は若い青年だったが、乗車するなり上半身裸になって寝てしまった。下段のもう一人の乗客はおとなしい中年の男性でほとんど喋らない。

    • ←乗車した寝台車。<br /> 20:45の定刻にユジノサハリンスクを発車した。発車してからはずっと車窓を眺めていたが、日の長いサハリンと言えども21:30頃には薄暗くなってきた。22時過ぎにソヴィエツコエ(相浜)を過ぎたあたりから車窓にうっすらとオホーツク海が見える。日が沈みそれすら見えなくなってしまったため、23時前に就寝した。

      ←乗車した寝台車。
       20:45の定刻にユジノサハリンスクを発車した。発車してからはずっと車窓を眺めていたが、日の長いサハリンと言えども21:30頃には薄暗くなってきた。22時過ぎにソヴィエツコエ(相浜)を過ぎたあたりから車窓にうっすらとオホーツク海が見える。日が沈みそれすら見えなくなってしまったため、23時前に就寝した。

    • ◆4日目 <br /><br />【ノグリキに到着】<br /><br /> 暑さで喉が渇き夜中に起きた。深夜1時だったが、同じように寝付けないか涼んでいるのか通路では同室の一人が外を眺めていた。<br /> 7:42頃、アルバ通過。詳細な時刻は分からないが、ノグリキまで<br />の距離を考えると少し遅れているようだ。<br />結局ノグリキには30分程遅れた8:50頃に到着する。途中駅で降車した人もいるであろうが、かなりの人数がノグリキまで乗り通していた。<br /><br />画像はノグリキ駅の様子。右側の客車が乗車した急行サハリン(1列車)。コンテナ車やタンク車が多数留置されており、貨物輸送でも鉄道は重要な役割を果たしている。<br />急行1列車(急行サハリン)はティモウスクで後部の1〜2両を切り離すという情報を見たことがあるが、途中での切り離しは無く全車両ノグリキまで連結されていた。<br />

      ◆4日目

      【ノグリキに到着】

       暑さで喉が渇き夜中に起きた。深夜1時だったが、同じように寝付けないか涼んでいるのか通路では同室の一人が外を眺めていた。
       7:42頃、アルバ通過。詳細な時刻は分からないが、ノグリキまで
      の距離を考えると少し遅れているようだ。
      結局ノグリキには30分程遅れた8:50頃に到着する。途中駅で降車した人もいるであろうが、かなりの人数がノグリキまで乗り通していた。

      画像はノグリキ駅の様子。右側の客車が乗車した急行サハリン(1列車)。コンテナ車やタンク車が多数留置されており、貨物輸送でも鉄道は重要な役割を果たしている。
      急行1列車(急行サハリン)はティモウスクで後部の1〜2両を切り離すという情報を見たことがあるが、途中での切り離しは無く全車両ノグリキまで連結されていた。

    • 駅前には、この列車から降りた人を迎えるたくさんの乗用車やバスが停まっている。中央の小さなバスは、ノグリキよりさらに260Km程北にあるオハ行き。オレンジ色のトラックのような車は、トラックであれば荷台にあたる部分が客室になっているバス。悪路が多いからだろうか?<br /> 列車の到着から20分程経つと、バスは各方面へ出発し迎えの車は皆どこかへ行ってしまった。駅前は閑散とし、迎えを待っているであろう2〜3人が待合室に居るだけとなった。

      駅前には、この列車から降りた人を迎えるたくさんの乗用車やバスが停まっている。中央の小さなバスは、ノグリキよりさらに260Km程北にあるオハ行き。オレンジ色のトラックのような車は、トラックであれば荷台にあたる部分が客室になっているバス。悪路が多いからだろうか?
       列車の到着から20分程経つと、バスは各方面へ出発し迎えの車は皆どこかへ行ってしまった。駅前は閑散とし、迎えを待っているであろう2〜3人が待合室に居るだけとなった。

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      • by 国電 さん 2013/07/16 22:06:07
        懐かしかったです
        kiro184 様

         はじめまして、国電と申します。
         サハリンの旅行記を拝見させていただきました。私も2年前に訪問しましたが、ノグリキからの復路が少し違う以外はほぼ似たような旅程で、懐かしく読まさせていただきました。ガガーリン公園やノグリキの軽便鉄道など、マイナーな鉄ネタもきちんと押さえられていて、さすがと思いました。
         他の旅行記(台湾など)でも、私にとってはまるでデジャビュのような写真をいくつか見させていただきました。これからも、ぜひ色々な国での鉄道ネタを配信してください。私のような人間にとっては重要な情報源になりますので、楽しみにしています。
        --
        国電

        kiro184

        by kiro184 さん 2013/07/17 14:27:46
        RE: 懐かしかったです
        国電さん、初めまして。コメントありがとうございます。
        今回の旅行に当たっては、国電さんの旅行記も参考にさせて頂きました。
        サハリンの鉄道の情報が少ないのには参りました。実際に訪問してみて、ダイヤの大幅な変更(ティモウスク発着の普通列車が曜日運行になるなど)があったようですが、その他は2年前とあまり変わっていないと思います。

        国電さんは国内外で様々な所へ精力的に出かけていらっしゃるようで、とても参考になります。
        情報が少ないので「行ってみなければわからない」が海外の鉄旅ですが、これからも期待しております。

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